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北方会合、閉幕

 部屋に残されたのは、何とも言えない空気だった。


「……とんだ筋書きだな。悲劇にしても陳腐だ、脚本の質を疑うよ」


 ヒョウの発言がひどく刺々しい。……悲しみと、怒りと、そして無力さのにじんだ声だ。

 もちろん、ヒョウには前もって話をしてある。ユウに話した内容も、俺の考えも、すべて伝えておいた。


 きっと、彼女は北王として、何かができたはずだと思っているのだろう。そんなことを言っても、仕方のないことだというのに。

 どこまで行ってもヒョウは北王であり、そして同じように、ユウは北方の民だった。もちろん、彼女の夫も。


 そんな彼の得たものは、空虚な永遠だった。

 そして彼女の得たものは、的外れな憎しみだった。


 ヒョウがこの結末に、何を思っているのか。それはわからない。

 彼らが得たものへの悲しみ、誰も気づかなかったことへの怒り、そしてその中に、自らが含まれる無力感。


 想像すれば、それらはいくらでも思い浮かぶだろう。実際に、当たっているものもあるはずだ。

 だが、その核を俺が知ることはできない。ただ、思い描き、感じるだけだ。


「ユウさんは、これからどうなるの?」


 俺は、ずっと黙っているヒョウに尋ねる。

 この場の空気に飲まれそうだとはいえ、ユウのその後は気になる。……できれば、良い方向に転んで欲しい。


「罪には問う。殺人を犯していないとはいえ、他者を不正に糾弾し、陥れようとした。そのことは明確にすべきだ」


 そこで一息ついて、


「その上で、しばらく隔離するしかあるまい。話をし、話を聞くが、最終的にどうなるかはまだわからない」


 隔離、というのが何を指すのかはわからない。牢に囚われ罪人となるのか、それとも病気などの理由をでっち上げて幽閉するのか。

 だがどちらにしろ、彼女は当分の間、表舞台に出ることはないだろう。


 ひとりになった彼女は、一体何を思うのか。


「あとは、人間派とも話をしなければな……。彼女は優秀だった。後釜に据える者が居ないわけではなかろうが、しばらくは揉めるだろう」


 ヒョウはそうも言う。北王としては、彼女ひとりのことばかりに気を取られてはいられないのだろう。


 人間派は数も多い。それを取りまとめてきた頭目が、いきなり居なくなるのだ。たとえ次代が速やかに決まったとしても、混乱はまぬがれまい。

 ましてや、それが揉めるとなればなおさらだ。大変な役割であるとはいえ、それは紛れもない権力であり、北王に近づくチャンスでもある。



 しばらく後、ヒョウが俺の名前を呼ぶ。


「……コトバよ」


 顔を上げると、彼女はいつもの微笑を浮かべている。


「良い働きだった。礼を言う。……この場に居たのが私だけであれば、ああはならなかっただろう。君のおかげだ」


 そう、話は少しさかのぼる。


 共存派の頭目を見つけ、話を聞き出したあとのことだ。

 ヒョウは、その時点で彼女を裁こうとした。


 それは正しい、と俺も思う。少なくとも死体は、あの時点ではユウが用意したギミックに過ぎなかった。隠し部屋と同じことだ。彼女を問い詰めれば、いずれ答えにはたどり着いただろう。


 だが、俺はそれに待ったをかけた。そしてその先を調べたのだ。結果は、先の通りである。

 それが良かったのか、それとも悪かったのか……。俺にはわからないが、ヒョウはそれに価値を見出しているようだ。


「……だがな、これだけは言っておくぞ」


 しかし。


「今の君の行いは、時に暴力的でもある」


 それを暴力的、と、ヒョウは称した。


「君ならば、そこから勝手に"何か"を見出すだろう。……だが、多くの者たちは違う。答えを示す必要もあろう」


 確かに、俺のやり方は無責任だ。


 そもそも最初から、俺は答えを得ることができる。と思って動いていない。

 俺が見出すものは他人の"何か"であり、それを見た者がまた、"何か"を得ると思っている。


 だが、それは傲慢だ。


 俺だって知っている。必ずしも、誰もが"何か"を得ることができるわけではないと。

 知ってはいるが……、常にそのことを気にかけて行動できているわけではない。


 ユウは"何か"を得たのだろうか。

 そしてそれによって、良い方向に向かえるのだろうか。

 もしくは、悪い方向に向かってしまうのだろうか。

 俺には、それはわからない。


 ヒョウの指摘は、まさにそこだ。

 本当は、彼女が良い方向に踏み出せるような道を示すべきなのだ。

……たとえそれが、不完全で主観的なものであっても。


「それと、もうひとつ。……手を取り合えぬ者たちに、手を取り合える距離で暮らせ。と言う方が酷な場合もある」


 考える俺に、ヒョウは2つ目を提示する。


「間仕切りは、人を不幸にするためだけに存在するわけではない。……この世界は、人類には狭いかもしれん。だが、ひとりの人間には広すぎる。受け止められぬならば、区切るしかない」


 そういえば、ここに来るときもヒョウは言っていた。君は人の悪意を舐め過ぎだ、と。


 手をつなぐことができる距離は、殴り合うことができる距離でもある。

 自分にその気がなくとも、相手にある場合、自分はそこに踏みとどまるべきなのか。

 あるとすれば、その理由は何なのか。


 恐らく今の言葉は、ヒョウの過ごしてきた環境に大きく影響されているのだろう。

 北王の後継者と、現代日本の一般人だ。向けられる意図の質も、量も、まったく違う。


 俺には、ヒョウの思っていることはわからない。ただ、それを感じ取るしかない。


「以上だ。……いろいろと述べたが、改めて言っておく。良い働きだった」


「ありがとう。……ヒョウは優しいな」


「はっ、笑わせるな。君のほうが数段上のお人好しだろうよ」


 俺の答えに、ヒョウは苦笑した。



 結局、2日目は事件解決のあと、関係各所への連絡のみで終わった。


 会場である館は、主人であるユウが不在となったが、一時的にヒョウが北王として預かることになった。

 ユウの夫の死体は、念のため調査される。科学的なものではないらしいが、いわゆる検死である。事件性云々というより、そのまま埋葬しても問題ないかの確認だという。

 そしてユウについては、北王が身柄を預かったことのみ公表された。


 翌日、遅れはしたが三派会議が開催された。


 人間派は、このひとときだけはまともに稼働していた。

 頭目の補佐の男が、臨時の代表となったのだ。このあとも彼が取りまとめるのか、それはわからないが、少なくともきちんと代役をこなしていた。


 共存派の頭目は、2日目のうちに簡単な検査を済ませ、心身ともに問題ないという結果を得ていた。

 とはいえ、事件が各派閥への姿勢に影響したかもしれない。比較的、言葉少なではあった。


 魔族派に関しては……。いや、魔族派"側"に関しては、とくに変化はなかった。どちらかといえば、それに対する他の派閥の反応が変わっていた。

 現れたのは僅かな恐れと、疑問だ。糾弾された際に黙っていたことが、不気味に見えてしまったのかもしれない。


 事件を機に、変わったこと、変わらないことがあった。

 だがそれでも、三派会議は滞りなく終了した。



 予定よりも長引いてしまったが、北方会合もこれで終わりだ。役目を果たせたかはわからないが、これでしばらくはお役御免である。

 城へ戻るため、馬車に乗ろうとしていた俺たちに、


「北王、コトバ様」


 そう声をかけ、近づいてくる者が居た。アカナだ。

 少し距離をとって、後ろにミラも立っている。


「間に合って本当に良かった……。北王、少々お時間をいただけませんか? お話をさせてください」


「良い、申せ」


 アカナの申し出に、ヒョウはうなずいた。彼女は俺たちに腰を落とし、深く一礼をすると、


「まずはお二人にお礼を。本当に、ありがとうございました。私の嫌疑を払うために振るわれた力と、何より私へ向けられた信頼に、心より感謝を申し上げます」


「なら、それはコトバにくれてやれ。彼が最初に、前へ出たのだ」


「え、いや、そんな……。あの、かしこまらないでください。最初にも言ったはずです。これは俺がしたことですよ」


 ヒョウの言葉に、俺が慌てて手を横に振る。それを見て、アカナは微笑んだ。


「お優しいのですね。……その優しさに、今一度だけ甘えさせてください」


「えっ?」


 驚く俺をよそに、彼女はヒョウに向き合う。


「北王、処罰は後ほど、いかようにもお受けいたします。今、ただ一度だけ、不遜な言をお許しください」


「ふむ? 良い、申してみよ」


 ヒョウの許しを得たアカナは、俺の前に立った。そして、


「北方魔族の長として、コトバ。あなたに告げる」


 堂々とした声で、


「我が配下となりなさい。あなたの望みをすべて、何でも叶えてあげる」


「……おいおい、よりにもよって私の目の前でやるやつがあるか」


 ヒョウは苦笑しながら野次を飛ばすが、その声に、いつもにはない棘がある。

 無理もない、面前での引き抜きだ。さすがに苦情のひとつくらいは入れなければ示しがつかない。


「いいえ、あなたの前以外ではやらないわ、北王。そういう誘いなのよ、これは」


 その棘を知ってか知らずか、アカナははっきりと口にした。


「本気なの」


 その一言で何かを察したのか、


「なるほどな。……今回は許そう」


 ヒョウはそう言ったあと、俺に対して、


「コトバ、北王の命だ。"自らの心のまま"回答せよ」


「……」


 そう命じた。


……すごく、ややこしい話になってしまった。


 今のアカナの声には裏表がない。言葉を言葉のまま受け取って構わない、そういう意志と力がある。とても強い声だ。

 彼女がどういう意図で、俺にそれを伝えているのかはわからない。

 だが彼女の配下、ミラは言っていた。彼女は見えないものを、他人を通して見ようとしている。と。そのための引き抜きだろうか。


 ヒョウの命令の意図も、正直わからない。その必要がないからだ。

 俺が誰かに配慮をして、自分の意志を曲げたことはないはずだ。とくに、こういう自分の自由が左右されるような場面では。

 声の感じにからかったりするような色があるかと思えば、そうでもなかった。比較的、無色に近い。

 とはいえ、俺が引き抜かれても構わないと思っている、というわけでは決してない。それくらいはわかる。


 考えても、よくわからない。

 そうだ、ヒョウも言っている。自らの心のまま回答すれば良いのだろう。

 俺の思う答えは……、


「ごめんなさい」


 俺は、アカナに頭を下げた。そして、


「新しい景色を見せてくれると、約束をしてもらっています。俺は、北王の元を離れる気はありません」


 顔を上げ、彼女の目を見て、胸を張る。

 しっかりと、そう伝えた。


「……そう。見積もりが甘かったかしら」


 アカナが目を伏せ、呟く。

 悲しむような、なのに嬉しそうな、そしてそれに戸惑うような、複雑な感情を秘めた声だった。


「もし、行くあてがなくなったら来なさい。……私の生は長いもの」


「ふふ。残念ながら、私も耳長だからね。彼よりは長生きするさ」


 笑みを湛えるアカナと、微笑を浮かべるヒョウの視線が交差する。……楽しそうだな、この2人。


「あら。なら今のうちに、死なないようにしておこうかしら」


「えぇ……、冗談ですよね?」


 視線を向けられた俺は、心底嫌そうな声を上げてしまった。……まあ、アカナの声色から何となく察してはいる。

 さすがに、人を不死者にするような術はないと思う。あったとしても、俺はごめんだ。


「ええ、もちろん。……それでは北王、私はこれで失礼いたします。また会いましょう、コトバ」


 そう言ってアカナは別れの挨拶をすると、ミラを従え去っていった。

 彼女たちが見えなくなるのを待って、俺は大きく息を吐く。


「ああ、なんか緊張した……。ヒョウもヒョウだ、変な命令して」


「あれか、良い演出だっただろう? 何、君には必要ないものだが、彼女には必要なものさ」


 彼女に……、アカナに必要?

 うーん、俺の答えが彼女に信用されないことを危惧したのだろうか。まあ、伝わらない可能性はなくもないが。


 ちょっと思考に入りかけた俺を、ヒョウの追撃が襲う。


「しかし、なかなか熱烈なものだったじゃないか。魔族からああも求められるとは。人の身で得られる経験ではないぞ? あれは」


「あのねぇ……。からかわないでくれよ」


「ふふ、からかってはいるが、言っていることは事実だ。良い架け橋になってくれることを期待しているよ。今後もよろしく頼む」


 その塩梅が一番厄介だということを……、知っているんだろうなぁ。

 だがまあ、こういうときに便利なのが翻訳の異能だ。からかい部分と本気の部分の区別はつく。真に受けるところは真に受けなければなるまい。


「しかし……。話は変わるが、まだ私の用意する"先"が必要なのか? 君は」


 ヒョウの疑問は、さっきの俺のアカナへの回答の話だろう。

 昔、「新しい景色くらいは見せてやろう」と、ヒョウは言った。俺が就職を決めたときの話だ。


「今は満足してる。でも、いずれは今の手持ちも、解決していくんだろうって思ってるよ。そのときは、またお願いするかもしれないじゃないか」


「……ふっ。いやはや、これは。私も少々、君を安く見積もりすぎたかな?」


 俺の言葉に、ヒョウは珍しく、少し困った顔をしていた。

# 魔力、魔の力


 願いを叶える力とも呼ばれる、魔法を発動させるために必要となる力。

 神代の戦で大量の魔力が地上に撒き散らされ、竜も人も長い間、それに頼ってきた。


 魔力はさまざまなものに蓄積される。

 そのためこの世の生物は、けっして魔力から逃れることはできない。


 もっとも、そう望む者は存在しないだろうが。



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2019/11/14

これにて第三章終了です。そして明日から第四章がはじまります。

そして、毎日更新は第四章の終わりか、第五章の終わりまででいったん終了します。

詳細は活動報告にて。

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