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再会と新たな事件

※2019/11/18 本文修正、表記ゆれの修正(いつもどおり→いつも通り)

 とある日の午後、俺はひとり、北の氷雪の国の街道を歩いていた。


 今日は布陣の研究成果報告のため、北方魔術研究室を訪ねてきたところだ。

 あそこはいつでも忙しそうだが、ここ最近はずっと大騒動だ。飛び込みで入ってきた"冥の力"の研究に、大きく力を割いているのである。


「最近、伝承やら宗教関連の本しか読んでなくて……。まるで歴史学者か何かになった気分ですよ……」


 とある研究者はそうぼやいていた。

 そしてそうまでしても、旗色はあまり良いとは言えないそうだ。……とはいえ、新しいものを見つける、というのは、きっとそういうものなのだろう。


 まあ、そんな多忙極まる研究室に、俺はわざわざ"進捗なし"の報告をしに行ったわけである。


「はぁ……」


 ため息のひとつもつきたくなる。布陣の研究はそれなりの時間を費やしたのだが、今のところ報告できるような要素はない。

 プランとしては言語と同じように、比較的簡単なものから読み解いていって、経験値を稼ぎつつ難しいものへ……。という流れを想定していた。

 だが、その初期も初期、簡単なものを読み解く。というのが思いの外難しい。


 ただ収穫もあった。研究室で他の研究者と話していると、ひとつ仮説が生まれたのだ。割と良い線行ってると思うので、交差点へ帰ったらちょっと確かめてみたい。

 まあ、うまくいくかどうかは、まったくわからないのだが……。


「……しかし、難しいなぁ」


 考えながら歩いていたせいか、思わず出た言葉に、視線が集まる。


 しまった、そこそこ大きな声で発してしまったようだ。

 あと、無意識の発言は異能の力が乗りやすいのもある。翻訳の異能は、俺の意図を伝えようとしてくれる力だ。普通だとスルーされるような言葉にも、注目が集まってしまうらしい。

 足早にそこを立ち去ろうとした俺を、


「おおい! ニィさん!」


 知った声が追いかけてきた。



 声をかけてきたのは、予想通りクロガネだった。

 交差点から旅立って以来の再会だ。久しぶりだし、立ち話も何だ。ということで、夕食には少し早いが店へ入ることにした。クロガネのことだ、おごりということにすればついてくるだろう、という打算もある。


 普段はあまり出歩かない俺だが、北方は別だ。少しは土地勘……、というか食事処の知識もある。

 交差点では、組合の食堂や自炊で済ませる手もあるが、こういった出先ではそうも行かない。コンビニやスーパーで出来合いを買える環境ではないのだ。

 自然、酒場などで食事をする場合も多くなる。北は魚がうまいのだが、クロガネなら肉を食いたがるだろう。なのでこの店を選んだ。それに、ここのほうが俺も都合が良かったし。


「しかし、すごい偶然だねぇ……。今は北を回ってるの?」


 テーブルにつくと、荷物を下ろしているクロガネに話しかける。ひとりと言ってもさすがに旅支度だ、決して身軽ではない。


 彼が交差点を旅立ってから、数カ月は経っている。俺も北方にちょくちょく来ているとはいえ、ばったり会うのはなかなかの奇跡だろう。

 ああ、そうだ。こういうのを星の巡りが良いというんだっけ。


「ん、おう。王様に会っただろ? そういや北って行ったことねぇなぁって思ってな」


 ああ、確かに。交差点で最後に食事をしたとき、ヒョウと一緒になった。まったくの偶然ではあったが、そのときに紹介もしている。

……というか、そのタイミングで行き先を決めたのか?

 本当に気のままの旅なんだな……。準備とか、大丈夫だったのだろうか。


 見た感じ、ちゃんと寒冷地用に装備を変えたりはしているようだ。交差点では鉄板混じりの革鎧だったが、今は毛皮を重ねたような上着になっている。

 剣の方も鞘が変わっているな。元々革の鞘だったが、何やら刺繍が施してある。……若干、布陣っぽく見えるのは職業病だろうか。クロガネにしては珍しい。


「そんないきあたりばったりで……。大丈夫だった? 下手すると死んじゃうんじゃないの?」


「そりゃあ、俺だって準備くらいするぜ。蓄えもあるし、死なない程度にはやってるよ。……しっかし本当に寒いよな、北は。剣も手入れが大変でよ……」


「ああ、結露とか?」


「そうそう。最初抜けなくなっちまって、鞘でぶん殴る羽目になったわ。店行って相談して、金積んで鞘に細工をしてもらって……」


 鞘でぶん殴るクロガネを想像して、少し笑った。……まあ、当人は笑い事ではなかっただろうが。


 室内と外を行き来すると、いろいろなところで結露が発生する。

 要は、気温の差で空気中の水分が水に戻るのだ。そしてそのまま寒い外に出ると、その水が凍るのである。大体はこまめに拭き取ったり、武器をまとめて外で保管したりする。

 だがまあ、それは面倒だったり、一人旅だと難しい。そしてその一度のミスが、即、命取りになるわけである。


 鞘に布陣が見えたのも納得だ。多分、乾燥のような火の魔術が使われているんだろう。布陣入りの剣なんて、奮発したな。と思っていたところだ。

 クロガネは強い戦士だが、剣に無頓着だ。いつも市販品の手頃なやつを使い潰している。自分で研ぎをやったり、手入れはきちんとしているようだが、高価な剣を下げているところは見たことがない。


「手入れ用の油とかも、現地のものを使ったほうが良いんだとさ。おまけだってくれたやつを使ってるが、寒くても伸びがいい」


「その土地特有の知恵があるよね、そういうの」


「まあなぁ」


 時代錯誤と言われることもあるが、歴史あるものは理に適っていることも多い。多分、油も低温で固まりにくいようなものが使われているはずだ。


 そんな雑談をしていると、料理が来た。

 早速食べはじめる。


「……おっ、うめぇな」


 どうやら、クロガネの口には合ったようだ。

 北は結構な酒豪が多く、こういう食事を主体に出す店は少ない。クロガネならば酒主体でも構わないだろうが、俺のほうがついていけない。この店を気に入ってくれるならなによりだ。


「よかった。遠慮しないで食べて」


「へへ、ありがてぇ。何しろこの寒さだからな、野宿もできねぇから金の減りが早くてよ」


「ああ、そっか……。旅も大変なんじゃないの?」


 北の旅は、かなり命がけのものだと聞いている。


 寒い、というのは移動が困難だ。雪に足が取られるし、それで大きく体を動かせば発汗する。その汗が冷えるのだ。気温のせいもあって、体温が下がりがちで消耗も激しくなる。

 動くのが辛ければ休むのも辛い。クロガネの言う通り、下手な野宿は自殺行為でしかない。

 それに、雪は道や景色をも覆う。吹雪いている時はもちろんだが、晴れていても方向感覚が狂うこともある。


「まあな。だからこそ今、来たってのもある」


 クロガネはそう言って、懐をぽんぽん、と叩く。

 なるほど。先の仕事で懐が潤っているうちに、ということか。


「ニィさんは仕事かい?」


「ああ。出先からの帰りだったから、飯にはちょうど良かった」


「へぇー……。しっかし、ニィさんも大変だな。あっち行ったり、こっち来たりしてよ」


「ああ、うん。まあね」


 同じようなことを、俺もヒョウに言った記憶があるな……。

 まあ、北方と交差点は転移門で行き来できる。街外れにあるとはいえ、弾丸ツアーなら日帰りで行けるくらいだ。苦にはなれど不可能ではない。

……もっとも、その転移門を使えるのは、北王の許可を得た者のみだ。さすがに観光には使えない。クロガネにも黙っておいたほうが良いと思う。

 変にそういうことを知ると、いろいろと周囲がうるさくなってしまう。クロガネには足かせでしかないだろう。



 しばらく後、俺たちは腹を満たし、喉を潤し、満足して店を出た。

 それなりに長く居たせいか、辺りはすっかり夕暮れ時だ。もう、すぐに暗くなるだろう。


「いやあ、食った食った。ごちそうさん」


 腹を擦りながら、クロガネは満足そうな笑みを浮かべる。


「相変わらずよく食べるよ本当……」


 とはいえ、財布の方はまだ大丈夫だ。俺が行きつけの大衆食堂である。ベースの価格設定は安いし、量もある。


「ところで、今日の宿は? 決まってるの?」


 さすがに、先の話の通り野宿というわけではあるまい。……というか、この街は野宿していると拘束される。場所柄、勝手に死なれても困るのだ。


「いや、今からだ。あっちの方に宿場があるって聞いてる。ニィさんは?」


 そう言ってクロガネが指差した先は、確かに宿が集まっている方向だった。

 ならば大丈夫だろう。安いところでも、最低限の暖は取れる。北方の住宅はかなり暖かい。


「そっか。俺は城に泊まれるから、そっちに行くよ。さすがにクロガネのぶんも、とまではいかないけど」


「おう。じゃあ途中までだな」


 クロガネの言う通り、大通りを通るなら途中で分かれる道だ。食事中に、明日にはこの街を立つ。と聞いていた。だからそこでまた、しばらくお別れである。

 あのとき交差点で覚えた寂しさは、今回は薄かった。まあ、またどこかで会えるだろう。何しろこんなところで出会うぐらいだ。


 そんなことを思いながら、雑談混じりで街道を進む。


 と、そのとき、


「ん……? 待った、ニィさん」


「え?」


 クロガネが左手で俺を制す。彼にしては珍しい、緊張と警戒の混じった声だ。……何かに気づいたのだろうか?


「……?」


 周囲を見回してみる。人通りは多いが、とくに何があるというわけでもない。いつも通りの北方の街道だ。

 不思議に思い、クロガネに声をかけようとした。そのとき、


 気づいたら、クロガネと"それ"が取っ組み合っていた。


「よぉ、何だテメェ……?」


「クロガネ!」


 組み合っている相手は、クロガネが何かを掴んでいるせいか宙に浮いた状態だ。位置関係でこちらからは手元が見えない。

 真っ黒な装束を着た、覆面の小さな人だ。小人族かもしれない。覗いている目が見開いているのが見えた。驚いているようだ。恐らく、不完全でも奇襲を防がれたからだろう。


 が、その黒尽くめはクロガネの拘束を振りほどくと、走り去ってしまった。


「チッ!」


 追いかけようとするクロガネだが、膝をついた。……おかしい。あんな小柄な人間に振りほどかれるほど、クロガネの力は弱くない。

 抱え込むようにしている左腕を見ると、そこには短刀が突き刺さっている。


「だ、大丈夫!?」


「ああ……。いや、多分……、毒……」


 毒!?

 クロガネのその言葉に、慌てて顔を覗き込む。……どこか目がうつろで、この寒さにもかかわらず汗が流れている。


「気を……、つけろ……」


「お、おい、クロガネ!」


 そこまで言うと、クロガネはそのまま倒れ込んだ。


# 小人族


 人類の一種。

 とくに器用さに優れた種族。種族名通りの小ささで体が細い。

 手先が器用ですばしっこく、運動神経も良い者が多い。その反面、非力で体が弱い。

 いわゆる遺跡荒らしや冒険者の他、商人になる者も多い。


 歴史的には手長族と共存しており、小人語はほぼ手長語……、つまり、共通語と変わらない。

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