話の通じる人
※2020/11/10 本文修正、表記ゆれの修正(念の為→念のため)
ヒョウは赤いドレスの女性を連れて戻ってきた。
「相変わらずだな、アカナ」
「あら、あちらがじゃれてくるのだから、撫でてあげるくらいはしても良いでしょう。北王は動物を飼われたことがなくて?」
アカナ、と呼ばれた女性は、そう言ってにっこりと微笑みかける。
表情はあまり変わらない。だが、ユウと会話していたときの刺々しさと言うか、蔑むような雰囲気はまったくなくなっていた。
「程々にな。しかし、相変わらずミラは放し飼いなのか?」
ヒョウはそう言って、ミラの方へ視線を向ける。
彼女はアカナの後ろに控えている。……若干、俺に対して主人を遮蔽にしているように感じるのは気のせいだろうか。
「悪魔に首輪をつけようなんて、良い趣味ですわね」
「そんなことは言わんよ。どこにでも首を突っ込んで、自爆するのをどうにかさせろ。護衛には少々騒がしい。私の連れも絡まれたのだ、正当な苦情だぞ? これは」
……もしかしたら、さっきのような騒ぎは、会合では日常茶飯事なのかもしれない。
そういえば、周りの反応もあまり大事件、という感じではなかった。もちろん、その行いを周囲が認めている、というわけではない。
あとに続くユウとアカナのやり取りも含めて、よくあることなのだろう。それが良いのか悪いのかは、俺にはわからないが。
ヒョウのその言葉を受け、アカナは目を閉じ、うつむいて、首を横にふる。
「申し訳ございません、魔力の量とやんちゃさは比例するもので……。それにもう、あの子くらいしか居りませんわ。護衛になるような、戦いを知る者は」
その言葉に、ちょっと引っかかるものを感じる。が、それを考える前に、
「……と、北王。配下の方にご挨拶しても?」
その申し出に、ヒョウはうなずく。アカナが俺の目の前に立ち、
「はじめまして、アカナと申します。北方内の魔族を代表して、ご挨拶を。『吸血鬼』であり、相手によっては"鮮血姫"と呼ぶ者もおりますが……。是非ともアカナ、とお呼びください」
そう言って、アカナは優雅にお辞儀をした。
吸血鬼とは、簡単に言えば血を吸う鬼だ。ただ、むやみに血を吸うわけではない。
厳密には血を吸ったから鬼に"なった"種族である。……彼らの祖先は、なんと神様の血を吸ったらしい。それによって膨大な魔力を得て、魔族となった。と言われている。
「あ、はい。ご丁寧に……。コトバと申します」
「……ああ、あなたがコトバ様。なるほど、不思議な目をしていらっしゃるのね」
そう言って、俺の目を覗き込み、じっと見つめてくる。
「あなたの瞳、まるで夜空を覗いているよう。……もしくは、私が覗かれているのかしら?」
微笑みながらそう言ったアカナの瞳は、吸い込まれそうな感じだった。瞳から何かが伸び、絡め取られ、引きずり込まれでもしそうな……。そんな印象。
そんなことを考えていると、アカナの姿勢が戻る。
「噂はかねがね、うかがっておりますわ」
「え、噂? というと?」
「……あら、ご存知ないの? "氷の頭脳の"コトバ。あるいは"言葉の魔術師"とも……。あの"氷の微笑"の新たな腹心と評判ですのよ?」
……飲み食いしていなくて助かった。さすがにこの場で吹き出すのは洒落にならない。
そういえば、有名になれば通り名がつく。と聞いたことがあった。まさか勝手につけられるとは……。
いや、ヒョウの"氷の微笑"も他称っぽいな、と推測していたじゃないか。他人の通り名をつけるのを好む人が多いのか? この世界は。しかも複数出ている。多分、別々の人から生まれた通り名が広まったのだろう。
人は自分の観測点からしかモノを見ることができないから、同じ相手でも抱くイメージが変わってくる。きっとそのせいだ。
「……そ、そうなんですか?」
「ふふ、私から言うのも何だが、噂は流れているね。……おっと、私が広めたわけではないよ? 君の実績の成果だ。表舞台に出てこなかったのも功を奏したね。神秘的な印象で噂が加熱したのだろう」
ヒョウが隣から口を挟んだ。
広めたわけではない、か。……嘘は言っていない。だが、否定もしていまい。うまいこと噂が転がって、俺に箔が付けば儲けものだ、とでも思っているのだろう。
「は、はぁ……」
納得がいかず、歯切れの悪い回答をする俺をよそに、アカナの話は続く。
「訪問者としても、ひとりの人材としても優秀なのだとか……。我が配下の悪魔、ミラを退けたのは、あなたの異能なのですか?」
「あ、ええ。はい、まあ。……内密にお願いしますね。あまりおおっぴらにお話することでもないので」
アカナの言う通り、あれは俺の"新しい異能"だ。
いわゆる精神干渉系の魔力を"意図"として認識し、無力化できる。そして、呼びかけにより他人のそれを無力化することもできる。魔獣と対峙した後に発覚した能力を、徹底的に検査して得たものである。
……だがこれ、意外と真価を発揮させづらい。
精神に干渉する魔力というのは、いわばヘキトにかけてもらった勇気の法術のようなものだ。
ああいった純粋な魔力は、対象に触れなければ流せない。ならば別にそんなことをせずとも、遠距離から攻撃したほうが楽だし、早い。
だから、使われることがほとんどないのだ。例外は生け捕りにするときだろうか。一番最初、ソラが魔術で俺を眠らせたような状況だ。
ちなみに、あのとき俺は問題なく眠ったので、この異能は俺の成長の証でもある。そこは素直に嬉しい。
話を戻して、その使いにくさの例外が、魔族の魔眼や咆哮への対策だ。
ただ、それに対処できると言っても、俺は魔族と戦えるほど強くはない。……つまり、宝の持ち腐れなのである。
とはいえ、要人の近くにいることが多い俺には、持っていて損のない異能だろう。多分、デメリットもないわけだし。
「ええ、心得ておりますとも。……あら」
微笑みながらうなずくアカナだが、何かに気づくと、
「申し訳ございません、先約がありまして……。これにて失礼させてください。北王、我が領については、明日の集まりでお話しましょう」
「あ、はい」
「うむ」
「では」
ヒョウと俺にお辞儀をすると、アカナは立ち去った。
「……何か、不思議な人ですね。ユウさんと言い合っていた時とは別人みたいで」
「何、相手を見ているだけだ。……あれを見ろ」
ヒョウにアカナの感想を漏らすと、彼女はいつもの微笑を浮かべ、アカナの立ち去った先を指差した。
その先では、アカナが男性と楽しそうに話している。男性の方は見覚えがあった。ちょっと前に、ヒョウの元へ挨拶に来ていた人のひとりだ。
「歓談してますね、男の人と」
「あれが共存派の頭目だよ。楽しそうに話しているだろう? 人と接するときはああする、と理解している」
なるほど。魔族とはいえ長。政治的な能力も高いというわけだ。
……というか、どちらかと言うと対面している男のほうがまずい。多分、俺が"察してしまっている"からだろうが、ちょっとデレデレしているように見えるぞ。あの人。
何というか、アカナには超常の者としての美貌というか、魅力がある。共存派って、ころっとだまされてたりしないだろうな……?
「まあ、対話できるうちが華だな。敵と認識されれば、踏み台かなにか、としか思われん。基本的には、人間とは違う生き物だよ」
そんな俺の心配をよそに、ヒョウの話は続いていた。
どうやら、魔族派のアカナと人間派のユウとの間には、とても深い溝があるようだ。
それであのマウント合戦というわけである。踏み台と言うが、周囲へのパフォーマンスも兼ねているというわけだ。
ある意味、ヒョウの"じゃれ合い"という表現は言い得て妙だ。少々物騒ではあるが。
1日目は、あのミラの件以外は問題なく終了した。大部分の参加者はここで解散し、各々の領地へ帰ってゆく。
だが、ヒョウと俺は2日目がある。その簡単な打ち合わせのため、俺はヒョウの部屋にお邪魔していた。……もちろん、寝るときは別の部屋だ。
ヒョウの部屋も客間のようで、俺の割り当てられた部屋とあまり違いはなかった。北王だからといって特別扱いしない、ということか。もしくは、俺と隣り合う部屋を確保するためか。
テーブルで向かい合った俺に、ヒョウが切り出した。
「明日は三派会議だ」
「三派会議?」
「ああ、君にも説明した三派閥の代表が、各自の問題や提案を持ってくる。君にもそれを見て、聞いて欲しい」
これはまた、サラッととんでもないことをぶち込んでくる。
そんなもの、北方における政治の中枢のひとつである。もちろん、王の力は絶対であるとは言え、数の力を頭に置くヒョウにとって、この会議は重要なものだろう。
そこに立ち会え、と言われても……。国会中継を見ているようなものだ。まるで意味がわからんぞ。
「は、はあ……」
「何、気負う必要はない。一番最初に言っただろう? 私は君の当たり前を利用しようとしているだけだ」
そんなこと言われてもな、とは思う。だがそう言われて見てきたのは、何も今にはじまったことではない。
割と役に立ってはいる……、と思う。ので、自信を持って行こう。
と、そこで部屋にノックの音が響く。
「……誰だ?」
「夜分遅くに申し訳ございません、北王。お願いがあって参りました」
答えたのは女性の声だ。ヒョウが俺に目配せし、奥へ下がるよう指示する。彼女は寝間着とはいえ帯剣している。椅子から立ち上がり、それに手を添えていた。
……配下として、それはどうだろうか、とも思った。だが、俺にできることはない。すごすごと引き下がる。
「入れ」
「失礼いたします」
ヒョウに促され、入ってきたのは悪魔だった。俺にちょっかいを出してきたミラとは違う。また別の悪魔だ。
「アカナのところの使用人だな?」
「はい。……ああ、コトバ様もいらっしゃるとは」
ヒョウにうやうやしく一礼をする悪魔の口から、自分の名前が出てきた。
「はい?」
「北王、コトバ様に、アカナの部屋までご足労いただけないでしょうか。……我が主が、コトバ様とお話させていただきたい、と」
「……ほう」
ヒョウが口の端を上げた。得心がいったような気配だ。
「良かろう。外で待て。こちらの話が済めば向かわす」
「はっ、ありがとうございます」
悪魔はそう言って、部屋の外へ出ていった。恐らく、前で待っているのだろう。
「さて。ではコトバ、何か他に聞きたいことはあるか? なければ行ってやれ」
「えっと……、1人で? 良いの? 護衛とかなしに」
一応、"念のため"ヒョウに確認をする。大丈夫だとは思うが、ヒョウの認識も確かめておきたい。
「ああ。言っただろう?……彼女は、まあ、魔族の中では変わり者だ」
そんな俺に、ヒョウは彼女を"変わり者"と告げた。
確かに、魔族としては不思議な存在だろう。力の優劣を知りながら、会話を試みようとするその姿勢は、きっと変わり者と言われてもおかしくない。
「時代の"終わり"を見ているのさ、黄昏の時代を。視線の先にちらつく"終わり"というものを認識してしまった。不死者には珍しいやつだよ」
少し、よくわからない話だ。"終わり"とは何なのだろうか。
俺が不思議そうな顔をしていると、
「彼女は何もしない。利害が見えている」
最後に、念を押すようにそう言った。
まあ、ヒョウにそこまで言わせるなら大丈夫なのだろう。
「じゃあ、ちょっと行ってきます。一応、今日中に戻って報告はします」
「さて、戻れるかな? 夜は長いからね」
「……あのねぇ」
いたずらっぽく笑うヒョウに、ため息と共に一言返し、俺はヒョウの部屋をあとにした。
# 吸血鬼
魔族の一種。かつて神の血を吸った者たちの末裔。
魔族特有の膨大な魔力を持ち、それを自在に操る。とくに魔術を得意とする。
不死者とも呼ばれるほどの不老長寿だが、正確には不死ではない。
魔族の中では比較的文化に明るく、魔族語は吸血鬼の言葉を元にしたものと言われる。
その発音は、時に魔力を使用するものもあるという。




