魔獣と囮
うるせええええええええええ!!!!!!!!!!
何だこれ!? 頭がかち割れそうなくらいの轟音だ! 思わず頭を抱える。耳をふさぐ。……全ッ然効果がない!
しかも全然やまない! 何秒? 何分? 経ったのかすらわからない!
上下左右もわからない! 視界も真っ白だ! フワフワ浮いてる気さえする!
しかもなんか、声の奥にめっちゃうっざいドヤ顔かました狼が"見える"!
さっき見た、あのクソデカよだれ乱杭歯狼だ!
「俺の声、ドヤァ?」
みてぇなうっぜえうっぜえ面しやがって!!!!
要らねええええええええええ!!!!!!!!!!
……え? あれ?
気づいたら、遺跡にいた。いや、むしろずっとここにいたのか?
大口を開け上を向いていた魔獣が、ゆっくりと顔を戻し口を閉じるのが見える。轟音もない。……というか、咆哮はとっくに終わっている。
なのに、他の3人に動きがない。まるで時間が止まっているようだ。
そんな中、魔獣がぐっと重心を落とし、
その意図が、ヘキトに向いた。
「ヘキト!」
呼びかけるとともに、ヘキトを蹴り飛ばす。俺はバランスを崩してすっ転んだ。そんな俺の足元を魔獣が通過する。ついさっきまで、ヘキトが立っていたところ。
魔獣は壁を足場にして、クロガネを跳び越しヘキトを狙ったのだ。
「いってえ……」
思わず口から出た。確認する。手をついて、少し擦りむいただけだ。
というか危機一髪だった。もし魔獣の飛びかかる角度が違えば、一直線上に俺とヘキトが並んでいた。今頃、両方とも大怪我だ。
「ぐっ……! コトバ!?」
蹴り飛ばされ、俺と逆方向に転んだヘキトが声を上げる。姿は見えない。だって、目の前に魔獣がいるのだから。こっち向いてたら漏らしてたかもしれない。
「クロガネ! ソラ! 起きろ!」
「我、思う。大地よ、雄々しき決断の力。壁よ、拒絶する我が意志よ。彼我を阻み、大地を分かて!」
俺がクロガネとソラに呼びかけるのと、ヘキトの魔術が発動したのは同時だった。
魔獣が再びヘキトに飛びかかろうとした瞬間、その間に石の壁が生える。それにぶつかり、魔獣が怯んだ。
石の壁は、魔獣の一撃を耐えたのだ。
そう思ったのもつかの間、魔獣は着地するやいなや、もう一度石の壁に飛びかかった。
「ちっ、1回か!?」
その勢いに、石の壁が粉々に砕け散る。ヘキトが飛び退るが、間に合わない。
「ヘキト!」
俺には名前を叫ぶことしかできない。
だが、その瞬間、
「オオオオオラァ!!!」
何かが、魔獣の横っ腹に突き刺さった。……クロガネだ。ドロップキックしてる。
「はっ、2度目だな!」
「クロガネ!」
クロガネは魔獣を蹴り飛ばし、壁に叩きつけ、見事に着地した。油断なく剣も構えている。
……2度目って、最初のあれも?
「何だったんだ今の!? 頭が割れそうだったぞ!」
「魔獣の咆哮だ! 全員集まれ、法術をかける!」
頭を振りながら合流するソラに、ヘキトが答える。俺は慌ててヘキトの方に駆け寄った。
「我、願う。火よ。勇気の種火。猛る勇者の意志を我らに」
ソラが俺の肩と、クロガネの背に触れる。詠唱を終えたヘキトの手が、そのソラの背に触れた。
暖かい何かが、体の芯を包むような感覚がある。……優しく、雄々しく、力強い。
「勇気の法術だ。しばらくは咆哮も弾ける」
「ありがてぇ。まさかあんなの食らうとはな。相当、魔力持ってやがる」
再び、土煙の中から魔獣が現れる。低く唸っている……。警戒しているのか。
「どうする? ヘキト」
「仕留めるにしろ、撤退にしろ、あれをどかす必要がある。出口を塞がれているのは不味い」
ソラの問いかけにヘキトが返す。
そう、一連のごたごたで位置関係が入れ替わってしまったのだ。俺たちは魔獣よりも室内側にいて、完全に出口を塞がれている。
「すまん、まさかこっちになるとは」
「いや、助かった。贅沢は言えん。……石の壁を乱立させる。クロガネ、もう1回あれを蹴り飛ばせるか?」
ヘキトの問いに、クロガネは不敵に応える。
「やれと言われりゃ、何度でも」
「よし、ソラはコトバを先導。石の壁を縫って出口前を目指せ。私もあとから続く。クロガネも、蹴り飛ばし次第集合だ」
「わかった。はぐれるなよ、コトバ」
「あ、ああ」
ソラにそう答え、彼の後ろにつく。
「よし、合図を待て……」
それだけ言って、ヘキトはタイミングを見計らう。
詠唱は、たった一言だった。
「壁よ!」
たった一言で、複数の石の壁が立つ。
さっきと同じならば、そのひとつひとつが、魔獣の突進を一度は耐えるほどの強度だ。
術衣で隠れていたが、ヘキトの足はずっと動いていた。法術をかけたときも、指示を出していたときも。集合してから今まで、ずっと布陣を行っていたのだ。
そして今も。
「もう一度だ!」
その声とともに、さらに石の壁が乱立する。
これが布陣の……。いや、"守りの"ヘキトの真骨頂か。
魔術を行使しても、詠唱や結印とは違い、布陣は残る。どこまで連続使用できるのかはわからないし、その場から動けないという制約はあるが、連発を可能にしているようだ。
氷の三傑、守りのヘキト。なぜ、肉体的に脆いはずの魔術師が、そんな呼び名を得たのか。
今ならしっくり来る。こんな魔術師が防衛戦にでもいたら、相手は洒落にならない。射程や魔力量の問題があるにしても、その名を冠するには十分すぎる。
「行動開始! 行け!」
その声を受け、クロガネが走る。遠回りをし角度をつけ、助走の勢いを乗せて魔獣を蹴り飛ばす。部屋の角の方、出口からできるだけ遠くなるようにである。
その間に、ソラと俺は出口へと駆け出した。なるべく壁の裏を通り、魔獣の視線を切るようにしながらだ。
「クロガネ! 来るぞ!」
ヘキトの声が響く。その声に思わず目を向けると、壁の隙間からその瞬間が見えた。
蹴り飛ばされた魔獣が、壁に着地し、逆にクロガネへと飛びかかったのだ。……魔獣も、学習している。
「応よ!」
だがクロガネも、蹴り飛ばし着地した体勢のまま剣を振るう。
牙と剣を打ち合い、弾かれたのは双方だった。……常識的に考えれば、クロガネが一方的に吹き飛ばされるはずだ。魔獣も予想外の展開にうろたえたのか、着地の際に体勢を崩す。
そこに、クロガネが飛び込んだ。
双方弾かれたあとに着地したクロガネは、それを予想していたのか、そのまま踏ん張って前へ跳んだのだ。振りかぶっていた剣を、そのまま振り下ろす。
魔獣の前足を、斬り飛ばした。
「チッ、速えな!」
魔獣の目の前に着地したクロガネが、大きく飛び退りそのまま戻ってくる。一連の流れの間に、俺たちは部屋の出口前に合流できた。
「おいおい……。お前も化け物かよ。大丈夫か?」
「ああ、何てこたねぇよ。だが強いぜ、アイツ。首取るつもりが足になった。おい、どうする大将」
大きく息をつきながら、クロガネがヘキトに問いかける。
明らかに消耗している。……無理もない。あんな化け物を3度も蹴り飛ばして、その後の丁々発止だ。疲れないほうがおかしい。
「……やはり仕留めたい。危険だ」
答えるヘキトの声が低い。
「だろうな。けどよ、この面子で殺るんなら、1人2人は死ぬぜ」
「……マジかよ」
クロガネの見立てに、ソラがぼやく。……彼からは聞いたことのない声色だ。
「ああ、同感だ。だからそれは不適切だ」
「どうするんですか?」
「援軍を要請した。クロガネ、あれを外に出したいのだが」
言われてみれば、ヘキトの耳には伝言器が取り付けられていた。
援軍……、魔獣……。ヒョウのことか?
「魔獣を? 冗談きついぜ。滅多に外なんて出ねぇよ」
「ああ、だから『囮』を使う。私だ」
「「「えっ!?」」」
ヘキトの一言に、3人の答えが一致する。
「魔獣は魔力を求めている。狙われているのは私だ。クロガネとソラで適宜、横槍を入れろ。標的がそれたら、私が引きつける。そして外まで釣り出す。援軍到着までの時間を稼ぎながらの後退だ。できるか?」
作戦はシンプルだ。が……、可能なのか?
俺には見当もつかない。
「……横槍は俺1人でいい」
そんな中、クロガネが信じられないことを言い出した。だが、
「横槍2人なら、先導がニィさんになる。ありゃ狼だ。群れてねえとは限らん。先導は探索者だ」
「……良いだろう。妥当な案だ」
続けられた言葉を聞けば、ぐうの音も出ない。
了承したヘキトの顔をうかがう。寄せられた眉根に、深いしわが刻まれている。
どう考えても、クロガネの負担が大きすぎる。
「大丈夫なの?」
思わず、聞いてしまった。
「足1本取ってっからな、運がいいぜ。どうにかする」
クロガネの声は、いつも通りだ。
「……ごめん、足手まといで」
「はっ、ニィさんが居なけりゃ全滅してた。今度は俺のつるぎが、アンタを守る。顔上げて、胸張りな」
ちらっとこっちを見て、不敵に笑う。
「おい! 来るぞ! ……死ぬなよ2人とも! コトバ、一緒に来い。中継してくれ」
ソラはそう言って俺の手を引く。通路に駆け出すとともに、俺は魔獣を見た。
魔獣は前足をなくし、しばらくよたよたしていたが、再び戦闘態勢を取っている。
どう見ても、弱っているようには見えない。
それでも、俺は皆を信じるしかない。
ソラに続き、通路を進む。
ソラと一定の距離を保つ。彼は先導であり、斥候だ。隠密性も求められる。戦闘の気配をなるべく漂わせたくない。
あの魔獣は狼だった。であれば、群れのボスだったかもしれない。そうなれば、手下の狼が隠れているか、もしくはここに帰ってくる可能性もある。
だから先の安全を確保して、俺に合図をくれる。そうしたら、前進しながら後ろの2人に指示を出す。
「クロガネ! ヘキト! 次、進行方向、向かって右だ!」
クロガネは魔獣と最前線で戦っている。回避タンクとアタッカーを兼任するとかいう常識はずれを、ヘキトの援護だけでこなしている。
しのぎきれなかったら死。回避できなかったら死。少しへキトにターゲットが向いたとしても、気を引けずにヘキトが攻撃を喰らえばどのみち死。それをひたすらに続ける。
そんな状況で確認できるのは、せいぜいヘキトの位置ぐらいだ。
「しばらく停止! 足止めをお願い!」
ヘキトはクロガネの援護をしながら、適宜、魔獣の餌として自身をちらつかせる。……もちろん、食らいつかれれば即、死だ。
前進しながらだから、さっきのようには布陣を使えない。魔力量にだって限りがある。自分が潰れてはいけない。クロガネを潰してもいけない。2人を均等にすり潰しながら、ゴールまで保たせる。際どい判断の連続。
遺跡を進んでいたときのように、前後を警戒することはできない。
「前進再開! ヘキト、俺の手が背に触れるまで進んで!」
その全員の行動を知っているのは、この中で俺だけだ。
前を見る。後ろを見る。両方を見る余裕があるのは俺だけだ。
顔を上げろ、胸を張れ、やるんだ!
# 勇気
火属性・法術
対象の心に勇気を宿す。近距離の対象の精神異常状態を解消し、それを予防する。
火が司る感情のひとつ、勇気を与える法術。
勇気とは燃え盛る炎ではなく、いかなる時も消えない導きの灯火である。




