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吸血鬼という存在

 使用人の悪魔に案内され、俺はアカナの部屋に立ち入った。


 部屋の形は通常の客間のようだ。俺たちの部屋とそう変わらない。

……さすがに主催と犬猿の仲とはいえ、ユウも主人として、そこは公平を保っているのだろうか。


 促されるまま、アカナの向かいの席につく。

 出されたのは水だった。夜なので、お茶というわけにもいかない。


「我が申し出に応じていただき、ありがとうございます。コトバ様」


「あ、いえ、とんでもない……」


 頭を下げるアカナに、こちらも応じる。が、


「……あの、ミラさん?」


 後ろで震えているミラが気になって、正直それどころではない。


 話を聞く限り、ミラはアカナの護衛だそうだ。部屋に来客が来ている以上、主人の身近に立ち、その身を守るのは当然と言えよう。

 だが、恐らく彼女の恐怖は、どうにも克服しがたいものなのだろう。握りしめた拳は小刻みに震え、顔には冷や汗がにじんでいる。こっちを見張らなければ、とうかがってはいるのだが、俺がミラの方を見ているせいで視線が合わせられないようだ。


「……ミラ。外で、扉の前で見張りをなさい」


「し、しかし……!」


「2度は言わないわ」


「っ……。承知、しました」


 アカナに言われ、ミラはしぶしぶ退室した。


「あの、なんか、すみません……」


「いいえ、あなたのせいではありませんわ。むしろ、こちらが謝罪せねばならないことです。申し訳ございません。……と、少々窮屈なので、喋り方を崩してもよろしいでしょうか」


 俺の謝罪に謝罪を返しつつ、アカナはそう言い、俺の様子をうかがっている。

 その申し出はありがたい。……正直、俺はあまり口がうまい方ではない。アカナとユウの皮肉の応酬が記憶に新しいせいか、きっちりとしたやり取りは気を遣ってしまう。


「ええ、構いません。むしろこちらからもお願いします」


「あら……、ありがとう」


 そう言って、アカナはにっこりと笑う。

 その顔に少し安心して、早速俺は本題を切り出した。


「あの……。それで、俺に一体何を?」


「ええ……、そうね。お話を、したかったの」


 俺の言葉に、彼女はポツポツと喋りはじめた。


「私は、あなたが何を見ているのか、気になっているのよ」


「はあ……」


 その言葉に、少し既視感を覚える。……まるで、ヒョウのような口ぶりだ。


「特別なことでなくて良いの。あなたの目にこの国が、人が、我々がどう映るのかを知りたい。ただそう思っているだけ」


「……国や人については多少話せますけど、魔族や吸血鬼についてはあまり詳しくないですよ」


 俺が素直にそう伝えると、彼女は少し驚いて、試すように微笑みかける。


「あら……、それでこの部屋に来るなんて。私は魔族、吸血鬼よ? 悠久の時を生きる不死者……。血を吸いつくされ殺されてしまう。なんて思わないの?」


「思わないです」


 即答した。


「……」


「だって、あなたが"望んで"それをするのなら、こんなことは必要ないでしょう? あなたには『魔力』がある。『願いを叶える力』が」


 結局、その疑念はこの答えに尽きる。俺をどうにかしたいのなら、こんな回りくどいことをする必要はない。

 それほどまでに、魔族の魔力は強大なのだ。


 それに、血を吸うことにあまり意味があるとは思えない。

 術者の血を魔法の触媒として使うことはある。だが、他人のものを使うことはまずない。そもそも、食事として魔力を取り込むこと自体、効率が悪い。……まあ、神の血ならば、話は別かもしれないが。

 魔獣がまさに、その"非効率さの極み"というやつだ。他者の魔力に惹かれ、よく魔術師や法術師を執拗に狙い食らう。だがそれで成長することはほとんどなく、自らが育った"魔力の集まる地"から離れられない。


 俺の答えを受け、しばらく黙ったまま見つめていたアカナだったが、


「……さすがね。ごめんなさい、あまりに失礼な物言いだったわ」


 彼女は大きく息をついて、そう言った。

 感心したような、呆れるような、それでいて喜ばしいような、複雑な感情を秘めた声だった。


「あなたって不思議な人。……胸に熱いものを秘めているのに、首から上はまるで氷のよう」


 アカナは微笑みながら、俺のことをそう評した。

 不思議な例えだ、と思う。


 俺は別に、自分のことを普通の人間だと思っているし、見えているものを見えているように伝えよう。と頭を捻っているだけだ。

 ただ、それは必ずしも、皆の普通ではない。それはわかる。


「先にひとつ、お話をさせて。吸血鬼のとある"文化"の話を」



 アカナが話しはじめたのは、吸血鬼が生まれ育ち、物心ついた頃に受ける行事のことだった。

 元の世界で言うなら七五三のようなもの。だが、その儀式を行うのは"とある理由"があるという。


「吸血鬼の子は、物心ついた頃に一度だけ、血を舐めるの」


 アカナはそう言いながら、唇に指を添えた。うつむき、遠くを見るような瞳は、当時の記憶を追いかけているのだろうか。


「私は母の血だった。彼女が指先を少し傷つけて、じわりとにじむ血……。それがとても良い香りだったのを、今も覚えているわ」


 うっとりとした声色、だが、それは一瞬だった。


「でも、そこで知るの。……その血は"不味い"ということを」


 アカナは、不思議なことを言い出した。

 不味い?

 香りに惹かれて舐めた血が不味い? 吸血鬼なのに?


 驚く俺には構わず、アカナの話は続く。


「今の生き物たちに流れる血は、あまりにも薄すぎる。たとえそれが、私たち魔族のものであっても。舐めるのですらそれですもの。飲み干すなんて、とても無理」


 少しわかってきた。多分、それが彼女の……。いや、吸血鬼たちの"核"。

 はるか昔、甘美な神の血をすすり、その味を"知ってしまった"。


 だからこそ強大な魔力を得て、吸血鬼と呼ばれるようになった。しかし同時に、血の匂いに惹かれながらも、今の生き物たちの血を受け入れることができない。

 その拒絶はきっと、とてもとても強いものだ。あの悪魔、ミラが俺に覚える恐怖のように。


 ある意味、それは救いとも言えるだろう。元の世界の創作のような、化け物として生きざるを得ない存在ではなくなった。

 だが同時に、彼女たちは、きっと永遠に満たされない。


「私は、何でも願いを叶えてきた。何もかも、得られると思っていた。だってそうでしょう? こんなに魔力が……、願いを叶える力があるから」


 そんな自分をあざけるように、口の端を歪ませて、


「でも、"最初からそうではなかった"。……最近、やっと気づいたわ」


 そう言って、顔を上げた。先ほどまでのいびつなものではない、柔らかな微笑みを俺に向ける。


「あなたは、まるでそれを最初から知っていたみたい」


 そう、彼女は言う。


 俺が最初に即答した、"魔力で求めることができるものを欲するのならば、そうやって手に入れているはずだ"という指摘。

 それは、"魔力で手に入らないものを求めて、俺を呼び出した"ということに繋がってしまったのだろう。


 だが、それはきっと、勘違いだ。


「いや……。さすがに買いかぶりすぎです。俺もいろいろなことを知って、考えただけで。多分、あなたと同じですよ」


「そう……」


 そんな俺の回答は、彼女の思った通りのものではなかったようだ。いったん受け止めるようにそう呟くと、


「私がそれに気づいたのは、あなたみたいな人をよく見るようになったから……、だと思っているの」


「俺みたいな、ですか?」


「ええ。……たまに居るのよ。あなたみたいな目をした人間が。どこを見ているのかわからない、遥か彼方を見ている人間」


 思い浮かんだのはヒョウの目だ。

 そして彼女と似ていると感じた、クロガネの目。


 自分の目は、一度もそういうふうに見えたことはないが。


「四方国を建てたのも、そんな人間たちだった。今の王たちもそう。ひとりひとり、程度は違うけれど……、」


 そこで一度言葉を切ると、


「けれど、ヒョウは一際、彼方を見ている。本当に、怖いくらいに。きっと私もあなたも、もしかしたら、彼女自身でさえも、あの目の前には有象無象でしかないのよ。……きっとね」


 アカナはそう、強く言った。


……本当にそうだろうか? 俺の受ける印象とは少し違う気がする。

 ヒョウは遠くを見ていると同時に、近くも……。たとえば、人も見ている。多くの人を率い、それを束ね、大きなことを成し遂げようとしている。

 そのズレは、どこから来るものなのだろう。


「四方国で争っていた頃の方が、可愛いものだったわ。あの頃はまだ、"願い"があったから。――今は皆、顔のない化け物みたい」


 そう冗談めかして、アカナは笑った。


……もしかしたら、彼女は恐怖しているのだろうか。


 強大な魔力を得て、個として強い彼女は、本質的に"束ねる強さ"を理解できないのかもしれない。

 もちろん、他の魔族に比べれば、その理解はずっと深いだろう。

 だがそれでも、実感できないものを把握するのは難しい。……俺には、血を欲する感覚がわからないように。彼女は、誰かが手を差し伸べ、あるいは誰かの手を取ることを、そう思うのだろうか。


 ヒョウがアカナについて言っていたことを思い出す。彼女は"時代の終わり"を見ていると、そう言っていた。

 自分の理解できる時代の終わりと、新たな時代のはじまり。それを認識したということだろうか。実感することのできない、新たな時代を。

 だが彼女からは、それをどうにかして知りたい。という強い意志を感じる。……多分、俺を部屋に招いたのもそのためだ。


「ごめんなさい、一方的に喋りすぎたわ。是非、あなたの話を聞かせて」


「ええ、わかりました。じゃあ、今、俺が住んでいる交差点の話から……」


 少し気まずそうな彼女に、今度は俺から話をする。

 この世界、この国、そして人々についてどう感じたかを。


 時は、またたく間に過ぎていった。


「……おっと、そろそろお暇します。夜も更けてしまいますし」


「ええ、そうね。……とても楽しく、有意義な時間でした。ありがとうございます、コトバ様」


 アカナは立ち上がり、一礼する。俺も立ち上がりそれに返して、


「こちらこそ、魔族や吸血鬼の文化は知らないことばかりで、とてもおもしろかったです」


 そう言って、アカナに笑いかけた。

 彼女も、俺に笑顔を返してくれる。……少しは役に立っただろうか? わからないが、俺のできることは話すことくらいだ。


「それでは、失礼します」


「良い夢を」


 別れの言葉を交わし、俺はアカナの部屋から退室した。



「コトバ殿」


「……ミラさん?」


 ドアを閉めた直後、ミラに声をかけられた。

 そちらを見ると、少し距離をとった場所にミラが立っている。大股で3歩ほどの距離だ。


「そのまま」


 俺が動く前に、ミラが釘を打つように言った。


「そのまま、近づかずに聞いて欲しい」


 声は、わずかに震えている。……やはり、俺に恐怖を感じているのだ。この距離はそのためのものか。

 だがそれをねじ伏せ、どうにか踏みとどまろうとする、そんな強い意志を感じる声だ。


「アカナ様と、どんなお話を?」


 その質問は、意外なものではなかった。

 だが、俺に聞く意図がわからない。ミラはアカナの配下だ。そちらから確認しても問題ないはずだが……。

 まあ、とくに口止めはされていない。話しても良いだろう。


「ただの世間話ですよ。吸血鬼についてのお話を聞いたり、この世界について、俺の考えを伝えたり……」


「……そうか。やはり、そうか」


 俺の回答に、しばらくミラはひとりでうなずいていた。だが、


「頼む。アカナ様の力になってほしい」


 ミラは俺の目を真正面から見つめ、そう言った。

……あんなに、俺と目を合わせることを恐れていたというのに。


「……魔族は、魔力からは逃れられない。私もそうだ。力に振り回され、痛い目を見る者も多い。……すまない、オマエには迷惑をかけた。目が、駄目なんだ。ここに来るようなヤツらへの衝動を抑えるのは……、その。少し、難しい」


 ミラはそう言って、頭を下げた。その声は不器用ながら、心からの謝罪に感じる。


 正直な話、彼女がどこまで、自分のことを理解できているかはわからない。それが本能的なものだとするなら、事が起きているとき、自分がどうなっているか? なんて、客観的に把握することは難しいのだろう。

 大体、キャラが完全に変わってるもんな……。今の彼女の足の震えも、あのときの彼女の言動も、本質的にはきっと同じことだ。


「だが、アカナ様は違う。何かを……、我々の見えない何かを、他者から見出そうとしている」


 ばっ、と顔を上げ、すがるような目でこちらを見る。そして、


「できるなら、助けてほしい……。頼む。私には、できないんだ」


「……」


 戸惑い、悲しみ、悔しさ……。そんな感情が、複雑に混ざった声だった。


 こうして見ると、主従ともに似ているな、と思う。

 アカナは何かを人間に見出そうとし、ミラは同じものをアカナから見出そうとしている。


 その想いは、きっと、とても尊いものだ。


「すまない、引き止めてしまった。それだけだ」


「いえ……、わかりました。常にとは言えませんが、お話くらいならお聞きします。それでは」


 そう答えた俺に、ミラは深々と頭を下げた。



 その後、ヒョウの客間に戻った俺は、2人と話した内容を報告した。

 とはいえ、詳細に話すことはない。その必要もないだろう。現に、


「ふうん。……まあ、君もわかったんじゃないか? 私の言わんとしていることが。どちらかと言うと、私は君の見解が知りたいね」


 俺の報告を受けて、ヒョウはそう言った。……アカナの考えを察していたのだろう。


「確かに、少しは理解できたと思う。……本当にうまくいくのかな、とは思うけど」


 意見を求められた俺は、そう結論づけた。


 魔族の核に宿る衝動は、とても強い。そしてそれは、俺たちにはけっして理解できないものだ。俺が"吸血鬼であるとはどのようなことか"を知ることは、絶対にない。

 だから、真に互いを理解し合うことはないだろう。俺たちの見える景色と、彼女たちの見える景色は、明確に違うものだ。


 だが、それは誰だって同じことだ。きっと手を取り合う方法はあると思う。


「でも、長い目で見よう、っていう方針は正しいと思う。……ただ、人間側の意見も聞かないと、とは思うけど」


 そう。今はただ、一方的な話を聞いただけでもある。

 気をつけなければならないことだが、この世界の人間は、俺と"種族が違う"。魔族に対するのと同じスタンスで見聞きしなければ、足元をすくわれかねない。

 俺の常識は、きっとそちらにも通用しない。


「む……。ふむ、なるほどな」


 と、そこで思わずあくびが出てしまった。ヒョウはニヤリと笑って、


「おや、君はここで眠る気かな?……なるほど、着付けのときのアレは、そういう」


 着付けのときのあれ……、というと、


「えぇ……、勘弁してくれ」


 げんなりしてしまった。子孫をつくるとか、そういう話だったはずだ。

 そんな俺に、ヒョウは笑って、


「ふふ、冗談だ。君にも選ぶ権利はある。もちろん、私にもね」


 そう言って席を立つと、扉を手で指し示しながら、


「報告ありがとう。さあ、自分の部屋へ戻りたまえ。会議中に居眠りでもされてはたまらん」


「ああ、おやすみ、ヒョウ」


 俺はそう言って、ヒョウに手を振りながら退室した。


# 刃杖



長剣の柄部分に宝玉が埋め込まれた異形の杖。刀身を握りしめ使用する。

使用者の血を魔力に変換する効果がある。


魔力は生物に取り込まれるとされ、とくに新鮮な自身の血は、強い魔力を持つ触媒である。

確かにこの杖は有用である。だが、使用者は尋常でない対価を支払うことになるだろう。

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