答え合わせのその先
俺とヒョウは、ユウの部屋を訪れていた。
ユウは朝に出会った時とは違い、身支度を終わらせていた。当然だろう。もう昼も過ぎ、夕方に近い。
ただ、この僅かな時間に、ひどく憔悴しているように見える。
もちろん、王命とはいえ、朝からこの部屋に缶詰状態である。少しくらい弱ってもおかしくないだろう。
だが、その程度が大きく見えるのは、俺の気のせいではない。
対面に座っている俺とは目を合わせず、お茶の入ったカップを見つめている。
まるで、推理小説の佳境みたいだ。
でも何度でも言おう。これは、ミステリではない。俺にとっての現実だ。
ヒョウの……。北王の御前で、俺はユウにこう切り出した。
「ユウさん。"被害者は死んでいません"。無事に見つかりました」
「っ……」
ユウが息を呑む。
そう、ユウが隠そうとしていたもの。俺が異能でそう感じたもの。そのひとつはこの事件の被害者……、共存派の頭目だった。
「魔術か薬で眠らされて、隠し部屋に縛られたまま転がされていました。治療した本人からも、確認が取れています。夜中にあなたが訪れて、話していた際に強い眠気に襲われた、と」
ユウは昨夜遅く、彼の部屋を訪れた。そして話に乗じて、彼を眠らせたのだ。
あとは、隠し部屋に置いておいた死体と彼を入れ替える。ただそれだけ。トリックとも言えない舞台装置を使った、シンプルな答えだった。
きっとユウは、こんなことになる前の段階で、事件を片付けるつもりだったのだ。
それほどにあの死体はショッキングなものだった。俺だって、事前の知識がなければアカナに疑いの目を向けただろう。
だから、詳しく調査されることを恐れたのだ。
……と、きっと皆、思うはずだ。
「そう」
ため息をついて、ユウは口を開いた。
「なら……。もう、おしまいね。私のやったことです。アカナに罪を被せ、失脚を狙ったもの……。そしてもしかしたら、今の北王の方針も変えられるかもしれないと、そう思っていました。だから……、」
「いえ、まだおしまいじゃないです」
だが、俺の望む答えは、そんなものではない。
「……えっ」
驚きとともに、ユウの視線が俺のそれと重なる。
「終わりじゃないんです。というか、あなたがそれを言っちゃいけない。だってあなたにとって、そっちは重要じゃないはずだ」
「……あなた、何を?」
うろたえるユウに、俺は告げた。
「埋葬したかったんじゃないんですか。あの死体を」
ぴくり、と、ユウの肩が震える。
「"吸血鬼の研究"の果てにああなってしまった、"旦那さんの死体"を」
「……」
ユウの表情が、複雑に変化する。驚き、恐怖、怒り、悲しみ……。そして、僅かな安堵。
食いしばるようにした口から、声が漏れる。
「……なぜ、知っているの」
その一言が誘い水になったのか、開いてしまった口から、とめどなく言葉があふれる。
「もう、誰も知らないはずだわ……。使用人も、配下の者も、すべて。だって彼は、隠し通したんですもの。私すら、私ですらそれに気づかないくらいに!……それにあのときの彼らは、もう辞めてしまった。ここから居なくなってしまった。だって彼らは、彼に仕えていたんだから。もう誰も居ない。この館でそれを知っている者なんて、もうどこにも居ないのよ。それは……、もう……、私しか」
彼女の言葉が、とても、辛い。
ヒョウの話を聞いて、想像した通りだった。……いや、恐らくそれ以上だったのだろう。
夫が失踪したと知り、周囲から、家から人が離れていく。その中で、彼女は道を選ばざるを得なくなった。
ひとつはそのまま衰退する道。悲嘆に暮れ、嫁いだ家の黄昏を眺める選択。いつか立ち上がるときのため、心を休める期間を設ける道。
ひとつは戦い勝ち取る道。鎧を着込み剣を手に取る選択。その場に踏みとどまり、家を、彼女自身を立ち上がらせる道。
どちらが正しい、などという話ではない。ただ、彼女は選んだのだ。
人間派の頭目という剣を持ち、女主人の鎧を着込んで。
衰退しはじめた家を建て直すという、戦いの道を。
俺は、種明かしをはじめる。
「旦那さんの部屋に、"隠し部屋"があったんです。そこに情報が残されていました」
「隠し、部屋……? でも、そこにはもう、何も……」
「いいえ。あなたは知らないと思います。俺が言っているのは"その部屋"のことじゃない。その"先"のことです」
俺の言葉に、ユウは呆けた。
「あの"隠し部屋"にはもうひとつ、"隠し部屋"があったんです」
共存派の頭目が転がっていた部屋は、ユウの夫が用意した隠し部屋だった。きっとそこで、人目をはばかる研究を続けていた。そう思わせるような造りだ。
さっきユウが言っていた、「そこにはもう何も」の"そこ"はこの部屋だ。確かに彼女の言う通り、その部屋にはもう、手がかりになるようなものは残っていなかった。
だがそれは囮だった。……例の印が、また見つかったのだ。
そしてその先に、埃にまみれた、本当の"隠し部屋"が姿を現したのである。
「彼は研究のことを、周囲にも、あなたにも隠したかったんでしょう。人間派の頭目である彼が、吸血鬼の不死性を研究しているなんて」
魔族どころか、人間の中でも手長族を優先して筆頭に据えるような集団、それが人間派だ。その筆頭が吸血鬼を調べるなど……。たとえ発覚しなかったとしても、そんな噂を匂わすだけで危険な話である。
だから、それを察した彼女も、彼を"失踪"としたのだ。あの死体を彼として埋葬することはできない。なぜそんな変死体になったのか、調べればわかってしまう。そうすれば、彼のすべては失われる。
「その隠し部屋で、日記を見つけました」
「日記……、彼の」
「と言っても、日は結構飛んでて。意外と面倒くさがりだったのかもしれないですね」
ユウは目を伏せ、息をのんだ。……閉じた口の中で、歯を食いしばっているのがわかる。
「おかげで、この短時間で全部読み切ることができました。……書いてあったのはすべて魔族語です。きっと、あなたに読まれてもわからないように」
本当に、この部屋は丁寧に隠されていた。拙い魔族語を使ってまで、記録すら解読させないつもりだったのだろう。
何かの漫画であったな、二重に物を隠す必要性を説いていた覚えがある。秘密を暴きたい者は、秘密を暴いたことに満足するものだ。だからその先を探す者は少なくなるのだと。
ユウも、何かを元に疑念を得て、部屋を調べたのだろう。そして隠し部屋を見つけ、残された情報を目にした。それに満足したのだ。
だから今から話すことを、彼女は知らない。
「断片的にですが、流れはつかめました。彼は吸血鬼の不死性を、その血に求めたようです。そして魔族領に通っては、吸血鬼と知り合い、少しずつ血を分けてもらった。そして……」
俺は一息ついて、言った。
「その血を、自分に流し込んだ」
常識的に考えれば、それは暴挙と言わざるを得ない。
この世界としても、元の世界としても。
まず、血を魔法の触媒とする場合、用意するのは"新鮮"な"自身"の血だ。他人の血に含まれる魔力は、他人の願いに感化されている。それは"汚染"だ。
たとえ同じ願いでも、その過程は各々異なる。そもそも、同じ願いはあれど、"寸分違わぬ願い"などありえない。
新鮮であることも重要だ。人は移り変わる生き物である。昨日の血は、昨日の自分の願いに染まっている。他人のものよりましとはいえ、古い血液は滅多に使われない。
あとは、元の世界の知識でもわかるだろう。……明らかに"合わない血"を流し込んだのだ。生きていられるはずもない。
だがそれでも、あんな姿になるのには、何らかの理由があるはずだ。
俺はそれも推測していた。
「もしかしたら、魔力が"無意識の願い"を受け取ってしまったのかもしれない」
「無意識の、願い……?」
「私に魔法のことを教えてくださった方の考えです。強い魔力をそのまま扱えば、些細な願いすら、強く具現化してしまうだろう、と。そうおっしゃっていました」
ヘキトが教えてくれた、三大要素を排除した魔法の思考実験。その中で彼は、ままならない、と言った。思うままに事をなす、ということの難しさを説いた。
まさにこれは、そういうことなのだろう。
強い願いに反応した、さまざまな願いに汚染された魔力。舵を取れず暴走したそれは、望まぬ形で願いを叶えたのではないだろうか。
「旦那さんは、永遠を願ったんじゃないかと思ったんです。……"不変の肉体"を」
それが、俺の考えた、あの死体の核。
「ユウさんは、研究のことをどうして知ったんですか?」
「……遺品の、整理のとき」
そう言って、ユウはくすっと笑った。
「彼、あなたの言うように、面倒くさがりでズボラなのよ。よく本を片付け損ねて……。何か隠しているとは思っていたけど、最後の最後に、よりにもよって吸血鬼の記録を。中途半端な巻数の本だったから、どこかに隠しているんだと思って……」
探して、見つけてしまった
それはきっと、些細な疑問だったのだろう。
「あんな化け物、居なければ……。ずっと思っていたけれど、あれ以来、より強く思うようになった。吸血鬼さえ、この世に居なければ……」
だがその発見は、彼女の鎧を強固にした。ユウという女主人の鎧を。
居なければ、自分もこうはならなかった。
居なければ、彼も生きていた。
居なければ、彼の心も、移ろうことはなかったのだと。
でも、俺の考えは少し違う。
「勝手な想像ですけど……。別に、彼は吸血鬼になりたかったわけじゃないと思います」
日記の最後には、嬉しそうな文字でこう記されていた。
――やっと、はじまる。
「多分、あなたと一緒に生きたかったんじゃないですか?」
「……」
吸血鬼に……。いや、"不死者"になろうとしたのは、手段であって目的ではない。
それが、俺の出した結論だった。
「手長族の男性が、耳長族の女性を愛したんです。寿命の差は、ずっと考えていたはずだ」
ユウの夫の話は、ヒョウから聞いた。彼女に惚れ込み、結婚にこぎつけたのだと。
人間派の頭目で、手長族の男が、耳長族の女を愛した。考えてみれば少しはわかる。その難しさ、障害の多さが。
それを乗り越えるだけの想いが、彼にはあった。そして彼女にも、それを受け止めたのだ。
「最初は良いんです、まだ先が長いから。長いと思っているから。……でも、時が過ぎて、その時が幸せで、いずれそれが失われると思ったら……」
そうして気づく。2人は違う時の流れを生きているのだと。
彼は悩み、焦っただろう。そして研究に没頭する。彼女にそれを秘密にしたまま。
「……でも、彼は、まだ若かったわ」
「"滅び"を受け入れるようになるのは、きっと老成してからです。……年をとったら、というわけではなくて。いろいろなことを見て、知って、そしてそれを消化してできることだと思います」
俺には、それはまだわからない。彼にだって、まだ早い話だ。ユウの言わんとしていることはわかる。それは間違いない。
でも彼にとっては、世間一般の同年代よりも、その問題は身近だった。そして、彼にはそれがすべてだったのだ。
その心を知るには、長命な彼女は、まだ若すぎたのだろう。
「……2人の感覚が、違ったんでしょう。あなたはそれを"まだ"と言ったけど、多分彼は"もう"と思った。それだけです」
「そんな……、」
ユウの心が、爆発した。
「そんな当たり前みたいなこと!!! 私が、馬鹿みたいじゃ……」
「馬鹿でも、当たり前でも、ないです。当たり前だからって、そんな簡単な話じゃない」
ユウの言葉を遮り、俺は彼女にそう言った。
それは、とてもむずかしい話だ。
「皆、何かしらの意図を持っている。意識的にでも、無意識にでも」
それはこの中でならば、俺が一番良く知っていると思う。
ただの柱の傷にすら、人の意図は宿るのだ。……あれはきっと、彼の研究への決意が色濃くこもっていたのだろう。
「その意図を知るのはすごく難しいことだと思います。そしてそれを見失えば、2人はずれてしまう。最初は些細でも、そのずれに気づかなければ、いつか埋めがたい溝ができあがる」
彼は研究をはじめ、それを彼女に隠した。
本当に、すべてを隠しきれたのならば良かったのかもしれない。だが、そんなことはできなかった。
よく本を片付け損ねていた、と彼女は言った。彼は隠しきれているつもりで、隠せていなかったのだ。そしてそれは、些細なすれ違いを生んだ。
彼女は、彼の隠し事を気にしていた。
とはいえ、彼は口を割らない。……言えるはずもない。内容が内容だ。下手をすれば、夫婦揃って立場を失う。
彼は万が一それが発覚した時、ひとりで責任を負うために隠し通した。彼女は知っているつもりで、それを知らなかったのだ。そしてそれは、些細なすれ違いを生んだ。
徐々に広がり、やがて溝となるものを。
「もし、あなたがその"無意識に出る意図"を"当たり前"だと言うなら……。次はちょっとだけ、気にかけてあげてください」
「……次、次なんて」
「"まだ"ありますよ。整理する時間は、きっとたっぷりあります」
努めて、平静に声を出す。
俺の声は、こういうときに意図を出しすぎる。きっとそれは、ユウにとっては良くないものだと思う。
「……なんで」
ユウの口からぽつりとこぼれた言葉は、本心からの疑問だった。
「なんで、あなたは、こんなことを? 私を……。私を、責めないの?」
その質問の答えはひとつしかない。
「それは、俺の役目ではないからです」
俺ができることは、見たものを話すことだけだ。
「ただ、思ったことを伝えたかった。彼の意図がこうなのではないか、と感じたとき、それをあなたに伝えたいと思った。それだけです」
彼女を責めることは、まあ、人によってはできるだろう。
それは正しい行いではないからだ。
だがその根源の悲しみは、俺にも少しはわかる。俺は結婚もしていないが、悲しい、という感情を学ぶことはできる。そしてそれを推し量ることも。
そして彼女はただ、その悲しみの後の歩み、その方向性にだけ、罪があると思う。
「そう……。なら、私は裁きを受けなければならないのね」
罪を裁くために与えられるのは、罰だ。
そしてそれは、俺の役目ではない。
「はい。……北王、以上です」
そう言って、俺はヒョウに顔を向ける。
彼女は俺が話している間、ずっと無表情で、目を閉じたまま、黙っていた。
俺の言葉に反応し、ヒョウが目を開く。
「うむ……。ユウよ、追って仔細は問わせてもらうぞ。沙汰もそのときに言い渡す。良いな?」
「はい」
ヒョウの言葉にそう答えたユウは、深く頭を下げた。
「よろしい。……おい! 入ってこい! ユウを連れて行け!」
ヒョウが鋭い指示を出すと、部屋の扉が開く。
兵士に連れられて、ユウは部屋から退室した。
# 平等
土属性・法術
味方全員の体力をその平均にする。この効果は体力の上限を無視する。
原初の願いが元となった法術。倒れた者に施したかったのか、倒れた者が奪いたかったのか、今となっては誰も知らない。
だがこれは、決して正しいわけではない。ただ等しいだけだ。




