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妖精郷へ

※2020/05/06 本文修正、表記ゆれの修正(もともと→元々)

 俺たちは城を後にした。


「ふう……。ちょっと想定外はあったけど、目的は達成かな。許可は貰えたし、情報も引き出せたから」


 リンの言う通り、最大の目的であった妖精郷の探索許可は出た。えらくさっぱりとした許可ではあったが……、許可は許可だ。

 それに、妖精郷は中立地帯だ。誰の領土でもない。東方とて、その土地の管理をしているわけではないのだ。そう考えれば、東王の対応は特別おかしいわけでもない。


 それよりも、俺には気になることがあった。


「妖精が出てこない、っていうのは……。こちらとしては好都合ね。あまり出会いたいとは思ってなかったから」


「そうですね……」


「歯切れが悪いけど、何か気になるの?」


「まあ、少しは。……ただ、今回の目的に関係するかは、まだわかりません」


 俺たちが求めているのは解毒法だが、妖精郷に求めているのは具体的に言えば薬草だ。そしてそれは、東王が言った"妖精郷の恵み"に当たる。

 奥地へ行かずとも恵みは手に入る、という話だった。だが、その得られるものがどれだけなのか、それはわからない。もしかしたら奥地へ入れるよう、何かを解決する必要があるかもしれない。

 ただ、それはまだ可能性の話だ。


「そう。なら、そっちはいったん置いておきましょ。治療法の探索が最優先。まずは妖精郷へ行ってみないと」


「そうですね」


 リンの言葉に、俺もうなずく。

 早速、俺たちは妖精郷へ向かった。今からここを発てば、昼頃には到着できるはずだ。



 辻馬車から降りると、眼前に広がるのは鬱蒼とした森林だった。大樹の木陰であるはずの街は明るかったが、ここは違う。木々の広げた枝葉が、陽の光を遮っている。

 とはいえ、もちろん真っ暗というわけではない。明かりが必要ない程度には、隙間から日が差し込んでいる。仄暗い風景だが、不思議と陰鬱な印象は受けない。通る風はみずみずしくもからりとして、どこか青臭い。豊かな草木の香りだ。


「ここが、妖精郷……」


 入口、と言うには草が生い茂る道を前に、俺たちは立っていた。一応、人が行き来したような形跡はある。


「見た感じ、普通の森ね。魔力はちょっと濃い感じだけど」


 隣で深呼吸をしていたリンが、一息ついてそう言った。


「魔力が濃いって……。そういうの、わかるんですか?」


「少しだけね。うーん……。ほら、法術師だからかも。魔力そのものに親しいのよ、多分」


 リンは少し考えて、俺の問いにそう答えた。

 確かに、基本的に治癒や補助系の法術は、魔力として対象に流す。そういう意味では、同じ魔力を扱う者として、魔術師よりも魔力寄りだ。

 逆に魔術は変化を好む。魔力を変化させ、火などにして放出することが多い。


「……あ」


「どうしたの?」


 そんな雑談をしていたら思い出した。


「魔力酔いとか、しませんかね? 俺、魔力が苦手みたいで……」


 そう、俺はあまり魔力と相性が良くない。

 元々魔力のない世界から来た俺の体は、魔力を処理する能力が低いのだ。転移の初日、馬車に酔ったと思っていたら、魔力酔いも併発していた。というのは懐かしい話である。

 もちろん、魔力に馴染むべく訓練は続けている。だが、それでもまだ十人並みすら遠い。


「そうなんだ。うーん、観察の都合上、毒の症状と被るなら厄介ね……」


 そうは言うものの、リンとしてはあまりピンときていないようだ。無理もない。

 魔力酔いなんて、この世界の人間ならば子供でもない限り発症しないものらしい。大人が警戒するような症状ではないのだ。

 とはいえ、リンも患者の申告を無視するような人ではない。


「じゃあ、中で30分くらい様子を見ましょう。ちょうどご飯の時間だし、休憩も必要でしょう? それで何事も無ければ、毒を投与して探索開始。でどう?」


「わかりました」


「じゃあ、少し進んで、腰を下ろすのに良い場所を探そっか」


 そう言って、リンは妖精郷へ入っていく。俺が続き、半獣族の人がその後ろについた。



 少し進むと、休むのにちょうど良さそうな場所があった。他の場所より、比較的背の低い草が生え揃っている。周囲は草むら、といった感じなのに、ここら一帯だけは芝生のようだ。

 片隅には、火を使ったような形跡もある。もしかしたら、東方の人たちが日常的に使っている野営地なのかもしれない。

 せっかくなので、俺たちも使わせてもらうことにした。


 朝は出掛けに軽く食べただけだったので、かなり空腹だ。用意してきた食事は簡単な携行食だが、それでもお腹が空いていればごちそうである。


 そして食後は休憩だ。魔力酔いの確認も兼ねているが、俺は結構疲れていた。

 前に遺跡の探索へ行ったときもこんな感じだった。だが、今回はこれからが本番だ。何しろ、今から歩くのは森の中である。下手をすれば獣道すらない。

 それに備え、ゆっくりと体を休める。……そうなると、暇になった頭が勝手に考え出すのだった。


「また、何か考えてる?」


 そんな様子が伝わったのか、リンから声をかけられた。


「……ええ、まあ、ちょっとだけ。東王の言葉を」


「妖精が出てこなくなったっていう?」


「いえ。そっちより、採取しているモノも量も、変わっていないような口ぶりだったじゃないですか。奥地に立ち入れないのに。……そんなこと、ありえるんですかね?」


 東王の言葉の中で、気になっているのは3点。

 いわく、「妖精郷は"閉ざされた"。奥地に進むことは、今はできぬ」と。

 しかし、「求める心あらば、妖精郷の恵みは必ず眼前に現れる」と。

 そして「我らの生活は何ら変わってはおらぬ」とも。


 妖精郷の採取範囲は減ったが、過去の通り恵みは得られている……。そんなふうに聞こえる。


「さあ……? 草花はともかく、すべてがそう上手く行くとは思えないけど」


「どういうことです?」


「たとえば、狩猟とかね。獣だって、森での活動範囲が狭くなれば数を減らすわ。獣は奥地へ立ち入ることができるなら、今度は人前に出る必要がなくなるでしょう? どちらにしろ、狩猟数は減るはずよ」


 言われてみればその通りだ。薬草から思考に入ったので、草木の方にばかり目が行ってしまっていた。

 これだけの森ならば、動物も多く生息していることだろう。狩猟による肉も、妖精郷の恵みであるはずだ。


「確かに」


 東王の話からすると、妖精郷に狩人が入ることは昔からあったようだ。なら、それが減っているとすれば、変わっていないという発言はおかしい。

 うーん、考えれば考えるほど、よくわからないな……。


「……ねえ、優先順位は任せるけど、いつ毒を投与するかも考えておいてね」


「えっ?」


 リンの言葉に、俺は思わず聞き返した。

 さっきの話では、毒は食後、魔力酔いが現れないことを確認して投与する予定だったはずだ。


「食後って言ったけど、これを投与したら時間制限がつくの。あなたが眠るまで、っていう時限が。……もちろん、今も別の時間制限があるけど、それより格段に短くなる」


 リンの言う"別の時間制限"とは、もちろんクロガネのことだ。期限は不明だが、このままでは毒による死は免れない。


「今回の探索はあなたの力が鍵よ。気になることがあるのなら、解決してからのほうが良いと思う。投与後は、探索に専念して」


 リンの指摘はもっともだ。俺は気になることがあると、どうしてもそちらに引かれてしまう節がある。できればそれを解決して、本題に入るほうが効率は良いだろう。

 ただ、それをできるかと言われると難しい。解決のための情報が少なすぎる。どちらかと言うと優先度も低いし、後回しにするほうが良い。


 休憩も十分だ。魔力酔いも出ていない。今できる準備は終わった。


「じゃあ、今、お願いします」


「良いの?」


「いくつか謎はありますけど、解決の目処が立たないので……。それに、魔力酔いは起きないことが確認できた。やりましょう」


「わかった。準備するから少し待って」


 そう言って、リンは荷物から道具と薬を取り出す。メスのような小型の刃物と、薬が数種、そして包帯だ。


「腕に少し傷をつけて、この貼り薬を被せるの。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢して」


「それが、毒薬なんですか?」


「ええ。宿主の魔力との結合機能を弱めて、自然消滅するようになってる。元と比べれば毒素の効果も薄いけど、それでも強い影響を受けるはず。一般的な人間だと、2、3日で眠ってしまうくらいの強度ね」


 なるほど、魔力の収支を赤字にするわけだ。そうすれば、たとえ俺が毒素の影響で眠ったとしても、死ぬ前に魔術毒が自壊するという寸法である。

 気になるのは、俺がどれくらい耐えられるのか、というところだ。恐らく、一般的な人間よりも耐性は低いと思う。


 俺が差し出した左腕に、塗り薬を伸ばして、メスのような刃物で傷をつける。そこに貼り薬を盛って、包帯を巻き付けた。投与はあっという間に終わってしまった。

 さすがに切られるなら痛いかな、と思って身構えていたのだが……。何ということもない。

 いや、まあ、しっかり見ると痛そうなので、患部は見ることができなかったのだが。


「……これで良し。体調の変化は細かく共有して」


「わかりました」


 早速、モヤッとした何かを感じる。……これが毒素なのだろうか。湧き出す感じは、魔眼の魔力と同じ感じだ。明確に異物として感じ取ることができた。

 魔力と違うところを挙げるとすれば、問答無用で近づいてくることか。不思議な感覚だが、一方的な感じがする。


「……どう?」


 リンの声が、若干響くように聞こえる。そこでようやく異変に気づいた。体がフワフワして、定期的に強い眠気が襲ってくる。


「寝不足の時と同じ感じがしますね……。徹夜明けみたいだ」


「そう。良かった、効果は出ているみたい」


 リンは立ち上がり、俺に手を差し伸べて、


「立ってみて。動ける?」


 その手を頼りに立ち上がる。

 頭も体も重い。定期的に毒素らしきモヤモヤが迫ってくるのも、精神的に嫌なものがある。これで弱まっているのなら、元々の毒を食らえば即座に眠っていたことだろう。

 だが、まったく動けないというほどではない。


「どうにか……」


「じゃあ、まずはこの周囲ね。……何か感じる? 引かれるようなものとか」


 リンにそう言われ、集中するため呼吸を整える。


 しかし、引かれるもの、と言われても……。どうやって探せば良いのだろうか。

 正直、状況に叩き込まれれば何かしら見えてくるかな、という期待をしていた。だが、今のところその兆しはない。

 今までだと……、大体、何かが見えることが多かった気がする。絵の文字しかり、隠し部屋の印しかり。

 そう思い、周囲を見回してみるが、これと言って何か感じるものはなかった。


「とくに何も……」


 そう言って、ふと気がついた。

 絵の文字を見出したときは、一方的に送りつけられた資料を"流し見"していた。元々専門外の話だし、何かが見えると思って見ていたわけではなかった。

 隠し部屋の印を見出したときは、"視界の端に"それを捉えたときだった。何度か目にしたはずの場所だったのに、そこを見ているときには気付かなかった。


……意識すると、見えないのか?


 そう言われてみれば、一番最初、翻訳の異能で文字を読んだときもそうだ。

 俺の理解できる文字と元の文字のうち、慣れていない内は"片方が色濃く出る"。だが、慣れると"双方を感じ取る"ようになる。交差点の図書館で、そうセワに説明したのを覚えている。

 ここらへん、自分で"ピントを合わせる"という表現をしがちだから紛らわしい。最終的に俺が見ているのは、ふたつが混ざった"ぼやけた景色"だ。


「もしかしたら、意識すると駄目なのかもしれません」


「じゃあ、コトバはなるべく無意識で歩いて、私が手を引くから。手がかりが見つかるまでは道なりに行きましょう」


「わかりました、お願いします」


 リンの指示で隊列を変える。見張りをしてくれていた半獣族の人が、先頭で斥候役を、リンが俺の護衛を担当する。

 そのリンに手を引かれながら、俺は森の奥へと進んでいった。


# 妖精郷


 東の大樹の国にほど近い中立地帯。魔力に富んだ緑豊かな森林。

 特産品として薬草や山菜があり、狩場としても需要がある。


 高まる魔力は、しかし誰かを魔獣とすることはなく、必ず妖精へと変貌すると言われている。

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