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新たな騒動のはじまり

※2019/11/04 本文修正(すべからく高い→全体的に高い)

※2019/11/11 本文修正、単語の誤り(長耳→耳長)

※2019/11/18 本文修正、表記ゆれの修正(いつもどおり→いつも通り)

 少し後になる、と言われた翻訳作業だが、予定は大幅に狂った。

 仕掛けたのはもちろん、ヒョウだ。


 俺と話した後、彼女はそのまま南方へ飛んだ。南王に対面する約束を取り付けると、俺の"翻訳の仕事"への反応を伝え、とある提案を持ちかけたのだ。


 南方、交差点、そして北方、三国の"翻訳協定"である。


「発掘図書の主導権は、あくまで南方が持てば良い。図書館で節操なく公表しなければ、秘匿を守るものたちが少々増えるだけだよ。交差点には金がある。本で釣って、それを回してもらおうじゃないか。……もちろん、それ以上の、とてもとても大きな見返りもあるよ」


 その見返りというのが、俺の翻訳の仕事だ。その元となるのは訪問者の異能。今までの常識を粉砕する力だ、とぶち上げた。

 だが、というか当然、というか。南王は最初、突っぱねたそうだ。そんなもの話にならない、と。

 しかしヒョウは、


「なら、"お試し"といこうじゃないか。適当な1冊をこちらに渡したまえ。明後日までに、数ページを翻訳させ持ってこよう。……この意味がどういうことか、"賢王"ならよくわかるだろう? ああ、輸送が不安なら、私が手ずから運んであげるよ。一度きりなら、君もそれで構わないはずだ」


 と、啖呵を切ったのである。……やっぱこの人、とんでもない人だな。

 あまりの事態に迷った南王は、考えた末に一冊の本を北王に託す。


 そんな事、できるはずがない、と言って。


「あれはなかなか酷かった……」


 思い出しても頭が痛い。

 とんぼ返りで組合に飛び込んできたヒョウは、俺のすべての仕事をキャンセルさせ、翻訳に没頭させた。

 まあ、ちょっとごたついたものの、仕事の方はどうにかなったのだが、問題は本だ。何しろ、ピントが全然合わなくて焦った。時間制限もあるし。


 どちらかと言うと、これは翻訳というより解読に近い。無から有を生み出す作業だ。

 翻訳が"そういったこと"を可能にするとはいえ、まったくのノーヒントで見えるようになるわけではない。手がかりが必要なのだ。

 そういえば、3つのキーワードで何でも調べられる特撮ヒーローが居たな。あんな感じだ。答えは目の前に存在するが、当てがなくてつかめない状態。それを紐解くにはヒントが必要である。


 最終的に耳長語と魔族語との類似に気づき、どうにか見極められるようになった。とはいえ、翻訳できたのはせいぜい2ページ弱だ。

 しかし、効果はてきめんだった。


「南王が目を剥いていた。奴のあんな顔はなかなか拝めないよ。君も連れて行けば良かったね」


 俺に結果を伝えたヒョウは、とても満足そうに微笑んでいた。


 そして、交差点の代表者も交え、南交北の翻訳協定は締結された。

 なお、交差点は……、というか図書館の大商人は、発掘図書に見事食いついたという。大商人だけあって、政治的な発言権もかなり強いらしい。そこはすんなり解決した。ヒョウもわかっていて後回しにしたのだろう。


 さて、この協定での俺の役目は、いわば先陣を切ること。

 つまり、翻訳の力でゼロから"例文"を作り出すことだ。それを、交差点に新設する『南北翻訳部隊』へ渡せば、今までより断然早く翻訳できる。


「南方からは発掘図書を、交差点からは潤沢な研究資金を、そして北方からは翻訳の人手と君の力を出した。素晴らしい取引だろう?」


 南方は発掘図書の秘匿を一部失い、お金と翻訳結果を得た。

 交差点は資金と土地を提供し、写本と新たな労働環境を得た。

 北方は……。研究資金は増えるし秘匿は得られるし、俺の仕事が増える以外のリスクがない。


「南王は賢い男だ。理と得には逆らえんよ。写本狂いは……、言うまでもないね」


 とはヒョウの総評である。それだけ俺の翻訳が良かった……。いや、それよりも、ヒョウの読みとカードの切り方が良かったのだろう。

 しかしこれは、


「悪い顔してますよ。北王」


「失礼な。一般的君主だぞ? 私は」


 まあ、そんなわけで俺の名も売れてしまったのだが、そうすると仕事が増える。発掘図書ももちろんだが、他の翻訳依頼が北だけではなく、南からも来るようになったのだ。

 おかげで組合の仕事はともかく、布陣の研究はいったん保留だ。順風満帆で嬉しい悲鳴だが、悲鳴は悲鳴である。



 そんな、怒涛のようなお仕事ラッシュが落ち着いてきた頃。


 朝、俺はいつも通り、組合の仕事部屋の扉を開けた。

 実はここ、観測部の部屋ではない。なんやかんやと仕事が増え、俺の周りに機密事項が増えすぎたので隔離されたのだ。ちなみにあのカードキーもついている。

 部屋には俺の他に、女性が1人だけ居る。……いわゆる秘書である。細々とした雑用や、関係各所との連絡、俺のスケジュール管理などを請け負ってくれている。


「コトバ主任、北方より書類が届いています。あと、観測部から問い合わせが数件。こちらにまとめてありますので、ご確認ください」


「ありがとうございます」


 とまあ、こんな感じだ。彼女はとても優秀で、俺は俺の仕事に専念できるというわけだ。秘書が配属されるなんてはじめての経験だが、快適過ぎてびっくりした。

 なお主任とは、組合での俺のポジションである。勤務刷新担当主任。と言っても、こちらの仕事は意図して、なるべく俺の手からは離すよう動いている。


 異界の術の良いところは、特殊能力ではないところだ。いわゆるノウハウや理論なので、きちんと習得させれば訪問者でなくとも扱える。

 もちろん、根本となる常識が異なるため、通常より綿密な認識のすり合わせが必要ではある。だが、通常のそれだって大変なのだ。どうにかなる。……と思う。


 もっとも、これについては受け手の優秀さに助けられた点も大きい。……というか、組合がちょっと恐ろしいくらいだ。人材の質が全体的に高い。さすがは国営。

 しかし、そんなに優秀なのになぜ、俺ごときが知りうる手法を思いつかないのだろうか。という疑問もあるが……。常識を破るのは、外部の力が必要なときもある。……ということかもしれない。


 そんなこんなで、早くも現状は相談役といった感じだ。……名誉職みたいだな。ご意見番と言ったほうが良いだろうか。

 今日も何か来ているらしい。確認して、簡単なものならすぐ返そう。



 あっという間に午前中が過ぎ、食事を挟んでの後半戦。

 俺が対峙していたのは、今朝届いた北方からの書類だ。朝に目を通してはいたが、とある遺跡の資料だった。

 中の探索はとうに終わっており、めぼしいものは資料にまとめられていた。ただ、大掛かりな割にあまりにも何もないので、見落としているものはないだろうか、と不安になったらしい。


 さすがにそんなこと言われてもな……。


 正直、そういう印象しかない。翻訳で名が広まってしまったので、もしかしたら何か見出してくれるのではないか、という勝手な期待で送られてくるものもある。

 そんな期待をされても、空振りを返すだけだ。……一応、目は通してはみるが。


「ん、何だ……?」


 その中の1枚に目が留まる。


「文字……? いやこれは、注釈だと絵画だって……。けど……」


 それは、遺跡の最奥に飾られていた絵画のスケッチを、さらに写したものだった。何の絵なのかはまったくわからないが、俺はそれに文字を見出していた。


「半獣……、いや魔族語か……? でも欠けてる……。元は石版か。なら風化して欠損している……? もしくは描写の省略か? 写した時に……?」


 秘書の娘には多分聞こえているだろう。気持ち悪いだろうが仕方がない、慣れていただきたい。思考が加速すると独り言が出るのは癖のようなものだ。


「……考えててもわかんないな」


 秘書を呼ぶ。


「この書類について、北方に連絡を取りたいんですけど」


「でしたら手紙か、急ぎの場合は『伝言』による通話が可能です」


 伝言はいわゆる魔術による電話だ。『伝言器』という道具を使う。一番最初に、ソラが俺を助けてくれた時に使っていたアレである。

 あのときは耳に吸着させるような携帯型だったが、組合には据え置き型がある。建物の布陣と組み合わせた結果、通信距離が段違いらしい。

 実は遺失魔法だ。現在は再現できない、貴重なものである。


「伝言か……、それが良いかな。使用したいんですけど、どうすれば?」


「すぐに手続きを行います。少々お待ちください」


 そう言って、彼女はさっと部屋をあとにした。……彼女の少々は本当に少々なので、別の仕事をするわけにもいかない。資料を眺めながらちょっと待っていよう。



「お待たせいたしました。ご案内します。こちらです」


 数分後、彼女の案内で、伝言室にやってきた。


 伝言室は、その名の通り伝言器が並べられた部屋だ。

 公衆電話……、と言っても今は伝わらないな、多分。漫画喫茶をイメージするとわかりやすい。パーティションで区切られた小部屋に、1台ずつ伝言器が置かれている。

 小型の金属ボウル……、パラボラアンテナみたいなやつに向かって話しかける。


「もしもし。コトバです」


 おっかなびっくり、といった感じだったが、問題なく会話できた。

 相手は北方伝言手、要は受信側に待機している人だ。大変な仕事だな。知りたくないこととか、いっぱい知っちゃうんだろう。


「確認しました。コトバ主任、ご伝言とのことですが」


 相手の声が聞こえる。

 もちろん、彼らを通さずに会話もできる。向こうで相手を呼び出してもらうのだ。……まあ、今回は伝言で良いだろう。


「はい、ストラ研究員へ。ええと……、『送られてきた資料のうち、2枚目の絵画に魔族語が見える』と伝えていただきたいのですが」


「繰り返します。ストラ研究員へ、『送られてきた資料のうち、2枚目の絵画に魔族語が見える』以上。よろしいですか?」


「はい、間違いありません」


「承りました。伝言を終了しますがよろしいですか?」


「はい、ありがとうございました」


「ご丁寧に、ありがとうございます。以上、伝言終了」


 そして、伝言器は静かになった。



 その翌日、俺は食堂で昼食をとっていた。


「よっ」


「あれ、ソラ。珍しい」


 向かいに座ってきたのはソラだ。どうやら彼も、今日はこの時間に昼食らしい。

 捜索部は外出が多い関係上、昼食のタイミングが日によってバラバラだ。そも食堂でとるとも限らない。こうやって一緒になるのは比較的珍しい。


「まあな、でもそっちだって、だいぶ忙しいみたいじゃないか。噂は聞いてるぜ」


「噂って何さ?」


「相当優秀らしいじゃないか、コトバ主任は」


「やめてくれよ……」


 ニヤニヤしているソラに苦笑を返す。


「まあ、お前が評価されてるんなら、俺も確保したかいがあったってもんだ」


「そりゃ良かった。そういうそっちはどうなの?」


「捜索部か? まぁ、最近は平和だな。当分は訪問もなさそうだって、観測部からは聞いてる」


「そか。暇なのは難だなぁ」


「うちみたいなのは暇なほうが良いんだよ。来たくないやつらだって居るし、変に忙しくなって、死人が出ても困る。こっちにも、あっちにもな」


 ソラはそう言って笑う。こっち、というのは組合で、あっち、というのは訪問者のことだろう。……相変わらず、こういうところは真面目だ。

 とはいえ、捜索部だって暇ではない。確保以外にも仕事はあるし、手が空いていると観測業務の応援要員にもなる。

 ソラは体も動かせるし、頭だって悪くない。どちらの部署にも適切だろう。


 そんな雑談混じりの食事を楽しんでいると、こちらに向かって足音が迫ってくる。


「コトバ主任、北方より伝言です」


 その足音の正体は、俺の秘書だった。北からの伝言……、昨日の件だろうか?


「ん、急ぎ? すぐに出たほうが良いですか?」


「いえ、伝言自体は終了しております。ただ内容が至急とのことで……」


 そう言って、彼女はメモを差し出す。


「おいコトバ、彼女は……?」


「ん、ああ、俺の秘書を務めてくれてるんだよ。言ってなかったっけ?」


「え、おま……。ズルい」


「えぇ……」


 俺の苦笑と、彼女の冷たい視線が突き刺さる。


「あ、いや。彼、良いやつだし、優秀な職員なんですよ。ほら、俺を確保してくれた人だし」


 ソラの名誉のため、一応、彼女に補足する。そう、彼は良いやつだし、良い職員だ。

 ただ、パッと見の言動がチャラいだけで……。


……さて。気を取り直し、メモを確認する。そこには、


『北方まで至急来られたし、転移門の臨時使用を許可する』


 そう、記されていた。


# 南の砂漠の国


 砂漠に湧く泉を求め、集まった人々の国。南方とも称される。

 四方国の中でも自然の厳しい土地だが、同時に四方国でも首位を争う豊かな国である。

 世界の書物を格納したとも称される『賢者の塔』を所有。魔法を除いた学術の中枢でもある。

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