遺跡探索のはじまり
※2020/04/23 本文修正、表記ゆれの修正(たぶん→多分)
次の朝、日も昇らない頃から動き出す。
顔を洗い、着替える。術衣に見を包み、カバンを携える。
カバンの中に入っているのは仕事道具だ。ペン、インク、メモ用の羊皮紙。あとは、魔族語の例文の写しを数点。
部屋を出て、鍵をかける。ソラとヘキトの待つ組合へ向かった。
組合前では、もうソラが立っていた。
足元に並べられた荷物は、昨日購入すると言っていた雑貨だろう。4人分に分けられ、背負い袋やリュックに詰められている。
「ソラ。おはよう」
「おっ、早いな。コトバ」
俺の顔を見て、ソラはちょっと驚いたようだった。
確かに、約束の時間より少し早い。
「なんか、目、覚めちゃって」
「なんだ、緊張してんのか? 大丈夫だって、探索済みの遺跡だし。面子も豪華だ」
ソラはそう言って、俺の背を優しく叩く。
「うん、それは間違いない」
「へへっ、相変わらずだな」
ソラが笑う。……ソラと会話をしていると、すごく気が楽になる。とくに何ということを話すわけでもないのだが。
しかし、やっぱり俺、緊張してるんだなぁ……。
そんなことを思いながら、しばし雑談していると、
「おはよう」
「おはようございます、ヘキトさん」
ヘキトがやってきた。とりあえず、ここに集まる予定の3人が揃った。
「よっす。じゃあ、荷物を渡すぜ。追加の戦士……、クロガネだっけか? そいつの分は、門まで俺が持っていく」
そう言って、俺とヘキトに荷物を渡す。……明らかに、ソラの下に残った荷物のほうが多い。
「大丈夫? それ、重くない?」
「これくらいなら平気だ。俺は斥候役も兼ねてるし、荷物はちょっと少なめになってるくらいだよ。こういうのは大体、戦士の荷物が一番多いんだ。力持ちだし、押し付けられるんだよな。不満持つやつもいるけど」
そういえば、なんかゲームでそういうのあったな……。戦士は聖騎士の荷物持ち、とか。
だがこっちの世界では、戦士も重要なポジションである。クロガネがすごい、ということもあるだろうが、戦士の肉体や身体性能にはソラだって及ぶまい。ヘキトや、ましてや俺など、比べるのもおこがましい。
「あ、コトバの荷物には短刀も入ってる。一応腰に下げときな。道中でも使うからな」
ソラにそう言われて荷物を探ると、確かに一振りの短刀が入っていた。使い込まれてはいるが、きれいに手入れされている。
道中でも使う、とは単純に刃物として、ということだろう。武器ではあるが、日常使いにも重宝しそうな感じではある。
「ないとは思うが、本当に万が一があったら……。抜いて、腰だめにして、体当たりだ。それ以外無理だと思っとけ」
「お、おう」
一応、武器としてすごくざっくりとしたレクチャーも受けた。
……まあ、変に技術を教え込まれるより気が楽ではある。
「では、行こうか」
ヘキトの言葉に2人でうなずき、クロガネの待つ北門へ向かう。
クロガネは、北門の近くで佇んでいた。俺に気づくと手を挙げる。
「ようニィさん! 来たか!」
「クロガネ! ありがとう、来てくれて」
クロガネの見た目は、いつもと違ってちょっと旅支度、といった感じだ。外套を羽織って、荷物が少し多い。
「へっへ、ま、仕事だからな。大将と……、そっちが探索者か?」
「ああ、ソラだ。よろしくな」
クロガネとソラは初対面だ。が、ソラの名前を聞いて、クロガネの顔から警戒が薄まった。
「ああ、あんたがソラかぁ。ニィさんからいろいろ聞いてるぜ」
それを聞いて、ソラが怪訝な顔をしてこちらを向いた。
「何だ? 何話したんだよコトバ」
「えっ、何だろう。世間話くらいじゃない……?」
まったく記憶にない。政治家じゃないんだが、本当に思い当たる節がない。
組合の友人として、名前くらいは挙げたかもしれないが……。
「ま、普段のニィさんの言動見てりゃ、なんとなくわかんだろ?」
クロガネがニヤニヤしながら告げる。その一言で、ソラはピンときたらしい。
「……コトバ、身内自慢を外でするなよ。親戚のおばさんか? おまえは」
「ご、ごめん……」
いや、そんな、身内自慢みたいなことしたっけ?
ま、まあ、無意識という可能性もあるが……。
そんな俺たちのやり取りを見て、クロガネは笑っていた。
「ああ、悪くねぇな。……で、俺の荷物は?」
その言葉に、ソラはようやくこっちから離れてくれた。クロガネに荷物を差し出す。
「っと、こいつだ。悪いが共有品を詰めてる。ちょっと重いぞ」
「どうれ……? はっ、軽い軽い」
受け取ったクロガネは、ひょいとばかりに荷物を担いだ。
……そりゃあ、男2人を余裕で担げるんだもんな。これくらい平気に決まってる。
「さすがだなぁ」
そんな様子を見て、ソラが感心している。
この中では、クロガネを除けば唯一の肉体労働者だ。多分、俺よりもずっと、クロガネのすごさを感じているのだろう。
「よし、では辻馬車を呼ぶぞ」
話していた俺たちに、ヘキトが号令をかける。辻馬車とは、流しの馬車。いわゆるタクシーに当たる。
外の移動は徒歩か馬、馬車が一般的だ。行きはここで辻馬車を拾い、帰りはヘキトの持つ伝言器で、組合経由で馬車をよこしてもらう。それだけで、日程がかなり楽になる。
「近くの村まではそれで移動だ。そこからは、近いが徒歩になる。危険は少ないだろうが、皆、よろしく頼む」
「おう」
「はい」
「了解」
ヘキトの言葉に各々返事をし、俺たちは遺跡へと向かった。
そこからはとくに何事もなく、遺跡に到着した。
まあ、何事もないのは他3人だけで、俺は目的地が近づくにつれ、緊張が増してきているのだが……。
あとすごく足がだるい。村からここまで歩いて来ているのだ。近いと聞いていたがそれなりの距離はあった。
「ようし、どうするね、大将」
遺跡を視認したクロガネが振り返り、へキトに指示を仰ぐ。……どうするね、とはどういうことだろうか。
「前方を厚くすれば事足りるだろう。ソラが斥候、クロガネが前だ。コトバを挟んで、私が殿。前後を警戒する。ソラ、伏兵の確認を入念に頼む。獣が潜んでいるかもしれん」
ヘキトの答えを聞いて納得する。なるほど、隊列のことか。
確かにここからは襲撃もあるかもしれない。獣にだって知恵はある。
並びとしてはオーソドックスなものだろう。先頭に罠や敵を察知する探索者、その後ろに前衛の戦士、最後尾にリーダー。そして、真ん中に打たれ弱い防衛対象といった感じだ。
「わかった。頼むぜソラ」
「任せろ」
クロガネがソラの背……、というか荷物を叩くと、ソラが親指を立ててそれに応える。
ちょっとの旅の間に、2人はかなり打ち解けている。俺が間に入っているというのもあるが、多分にソラのおかげだろう。彼の人懐っこさは相当なものだ。
「コトバ、落ち着いて先へ進め。何も問題はない」
後ろから、ヘキトの声がする。
「は、はい」
緊張でどもってしまった。ごまかすように、俺はクロガネの後を追った。
しばらくそのまま、遺跡を進む。
慎重に進んでいるせいか、進行速度はゆっくりだ。どちらかと言うと、村から遺跡までの道のりのほうが辛かった。足回りも外より良い。ここは石畳で、足元も整っている。
そして今のところ、とくに危険はない。入口近くで、ソラが狼の足跡を見つけたときは皆警戒したものだが、それも杞憂だったのかもしれない。
というわけで、安全が確認できた部屋で昼食をとることになった。朝は馬車の中で簡単に済ませたので、皆、お腹が空いていたのだ。
それに、朝から移動に次ぐ移動、馬車を降りてからは歩き詰めで疲れていた。休憩はとてもありがたい。
と言っても、ソラとクロガネはさっと済ませて、「先を確認してくる」と言って進んでいった。やっぱり、予定より進行速度が遅いのだろう。
俺のせいかな……、という気がしないわけではない。3人ならもっとサクサク進むのだろう。
だが、目的のためには俺も必要な人員だ。現にヘキトは俺の護衛のため、残ってくれている。
「そう言えば……。君はヒョウ、と呼ぶことを許されているのだな。コトバ」
突然、ヘキトが俺に話しかけてきた。彼は食事の後、座ってすらいない。今も周囲の警戒を怠っていないのだろう。
しかし、会話の内容が唐突すぎてよくわからない。……多分、ヒョウの呼び方のことなのだろうが。
「え、あ、はい」
「良いことだ。できれば、仲良くしてやってほしい」
ちょっと驚いて呆けてしまった俺に、ヘキトが言葉を続ける。
「奴が自身をヒョウ、と呼ぶことを許している者は2人だけ。イットウと、君だ」
「……それ、からかいたい相手なんじゃ」
イットウは氷の三傑の1人だ。若い小樽族の戦士だった。少ない接触でわかっていることは、口数少なく、実直で、豪快……。という感じである。
何というかヒョウなら、からかいたがるんじゃないかな? と思う。なんとなくだが。
「ほう、察しが良いな。罪悪感の発露とでも思うと良い」
えっ。
ヘキトも思っているだろうが、絶対違うぞ。平易な言葉で迂闊な発言を引き出したいだけだろ、ソレ。
……まあ、このやりとりも、きっと俺を気づかってくれてのことだと思う。
多分、俺は緊張で固くなっている。ソラとクロガネが先行したのも、俺の不安を和らげようとしてのことだと思うし、今、ヘキトが雑談をしているのもそうだ。
あとは、ヘキトはヒョウのことも気にかけているのだろう。
理由はわからないが、ヒョウを"ヒョウ"と呼ぶのは特別なことらしい。確かに、大体の人はヒョウを北王と呼ぶ。その違いは俺にはわからないが、ヘキトにはわかっているのかもしれない。
何しろ、ヘキトは彼女の師匠だ。
「ヘキトさんは、ヒョウの魔術の師匠なんですよね」
「ああ。優秀な弟子だ」
ヘキトは俺の問いにそう答えた。
彼の答えは、簡潔であるがゆえに力強い。ヒョウへの揺るぎない信頼を感じる。それが才能からくるものなのか、それとも努力の賜物なのか、俺にはわからないが。
まあ、きっと、ヒョウなら両方だろう。
いいなぁ……。俺にも、そんなものがあったらな。と思う。
あまり良い感情ではない。でも、それは止められないものだ。
「魔術って、難しいものですか? ……俺には全然向いてないみたいで」
「ふむ。訪問者なら、ある程度は仕方ないことだが……」
ヘキトの言う通り、訪問者は魔力を吸い込み、保つ力が弱い。俺と魔術師を比べてみれば、一般人と素潜り漁師くらいの差があるだろう。
もちろん、訓練をすれば、ある程度はどうにかなる。……でも考えてみて欲しい。一般人が素潜り漁師と並ぶまでに必要な時間を。つまりはそういうことだ。
検査期間からはじめた、呼吸法と瞑想は続けている。
魔術の鍵……、カードキーで息切れはしなくなった。
それが俺の今だ。
「ふむ……。では、休憩ついでに少し話をしようか。さすがに、ここで魔術の練習とはいかないぞ。怪我をする」
ヘキトはそう言いながら、俺の隣に腰を下ろした。
話、というのは……、何かを教えてもらえるのだろうか。
「何、簡単な説明と、私の実演だ。見たいかね?」
「ぜ、是非」
そんなこと言われたら、そりゃあ見たいに決まってる。
# 護身の刃
短剣
懐などに仕込ませるよう小さく作られた刃物。
手のひらほどの大きさだが、肉厚で丈夫な刀身を備えている。
武器としても使用できるが、戦闘以外にも重宝する。




