ヘキトの教えと遺跡の最奥
※2020/03/17 本文修正、表記ゆれの修正(なにしろ→何しろ)
魔法。大気に漂う魔力を取り込み、願いを叶える術。
摂理を元にそれを叶える魔術と、祈りの果てにそれを叶える法術。
元となる行動は違うが、どちらも魔力を扱う術だ。
「魔法の発動には三大要素が必要になる。詠唱、結印、布陣だ」
今までも、三大要素は何度か見聞きしたことがある。とくに多かったのは……、布陣だろうか。大きな建物には、設備の都合上よく使われている。
だが実は、俺は魔法の発動自体をろくに見ていない。一番最初、ソラに眠らせてもらったときと、交差点の図書館で防犯魔術を受けたときくらいだ。しかもそれらすらよく見ていない。
大体、魔法の行使に当たって、三大要素を公開する者は少ない。理由は単純で、それを見せると予想されるからだ。
声の都合上、聞こえてしまう詠唱や、設備の都合上、一部が外に出てしまう布陣などは仕方がない。しかしその他の場合、基本的に術者は三大要素を隠す。
「詠唱は……、やってみせたほうが早いな」
ヘキトはそう言って、俺の目の前に人差し指を立てた。
「発火」
「おお」
その指先に火が灯る。まるでライターのような、制御され安定した小さな火だ。
「小さくするのもコツが要る。慣れない内は、周囲の安全を確保すること」
ヘキトはそう注意して、指を振って火を消す。そしておもむろに、腰のポーチを探り出した。
「さて、詠唱は汎用的だが、困るときもある。たとえば……、」
ヘキトはそこで言葉を切る。ポーチから取り出した箱を開くとその中には……、葉巻が入っていた。
と言っても、俺が想像する葉巻よりも少しだけ細く、かなり短い。もしかしたら、タバコではない何かなのかもしれない。
それを一本取り出すと、
「こういうときとかな。……吸っても?」
「あ、ええ。構いませんよ」
俺が答えると、ヘキトは葉巻の先を切り落として、咥える。そして右手を俺の目の前に掲げると、パチン、と音を立てた。フィンガー・スナップだ。
先ほどと同じように、人差し指の先に火が灯っている。ヘキトはその火で、葉巻の先端を炙った。指先の火を消し、一息ついて、
「これが結印だ。指の形、組み方、その順番。そういったもので魔法を発動させる。……今のはまあ、少々雑だが。最初は動きを含まない、一般的なものを覚える方が良い。汎用性が高い」
その語りかけは授業のようだが、俺は手品のショーを見ている気分だ。
そんな俺の目の前で、ショーは佳境に差し掛かる。
「最後に布陣だが……、これは君も、実際に見たことがあるだろう」
「あー……、組合の、敷物に刺繍されてるやつ、とか……?」
「その通り、よく見ているな」
建物に組み込まれたものも多いが、実際に見えるものもまた多いのが布陣だ。それと知られないさまざまな形で、生活に溶け込んでいる。
一番縁遠く、一番身近な要素かもしれない。布陣、というと皆知らない。が、あれだよ、と指差せば見たことがあるもの。
「あの敷物は感知系の魔術を複合して布陣している。熱源、金属、煙などだ。建物の布陣と連動し、裏で監視を行う。……とまあ、現在では儀式的な大規模魔術や法術に多い。だが大規模でなくとも、布陣は使える」
そう言ってヘキトは立ち上がった。
何をするのかと思って見ていると、術衣の裾から右足を出し、トントン、とつま先で音を立てる。
その音に引かれて注目した瞬間、足がものすごい速さで動く。しかも足だけだ。ヘキトの体はぶれもしていない。
何事かと驚いたときには、もう終わっていた。足を止め、またトントン、とつま先で叩くと、そこから何かが湧き出した。
「これは……、水?」
「そうだ。足で陣を描いた。先の2つと同じ火にしようと思ったのだが、危険だから水にしておいた。……修練しなければ微々たるものだが、補助にはなる」
つまり、足さばきの軌跡で魔術を完成させたということだ。
微々たるもの、とは言うが、これが微々たるものなのだろうか……。いや、ヘキトが修練したからこそ、ということか。今見たものは、半端なものではあるまい。
「はあ……。でもすごい足さばきですね。あんな一瞬で」
「昔は、魔術師の嗜みに舞踊があった。私も習ったよ」
舞踊、とはつまりダンスのことだろう。この世界のダンスがどんなものかはわからないが、疑問は解決した。
つまり、それだけ体を鍛えているのだ。ダンスは体を動かすだけでなく、それ以外の箇所を止め、保つことも求められる。何しろ、決めの姿勢は静止だ。体幹が重要と聞く。
現に、さっきは片足を素早く動かしているのに、体がまったくぶれていなかった。布陣している最中は、ほとんど片足立ちだったはずなのに。
「古の時代、魔術は踊り子のものだった。とも言われている。それらの足さばきは……、」
と、ヘキトはそこではっとして、
「……と。まあ、最初は詠唱が良いだろう。とくに、はじめて学ぶならば、な。いずれすべてに手を付け、自分なりの形を生み出すと良い」
そう言って、再び俺の隣に座る。
「才がなくとも、努力をすれば良い。……と人は言う。だがね、それもがむしゃらでは、たかが知れている。頭打ちは、自分の思うよりずっと早いものだ。ならばどうするか」
ヘキトはもう一度、俺の目の前に人差し指を立てる。しかし今度は、中指、薬指と続けた。
「手札を増やせ。手段を知れ。その数だけ、人は見えるものが増える。三大要素は組み合わせることで、魔法を複雑化できる。難易度は上がるがね。魔力量もそうだ。術を複雑化すれば、目的に応じて効率化もできる。覚えておくと良い」
そう言って、ヘキトは薄く微笑んだ。
良い先生だと思う。俺の緊張を解しながら、不安を解消させようとしてくれている。その上で、道を示そうとする。
その気遣いが、俺に向けられたその心が、とても嬉しい。
「ありがとうございます。なんか、嬉しいです」
「そうか、それは良かった」
そういえば、やると言っていた布陣の研究はまったく進んでいない。あれを進めれば、もしかしたら俺にも使える魔法が見つかったりするのだろうか。
……思い出したが、カードキーなんかも仕組みは複雑だが、消費魔力量は少ない。布陣、良いかもしれないな。
……あれ? でも逆に、魔力量が多かったら、こっちの望みをぶつけて、ハッキングみたいなことができるってことか?
むしろ、三大要素を省略することだって……?
「あの、たとえばですけど。逆に……、完全に省略したりとか、できますか?」
「三大要素をか? ふむ……」
突然の脈絡もない質問だったが、ヘキトは受け止めてくれた。しばし考え、
「一般的な魔法には存在しない。少なくとも私は知らない。……むしろ、そうなると厄介だな」
ヘキトはそれを、"厄介"と称した。
「そうなんですか?」
「『喉が渇いた』と思えば水をかぶる。『今日は暑い』と思えば風が吹き荒れる。『やけに冷えるな』と思えば火にまかれる。そういう生活だ、人に耐えられるものではない」
「うわぁ……」
ヘキトの言う光景を想像してげんなりしてしまった。
ひどい日常だ。そんな生活をしていたら、やがて心をなくすだろう。望みが絶たれるのではなく、自ら望みを絶つのだ。
確かにそれは、厄介という他に言葉がない。
「思うままに事をなす、とはそういうことだ。ままならないものだな」
ヘキトが格言のような結論を出す。
「基本だが、魔力は願いを叶える力、魔法はそれを操作する術だ。魔力自体に力がある以上、歯止めを効かせる必要がある。三大要素を取り除けば、常に気を張り続ける必要があるだろう」
なるほど。魔力というのは、いわば危険物だ。魔法はそれを取り扱う、いわゆる危険物取扱者の知識。かつ、安全装置のようなもの、ということである。
それを持たずに使うこともできるが……。安全装置がない以上、常に安全側に寄りそうような判断をし、気をつけ続けなければならないのだ。
もちろん、失敗すれば大惨事が起きる。
「それに、魔力量の問題もある。飛び抜けて魔力が豊富ならば、三大要素を使わず発動する仕組みもあるにはある。……だが、人には難しい。後天的には得られない」
付け加えるように、ヘキトはそう言った。
人には難しい、と言われるとわからないが、神様の力だろうか? 魔力は神様たちの戦争でばらまかれたと言うし、相当すごいのだと想像がつく。
そのとき、奥から足音が聞こえてきた。ソラとクロガネが戻ってきたのだろう。
「おっと、すまない。話が長くなった。休憩が終わってしまったな。打ち切るつもりだったのだが……」
「いえ、俺が質問したからですよ。ありがとうございます。ためになったし、面白かった」
「ならば、良かった」
俺たちは立ち上がり、臨時キャンプを片付ける。ソラとクロガネもまもなく合流した。
「よっ、先を調べてきたぞ。最奥の部屋はちょっと中をうかがったくらいだが、とくに何もなさそうだ。気配もないしな」
ソラはそう言って、水を一口飲んだ。多少の疲れは見えるが、まだまだ元気そうだ。
「よし、前進を再開しよう」
ヘキトの号令で、俺たちは再び先へ進む。
遺跡の最奥は大部屋になっており、いくつかのものが並べられていた。
どれも資料で見たものばかりだが、さすがに直接見ると印象が違う。だいたい、前もって見たのはスケッチの写しである。写真ではないのだ。
「ここが最奥だ。コトバ、目当てのものはあるか?」
「うん、あれだよ」
ソラの問いかけに、俺が壁の一方を指差す。
これも、やはり直接見るとまた違って見える。遠目でも、情報量が段違いだ。……パッと見た限り、破損は少ない。
「よし、コトバを中心に接近する。周囲に警戒をし……」
「あぶねぇ!」
ヘキトの指示を、クロガネの絶叫が切る。
何も確認できなかった。ただ、クロガネがなにかに飛びかかり、弾き飛ばしたのだろう。それは壁に激突して、派手に土煙を上げた。
「大丈夫か!?」
「平気だ! 構えろ!」
ソラの呼びかけに、クロガネが応える。
土煙の切れ間から見る限り、クロガネはすでに着地し、抜刀したまま相手のほうをうかがっている。荷物は投げ捨てていた。恐らく全力だ。
ソラが短刀を抜き、ヘキトが俺の一歩先に出る。警戒状態のまま、徐々に土煙が薄れていく。
そこにいたのは、狼だった。
目を血走らせ、よだれを垂らしながら、唸り声をあげこちらを威嚇していた。噛み締めた歯から、いくつか乱杭のように牙が飛び出している。明らかにおかしな生物だ。
もっとも、そんな観察などしなくとも、これはおかしいと思うだろう。
その体躯は、明らかに大きい。
「魔獣……!? こんなでかいやつが、どうして!? 気配もなかったのに!」
「チッ、こいつ、俺たちが来るのを感づいてたな……。気配消して潜んでやがったのか」
「でもどうしてそんなこと……」
ソラの驚き、クロガネの答え、それを聞いても拭えない疑問。
だが、そんなものは明白だ。
「そりゃあ、食うためだわな」
そう、目の前の獣は、いかにも腹を空かせている。
「気をつけろ! なんか来るぞ!」
ソラの怒鳴り声のあとは、何も聞こえなかった。
魔獣が、咆哮した。
# 悲劇の踊り
水属性・魔術
周囲に悲しみを与える悲劇の踊り。敵全員の筋力を徐々に低下させる。
竜が地上を支配していた頃の原始の魔術。
原始とは言えどそれは魔術であり、その欲求は常に他者の操作、他の何ものかへの干渉にあった。




