派閥
会合当日、俺とヒョウは馬車に乗り、目的地へと向かっていた。
俺は試着のときに着た礼服を身にまとっている。……何とも落ち着かない。
最近は普段着のシャツとズボンか、術衣しか着ていなかった。どちらも割とゆったりした衣服だ。しかしこの礼服は、どちらかと言うとピシッと着こなすタイプの服である。
つまり、疲れる。
ヒョウもいつもとは違う格好である。北王用の礼服なのだろうか。帯剣もしている。
……そういえば、俺も腰に短刀を据えてはいたな。
今日は三傑の護衛はない。その代わり、兵士たちが護衛をしてくれている。
自国領内ならば兵をそれなりに出せるし、三傑を遊ばせるのも勿体ない。とはヒョウの談だが……。個人的には、もうちょっと自分を大事にしていただきたい。俺は不安だ。
そんな俺の不安はよそに、馬車で向かい合って座っていたヒョウが口を開く。
「さて、簡単な予習といこうか」
「予習?」
「うむ。今日の参加者についてだよ。少々退屈な話になるが、聞いておいてくれ」
そして、ヒョウの授業がはじまった。
「彼らは、我が国の力にすがってきた者たちだ。私が彼らの所有する領を認め、こちらも益を受け取る。そして、その代わりに庇護を与える。王の力、という庇護をね」
いわゆる封建制、に近い制度だろうか……。
あまり詳しくはないが、ファンタジーにはありがちな国なので想像はできる。民が居て、貴族が居て、王様が居るという感じ。貴族が民を管理し、その貴族が王に従う。
ただその割には、税金というか、上に納めるものの概念が希薄に見える。
税や年貢が高すぎて首が回らない、という光景は、俺は未だ見たことがない。……もっと田舎に行けばあるのかもしれないが。
俺が見ている限り、北方の集金方法は、商売やしくみに一枚噛むやり方が多いように感じる。
訪問者管理組合も、南北翻訳部隊も、要は国営の組織だ。多分、北方魔術研究室もそうだろう。俺が知らないだけで、他にもそういう組織があるのかもしれない。
そこで獲得した諸々をお金にしている、と考えれば、この国の豊かさもわかる気がする。
「だが、ひとつの力で支配する世界はいずれ終わる。……もう終わりかけている、と言っても良い。彼らの力を束ね、大きな力にすべきときが来る」
それを聞いて、何とも言えない気持ちになった。
たまに、本当にこの人、王様にしておいて大丈夫か? と思う時がある。
それはつまり、王政の崩壊じゃないのか?
「そのときに備えて、彼らが真に守るべき者か、手を組める者か……。要は、使えるかどうかを確認しておきたい。定期的にね」
ヒョウの話は続いていた。……先のことも考えている、ということか。
手を結ぶならば、彼我の関係性は重要だ。極端な話、こちらに害を為そうとする存在と、そのまま手を取り合うことはできない。
だからこそ、その意思を確認し続けねばならない。それはよくわかる。
しかし、一点だけ気になることがある。
ひとつの力ではなく、束ねた大きな力、とヒョウは言った。その"ひとつの力"とは、王の力……。すなわち流星筒のことだろう。
あれに対して、ヒョウがどんな思いを抱いているのかは気になっていた。すぐに聞いておけば良かったのだが……。あの時は、俺の方に余裕がなかったのである。
流星筒を撃った後のヒョウは、少しおかしかった。撃つために体力や魔力を消耗したのかと思ったが、恐らく違う。その後の対応を行うヒョウは、いつも通りに見えたからだ。
上手く言い表せているかわからないが、ヒョウは流星筒を忌避しているように感じた。
その忌避は、何に起因するものなのか。
ヒョウは、流星筒という力の代わりに、新たな力を求めている。
人を束ね、流星筒に匹敵するような"何か"を生み出すつもりなのだろうか。
「力って、その……、流星筒みたいな?」
流星筒、のところは声を落とす。あまり、おおっぴらに口にするものではない。
それを聞いて、ヒョウは目を伏せた。
「……そうだね。私が"ひとつの力"と言えば、そう思うのも無理はない。何しろこれは、我が国の象徴だ」
そう言って、ヒョウは己の眼帯に触れる。それには、しっかりと北の紋章が縫い付けられている。
北の紋章は、青い棘と銃のようなもの。
最初はわからなかった。だが今は知っている。つまり、氷と流星筒だ。
「だが、あのときも言っただろう? これを使う機会は減っている。ならば、我が国はこれ以外の何かを得なければならない。……もちろん、君もそのひとつだ」
そう言って、ヒョウはいつもの微笑を浮かべた。
それを聞いて、少し安心した。
自分が含まれているのはかなり面映いが……。俺がそこに並ぶのなら、その"力"は、けっして武力一辺倒ではないと思う。
「さて、では君にも、今回の会合に参加する者たちを教えておこう。全部で3つの派閥がある」
そう言って、ヒョウは指を3本立てる。
先ほどまでの話で背景の説明は終わったようで、次は実際の登場人物、ということか。
……しかし、派閥かぁ。そういうの面倒くさいよなぁ。
今までの人生、なるべくそういうものには触れないように生きてきたというのに。
そんな憂鬱を、
「まずは『魔族派』」
「ま!? ぞく、って?」
一言で吹き飛ばされた。
魔族。魔族と言えば、あの。大量の魔力を溜め込むことができる種族たち。
直近で目にした魔獣が、否が応でも頭に浮かんでしまう。
「ふふっ、そう驚くな。行くあてのない魔族たちの集まりだよ。力は強大だが、魔獣とは違い知性もある。話はわかるやつらさ」
俺の驚きが伝わったのか、ヒョウは笑いながら、不安を打ち消そうとする。
「昔の戦争で、故郷を追われて僻地に隠れ住んでいた。私がそれに領を与え、まとめさせた勢力だ」
「何でそんな……?」
「何でって、生かすためだよ。当然だろう?」
生かす? 魔族を?
いまいち真意がつかめないままの俺をよそに、ヒョウは話を続ける。
「それに、下手に分散されると困る。変に迫害されて暴発でもされてみろ、死ぬのは人間のほうだぞ? 少しでも安定させるには、同類をまとめて囲い込むほうが、まだマシだったのさ」
一応、魔族の危険性も考えているようだ。……まあ、当たり前か。
でも、解せない。なぜその危険を、国で抱え込もうとしているのか?
「いや、そうじゃなくて……。何で魔族を囲ってるの? 危ないんだろう?」
「はっ、君も意外と察しが悪いな。私を知らないのか?……"使えるから"だよ」
ヒョウは、こともなげにそう言った。
「魔族の力は強大だ。それに、魔族の成した文明や文化というものを、人間はあまりに知らない。その力を借り、それらを学ぶことは、我が国の力になるだろう」
さすがに、絶句した。
そんな俺の様子を見て、彼女は苦笑する。
「まあ、まだそのときではないよ。繋がりを切るのはたやすいが、つくるのはとてもとても時間がかかるものだ。……だが、いずれ情ではなく、利害で話せる時が来るだろう。そのために、"そうあれるかどうか"を確かめ続けているのさ」
なるほど。
つまり俺と……、訪問者と同じことだ。
魔族の力は強大で、魔力量だって半端なものではないだろう。その力で放つ魔法は、訪問者の異能にも匹敵するかもしれない。
そしてその文化は、既存の人間たちとはまったく違うはずだ。技術やノウハウだって、異界の術にも勝るかもしれない。
つまりは、訪問者を保護することと同じだ。ただ、それらがこの世界で、ひどく恐れられているというだけで。
だからこそ、守るために囲い込む。だからこそ、確かめるために定期的に会う。
きっと、手を取り合えない、危険のほうが大きいと判断すれば、ヒョウはそれらを切り捨てるだろう。
なぜなら、王なのだから。”まだそのときではない”と言ったのは、そういうことでもある。今はそれらを見ている段階だ。
俺の面接の時、隣の部屋で覗いていたように。あるいは、受付について来たときのように。
「それに、君は人の悪意を舐め過ぎだ。魔族なんて可愛いものだぞ? やつらは魔力に支配されている。わかりやすい願いがあるからな」
「願い……?」
「そう。魔力を多く持つ者たちは、願いからはけっして逃れられない。我々が呼吸をするように、彼らは願いを求め、それを叶えることを強いられている」
魔力に支配されている、とヒョウは言った。
魔力とは願いを叶える力だ。それを大量に持っている、ということは、とてつもない全能感だろう。望めば、魔力が叶えてくれる。
だからそれに囚われてしまえば、きっと、ひたすらに願いを求めるだけの生き物になってしまう。……あの、飢えた魔獣のように。
そういう意味では、ヒョウの言う通りかもしれない。
「と、話がそれたな。まあ、すでに魔族は少数民族。頭目は吸血鬼だが、私の指名だ。うまく手綱を握って、人との争いだけは回避させる。あとは、まだ"話せるかどうか"を判断する」
「大変そう……」
「まあね。だが、それも私の責務だ。……そして、君にもそれを手伝って欲しい」
なるほど。ここに俺の"通訳"の役目が来るというわけだ。魔族の意図となれば、さすがに人間には荷が重い。
とはいえ、俺にだって正直、できるかどうかはわからない。やれるだけ、やるしかない。
顔を上げ、胸を張る。
「わかった」
「よろしい。では次だ。『人間派』だな。……正直、ここが一番頭の痛いところだが」
そう告げると、ヒョウはあからさまに嫌な顔をする。
彼女の中では、本当に魔族のほうがマシらしい。
「そうなのか? 人間なのに」
「人間だから、だよ。我らとて、けっして一枚岩ではない。……君だって、試着のときに言っていただろう?」
俺の疑問を、ヒョウがはっきりと答えた。
まったくもってその通りだ。……あれだけ偉そうに語っておきながら。俺も案外、普通の人間だな。
「……そっか。確かにそう言われればそうだ」
「素直でよろしい。……人間派も、そうあればな」
そう言って、ヒョウは苦笑する。
「現在、頭目が大の魔族嫌いでね。今日の会場の持ち主でもある。かなり強い言葉を聞くと思うが……。まあ、気骨のある連中ではない。魔族を殲滅しよう、とか、北王に歯向かおう、とはならんよ。不快にさせない程度に聞き流せ。もちろん、重要な言葉は聞き逃さないように、だ」
珍しく、ところどころ刺々しいな。……だがまあ、なんとなくわかった。
多分、既得権益を持っている側の派閥なのだろう。たとえば、昔からの地主とか。無視するわけにはいかないが、ヒョウとしてはあまり反りが合わない。というやつだ。
気骨のある連中ではない、というのも、それならば説明がつく。"今持っている"のだから、それを維持したいと思うのは当然だろう。
だが、そう考えれば、好き嫌いは別として重要な派閥である。
推測が間違っていなければ、今、力を持っている派閥と言える。
ヒョウの一存で取り上げることのできる力ばかりなら、嫌いというだけで済むかもしれない。だが、そういうわけでもあるまい。
だから、最後に"重要な言葉は聞き逃さないように"と付けたのだろう。
「わかった」
「では最後、『共存派』だ」
おっ、今度は少し穏やかな話ができそうだ。
そんな思いが俺の顔に出ていたのか、
「察しの通り、人と魔族をどうにかして融和させようという集団だ。……まあ、無理だろうがね」
「えっ、無理なの?」
ばっさりと切って捨てられてしまった。
「そうだ。考えてもみろ。隣のやつと話していたら、突然怒りだして、自分の首を引っこ抜かれるかもしれんのだぞ? そう思っても、一緒に住みたいと思うか?」
ちょっと待ってほしい。そんなことが……、
いや、ないとは言い切れない。
さっき自分で推測したばかりだ。魔族は訪問者と同じなのである。この世界の人間とは文化が違う。常識や思想、笑いや怒りのツボなどもまったく違うはずだ。
そして、相手は強大な力を持っている。となれば、
「……それは、ちょっと。常識も違うし、怖いよ」
「その通り。彼らは少し気が早く、少し人が良すぎる。……まあ、私にとっては都合が良いがね。否定はしたが、目的の重なる部分も多い。暴走しなければ何も問題はない」
そう言って、ヒョウは笑う。そして、
「頭目は気の弱そうな男だ。……もちろん、見た目だけだぞ。手回しが上手い。苛烈な人間派の追求をかわしながら、勢力を伸ばしている。人徳も、手腕もある。敵には回したくない類だ」
話を聞く限りだと、立ち回りが上手いのかな、と思う。
勢力を伸ばしている、というのは、簡単に言えば人間派の切り崩しだ。自分達を多数派に、敵対者を少数派にして、相対的な派閥の構図を変えようというわけだ。
「対応としては、会話するだけで問題はない。だが、あまり見た目にほだされるなよ。悪い人間ではないが、彼も長だ。利用されるのも嫌だろう?」
ヒョウがそうまとめた。3つの派閥の中では一番穏やかに見えるが、警戒度は一番強い気がする。
ある意味、同類だから怖さを知っている、というところがあるのかもしれない。"仲良くする"というのは、生存戦略として強い。……"そこからはじき出される"という攻撃も含めて。
「なるほど。気をつける」
「うむ。勢力は以上だ。今日の出席者は大体、この3勢力いずれか、もしくは、北王側に所属している」
そうか、北王側の人たちもいるのか。だから、正確には派閥は4つということだ。北王派、魔族派、人間派、共存派。
とはいえ、大まかに言えば参加者は皆、北王派である。3派閥に所属しない、たとえば俺やお供の兵士などの区分だろう。
「君を絶対に引き合わせたいのは魔族派だけだ。それ以外は、強く気にすることはないだろう。話しかけられて困らないよう、頭の片隅にでも置いておきたまえ」
その言葉で、ヒョウの予習は終了した。
# 手長族
人類の一種。
特徴のなさが特徴といった種族。"手長"と称されるが、特別手が長いわけではない。
何でもそつなくこなす反面、突き抜けた個性がないとされる。
ただし他の人類に比べて寿命が短く、繁殖力に優れ、人口が多い。
その量を強みに『人』を名乗った最初の種族であり、手長語は共通語の元となっている。




