宴の続きとヘキトの助言
「そうだ、コトバ。少し話がある」
しばらく飲み食いや雑談を続けていると、ヘキトが俺に声をかけてきた。
「あ、はい。何でしょう?」
「うむ、全部で2点だ。1点目は遺跡での話の続き……、いや、補足か」
ヘキトはそう言って、顔の横で人差し指を立てる。
その動きに既視感を覚えながら、話の続きを聞く。
「三大要素を使わない術。今回、身を持って味わった、ということを伝えねばと思ってね」
「……もしかして、あの咆哮? ですか?」
その答えに、ヘキトはうなずいた。……当たっていたようだ。確かにあの咆哮は、尋常なものではなかった。
「その通り。『魔族』はその体の魔力量を武器に、力技で願いを叶える。そのひとつが、魔獣の咆哮だ」
魔族とは、体内に魔力を大量に保持する生物の総称だ。吸血鬼とか、悪魔とかが居るらしい。そしてその中に魔獣も入る。
……個人的には、"魔力を取りすぎた人間や獣"である、一種の事故や病気のような存在の魔獣が、この括りに入るのは少し疑問だった。
簡単に言えば、括り方の違いらしい。先述した通り、魔力を大量に保持する生物たち、である。厳密には種族の括りではない、という話だ。
似て非なる括り方に『人間』がある。こちらは手長族や耳長族といった複数種族の総称だが、どちらかと言うと"同盟"に近い。
力を合わせて暮らしていきましょうね。という、暗黙のお約束からできた言葉だ。
「咆哮は声でもあり、詠唱と見ることもできるが……。あれは魔法ではない。魔力を直接ぶつけられたからな」
「そうなんですか? 魔力を直接ぶつける魔法は存在しない、と?」
ヘキトの言葉に、俺は質問を返した。
魔力を直接ぶつける、というと、ゲームなどでは初歩の呪文だったりする事が多い。魔法の矢、みたいなやつ。ビームとか光の弾丸みたいなもの。そんなイメージを持っていたが……。
「魔力を魔力のまま、空気中に放出することは神の御業と言われている。基本的には、属性にあったものへ変換するのが筋だ。現に、治癒なんかは手を触れて行うだろう?」
そう言われてみれば、攻撃系の魔術は火を放射したりしていたな。もしかしたら石の壁なんかも、離れた場所に出すときは、地下で押し出しているのかもしれない……。ところてんみたいに。
そして魔力を流すものは、直接触れているのを見てきた。
法術師の治癒もそうだし、遺跡でヘキトがかけてくれた、勇気の法術もそうだ。ヘキトがソラの背中に触れて、そのソラが触れた俺の肩へ魔力が流れた、ということだろう。
……あれ、あのときは緊張していたからわからなかったが、ヘキトは法術も使えるのか。すごいな。
「その"魔力の放出"を部分的にでも可能なのが魔族だ。……もっとも、その用途はごく限られるがね」
「なるほど……」
魔獣の咆哮については理解できた。三大要素を必要としない力、確かにすごいものではある。
でもまあ、あんな暴力的な使い方しかできないなら論外だ。だいたいあんなの、周囲に誰かが居たら、問答無用で巻き込んでしまうだろう。
……あ、そっか。
だから狼なのに、一匹になっちゃったのか。
「……どうした? コトバ」
「あ、いえ、なんでもないです。続きをどうぞ」
俺の顔をうかがうヘキトに、手を横に振って話の先を促す。
「そうか? では、2点目。こちらは助言だ。『戦術』というものを知っているか?」
「戦術? 戦争の、作戦とか……? そういうものですか……?」
「そうだな。だが私が言っているのは、もっと狭義のものだ。この世界では、いわゆる『戦技』のうちのひとつとされている。『技術』と対になる『戦術』。異界の術に近いものだ」
戦技、技術、戦術といろいろ出てきたが、なんとなく関係性がわかる。
魔法が魔術と法術の総称だったように、戦技が戦術と技術の総称なのだろう。そしてそのうちのひとつ、戦術が、ヘキトが俺に伝えたいと言っているものだ。
異界の術に近い。というと、知識やノウハウ、経験則のようなものだろうか。
「今回使用した『囮』も、不完全ではあるが戦術のひとつだ。一流の戦術師は、戦況をひっくり返す力があると聞く。すぐに身に付けられるものではないが、君の手札の足しにはなるだろう」
囮かぁ……。魔獣が強かったのもあって、あまり良いイメージはない。だが、調べてみるのも良いかもしれない。
何しろ、ヘキトの推薦だ。異界の術に近いならば、俺にも習得できる可能性はある。もちろん、一筋縄ではいかないだろうが。
だが、逆はすでにやっている最中だ。俺の異界の術は、観測部の皆に受け継がれている。ならば、不可能ではないだろう。
しかし、何でいきなりそんな話を、俺に?
「ありがとうございます。……でも、なぜ戦術を?」
「うむ。君の声は、戦場でもよく通る。異能か才能かはわからないが、君の強みだ。戦術は味方を動かすことを主とするが、それには指示が要る。もしかしたら、噛み合うかもしれないと思ってね」
そうだったのか。自分ではまったく実感がない。どちらかと言うと、俺の声は通らないほうだと思っていた。……元の世界では居酒屋の注文とか、全然届かなかったんだよな。
翻訳の効果かもしれない。意図を通す力が、言葉の通りを良くしている、とは考えられないだろうか?
そんなことを考えていると、急にクロガネが口を挟んできた。
「……おお、それ聞いて思い出したぜ。魔獣の咆哮を食らったときも、ニィさんの呼ぶ声は聞こえたんだ。それで音が晴れてよ。今回はあれで助かったみてぇなもんだ」
「え? そうなの?」
「……む、君もか?」
思わぬ発言に驚きの声を上げると、それがヘキトと被ってしまった。……というか、2人ともなのか?
「ヘキトさんも?」
「へえ、おもしろいね。……コトバ、近いうちに検査をしよう。新たな異能の発見かもしれないよ?」
一連のやり取りを聞いていたのだろう。ヒョウまで話に加わってきた。
異能の検査かぁ……。あまり良い思い出がないし、根掘り葉掘り聞かれる、あの感じは嫌いなんだよな……。
「うーん……」
「何、今回は当てがあるのだろう? すぐに終わるさ」
渋る俺に、ヒョウはそう言いつつ微笑を浮かべる。
まあ、ヒョウとしては何かが出れば嬉しいだろうな。しかしそれを言うと俺もそうだ。仮に異能が得られるなら、得ておきたい。……渋ってもいられないか。
「しかし、師よ。わざわざそれを伝えるためについて来たのか?」
「え?」
ヒョウはヘキトの話が終わったと判断したのか、今度はその微笑を彼に向ける。
そういえば、ヒョウのお供にヘキトがついてきたのは、今日がはじめてだ。珍しいな、とは思っていたが……。
そう思っていると、ヘキトがこちらを向いて薄く笑い、うなずいた。
「え、その……。なんか、ありがとうございます。嬉しいです」
こういうとき、気の利いた一言を返せないものかと思う。嬉しい、で胸が一杯になると、なかなか言葉が出ない。
「何、気にすることはないさ。好きでやっているからね、この人は」
ヒョウがそう答える。ヘキトが何も言わないと知っているのだろう。何しろ、弟子なのだから。
「それより、君が気に入られたようで何よりだよ。話と説教が長い以外は良い人物だ、存分に頼ると良い」
「……一言多いぞ、我が弟子」
黙っていたヘキトが低い声を出す。
……そういえば、遺跡の中でも長話に入ろうとしたり、それを打ち切ろうとしたりしていたな。
もしかしたら、ちょっと気にしているのかもしれない。
そんなヘキトに、ヒョウは肩をすくめて、
「おおっと、都合が悪いとすぐこれだ。まったく、困ったものだね」
そう言って笑った。
「ふぅん、話の内容はよくわかんねぇが……。嬉しそうだし、良かったじゃねぇか、ニィさん」
酒をあおっていたクロガネが、ジョッキを置いてそう言った。
が、すぐにヘキトに向かって、
「でもよ大将、俺にもなんかないのか? ニィさんばっかりズルいだろ」
そう言ってせっつきはじめた。……もしかして、酔ってるのか?
そんなクロガネに、ヘキトはいつもの淡々とした調子で、
「私が君に言えることはない。あんな戦いを見せられてはな。言えるのは礼くらいだ。もっとも、それは報酬に含めておいた。そのほうが良いだろう?」
「ははぁ、さすが大将。わかってんな」
ヘキトの返しに、クロガネも満足したようだ。
「さて、重要な話はそれで終わりかな? ……おっと、酒が切れてしまったよ。困ったな」
「お、なぁんだ嬢ちゃん、飲めるな! おーい、こっちに酒追加だ! あと料理も!」
芝居がかったヒョウの一言を受け、店員にクロガネの声が飛ぶ。……何だコレ。
ヘキトが居てくれて良かった。この飲兵衛2人の世話は、1人では務まらない気がする。
しかし、大惨事にならなければ良いのだが……。
「2人とも、大丈夫……?」
「大丈夫だよニィさん。おごりだからって無理に飲み食いはしねぇ。それじゃあ、うまくねぇからな」
「何、まだまだこの程度、嗜みにも入らないよ。立場上、飲まねばならないときもあるからね」
「……2度は言わんぞ、弟子よ」
「ええ。心得ておりますとも、師匠」
俺とヘキトの心配もどこ吹く風だ。
まあ、俺が心配しているのは、何もヒョウやクロガネのことばかりではない。もっと身近で、もっと切実なものもある。
お財布の金、足りるかな……?
# 囮
戦術・陣
他の陣を使用するまで、対象の狙われる確率を上昇させ、対象以外の味方全員の命中率を上昇させる。
対象の受ける敵意が高いほど、効果が高くなる。
特定の味方を狙わせることで、他の味方が攻撃を行いやすくなる戦術。
陣は人の配置により、さまざまな効果を発揮する。
これは広く知られており効果も高いが、囮役の危険は大きい。




