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はじめての東方

 俺に投与する毒は、翌日には完成していた。

 ただ準備の都合上、妖精郷への出発はさらに1日ずれ込んだ。


 ソラに手伝って貰ったが、旅支度をした。

 服装はいつもの術衣だが、裾を少し上げて、歩きやすくしておいた。腰には短刀を下げる。ソラいわく、枝払いくらいならできるらしい。ただ、妖精の住む場所だ。あまりやらないほうが良いだろう。


 出発当日、東方への転移門の前で、俺は派遣されてくる人を待っていた。

 今回は東の大樹の国を経由する。前回の遺跡の探索とは違い、東王に謁見し、妖精郷探索の許可を取り付けるのだ。


 妖精は人間と衝突することは少ないが、魔族であることには変わりない。そして、まだまだ人と魔族との関係は不安定だ。

 中立地帯とはいえ、無断で妖精郷に立ち入り、問題を起こしてしまえばいろいろと危うい。


 とはいえ、そこら辺の手回しも、先にヒョウの方から行ってもらっている。俺たちは書状を持って行き、許可を受けるだけだ。

 東方が閉鎖的なこともあり、あまり仲が良いとは言えないそうだ。だが、手段はあるらしい。


「おまたせ、コトバ」


 ぼんやりと考え事をしていたら、待ち人が来たようだ。

 しかし、声をかけられたほうを見て、俺はぎょっとした。


「あー、ええっと……」


 何とも言えず、どもる俺に、その人は不思議そうな顔をして言う。


「あれ、覚えてない? リンです」


「いや、覚えてるから戸惑ってるんですけど……」


 そう、そこに居たのはリンだった。後ろに控えているのは彼女の配下だろうか。2人とも旅支度を整えているように見える。

 前に出会ったリンは、北方の紋章が入った術衣を身にまとっていたが、今回はいわゆるパンツルックだ。リュックを背負い、手に杖を持ち、腰にはナタのような、少し長めの刃物を吊っている。


 彼女こそ、氷の三傑のひとり、心のリン。

 法術師であり、薬草にも明るいと聞いている。だからてっきり、クロガネの検査の方に当たると思っていたのだ。


「法術と薬草の専門家じゃないですか。てっきり、クロガネの方を見てくれるとばかり」


 俺の言葉に、なるほど。という顔をするリン。しかし笑って、


「ああ、そっちは私の配下が頑張ってる。北王からの命も受けてるし、指揮も受け持ってくれるから大丈夫。心配ないわ」


 そこまで言うと、杖を持っていない方の手を腰に当てて、


「それより……、得体のしれない毒をうたれる自分の心配はしてる? 作戦内容を聞いたけど、かなり大変なことだからね?」


 そう言って、ジトッとこっちを睨んできた。割と珍しい反応だ。心配と疑念が入り混じった声である。

 恐らく、リンは俺が状況に流され、よくわからないまま選択したのではないか? という疑問を持っているのだろう。


 まあ、実際、その通りではある。

 俺はリンほど、この決断に深い理解があるわけではない。法術師としての視点では、危険なものに見えるのかもしれない。

 だが、俺も見えないとはいえ承知の上だ。


「大丈夫です。個人的には、割と安全な位置にいると思っています」


 俺は努めて真剣に、そう言った。

 一応、その言葉は伝わったのだろう。リンは大きく息を吐くと、


「そう。……じゃあ、早速行きましょうか」


「えっと、これで全員なんですか?」


 リンの言葉に、俺は思わず質問を返した。

 想定よりずっと少ない。ここに居るのは俺とリン、そして彼女の配下の3名のみだ。多分、荷物持ちなのかな……? さっきからずっと黙っているけれど。


「不安? でも大丈夫。これでも野外活動は得意だから」


 リンの回答は、正直意外だった。


 法術師は何人か知ってはいるが、あまりアウトドアに明るい人は居ない印象がある。

 ただまあ、何事にも例外は存在するものだ。そう言われて見れば、装備はかなり使い込まれている。得意と言えるほどには行き慣れているのだろう。


「そうなんですか?」


「そうなんです。薬草を探しに行くんでしょう? そういうのは慣れっこよ。それに、自然の中では危険は回避するものだからね? 少人数で事足りるのなら、そっちのほうが都合が良いわ」


 なるほど、そういうことか。

 探索者というより、猟師に近い技術や経験を持っているのかもしれない。猟師は自然を歩くことに慣れているし、獲物を狩る技術は、逆にそれらから逃れる術にも使用できる。

 そう考えれば、自然豊かなフィールドで付き添ってもらえるのは心強い。


「わかりました。じゃあ、よろしくおねがいします。おふたりとも」


「ええ。きっと、目的を果たしましょうね」


 頭を下げた俺に、リンは笑顔を、配下の人はうなずきを返してくれた。


「はい」


 それに応えるように、俺も2人にうなずき返した。



 俺たちはすぐに転移門をくぐり、東方へ向かう。

 実は、東方に足を踏み入れるのはこれがはじめてだ。


 そんな俺を迎えたのは、とてもとても大きな木だった。


「あれが、『大樹』ですか?」


「ええ。あれが東方の恵みの象徴にして、大樹教の御神木ね」


 俺の疑問に、リンはすぐに答えてくれた。


 転移門は街の郊外に位置することが多く、東方もその例外ではない。

 だが、それでもわかるほどに大樹は大きかった。むしろ、大樹の枝はここまで伸びている。街がすっぽり覆われていると言っても良い。

 そして不思議なことに、そんなに大きく、葉の生い茂る木の下だというのに、陽の光は明るく降り注いでいる。


「急ぎましょ。観光したいのはわかるけど、今回はそんな暇ないから」


「あ、はい。そうですね」


 転移門から足早に立ち去ると、手続きをし、門から城までを歩く。


 東方は比較的、半獣族が多い国だ。交差点ですら珍しい彼らと、このわずかな間に何度もすれ違う。

 実は、リンが連れてきた配下の人も半獣族だ。これには理由があって、簡単に言えば不要なトラブルを回避するためである。


 半獣族は割と喧嘩っ早い。こう言うと偏見のように聞こえるかもしれないが、本当だ。何しろ文化として、喧嘩を喧嘩にしないための仕組みがあるくらいなのだから。


 それが"威嚇"である。


 威嚇は、半獣語によるコミュニケーションのひとつ……。と言って良いのだろうか。平たく言えば簡易決闘だ。どれだけ美しく、力強く威嚇を発せるかで勝敗が決まる。

 これはとても重要で、威嚇に応じなかったり、下手だったりすると、喧嘩を買うしか手段がなくなってしまう。

 東方に限らずとも、半獣族の多い場所では、同行者に半獣族を加えるのが旅人の知恵だ。とまで言う人も居る。

 もちろん、威嚇のぶつけ合いにまで発展しないよう、気をつけたほうが良いのは言うまでもないが。


「あまりキョロキョロしないでね」


「あ、はい……」


 物珍しさから周囲を見回していた俺に、リンの注意が入る。他者の視線というのは刺激になりやすい。あまりばらまくものではない。

 とはいえ、東方の街並みは珍しい。木造建築が主体の風景は、交差点や北方にはなかった。どことなく、昔の日本やアジア圏の雰囲気がする。

 通りを行き交う人も、思ったより多かった。さすがに交差点と比べれば少ないが、閉鎖的と言われている割にはにぎやかだ。店の商品だって、とくに何が少ないというわけでもなさそうだし。


 しばらく歩いて、城にたどり着く。


 そこは街の中心、大樹の根本近くだ。ここまで近づくと、大樹はさらに迫力がある。大きいし、陽の光に照らされた枝葉は神々しさを感じる。

 リンは門番に話しかけ、東王への謁見を依頼する。先にヒョウ……、北王から話は通っているので、俺たちはすぐに中へ案内された。


 リンの後ろに続き、東王の前に出る。彼女にならいひざまずく。

 今回のパーティーのリーダーはリンだ。何しろ氷の三傑のひとりである。対外的にも、顔と名前を知られている人物だ。その方が話が早い。

 リンは俺たちを紹介し、北王からの書状を東王へ差し出した。


「……なるほどな」


 東王はリンが差し出した書状に目を通すと、ただそう言った。


 東王は半獣族の女性だった。耳の感じからするとネコ科だろうか。

 とはいえその耳と、腰の付近から覗く尻尾以外、獣の要素は見当たらない。一口に半獣と言っても、獣の要素がどれくらい出るか、どこに出るかは個人差があると聞く。


「当てもなく妖精郷をさまよう、というのは正気か? リンよ」


 ひざまずくリンに対し、東王はそう問いかけた。

 まあ、そうだよな、とは思う。割と正気を疑う行為だろう。それに恐らく、あの書状には俺の異能のことは書かれていないはずだ。でなければ、東王が当てもなく、と言うはずがない。


「はい」


「そうか」


 リンの答えに、あくまで平坦な声で、東王は言葉を返す。


「せいぜい気をつけよ。妖精郷は自然の色濃い土地、人の原理は通らぬ場所よ。迷いしときは、森を出ることを第一に考えることだ。……さすがに獣の餌になった、などと北王に伝えるのはな」


「心得ております」


「そうか。では行け」


 東王の注意はあっさりとしたものだった。

……だが、ちょっと待ってほしい。妖精についての言及がない。

 思わず俺は口を挟んだ。


「あの」


 東王の怪訝そうな顔がこちらを向く。


「妖精については、何もおっしゃらないのですか?」


「……何を言う必要がある?」


 質問を質問で返された。

 こういうときのパターンは大きく2つ。俺の理解が届いていないか、俺の質問に答えたくないか。そのどちらかだ。


 ちょっと整理しよう。


 俺たちは今から妖精郷へ向かい、薬草を探す。

 その際、妖精たちと問題を起こす可能性を危惧して、東王に謁見。妖精郷探索の許可を得ようとしている。


 それはなぜか。……東方は妖精郷の知識を持っている、と思っているからだ。


 妖精郷は東の大樹の国からほど近く、そこは緑豊かな土地だという。ならば、利用価値があるのだ。人々が立ち入らないはずはない。生活圏が被る。

 そうなれば、否が応でも人と妖精が出会ってしまう。そこから、妖精たちと付き合う経験則が生まれるはずだ。

 大抵、そういう経験則は掟になる。それを守らなければ、妖精たちと対立していまうから。対立してしまえば、妖精郷という資源を失うことになってしまうから。

 俺たちが外からの客人とはいえ、大切な資源を守るためのルールだ。提示しないのはおかしい。


 無論、知識として隠したい、という場合もある。自分たちだけが知っている。その優位性は大きい。

 現に、こちらはそれを知らなければ、妖精郷の恵みは得られない。と思っている。だからこそ、ここに来たのだ。

 だがそう考えても、東王の対応はおかしい。せめて人をつけるなりして、俺たちの行動を制御しようとするはずだ。


 東方が妖精に親しんでいるならば、それらへの害意を。恐れているのならば、それらからの報復を。懸念すべきことは必ずある。

 それらが"まったく出てこない"ということは、


「いえ。まるで……、心配がない、必要もない。妖精たちが存在しないかのように扱われていたので」


「……」


 東王の眉根が寄った。


「ふん……、噂通りの男だな」


 吐き捨てるようにそう言った後、


「その通りだ、妖精たちは消えた。少なくとも、人の前からは」


 妖精たちが消えた……? 人の前から?

 どういうことだろう。


「消えた? 昔は、そうではなかったと?」


「我らとて、ここに住まう者だ。妖精郷へ恵みを求めることもある。狩人や山菜採りなどが、妖精と出会うことはままあることだ。……いや、だった、というべきか。いつしか妖精は現れなくなった。魔力の反応はあるというのに、だ」


 魔力の検知は、確か遺失魔法……、現在では再現できない魔法だったはずだ。発掘品などでしか存在しない、魔法の道具を使っているということだろう。

 そして、妖精の存在は確認された。だが、目の前には現れない。


「そしてそれとともに、妖精郷は"閉ざされた"。奥地に進むことは、今はできぬ」


「えっ、それじゃあ……」


 唐突に明かされた事実。

 薬草は探せないのか、と思った俺だったが、東王はそれを見越したように言う。


「心配は無用だ。求める心あらば、妖精郷の恵みは必ず眼前に現れる」


……東王の意味がうまく理解できない。


「あの、それは一体どういう意味で……?」


「言葉通りの意味だ。現に、我らの生活は何ら変わってはおらぬ。妖精郷は、今も我らが恵みの森だ」


 変わっていない?

 妖精に出会わなくなっても、妖精郷の奥に行けなくなっても、生活が変わっていない。ということは、得られる恵みは減っていないということか。

 なおも考えていた俺だったが、それを打ち切るように、


「さて、話は終わりだ。行け」


 手を払うようにしながら東王が言う。

 兵士に連れられ、俺たちは追い出されるように外に出た。

# 半獣族


 人類の一種。

 とくに素早さに優れた種族。獣の外見を持ち合わせている。

 その足と力強さを武器に、伝令や斥候、荷運びなどを担当する者が多い。


 獣としての特徴を持つ者も多いが、その発現には個人差が大きい。

 耳や尻尾だけの者も居れば、獣そのままの顔をしていたり、体毛に覆われた体を持つ者も居るという。


 文化も独特であり、他種族と相容れない要素を多く持っている。最大の生息地域である東方が閉鎖的である理由でもある。

 その最たるものである半獣語は、威嚇にも使う特殊な話法である。

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