祝勝会、兼、送別会
※2019/11/04 本文修正、表記ゆれの修正(流石→さすが)
※2020/03/17 本文修正、表記ゆれの修正(なにしろ→何しろ)
とある日の昼のこと。俺とクロガネは酒場に来ていた。肉と酒がうまい、と評判の店だ。
個人的にお礼がしたくて、いろいろ考えたのだが、皆でうまい飯を食おう。という結論に至った。その旨、クロガネに伝えると、
「肉と酒だな」
というわけで、ここに決まったのである。
俺は普段あまり出歩かないので、店を探すのはなかなか大変だった。ネットもないし。
結局、最終的にソラに聞いて解決した。……一応、ソラも俺の中では主賓だったのだが。
その主賓のひとりであるはずのソラは、ここには居ない。悲しいことに仕事だ。
本当は、俺とソラの休みの重なる日が良かったのだが、どうしても都合がつかなかった。捜索部の勤務が不規則、ということもある。
だが、日程を今日と決めたのは、大きな理由があった。
「本当に、行っちゃうのか?」
クロガネが、旅に出るのだ。
元々、剣を極めたいクロガネは、暇があれば諸国をさすらって、いろいろなところを見て回っているらしい。
ただそれにも金が要る。なので、仕事を探すときだけ交差点に滞在し、そこで貯めた金を使って旅をする。というサイクルを続けているのだ。
今回の報酬は、かなり大きかったらしい。……何しろあの働きだ。追加報酬が凄まじいことになっていると聞いた。
「ああ。……なんだよ、湿っぽいなぁ。別に今生の別れってわけじゃねぇんだ。俺だってまた稼ぎに戻ってくる。何しろ、この街は儲かるからな」
「うん、そうだね」
とはいえ、やはりさみしいものだ。
そんな俺を元気づけるように、クロガネはパン、と手を鳴らして、
「さ、食って飲もうや。来られなかったソラの分もな」
「それ、死んでる人に言う台詞じゃない?」
「うはははははは! ニィさん、おもしろいこと言うなぁ!」
爆笑するクロガネにつられて、俺も笑った。
2人で雑談しながら、食事と酒を楽しむ。
クロガネはよく食べるし、よく飲む。俺はお酒があまり飲めないので、ちびちびやりながら料理を楽しんでいる。
評判になるだけあって、肉がうまい。塊肉を焼いたり煮込んだりと豪快だが、それが良い。
「っと、ちょい厠……」
クロガネがそう言って席を立つ。しかし、すごい勢いで飲んでるな。
強いし、食うし、飲むし。絵に描いたような豪傑だ。ただ、博打には興味なさそうだし、女っ気はないな。
……というか、周りに人っ気がない。クロガネの知り合いや家族の話は、まったく聞いたことがない。
まあ、平和に見えるとはいえこういう世界だ。好き好んでさすらっているようなやつだし、もしかしたら何かあったのかもしれない。あちらから話さない限りは、こちらも聞くつもりはないが。
「やあ、失礼」
そんなとき、俺に声をかけてくる人がいた。その姿を確かめて、
「……ヒョウ? それにヘキトさんも。なんでここに?」
驚きの声を上げる。そこには、ヒョウとヘキトの2人が立っていた。
ヒョウは変装用のサングラスを掛け、ヘキトは遺跡に行ったときのような地味な術衣を着ていた。……これは完全に、お忍びなのでは。
幸いにも、テーブルに空きはある。とりあえず立ったままも何だ。椅子を勧め、座ってもらう。
「連絡もせずに、突然済まない。君のところへ会いに来たのだが、今日は休みで、外出したと聞いてね」
そこまで言うと、ヒョウは微笑を浮かべて、
「それより聞いたぞ、今日は君のおごりだそうじゃないか」
「えぇ……」
仮にも王様が、配下に飯をたからないでいただきたい。そう思っていると、ヒョウは笑った。
「いやいや、冗談だよ。何だったら、この場は私が払っても良い。……今この店にある飲食物、全部買い取ることもできるぞ?」
と思ったらこれである。
まあ、クロガネのこの勢いに対応するには、それくらいの備えがあっても良いのかもしれないが……。
それに、ヒョウだって無為に散財しようというわけではない。
「報告はしっかりと目を通させてもらった。『冥の力』というのは実に興味深い。それと、クロガネの方もね。君らの士気が買えるなら、そのくらいは安い」
遺跡で発見した『冥の力』という単語。宗教や属性が絡むのではないか、という推測。あと、俺が伝えた"元太陽系の惑星"という情報。
これらが導く答えに、ヒョウは多大な期待をしているようだ。早速、配下の魔術研究者たちは大忙しだという。
そこで使う金を考えれば、この店の食料など、確かにはした金だろう。それで万が一にでも、クロガネに渡りを付けられるならお釣りがくる。
こういう思い切りの良さは有能さなのかな……? 小市民な俺には、ちょっと理解できないところだ。
でも、まあ、それは、今回は遠慮しよう。
「あー、でも、今回はいいや。どっちかって言うと、今回のは俺がお礼をしたいだけだから」
そう、今回はお礼なのだ。お金で払えるような借りではないが、せめて気持ちだけでも、というやつである。よくあるやつだ。
だから、ここは自分で支払いたい。……割と給料や報酬は良いのだ。やたら本ばかり買わなければ余裕はある。
「そうか。ならば、そうしよう」
「良い心がけだ、コトバ。大切にすると良い」
ヒョウは微笑を浮かべ、ずっと黙っていたヘキトにまでうなずかれてしまった。
良い心がけかぁ……。そうかな? とも思うが、そうかも? とも思う。よくわからない。
「ふぃー……。あれ? よう大将。と、そっちはあのときの嬢ちゃんか」
そんな話をしていると、クロガネが戻ってきた。それだけ言うと、席についてぐっと酒をあおる。そして、
「ああ、そういやあのとき、さっさと帰っちまったよなアンタ。なあニィさん、紹介してくれよ」
ヒョウについて、クロガネがせっついてくる。
多分、ヒョウに金の匂いを感じ取ったのだろう。恐らく、今回は支払いがとても良かったのだろう。関係者は知っておきたい、という顔だ。
「良いの?」
一応、ヒョウに確認を取る。ヒョウはうなずき、
「構わんよ」
そう答えた。……なら、良いか。
「じゃあ……。王様だよ、北の氷雪の国の。ヘキトさんはその護衛。いわゆる三傑の1人だ」
「おぅ。なる、ほ、……どぉ、うぉお!?」
クロガネが目をむいて、俺とヒョウとヘキト、3人の顔を見回した。そして、
「……あ、頭ぁ、下げたほうがいいか?」
「いや結構」
そう切り出したクロガネに、ヒョウは笑って首を振る。
まあ、そりゃそうなるよな……。クロガネですらこうなのだ。ここらへん、ちょっと俺の感覚は麻痺している気がする。気をつけよう。
「いやぁ、驚いた……。酔いが冷めたわ。飲み直しだな」
「まだ飲むの……? いや良いけどさ。大丈夫?」
苦笑する俺に、クロガネは不敵に笑って、
「おうよ。まだまだ足りねぇな。……そうだ。大将と嬢ちゃんもどうだい? 太っ腹なコトバのおごりだぜ?」
「ふむ、では遠慮なくいただこう」
ヒョウはにっこりと笑ってうなずいた。……そういえば、ヒョウと食事をするのははじめてな気がする。
というか、王様だぞ。良いのか?
「私は、酒は飲まない。……とはいえ、断るのもな。食事を少々いただこうか」
ヘキトはそう言ったあと、ヒョウに向かって、
「……弟子よ。控えめにな」
「はいはい、心配性なお師匠様だ」
……すみませんヘキトさん。その発言の背景を知りたいのですが。
「はぁー、しっかしあの"氷の微笑"がねぇ……。しかし、ま、それなら"あの力"も納得だわ」
「"氷の微笑"?」
上の空だったからか、意識していないところから会話を拾って、オウム返しに口走ってしまった。
見ると、クロガネがヒョウの顔をまじまじと見つめている。
「何だ、知らねぇのか?"通り名"だよ」
「この世界には、有名になると通り名がつけられるのさ。私の場合は"氷の微笑の"ヒョウだ。笑ってしまうだろう?」
クロガネの答えに、ヒョウが補足を入れる。
なるほど。そういえば氷の三傑の紹介にも、"力の"や"守りの"といった名前以外のものが入っていた。あれも通り名のようなものか。……いやむしろ、氷の三傑そのものも通り名なのか?
ヒョウの言い方だと、"氷の微笑"は勝手に付いた通り名だろうが。
しかし、クロガネの口から他人の話が出るとは。珍しい。
旅先の話などは雑談で聞いたが、その土地の風景やできごとを語ることはあっても、人のことを聞いた記憶はない。
「クロガネも、ヒョウのことを知ってたの?」
「ああ。……いやな、噂じゃあ、まるで氷のような冷たさと綺麗さだって言うからよ。ひょろっちいんだろうなと思ってたんだが」
俺の問いに、こちらをちらっと見たあと、ヒョウの顔を再びまじまじと見ながら、
「強そうだな、アンタ。1回戦ってみてぇ」
断言しよう、こいつは馬鹿である。
だって、王様だって紹介したよ?
それに、クロガネは"あの場"に居たのである。流星筒の威力は見ているのだ。
……まあ、さっきの話の感じからすると、クロガネが"あの力"を流星筒と結びつけたのは今しがただろうが。
あのことについては、厳重に口止めされている。存在自体は周知の事実らしいが、実際に見たことを言いふらされては困るのだという。
とはいえ、見たものを忘れられるわけではない。あの光景はそれほどに鮮烈だった。
もっとも、話の流れから、剣の試合みたいなものを想像するかもしれない。……だが保証しよう。クロガネが戦いたいと言ったら、それはもうなんでもありと思って良い。
獣狩りを剣でやるようなやつである。強い相手が何をしてこようが、剣で斬り伏せようとするのがクロガネだ。そういうものを目指しているし、最初からそう言っていた。彼の言葉に嘘はない。
「さすがにそれはな。コトバから話は聞いているし、依頼の働きも確認した。……私も剣は使えるが十人並みでね。こちらが死ぬよ、勝負にならない」
ヒョウはそう言いながら首を振る。常識的な王様で助かった。
と、思いきや、
「そうかい? あんた、殺しても死なねぇやつに見えるぜ」
「ふふっ、そうかな? まあ、そう簡単に死ぬわけにはいかないのでね」
そう言い合って、似た顔をして笑う。
……仲のおよろしいことで。この2人、結構同類だよな。
# 酒
道具・飲料
酒精の含まれた飲料。気付け用の少しきついもの。
対象の精神異常状態を解消し、朦朧を付与する。
古来から造られ続ける飲料。これは旅のおともであり、気付けにも使える度数の高いもの。
娯楽としても重宝されるそれは、毒であるとともに薬でもある。




