北王の力、流星筒
※2019/11/08 本文修正、表記ゆれの修正(おそらく→恐らく)
※2019/11/10 本文修正、誤字修正(すべてが見ている感覚→すべてが見えている感覚)
※2019/11/11 本文修正、単語の誤り(長耳→耳長)
※2020/03/17 本文修正、表記ゆれの修正(なにしろ→何しろ)
どこまで進んだのだろうか。
距離感も、時間の感覚も、とても薄い。
1秒がとても、とても長い。まるでスローモーションの中に居るようだ。
ずっと気が張っている。"見る"こと、"聞く"ことに集中している。
視界が細かいのに、広い。注視しているのに、すべてが見えている感覚。
剣を打ち合う音、詠唱の声、ソラの指示。自分の呼吸音すら聞こえるのに、すべてを聞き逃さない。
みんなの、"すごさ"が、すべてわかる。
「コトバ!」
背後から聞こえたのはソラの声だ。肩を叩かれ、
「出口まで確認できた! 走れ! 援軍が居る!」
それだけ言うと、魔獣の方へ向かう。クロガネたちの援護に向かうのだろう。
……俺のできることは、もうここにはない。出口へ向かって走る。
しばらく走り、遺跡を抜けた。
少し先、距離を取ってヒョウが居る。イットウと、お供の兵士も一緒だ。
もっとも、その鎧は北方のものではない。あくまで冒険者を装っているのだ。北の紋章が付いた装備など使えない。冒険者によくある、ツギハギで雑多な装備に身を包んでいる。
ヒョウも、いつも通り男装ではあるが革鎧だ。最初に会った時のように、サングラスもかけている。恐らく、特徴的な眼帯を隠すためだろう。
ホッとして緊張の糸が切れたのか、足も体も限界だ。もつれ、転びそうなそれを叱咤して、どうにかヒョウの元まで辿り着く。
「やあ、コトバ。無事で良かった。馬を飛ばしてきたかいがあったというものだ」
「ああ……。でも、中にまだ」
言葉が言葉にならない。声がかすれる。今までどうやって体を動かして、声を出してきたのかわからない。
心臓が早鐘を打っているのがわかる。呼吸と心拍の音で耳が割れそうだ。
そんな俺の肩に、ヒョウはぽん、と手を乗せて、
「うむ。だが心配はいらない。すぐに現れるのだろう? ヘキトと、ソラと、クロガネがおびき寄せている。……そして、ここには私が居る。この北王が、ね」
そう言って、微笑を浮かべた。
深く、深い、一息をつく。すっ、と気持ちが楽になる。それはヒョウの言葉であり、同時に、王の言葉でもあった。
「そうだ。君、私の右に立ちたまえ。そのほうが"よく見える"」
ふと、何かに気づいたようにヒョウが言う。
よく見える、とはなんだろうか。……今から魔獣を討伐するのだから、ヒョウが何かをする。ということか?
「よく見える……?」
「ああ。しっかり見ておけ。加減するとは言え、北王の力を間近で見るのだ。貴重な一瞬だぞ? 最近は平和でね、滅多に見せられるものではない」
そう言って、俺がヒョウの右に立ったのを確認すると、彼女はサングラスを外す。剥がれ落ちるように魔法は消え、いつもの黒い、いかつい眼帯が現れた。
と、そのとき、遺跡から飛び出してきたものがある。
まずはヘキトだ。油断なく入口を警戒し、後退しながら詠唱を始めている。魔術の準備だ。
だが、横顔からでもわかる。顔色が悪い。耳長族なので元々色白なのだが、それが行き過ぎて青ざめたようになってしまっている。
明らかに魔術の使いすぎだ。息も上がっている。動きながら魔力を取り込み、しかも詠唱を、声を出しているのだ。無理もない。
次に飛び出してきたのはソラだ。投擲用の短剣を投げている。まだ魔獣は見えないが、逆に言えば、その投擲が届く範囲にいるのだろう。
伏兵や戻ってきた狼はいなかったので、彼はまだ余裕がある方だ。だが、どう考えても身体性能が足りない。
ずっと見ていたからわかる。ソラがあの魔獣と組み合ったら、一瞬でミンチにされる。だから距離を取りながら、短剣を投げて牽制しているのだ。
そして、クロガネが飛び退るようにして出てきた。着地の時に片手をついたが、すぐに剣を両手持ちし、油断なく入口の方を向きながら後退する。
多少傷つき、血を流し、肩で息をしてはいるが、未だ五体満足で剣を構えている。……策を話す前、彼が「討伐するなら1人2人は死ぬ」と言っていたことを思い出す。逆に言えば、残りは生きるつもりだったのだ。その中には当然、クロガネも居たのだろう。
彼はできるとわかって、それを告げ、やり遂げた。
最後に魔獣が飛び出した。踏み込みで衝撃が走ったのだろう、遺跡の入口が多少崩れた。宙を舞った魔獣は、3本の足と、異常なまでに伸びた牙を地面に叩きつけ着地する。
相手はまともに立てすらしない、というのにこの状況だ。陽の光を受け、眩しそうに目を細めながらも、唸り声を上げ周囲を警戒している。魔術で毛皮が一部焦げ、刀傷がいくつも見える。なのにその姿には、一切、戦いを止めようという気配はない。
「総員、魔獣から離れ、全力で散開せよ!『流星筒』を使う!」
その戦場に、ヒョウの声が響く。
ヒョウは、おもむろに右目の眼帯をめくる。
そこから、真っ白な瞳が現れた。"しろまなこ"という生物的な白ではない。もっと純白の、まるで……、夜空の星のような何か。
「えっ」
思わず、声が出た。
その瞳に、彼女は右手の指を突き入れた。人差し指、親指、そして中指。3本の指を突き入れ、第一関節、第二関節とどんどん沈めていく。差し込んだすべての指が、根本まで飲み込まれる。
そして、"何か"をつまんだ。
空を見上げるように顔を上げながら、その"何か"を引っ張り出す。彼女の指が白い瞳から抜け、その指がつまんでいたものも、ずるり、とその姿を現した。
真っ白な、筒だった。
形としては、銃……。サイズ的には拳銃のようなものだ。この世界に銃があるのかはわからないが、銃身とグリップ、引き金も付いている。そのすべてが、彼女の右目のように真っ白だ。
彼女は銃身の先、銃口あたりをつまんでいたが、"それ"を確認すると持ち替えた。グリップを握る。……やはり、その握り方は銃だ。
"それ"を持った右手を前に、半身に構える。その銃口を魔獣に向けて、彼女の右目が魔獣を捉える。
気づけば、白く、細い線が、幾筋も空から降り注いでいた。
それはゆっくりと彼女のもとにつどい、その体に絡みつき、つたって、銃口の先に集束する。
白い、白い球体が、線を取り込み、大きくなっていく。
「ふふ、臆したな?」
その声に、魔獣の方を見る。……目を疑った。
先ほどまで、あんなに戦意を見せていたあの魔獣……。それが背を見せ、遺跡に逃げ帰ろうとしている。
足を失ってもなお、身軽だった身のこなしが嘘のように、バタバタと無様に後退していた。
「だが、流星筒からは逃げられない。……なぜならこれは、この世すべてを見通す力なのだから」
声が響く。彼女が、引き金を引いた。
瞬間、銃口の先の白い球が消える。と同時に、魔獣の方からまばゆい光がほとばしった。
魔獣の頭上、ほど近くに、消えたはずの白い球体が輝いたのだ。震えていたそれが小さな球に分裂し、魔獣を中心に円を描きながら、その範囲を拡大させていく。
範囲の中、白い球体に囲まれた場所は、光の柱に包まれていた。広がる範囲とともに太く、大きくなっていくそれは、甲高い音を立てながら、周囲を巻き込んでいく。
とてつもない力が、空に向けて流れていった。
やがて一際強く輝くと、光の柱も、白い球体も、ヒョウが握っていた白い筒さえも消えた。
そして魔獣も、それらと同じように消えていた。
「ふぅ……」
ヒョウは一息つくと、眼帯を直し、こちらに顔を向けた。
「これが流星筒。北王の証にして……、この力こそが、四方国の長たるゆえんだ」
そう言って、微笑を浮かべる。
いつもと同じ微笑は、少しだけ曇って見えた。
その後、いったん全員で集まった。
ヒョウが連れてきた兵士は、法術の心得があった。万が一を考え、治療もできるよう準備していたそうだ。
クロガネと、ヘキトが負傷していた。クロガネはともかく、ヘキトも攻撃を完全には避けきれず、かすっていたらしい。
それでも、俺からすれば動けるのが不思議なくらいの大怪我だ。……本当に、ぎりぎりの戦いだったんだな、と思う。
ちなみに俺の擦りむき傷も、いいと言ったのに治してくれた。何か、申し訳ない。
その後、ヒョウたちは交差点へとんぼ返りだ。
何しろ、もう日が落ちかけている。俺たちはまだ目的を達していないため、遺跡の近くで野宿となった。だが、そこに王様を交えるわけにはいかない。
火が煌々と焚かれる。火は明かりにも、熱源にも、ある程度の獣よけにもなる。また狼が寄ってこないとも限らない。火の番は、ソラとクロガネがやってくれた。
ソラが準備していた荷物は"1日分"と言っていたが、それは日帰りのことではなく、3食分、ということだったらしい。野宿も考慮してか、僅かだが、毛布なども詰めてあった。
とはいえ、共用品を詰めたクロガネの荷物は、最奥の部屋に捨ててきてしまった。そのため若干物資は少ない。だが、一泊程度ならどうにかなるそうだ。
戦闘後、急げば最奥まで戻ることはできただろう。だが、皆の消耗も激しかった。
……というか、俺の消耗が激しすぎた。飯を食って、水を飲んで、死んだように眠った。何しろ寝入る前のことを覚えていない。ほぼ気絶である。
翌日、俺たち4人は、再び遺跡最奥の部屋に居た。
あの戦いの中で破損してはいないか、と心配になったが、杞憂だった。石版はとくに傷もない。
ソラとクロガネが周囲を警戒している間に、ヘキトに付き添われた俺が石版を調査する。……昨日の今日だ。さすがにあんなのは居ないと思うが、警戒は怠らない。
俺は石版を眺め、そこに刻まれた文章を読む。……意外とすんなりと行った。最初に見たときは、結構難しそうに見えたのだが。
「どうだ、なにかわかるか?」
後ろからヘキトが呼びかけてくる。
「宗教……、なのかな。力への想い? みたいな記述と、願いごとが多い」
独り言が、問いかけで呟きでなくなった。答える程度の声量になってしまったが、まあ良い。それよりも解読だ。
「ふむ、既存のものか?」
「あまり、宗教には詳しくないです。……『冥』や『冥の力』っていうのがいっぱい出てきますね」
「『冥の力』……、聞いたことはないな」
ヘキトは考え込んでいるようだ。俺が振り返ると、ヘキトは言葉を続けた。
「この世界は属性信仰が主流だ。『仰天教』、『拝火教』、『大樹教』。『三大宗教』はそれぞれ天、火、木の属性信仰だ。その『冥の力』とやらも、あるいはそうかもしれん。……無論、まったく別の何かという可能性もあるが」
ヘキトはこの世界の宗教について、そう話してくれた。仰天教と拝火教、というのは初耳だな。
というか仰天教ってなんだよ……。びっくりするわ。とはいえ、文字としてはおかしくない。天を仰ぎ見る宗教だ。天属性にはぴったりではある。
拝火教、というのは元の世界にもあった。ゲームでそういうのを見た記憶がある。といっても、こちらのそれとは違うものだろう。多分、火を崇める宗教なのだと思う。
そして大樹教は、確か東方に多い宗教だ。大体、東方の名前自体が東の大樹の国である。国教、というわけではないようだが、近いものだ。
それにしても『冥の力』か……。
既存の属性名を見ていて思っていたが、これは太陽系の惑星名だ。水金地火木土天海、で、冥が確か惑星ではなくなったんだっけ。何か関係があるのだろうか?
……まあ、ここで考えてても仕方がない。
「とりあえず、記述を書き写します。詳細は帰還してからにしましょう」
「ああ、そうだな。そうしよう」
カバンから羊皮紙を取り出し、書き写す。分量的にはさほど多くはない。
その後、俺たちは遺跡を出て、交差点へ帰還した。
# 流星筒
道具・神器
星の力を炸裂させる兵器。遠距離の集団すべてを攻撃する。
持ち手のついた白い筒。有資格者が引き金を引くことで、目標地点に星の力が炸裂する。
北の氷雪の国に伝わる神器、北王に代々受け継がれし力。
正確にはこれは力の具現であり、流星筒という道具は存在しない。




