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新たな力、思わぬ使い道

 俺とヒョウは、改めて現場を調査するため、死体が発見された部屋に戻っていた。


 もちろん、朝食を済ませ、身支度を整えてからだ。……食べている間、頭の中に死体がちらつくのはどうにも辛かったが。

 もっと生々しい死体だったら、食事も喉を通らなかっただろう。不謹慎かもしれないが、ある意味、死体という感じではなかったから助かった。


「さて、あれだけのことをしたのだ。兵たちも動いてくれている。何かしらを見つけなければな」


 ヒョウの連れてきた兵士たちは、各所の見張りの他、手分けをして聞き取りをしてもらっている。いわゆるアリバイの確認だ。


「……そうだね」


 ヒョウの言葉に、少し声が固くなる。それを察したのか、


「ふふ。しかし、さっきのはなかなか様になっていたよ。ユウを前にあの啖呵だ。名前の他に、いくらか顔も売っただろうね」


 そう俺に言ったヒョウの微笑は、誇りと、気遣い。あとはいつものからかいが混ざっている。

 うーん。お褒めの言葉はありがたくいただくが、正直、後半の副産物は想定外だ。


「……まあ、最後のは誤算だけど。でも良かったよ、『拍』がこんなところで役に立つなんて」


 ヘキトの助言を聞いて、戦術を学んでおいて良かった。どんなところで、何が役に立つかなんてわかったもんじゃない。


 拍とは戦術の要素だ。いわゆる行動におけるテンポ、拍子のような概念で、RPGでいうとターンや各自の行動といった単位に近い。

 戦術には、集団の配置を操作する『陣』と、個人に声をかけ操作する『言』という大まかな区分がある。そしてその両方に、『拍』は密接に関係している。

 要は、陣形の運用も、適切な助言も、間が悪いと効果を発揮しないのである。


 ユウのペースを乱したのは、彼女の演説に拍を見出だせたからだ。

 戦闘中の拍を見極めるのは、俺の力ではまだ無理だろう。……だが会話の中でならば、未熟な戦術でも少しは役に立つらしい。


「なるほど、戦術か。……相変わらず、君は手が早いな」


 俺の解説を聞いたヒョウが感心している。評価をされるのは良いことだ。


「……まあ、それはともかく。この部屋って何なんだろう。俺たちの部屋とは明らかに造りが違うけど」


 そう言って、部屋を見渡す。

 死体はまだ転がったままだ。兵士が見張っていてくれたおかげか、とくに動かされた形跡はない。


 客間は比較的シンプルな家具でまとめられた部屋だった。だがここは、少し雰囲気が違う。

 まず、備え付けの棚が多い。寝具があるので寝室だろうが、趣としては書斎のように見える。部屋の隅に置かれた机も、簡素なテーブルではなく、引き出しを備えたどっしりとしたものだ。

 それに部屋のサイズも違う。体感での広さは客間とさほど変わりないが、収納が多い分、こちらのほうが間取りとしてはより広いはずだ。


「ここは元々、家の主人の……。夫の部屋だった場所だな」


「夫? 夫って、ユウさんの?」


「ああ。君は知らなくて当然だよ。ユウは耳長族だろう? 手長族である夫のほうが本家の血筋でね。元々、人間派の頭目は彼だった。彼女は嫁なんだ。夫が惚れ込んで、どうにか結婚にこぎつけた」


 なるほど、それはちょっとややこしい話だ。


 人間とは複数種族の総称ではあるが、実は狭義では手長族を指す。寿命は短いが数の多い彼らが、最初に自分たちをそう称したのだ。言い方は悪いが、他の種族は生存戦略として、手長族の尻馬に乗ったのである。

 だから、"人間派頭目の耳長族"というのは、この世界の常識からすれば、少しだけ違和感がある。ヒョウの微妙な言い回しは、つまりそういうことだ。


「そうして幸せな結婚を成し遂げた2人だが……。その後、彼は失踪している。そしてガタついたお家騒動を制し、ユウが立て直した」


「それはすごい」


 素直にそう思った。


 先に挙げたような環境の中、それでも派閥をまとめたのだ。それ相応の力があるのだろう。

 俺は集団内の政治や、人付き合いといった分野が苦手だ。だからこそ、わかることもある。そういう場は、主流以外にとても冷たく、厳しい。

 しかも嫁である。周囲に血縁は居ない。下手をすれば、孤軍奮闘を要求されただろう。その中で人を束ねたのだ。長としての才か、努力。もしくはその両方がなければ成し得ないことだ。


「そうだな。……まあ、その柱が他者の排斥でなければな」


 ヒョウの後半の呟きは、半ばぼやきのようだった。

 彼女がユウを語るとき、嫌悪とともに現れるのは、いつも口惜しさだった。……なんだかんだと言って、能力は評価しているのだろう。そして、その力が惜しいのだ。


「……何で、彼女はあんなに魔族を目の敵にしているんだろう」


「おいおい、あれをまともに受け取ろうというのか? よしておいたほうが良い」


 何の気なしに出た俺の疑問に、ヒョウがぴしゃりと告げる。続けて、


「利害、善悪、好き嫌い、敵味方。これらをないまぜにするとああなる。そうなったら取り付く島もない。下手に手を出して、君が感化されても困る」


「うーん……。ヒョウの言っていることは、なんとなくわかるよ」


 だが、俺が気になるのはそこではない。彼女の意図だ。

 それは言わば、彼女から伸びる線である。その根本には必ず、発信源が存在するはずだ。彼女の根源、核となるものが。


 なぜ、彼女があんなにも苛烈なのか。

 その根源は、核は何なのか。


「まあ、先に調査をしよう。……この部屋は、ちょっと怪しいと思う」


 今、それを深く考えても、答えにはたどり着けない。

 俺はヒョウにそう言って、この部屋を調べることにした。



 そうしてはじめた調査だったが、すぐに何か見つかる、というわけではなかった。


 棚や引き出しなど、物を収納するところは多い。だが、そのほとんどは空だった。

 まあ、当然とも言える。客に貸し出した部屋だ。私物を置くはずがない。


 でも、ヒョウと……、北王と対峙したときに感じた、ユウの焦りは本物だった。

 異能で感じた通り、ユウは何かを隠していると見ている。ならば、それは普通とは違う部分……。差異に見つかるはずだ。彼女が画一した客間でなく、元夫の部屋を割り当てたことにも、何か意味があると思う。

 それを見つけ出すことができれば、調査は大きく進展するはずだ。


「ん……」


 何かが、視界の端をうごめいた。


「何だこれ……。柱の傷? 落書きか……、汚れ? でも……」


 とある柱の腰辺りの高さ、そこに奇妙なものがあった。引っかき傷を組み合わせたような印に、インクの滲んだような汚れが付着している。

 まあ、偶然できたにしては違和感を覚えるものではある。……だが、俺が引っかかった理由はひとつ。


 そこに、文字が見えたからだ。


「……いや、まさか」


 そうは思うものの、腰をかがめ、じっくり観察する。遠目に見たり、近づいたり、角度をつけたり。発掘図書の翻訳で、未知の文字への接し方は慣れてきている。

……間違いない。これに意図はある。


 だが、意図が"ある"とわかるが、"読める"まで行けない。刻まれたものが少なすぎる。

 恐らく、翻訳の異能が、提示できるほどの情報にたどり着けないのだろう。


 通常、文字や言葉というものは文化的な背景がある。それなりの人々に使われ、それなりの時を過ごす。そしてそれが、世界に蓄積される。翻訳の異能は、恐らくそういった"何か"を参照しているのだと思う。

 そうでもなければ、俺の視界は文字にあふれてしまうだろう。この世の大部分は他人の意図だ。壁や柱に文字を見出したら、正気で居られる自信がない。

 そう考えれば、こういった一度きりの目印、というものは見極めにくいのもうなずける。少なくとも、普通に読んで読み取れるものではないだろう。


 なら、手段はひとつ。

 ゴリ押しだ。


 試行回数で無理矢理ピントを調節し、日本語のみに絞って対象を見極める。

 翻訳のときにこんなことはしない。後が続かないからだ。見出すだけで関連付けをしないから、知識や経験の蓄積にならない。それは"読む"とは言わない。

 それに時間もかかるし、無理をするぶん普段より消耗する。良いところのないムダな努力である。


 だが、そんな力も使いようだ。この一点を突破するだけなら……!


「うっ……」


 思わずふらついてしまった。かがんだ姿勢のまま後ろによろめき、尻もちをつく。


「……ん? おい、大丈夫か?」


 心配したヒョウが近寄ってきた。隣にかがみ込む。心配をかけたのは申し訳ないが、ちょうど良い。

 そんなヒョウに対し、俺は件の棚を指差した。


「ああ、大丈夫。……多分この棚、隠し扉か何かだ」


 だが、ヒョウは怪訝そうな顔をして、


「……何だと? なぜわかる? 君に探索者のような芸当ができるとは知らなかったが」


「この印だよ。この印が、そういうふうに読めた。かなり無理矢理だったけど」


 疑問を呈したヒョウの目は、俺の顔と、指差した先の印を何度か行き来した。だが、信じられないと言わんばかりに、


「読める? 読めるって……、ただの、印? だぞ。柱の傷と言っても良いくらいだ」


「多分、これにも意図がある。これを刻んだ人の……、書いた人の意図が。なら、俺にとっては文章と同じだ」


「……」


 俺の言葉を聞いて、ヒョウは絶句している。

 まあ、何も知らなければ狂人の戯言だ。……しかし、俺には実績がある。


「近くを調べてみよう。何か仕掛けがあると思う」


 そう言って、俺は立ち上がった。


 そこからは、そう時間はかからなかった。

 棚に物がしまわれていなくて助かった。スイッチはその棚の奥、いわゆる背板の部分にあったのだ。押し込むと、さきほどの印が付いていた側の棚がずれ、階段が現れる。


「……まさか、本当に何かあるとはね」


 ヒョウが呆れたように呟く。


 明らかに隠し階段だ。だが埃などは見当たらない。

 もしこれが、"ユウの夫のみ知るもの"であれば、もっと汚れているはずである。恐らく、直近まで手入れされていたのだろう。


「しかし……。君のそれは、少々厄介な力になりつつあるな」


「厄介?」


「そんな印なんかが読める、ということはね、"暗号文"など君の前では"親愛を込めたお手紙"に過ぎないということだよ」


 そう言って、ヒョウの目がすっと細くなる。

……何だろう。少し、冷たいものが混じっている気がする。


「国の安全からすれば、そんな力を持つ者なんて危険だ。こちらに従うなら良し、他国の要人なら、まあ……」


 そこまで言うと、ヒョウは手刀で自分の首を叩きながら、


「こうだね」


「……バレない方が良かったのかなぁ」


 さすがにゾッとする。……まあ、言われてみればそうかもしれない。


 この世界はパッと見、平和に見える。

 だが、火種のようなものはまだ、さまざまなところでくすぶっているようだ。それに備え、またそれが燃え上がらぬよう、四方国は情報を集め、また発信しているのだろう。

 知っているところで言えば、南王がまさにそうだ。交易に力を入れ、商人たちを世界各地に送り、情報を集めている。俺の存在も早期に認識するほどだ。


 そんな中、俺みたいな個人が、軽々しく秘密を暴くとどうなるか……。

 考えるだけで恐ろしい。


 だが、ヒョウは首を横に振りながら、


「いや、今後も共有しろ。そうならないようにするのはこちらの責務だ。……君は我が国の貴重な切り札だ。悪いようにはしない」


 そう言い切った。

 恐らく、先ほどの脅しは彼女なりの警告だ。俺にそういう扱いをしようという考えはないだろう。

……少なくとも、有用さが勝る配下である間は。


「とはいえ、なるべく秘匿はしたい。むやみに晒すな」


 そう言って、最後にはきちんと釘を打つことも忘れない。

 まあ、切り札とまで言われれば悪い気はしないが……、


「ああ、わかった。……でも使うときは使ってくれよ。俺はよく、抱えたまま落ちてたんで」


「おいおい、物騒だな!」


「前の世界の遊びの話だよ。俺がそんな、人を使うような身分なもんか」


 ラストなんとか病、とか言っていたな。貴重なアイテムは、いつも道具袋の肥やしになっていたものだ。それで全滅したりするのだから世話がない。


 切り札は、切らないままの方が強くあり続けられるが、効果が発動するのは切った時だけだ。

 わかっていても、切るのは難しいが……。まあ、ヒョウなら大丈夫だろう。


 ともあれ、俺たちは見つけた隠し階段を慎重に降りていく。

 慎重にと言っても、探索者が居ないので気休め程度だが、仕方がない。


「さすがに、罠はないと思いたいな……」


 ヒョウが呟く。

 降りた先は、すぐに扉で仕切られていた。それを開くと、そこには……、


「……これは、驚いた」


「え、この人……」


 そこには縛られ、眠っている男が転がっていた。

 共存派の、頭目の男だ。

# 助言


戦術

対象は次の行動に会心を得る。


味方に助言を与え、より良い結果を得られるよう働きかける戦術。

陣が後衛の戦術師のものならば、これは前線の戦術師が編み出したもの、言である。

敵味方の拍を見極め出された言は、不可能を可能にするとも言われる。

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