魔術毒
騒ぎを聞きつけて、周りに人が集まってくる。その中に、顔見知りの兵士が居たのは幸運だった。
俺ひとりでは、クロガネを運ぶことも難しかっただろう。
クロガネは、厳密には北王に関係する人物ではない。今は雇用関係もない、ただの知り合いだ。市井の治療所に運んでもらうべきか、とも考えた。
だが、俺は手を貸してくれた兵士に頼み、城へ連れて行ってもらった。理由は大きく2つある。
1つ目は、本来襲われたのは俺だ、と思ったからだ。
俺が見知らぬ人物に襲われる理由など、北王関係しかありえない。今や俺は、変に名が売れて北方の要人扱いだ。
仮に訪問者だから、という理由だとしても、それは北の方針に反発するものだ。俺、という個人に対しての話ではないだろう。
それなら、組み合った相手の人相や気づいたことなど、クロガネから情報を引き出したい。
2つ目は、クロガネがあっさり倒れたからだ。
クロガネは隠れていた魔獣すら察知し、反撃できるほどに危険感知能力が高い。そんな彼でも、俺をかばうのが精一杯だった。そう考えると、あの黒尽くめは"危険"というレベルではないはずだ。
最後に言っていた、毒、という言葉も気になっている。クロガネの急激な衰弱と気絶もそのせいだろう。解毒や対策は必須だ。
不幸中の幸いというべきか、クロガネを刺した短刀は手元に残っていた。調べれば、何かわかるかもしれない。
判断は間違っていないと思う。
……もちろん、単純に心配という気持ちもあるが。
今は城の中の治療所で、傷の治療と状態の確認をしてもらっている。
担当してくれているのは、氷の三傑のひとり、リンの配下である法術師たちだ。
「やあ、コトバ。少しは落ち着いたかな?」
しばらくして、部屋から出てきたヒョウが声をかけてきた。
俺が持ち込んだ騒動の最中に帰還した彼女は、現状の確認をしていたところだ。出てきたということは、ひととおりの把握が終わったのだろう。
「ああ。……クロガネは?」
俺はヒョウに駆け寄り、質問した。……王様と廊下で立ち話、というのも何だなとは思う。だが、できれば早く確認したい。
「とりあえず傷の治療は終わった。だが目は覚めていない。体の方から確認したが、異常は見出だせなかった。……最初はね」
「最初は……、ってことは、今はわかっているってこと?」
「ああ。凶器が残っていたのは運が良かった。そちらから調べた結果、原因が判明したよ」
そこまで言うと、ヒョウは声を落とし、
「これは精神干渉系の"魔術毒"だ」
「……魔術毒?」
あまり聞き覚えのない単語だ。
「いわゆる、毒性の発生源が"魔力そのもの"である毒の総称だ。……毒薬由来の魔術毒は珍しい。それゆえ、答えにたどり着くのが遅れた」
……何だ? ちょっと違和感があるぞ。
魔術毒とは説明の通りだろう。ちょっと毛色は違うが、昔、ヘキトにかけてもらった勇気の法術のようなものだ。
あれは"良い効果を発する魔力"を流された例で、今回は"悪い効果を発する魔力"、すなわち毒性を発する魔力が流れた。
そして、その原因が毒薬だという。
ヒョウは凶器から原因を突き止めた。と言っていたから、あの短刀のことだろう。それに毒薬が塗られていた。そこまではわかる。
違和感の原因がわかった。
そんな毒薬が存在するのか?
魔術毒は聞いている限り純粋な魔力だ。ならば、それは"術者が直接触れなければ効果がない"はずだ。少なくとも、ヘキトはそう言っていた。
純粋な魔力を放出することは神の御業か、魔族の力技だ。例外はあれど、体から離れた魔力は、属性にあったものへ変換するのが筋だと。
魔術で毒薬を作ることはできるかもしれない。だが、それはただの毒薬だ。
……魔術毒ではないのでは?
「ちょ、ちょっと待って。魔力ってそんな状態で保持できるものなの? 俺の知る限りだと、魔力は何かに変換しないと放出できないはずだ。毒にしたら、それはただの毒なんじゃないのか?」
「……調子が戻ってきたじゃないか。その通り、これは極めて不思議な毒薬だよ。だが、その件は後だ」
ヒョウは俺の反応にわずかに微笑んで、そう言った。
……確かに、ヒョウの言う通りだ。今は、優先するべきことがある。
「毒の詳細はまだ解析不足だが、先に述べた通り、精神干渉系の毒のようだ。対象を眠らせるものだが、その深度が底なしだ。そうやって対象を徐々に衰弱させ、やがては死に至らしめる」
「……そんなの、まるで老衰じゃないか」
説明を聞く限り、かなり恐ろしい効果だ。
今回は目の前で切りつけられ、急に効果が現れたからまだわかる。だがこんなもの、こっそり投与されたらたまったものではない。
「こんな事を言うものではないが、食らったのがクロガネで助かった。君なら一瞬だっただろう。あの男でなければこうは持たない」
ヒョウのその一言で思い出す。そうか。もしかしたら俺が受けてたかもしれないんだよな……。
あれ? でも精神干渉系の魔力なら、俺には効果がないんじゃないだろうか? 俺の異能は、精神干渉系の魔力を弾くことができるはずだ。
それに、呼びかければ起きる可能性だってあるのでは?
「精神干渉系ってことは、俺が呼びかければ……」
「落ち着け。それで済むならもう目覚めているはずだろう?」
そう言われて気づく。そもそもクロガネが倒れたときに呼びかけていた。あれで起きないのだから、今、改めて呼びかけても効果があるとは思えない。
「魔術とはいえ毒だ。毒物が毒性を発し、それが症状を起こしている。魔力自体は、言わば毒性を作り出す工房だ。君の異能は毒性に効果はないだろうし、仮にあったとしてもごく短時間しか回復が見込めない。完全な回復のためには、工房の解体……。つまり解毒が必要だ」
ヒョウの説明を聞いて、ようやく理解できた。
俺の耐性はあくまで"魔力そのもの"に対するものだ。呼びかけも同じく、魔力の影響下にある相手にしか効果はない。
魔術で眠らせた人と、普通に眠った人。ふたりに俺が声をかけても、起きるのは前者のみだ。そして今回の場合、毒で眠っている人物は後者に近い。
「じゃあ、解毒の手段は?」
「通常の毒は、毒物を体外へ排出させるか、毒性の効果に対処して解毒する。……だが、魔術毒はそうもいかん。根を張るからな」
「……根って、どういうこと?」
「言葉の通りさ。魔術毒が患者の魔力と結びつき、それを材料に毒素を生成する」
話を聞けば聞くほどえげつない毒だ。
単純に考えれば、解毒のために体内の魔力が尽きれば良い。魔術毒の結びつきも解け、解毒される。それで簡単に解決するように思えるかもしれない。
だが、魔力とは大気中に存在し、呼吸とともに体内に取り込まれるものだ。その材料が尽きるというのは、つまり……、
「死ぬまで続くってことじゃないか」
そう、息の根が止まるときだ。
俺の結論に、ヒョウがうなずく。
「だからこそ、元凶の魔力を打ち消す必要がある。……解析を続けてはいるが、今のところ解決の目処は立っていない。薬にしろ、あるいは法術にしろ、想定できない意図は治せんからな」
……ん?
意図? 今、意図と言ったな?
魔術や法術と言葉は別れているが、それら魔法の原型は"願い"だ。"意図"ではない。あくまで魔力は"願いを叶える力"だ。
そして意図というのは、翻訳の異能を説明するときに使われた言葉である。決して特殊な言葉ではないし、意味が通らないわけではない。だが、この場に出るにはそぐわない言葉だ。
そんな関係の薄いところで意図という言葉が出るのはなぜか。
それは翻訳の異能に、俺の異能に関係する何かがあるからだ。
「……ねえ、何か隠してないか?」
俺の一言に、ヒョウの眉根が寄る。
「……」
その一瞬の変化を悟られたのか、確認しようとしたのだろう。目と目が合う。
それであちらも察した。彼女は苦虫を噛み潰したような顔をし、とても深い溜め息をついて、
「まったく、君の力は厄介だな……。いや、これは君の意志が、というべきか? こういうときまで察しを良くされても、何だ……、困る」
そこまで言うと、ヒョウは首を振った。
「……まあ、良い。あくまで仮説だ、仮説だぞ? 仮説の話だ。良いな? 絶対じゃない」
しつこいほどの念押しの後に、話がはじまる。
「東の大樹の国からほど近い中立地帯に、緑豊かな魔力溜まりがある。『妖精郷』と呼ばれる、さまざまな薬草が生える場所だ。仮に解毒薬の材料が見つかるとするなら、ここを除いて他にはないだろう」
妖精郷……。聞いたことがない。薬草が生える緑豊かな魔力溜まり、とはなかなか不思議な土地だ。ただ、東方ならばそういう場所もあるだろうな、とは思う。
あちらは香辛料の名産地で、交差点にも商品として流れてくることがある。それらは薬草と重なることも多い。輸出するほど収穫できるのなら、そういった"産地"があるのもうなずける。
「だが、薬草があると思っても、当たりを引くための当てがない。採れる薬草すべてを試す、などという時間はないんだ。そこでだ……」
ヒョウは一息ついて、
「君、毒を食らう気はあるか?」
「えっ?」
とんでもないことを言い出した。
ついさっき、その毒は俺ではひとたまりもない、と言われたばかりだ。それにそう言ったのは、他ならぬヒョウである。
うろたえる俺を置いて、彼女は話を続ける。
「君に"相手の意図を感じ取る力"があることは、まあ、わかっていると言って良い。そうだな?」
「あ、ああ」
「そして、それに対し"即応できるような力"も備わっていると見ている。"受け答えが流暢"というのはそういうことだ。わかるか?」
「……まあ、何となくは」
ヒョウの問いかけに、俺はそう答えた。
曖昧な回答は、自信がないというわけではない。納得はいくが、明確な説明が難しい力だ。
会話というものは、言葉を知っていれば行えるものではない。よく、会話のキャッチボールなどという表現をするが、まさにそれだ。相手の発言を受け止め、理解し、適切な発言を行う。
この一連の流れを、言語によらずスムーズに行うことができる異能。それが一般的な『翻訳の異能』に対する理解だ。
だが、相手の発言を受け止める、というのは、必ずしも文面通りの意味を受け取るということではない。
その解明には"意図"が必要だ。"好き"という言葉は必ずしも好意を示すわけではなく、"嫌い"という言葉は同じく拒絶や反感を示すとは限らない。
そして『翻訳の異能』は、それをも感じ取ることができる力なのである。
それは納得できる。少なくとも、元の世界にいた頃よりも優れているのは確かだ。
「……つまり、君が"魔術毒の意図"にさらされれば、自然と"解毒法"を見出だせるのではないか、という仮説を持っている」
最後に、ヒョウは結論を述べた。
なるほど。ここが彼女としては話したくなかった部分なのだろう。
異能の力は未知数だ。状況をぶつけられたときに、認識したそれに対応する何かを見出だせる可能性はある。
現に俺は、ただの引っかき傷から文章を見出したことがある。そこに何かの意図があるのならば、可能性はゼロではない。
しかし、その前提はただの推測だ。……いや、推測ですらないとも言える。本当にそんなことが可能なのか? と言われたら、俺にもわからない。
だが、
「……猶予は? 俺と、クロガネの」
「クロガネの方はわからん。今は安定している、としか言えん」
そこで少し、間をおいて、
「……君の方、だが。あくまで弱めた毒を投与するだけだ。死にはしない。だが、ある程度は効果を体感する必要がある。毒の効果を受け入れねばならん」
これは当然のことだ。これは予防接種ではないのだ。体が勝手に何かを見つけてくれるわけではなく、俺が何らかの意図を見出し、それを掴まなければならない。
そのために、俺が毒性の影響下に……、意図にさらされることは重要だ。
「そうだな……。2、3日もすれば、耐えきれず眠るだろう。しかし、死ぬまで深く眠る、ということはない。そう調整する」
「でも、そうなったらクロガネは時間切れになるかも……」
「ああ。いささか急すぎるが、可能性はある。だが、もしもの話をするならば、その間に解毒法が見つかる可能性も……」
ヒョウの言葉の続きを遮るように、俺は言った。
「やるよ」
「……そうか」
「話を聞く限り、俺への危険は想定外だけだ。なら、迷う理由なんてない」
想定外など、どの道を選ぼうが出てくるのだ。対策をするのは大事だが、恐れたところでキリがない。
それよりも、想定できる危険に対策するほうが先だ。
「それより、現地の危険は他にないの? ほら、魔力溜まりって言うし」
魔力が溜まる場所、と言われて思い起こすのは魔獣だ。正直、死なない毒よりもそっちのほうが怖い。あんなのにはもう、二度と関わりたくない。
「ああ、その点については問題ない。『妖精郷』と言ったろう? あそこでは、過剰な魔力は『妖精』になる。魔獣は出ないし、妖精が人前に出るなどめったにないさ」
妖精とは、簡単に言うと悪魔と似たような魔族だ。
悪魔が感情を核とする魔力の塊なら、妖精は物を核とする魔力の塊である。それに意志が宿ったもので、日本風に言うならば付喪神に似ている。そんな妖精だが、人前に現れることは滅多にない。
もちろん、それでも遭遇する可能性はある。そして魔族である以上、人間とは比べ物にならない力を持っている。……だが、こと妖精相手となれば、話は簡単だ。
「万が一、出会ったとしても逃げれば良い」
結論から言えば、そういうことである。
妖精は物を核とする魔力である以上、そこから離れれば離れるほど弱く、か細くなってしまう。
緑豊かな場所だと言うし、核となっているのは植物だろう。最悪、森から出るように逃げれば、何の問題もないはずだ。
……薬草を核としている妖精が居れば話は別だが、それはそのときに悩むしかない。
「わかった。妖精郷……、不思議な土地だね」
「まあな。……では、軽く整理しようか」
そう言って、ヒョウは俺に、これからの行動を指示する。
「こちらはこれより、君に投与する毒の精製に当たる。明日以降になるだろうが、完成次第、用意した人員とともに妖精郷へ向かえ。現地で君に毒を投与し、薬草を探索。発見次第、薬を作成し、解毒できれば目的達成だ。薬を持ち、速やかに帰還しろ」
「わかった」
「現地は野生生物の宝庫であり、君は毒を受けた状態で探索をすることになる。同行者の指示には必ず従え、良いな」
「もちろん。……さすがに、そこは俺がどうにかできるなんて思ってないよ」
「よろしい。君たちが妖精郷で薬草を探す間も、こちらで解毒を試みてはみる」
そこまで言うと、しっかりとこちらを見据えて、
「いいか、あまり無茶をするなよ」
そう、念を押した。……いつもより少し、強い声だ。心配しているのだろう。
俺はうなずきながら、
「わかってる。できることしかしないよ、俺は」
「……」
ヒョウは何か言いたげだったが、結局、何も言わなかった。
……何か、間違えただろうか。
# 東の大樹の国
東の果て、高い山々に囲まれ、『大樹』に覆われた国。東方とも称される。
神代の時代から続く木属性信仰『大樹教』発祥の地であり、法術師を多く抱える国。その治療技術に関しては四方国随一の力を持つ。
自然豊かでかつては栄えた大国だが。閉鎖的な政策が仇となり、勢力は落ち続けている。




