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開催、北方会合

※2019/11/12 本文修正、修正前のものをアップしていたため(進行に変化はなし)

 俺たちは目的地に到着した。今回の主人、人間派の頭目のお屋敷だ。


 さすがに会合の舞台となるだけあって、豪華なお屋敷である。ヒョウのところには劣るが、訪問者管理組合よりも敷地が広いと思う。


 1日目は、料理をいただきながらの歓談。いわゆるパーティーである。

 屋敷が広けりゃ、広間も広い。元の世界のホテル並みだ。これを個人で所有するのだから……。すごいな。


 座席やテーブルマナーといったものが不安だったのだが、どうやら杞憂だったらしい。何とこのパーティー、立食である。……さすがにこれは、過去の訪問者の入れ知恵だと思う。

 壁際には椅子も並べられ、疲れたら座れるようになっている。座席も少しは用意されているが、テーブルはいずれも円卓だ。

 身分の上下を気にせず誘えるように、というはからいだろう。さすがに、この広さで出入り口からの距離を測るやつは居まい。


 料理ももちろん豪華だ。さすがに普段食べているような、組合の食堂や大衆酒場のものとは質が違う。丸焼きみたいなのがドーンと盛られているのはインパクトがある。もちろん、ナイフ不要で食べられるように切り分けてくれる。

 飲み物も豊富で、酒ばかりでなくソフトドリンクもある。水以外のノンアルコール飲料は珍しい。その水ですら、薄っすらと果実の匂いがする。香り付けに果汁でも入っているのだろうか。

 一応、移動中に軽食を取ったので、がっつくような真似はしない。……だが、そこそこは食べさせていただきたい。どれもうまそうだ。


 ヒョウはさまざまな人たちに引っ張りだこだった。そりゃあ、押しも押されもせぬ我らが北王である。当たり前だ。

 皆、少しでも北王にお目通りし、意見を伝え、良い印象を与えておきたいのだ。彼らだって、何もボランティアで領主をやっているわけではない。割と美味しいとはいえ、ここに来るのだって費用も手間もかかっている。これも立派なお仕事なのである。


……美味しいと言えば、この魚のフライ、うまいな。


 北方は海に面してはいるが、漁の時期が短い。海が凍るからだ。たがそれでも海の幸は流通するし、それらはとてもうまい。

 フライにするのも高級だ。久しぶりに食べた気がする。僅かな油で揚げ焼きする程度ならともかく、フライにするのは油の消費が激しい。

 少量ならば工面もできようが、盛り方はパーティーサイズだ。贅沢品である。


 そんなふうに、ヒョウに付かず離れずの位置で食事を楽しんでいると、


「はっ、今回も礼儀を知らない新入りが入ってきたようだねぇ!」


 この場に似合わない、大きな声が響いた。



 思わずそちらを見ると、ひとりの女性が立っている。

 ピンク色の長い髪と、同色の瞳を持った、かなり……、肉付きの良い女性だ。もちろん、細くあるところは細い。その体を黒い、タイトなドレスに包んでいる。目のやり場に困るが、それはすぐに解決した。

 その目が、はっきりとこちらを見ている。……扇情的ではあるが、ちょっと禍々しい。怖い。


「……ええっと、どちら様で?」


 周囲をうかがってみたのだが、どう見ても俺に用があると見える。

 しぶしぶ、こちらからも話しかけた。


「どちら様ぁ?……へぇ、アンタ、本当にアタシを知らないんだ」


 そう言って、にっこりと笑う。蠱惑的な笑み、というのはこういうのを指すのだろう。

 ただ、個人的にはあまり嬉しくない。目が笑っていないのと、声が少しばかり刺々しい。


 しかし、自分でそうまで言うとは……。有名人なのだろうか。ヒョウの方をちらっとうかがってみたが、とくに動きはない。

 これだけの騒ぎを、あのヒョウが聞き逃すことはありえない。であれば、俺がこの場で何をやっても、ヒョウに害は及ばないのだろう。普通に対応すれば良いと思う。


「あ、はい。まだまだ不勉強なもので……」


「だったらぁ……」


 俺の答えが何か気に触ったのか、不機嫌そうに呟くと、


「テメェのその体に、しっかりと教えてやるよ!!」


 ぎらり、と彼女の目が光った。……ようにみえた。と同時に、モヤモヤとする意図が俺に向けられる。

……この感覚には覚えがある。魔獣の咆哮と同じだ。


 要らね。


 ぽいっと、横に払うように念じる。受取拒否だ。


「……」


 1秒後、彼女は動かない。

 3秒後、ん? という顔になる。

 5秒後、たらり、と汗が光る。

 そして、ガタガタと震えだす。


「……お、おお、オマエ! 何をした!?」


「えっ、いや、その……。体質的に効かないんです、そういうの」


「たっ……、たいし、つ!?」


 彼女が目を剥いて後ずさる、と同時によろめき、たたらを踏んだ。


「だ、大丈夫ですか?」


「ヒィッ!?」


 その体を支えようと手を伸ばす。だが、彼女は俺から逃れるように大きく飛び退くと、そのまま体勢を崩して転倒した。


「……だ、大丈夫ですか?」


 俺は動きを止め、離れたまま声をかける。

 ここに来てようやく、彼女から発せられる意図に気づいた。……俺、めちゃくちゃ怖がられている。何で?


「何だミラ、君はまた、やらかしたのか?」


 後ろから声がする。振り向くと、そこにはヒョウが立っていた。

 表情はいつもの微笑だが、少しだけ愉快の色が濃い。……ああ、これ、わかってやってたな。


「うっ……、何をしにきた!? 北王!」


 ミラと呼ばれた女性は、ヒョウを知っているようだ。起き上がりもせず、北王と呼びながらも食ってかかる。


「いや、私の配下に突っかかってくる『悪魔』が見えたのでね。話も半ばに戻ってきたのさ」


 その剣幕を意にも介さず、ヒョウは白々しくそう言った。

 嘘だ。絶対登場タイミング見計らってたぞ。俺は知ってるんだ。


「は、配下ッ!? お、オマエ! 北王の配下だったのかッ……!!」


「あ、はい。コトバと申しま……」


「ヒィィィッ! こ、こっち向いて喋るな!」


 怯えるミラに、自己紹介すら拒否されてしまった。

 ああ、もう、全然駄目だ。話にならない。こうなると異能も何もあったものではない。心を閉ざされてしまえば、コミュニケーションは不可能だ。

 盛大に自爆する悪魔を尻目に、ヒョウに問いかける。


「あの、北王。この方何なんです?」


 一応、この会合中、人前では北王と呼ぶことにしている。

 ヒョウには結構渋られたが、配下なのだ。仕方ない。他人に変な勘違いをされても困る。


「言っただろう?『悪魔』だよ。彼女はいわゆる淫魔、色欲から魔力が具現化した生物だ」


 ヒョウはそう答えてくれた。……なるほど。悪魔なら俺も知っている。


 悪魔とは魔族の一種だ。

 いわゆる感情や欲望というものに魔力が集まってできた生き物で、単純に言ってしまえば"意思の芽生えた魔法"である。核となる感情に対応した『魔眼』である"感情の魔眼"を持ち、魔族の例にもれず強大な力を誇る。

 魔眼というのはその名の通り、視線に魔力を乗せることができる瞳だ。魔獣の咆哮が、声に魔力を乗せたように、魔眼は視線を武器にできる。

 彼女は淫魔と言われていたから、その視線に色欲を乗せて、相手に叩きつけるわけだ。


……っていうか、今向けられた感情の魔眼、色欲だったのか!? 下手するとこの場で"やらかしてる"可能性もあったぞ!?

 お、恐ろしいことをする……。そんなの社会的抹殺じゃないか! しかもヒョウの言い方からすると、常習犯かよ! こんな危険人物、何でこんなところに居るんだ……?


 ま、まあ俺は難を逃れたから、良い……。良いのか?

 とりあえずそれは置いておいて、何でそんなとんでもない悪魔に、俺がこんなに怖がられているのだろうか。


「でも、何でこんなに怯えて……」


「君、感情の魔眼を無力化したのだろう? それは彼女の"本質"だよ。彼女の全身全霊を、君は歯牙にもかけず粉砕したんだぞ? それは怯えもするだろう」


 ヒョウの言葉で、ようやく合点がいった。


 感情の魔眼とは、悪魔の核となる感情が元となる。いわば純粋な"自分自身"だ。だがそれが、俺には通用しなかった。

 それはミラ自身の根源につながる恐怖になったのだろう。"自分がなすすべなくやられる相手"として、強く認識されてしまった、というわけだ。


 もちろん、現実にはそんなことはない。魔眼なんてものがなくとも、ミラは悪魔だ。一撃で俺は難なく粉砕される。それくらいの力の差はある。

 だがそれができない。たとえ力があろうとも、それを使う意志が向けられないのだ。


「何か、悪いことしましたかね……?」


「君が気にする必要はないよ。いつものことだ。こいつの性格も悪いし、まあ、そういう生き物だからね。……ただ、ここまでになったのははじめて見たな。魔術や魔法の道具での防御ならば、こうはならなかったのだが」


 ヒョウは少し不思議そうだ。


 もしかすると、怯えの程度は、ミラの気の持ちようなのかもしれない。

 魔力は願いを叶える力、いわば想像の具現を為すものだ。魔力でできた悪魔なら、受ける印象によって恐怖の程度が変わる。というのも、推測としてはありなのではなかろうか。

 それに元々、恐怖の本質とはそれだ。幽霊の正体なんて、ただの草木だったりするものである。


……ただまあ、今回は実績も伴うのが問題だ。あちらからすれば、天敵と思われても過言ではない。

 時間が経てば、少しは和らいでくれないだろうか。さすがにここまで怖がられると、いろいろと辛いものがある。



 と、そのとき。


「何の騒ぎですか」


 硬い声が場に響く。凛とした、強い声だ。

 そして向こうのほうから、新たな女性が姿を表した。


「どなたです?」


「ユウだ。人間派の頭目、ここの主だよ」


 こっそり聞いてみると、ヒョウがそう答えてくれた。それを聞いて、改めて女性を見る。


 耳長族の女性だ。長い茶髪をきれいに巻き上げて、緑のドレスに身を包んでいる。上品で華のある姿だ。見た感じ、頭目というのも納得できる。

 濃く深い茶色の瞳は、まったく似ていないにもかかわらず、どことなくヒョウと同じ雰囲気を湛えている。先ほどの声も良い声だった。

 が、顔がちょっと怖い。キリッとした目元とシャープな眼鏡が合わさって、普段は意志の強さを示しているのだろう。だが今、それは必要以上に刺々しさを感じる。多分、表情も悪いと思う。

 ただまあ、この場の主人としては仕方あるまい。こんな騒動を目撃しては、そうもなろうというものだ。評するタイミングが悪い。


 ユウはミラを一瞥すると、


「……はあ、またですか」


 腕を組み、そう言ってため息をつく。さっきの凛とした声とは違い、とても刺々しい。

 ミラはすでに立ち上がり、ユウを睨みつけているというのに、である。一応、相手は悪魔なのだが……。その声や姿に怯えはまったくない。

 むしろユウ側は臨戦態勢に入った印象すら受ける。


「これの主含め、こんな畜生どもに、私の屋敷が荒らされるなんて。まったく憂鬱です」


 ユウは視線の先を少し変えながら、そう言って肩をすくめた。……声の調子もそうだが、言葉もかなり強いものだ。

 その視線の先から、新たな女性が歩み寄ってくる。


 真っ白な長い髪と、真っ白な肌の女性だった。その中で、赤の瞳と赤い唇、そして赤を基調としたドレスが映える。とてもきつい色のはずなのに、しっくり来る。見た者を魅了するような何かがあった。

 彼女は微笑みながら、ユウに言葉を返す。


「あら、私に言っているの? そんなふうに話しかけるなんて、あなたはわざわざ畜生の土俵に上がるのかしら? 滑稽な獣だこと」


「フン、自分が畜生である認識はあるのね」


 流し目で見ていたユウが、赤いドレスの女性の正面に立つ。彼女はそれに意も介さず、


「獣に同類と思われてもね、どうでも良いわ。犬は飼い主を位付けすると聞くけれど……、そういうものなのかしら。ほら、尻尾でも振ってみせたらどう?」


「こいつ……!」


 笑って告げられた言葉に、ユウが目を剥いた。そのとき、


「そこまでにしておきたまえ、淑女たち」


 気づくと、2人にヒョウが歩み寄っていた。


「北王……」


 踏み込んだ足を戻しつつ、ユウがうやうやしく礼を向ける。それにうなずきを返しながら、


「仲睦まじいのは結構だが、我らは話すために集まったのだ。じゃれ合うためではないぞ、2人とも」


 そう言って、ヒョウは2人の顔を交互にうかがう。表情は見えないが、声からして、いつもの微笑を浮かべているのだろう。


「失礼、あまりにも可愛らしい首筋でしたので……。思わず喉を鳴らしてしまいましたわ。お許しを」


「いいえ、こちらこそ言葉が過ぎました。……ただ、悪魔の手綱は緩めぬよう、お願いします。では」


 互いに謝罪……、のようなものを口にしたあと、ユウはその場を立ち去った。


# 悪魔


 喜びや悲しみなどの思念に集う魔力が形を得たもの。

 魔族の中でも純然な魔力から発生した種族。


 本来の外見はさまざまだが、現在は利便性を考え、人間の見た目を真似ることが多い。

 元となる感情に応じて性質が異なり、優秀な戦士にも、知略に長けた補佐官にもなり得る。

 ただし、良くも悪くも感情に左右されがちなため、騒動の種になることも多い。


 自身の核となる感情を視線に乗せ、相手に与える『感情の魔眼』を持つ。

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