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これからの道

 検査期間が終わる頃、セワ経由でヒョウから連絡があった。どうやら、俺の仕事が決まったらしい。


 応接間で、俺はヒョウと向かい合っていた。今日のお供は男性だ。とても小柄だが恰幅が良い。もしかしたら、これが小樽族、というやつだろうか。


「やあ」


「久しぶり。ヒョウも毎回大変だよね……。あっちに戻ったり、こっちに来たり」


 このひと月に彼女と数回会っているが、ずっとここに留まっているわけではない。大抵2日か3日、ひどいときは日帰りで北方に帰っている。

 王様が忙しいというのもあるだろうが、多分本人の気質もあると思う。雰囲気でわかる、絶対オーバーワークしてるよこの人。


「何、それも責務だ。暇を作ろうと思えば作れるのだがな。まあ、私があくせく働いてどうにかなるなら安いものだ」


 ほら、言わんこっちゃない。そもそも王様なんて替えが効かないのだ。細々した仕事は部下に投げれば良いのに。

……思えば、これも細々した仕事なのでは?


「おっと、本題に入ろうか。君のこれからの仕事の話だ。別途、臨時で私から依頼するものもあるが、今から伝えるものが君の本職となる。しっかり聞いておいてくれたまえ」


「はい」


 その呼びかけに気を取り直す。

 自分の将来がかかっている。わからないことだらけにしろ、きちんと聞いておかなくては。



「まず、北方で魔術の研究を行う道だ」


「えっ、でも俺、魔術は……、」


 口を挟もうとした俺を制して、ヒョウが続ける。


「まあ、聞け。君の魔術の腕は知っているさ。だがこれは、魔術の特定要素……、『布陣』についての研究だ。布陣は知っているかな?」


「え、ああ。まあ、知ってる」


 布陣は魔法を使う時に行う所作のひとつだ。創作でよくある、魔法陣を想像するとわかりやすいだろう。ステッキを振るのもこちらに入るだろうか。もっとも、そっちはすぐ消えるから、あまり実用性がないらしいが。

 一度書いたら使いまわしが利くのと、準備に時間がかかるので、主に建築や魔法道具に使われている。


「ならば話は早い。それを解読できないか、という研究だよ」


「……もしかして、布陣を翻訳するってこと?」


 そんな発想、ありか? できるのかよくわからないが。

 でもその記述が、世界への"意図"とすればあるいは……。


「うむ。君の翻訳の力は、我々の知っている枠から少々外れている。力そのものなのか、使い方なのか、君の目の付け所なのか。それはまだわからないが……。ともあれ、もしかしたら『詠唱』における『力の言葉』のような最小単位が発見できるかもしれない」


 詠唱も布陣と同じ、魔法を使う時に行うものだ。よくあるだろう、呪文を唱えるアレである。汎用性が高いし、何より楽なので、今ではほとんどの魔法行使は詠唱を用いるらしい。

 しかし、『力の言葉』って何だろう?


「『力の言葉』って?」


「魔法を発動させやすくする言葉だ。わかりやすいのは属性名だね。火よ、と唱えれば火が出やすくなる。はるか昔から経験則ではあったものが、今は理論として確立されているよ」


 ああ、すごくわかりやすい。

 元々、魔法は願いを叶える力だというからな。願い事を鮮明にする言葉、というものがあるのだろう。


「話を戻そう。今も布陣の分解は行われているが……、既存の部品は少々大きい。組み合わせて使うにはあまり向かなくてね、もっと細かくしたいのさ」


 細かくする利点は色々あるだろう。よく知らない俺でも想像できるほどだ。

 設置スペースが小さくなれば、大規模建築だけでなく、小さな家にも施すことができるようになる。もっと言えば、小さな道具にもハイテクが載る。スマホみたいなものだ。

 それに、日常でも布陣を使う芽が出てくるだろう。……創作で見たな、タバコの煙で印を書く魔術師とか。あんなのもできるかもしれない。夢のある話だ。


「これを受けるなら、『北方魔術研究室』の研究者となる。まあ、すぐに成果は得られんだろうがね。成し遂げれば、君は我が国……、いや、この世界に名を残す魔術師の1人になるだろう」


 ええ、それはちょっと……。魔術をろくに使えない魔術師ってなんだよ。って話にならないか?

 まあ、そもそもの前提条件がトンデモだ。俺に常識が備わっていないのでよくわからないが、どれくらい現実味があるのだろうか。見当もつかない。


「はあ……、話が大きすぎて実感がわかない」


 ただまあ、スケールのデカさを除けば面白そうではある。スケールのデカさを除けば。


「そうか。では次だ」


「へっ?」


 思わず変な声が漏れた。……次だって?


「最初に『まず』と言っただろう? 全部で3つあるんだ。好きなだけ悩みたまえ」


 ヒョウはひときわ笑みを浮かべてそう言った。そして、


「君の反応は良いね」


 そう続けた彼女はいかにも満足げだ。これは狙っていたな……。


「さて、では2つ目。南方に出向し、賢者の塔からの『発掘図書』の翻訳に尽力してもらう道だ」


「『発掘図書』……?」


 気になった単語を口にする。

 賢者の塔は知っている。南方にある、世界最大と言われる図書館だ。

 だが発掘図書とは……? 不思議な言葉だ。発掘という単語が、図書に付く意味がわからない。


「うむ。賢者の塔は知っているな? 南方にある、世界最大の図書館……、のようなものだ。そこからは日々、発掘図書と呼ばれる未開の本が発見されている。それの翻訳にあたってもらう」


 なるほど。どうやら俺の想像以上に、賢者の塔はものすごく広いようだ。

 遺跡の上に建てられている、とかだろうか。それならば、発掘図書という言葉も納得がいく。


「これに関しては、南王からの依頼だな。まったく、耳ざといやつだよ。……まあ、我が国としてもあちらに恩を売り、こちらに知識を取り込める、と悪くない話だ」


「あの、出向、というのは?」


「ああ。これを受けた場合、君は南方の翻訳部隊に組み込まれる。一時的にではあるが、あちらの指揮下に入るということだな」


 なるほど。南に行くのか。

 というか、話を聞いていると南王もかなりしたたかだ。俺を引き渡して恩を売り、北方と提携しつつ、自分の利益は追求しようとしている。


「無論、君は私の配下だ。名代として裁量も十分に与えるし、命令の拒否もある程度は可能だ。できれば仲良くすることを推奨するがね。敵は作らないに越したことはない」


 ヒョウがそう付け加える。業務上は上下関係があるが、あくまで北方の民、否応なく従う必要はない、ということである。

 後半に関しては俺も同意だ。が、1人異国に飛ばされるというのも不安があるな……。


「どうかな?」


「……3つめがあるんだろう? とりあえず全部聞こうかと」


「うむ。では」


 俺が机に広げられた資料を整理すると、ヒョウは3つ目を取り出した。


「3つ目、最後は君の異界の術を見込んでの話だ。訪問者管理組合の『観測部』に所属し、観測勤務の刷新に取り組んでもらう道だ」


「異界の術……?『観測部』というのは?」


「そのままの意味さ、星の観測を行う部署だ。星は力の塊であり、異界の門でもある。それが訪問者を排出する際、強い力を放出するのだが……。その瞬間を、観測と予測で算出する部署だな」


 それは今まで馴染みがなかった。組合の中でひと月暮らしていても、知らないことはあるものだ。

 ソラは捜索部、セワは相談窓口だから、観測部は訪問者とあまり接点のない部署だろう。

 しかし、それと異界の術にどんな関係が……。と思ったが、ピンときた。


「ああ、なるほど。それで1日中見てなきゃいけないのか」


 星の観測というと、その筋では一般人の俺は夜間のみと思ってしまう。だが、星は昼間でも見ることができるし、この世界の星は力の塊だ。日中も見なければならないのだろう。

 俺のときは夜だったが、昼間に訪問者が落ちてこないとも限らない。


「その通り、似たような仕事だろう? 今までやってきた交代制度もあるのだが、一度君に見てもらいたくてね」


 そこで俺の前職が活きる。

……まあ、こっちでは名前で書いてもよくわからないだろう。と思って、「止めてはいけない仕組みを、複数班で交代しつつ見張り、問題が起きたら対処する仕事」と書いていた。

 割とそのまんまである。こういう仕事、どこにでもあるんだな。


「こちらは観測部長直属の1人として働いてもらう。刷新専任だな。必要ならば部下もつけよう。部としては1日中動いている場所だが、君には日中のみ働いてもらう予定だ」


 かなりの高待遇を受けて苦笑する。現代ならかなりボロい商売だろう。

 しかし……、ヒョウは見てほしいというが、俺の知識で改善ができるのだろうか? 文明としてのレベルは違えど、俺は現代ではよくあるものしか知らない。

 いや、違いを侮ってはいけない。もしかしたら、とてつもなく効率の悪い手法をとっている可能性もある。



「さて、こちらからは以上だ。何か質問はあるかな?」


 そう言って、ヒョウはこちらの答えを待っている。


 1つ目の魔術の研究はおもしろそうだ。首を突っ込んでみたいという欲求がある。実現したときのリターンも大きいだろう。名を残したいわけではないが、新しいものはおもしろいのだ。

 できる気はまあ、まったくしないが……。


 2つ目の発掘図書の翻訳も楽しそうだ。どんな本があるのか気になる。能力的にも割と現実的だろう。

 ただ南方か……。砂漠の国なんだよな、確か。環境的に厳しいと聞くから、出向は難点だ。この世界の人が適応できても、俺では無理な可能性もある。何しろ"身体"は"不可"の男である。


 3つ目の組合に所属するのは現実的だ。安定した仕事とするならこれだろう。場所も良い。交差点でのひと月の経験が活きる。

 ただ刷新担当のみだと、のちのち暇になりそうなんだよな……。最悪、流れで実務もお願いします。なんて言われる可能性もある。転移してまで過去やった仕事を続けるのは嫌だ。


 うーん。としばらく考えていたが、


「ヒョウ」


「何だ?」


 唐突にひらめいた。


「それ、全部できないかな」


「……は?」


 ヒョウが呆けた。彼女にしては珍しい顔だ。


「多分、俺がその場に居なきゃいけないのは組合の話だけだ。それも初期は忙しいだろうけど、安定すれば仕事は減るんじゃないか? 翻訳は本さえあれば場所を選ばない。それに1冊全部を俺がやる必要はないんだ、読み方さえわかれば他の人が続きをやっても良い。魔術の研究も、環境を整えれば場所は問わないだろう。定期的に話を聞きたいし、北方の研究室には行き来しなきゃいけないだろうけど……。ヒョウもやってるし、手段がないわけじゃないんだろ?」


 と、そこまで聞くと、ヒョウは笑い出した。……今度は俺が呆ける番だった。

 ひとしきり笑い、笑いすぎて咳込み、咳き込みすぎて流した涙を拭って。それでもこらえきれないとばかりに肩を震わせる。

 何度か深呼吸をして、ようやく治まったようだ。とはいえ、まだくすぶっているのだろう。いつもより微笑が濃い。


「はぁ。まったく。君、私を笑い殺す気か? 本性を表すのがいささか早すぎるだろう」


「本性も何も……。俺は仕事量の話をしてるだけだよ」


 まあ確かに、なんだかんだ乗せられている感じはするが。


「ふふ、まあ、君の言い分にも一理ある。やってみる、と言うならできるようにしよう。ふむ……」


 そこまで言うと、ヒョウは目を伏せた。何か考えているようだ。


「ただ……、研究はともかく、翻訳は南王がどう判断するか次第だ」


「何か問題があるの?」


「君を送るならまだしも、本をこちらに寄越す、となるとね。あちらも国として考えなければならない。彼の国にとって、知識とは力だ。秘匿したいことも多かろう」


 ヒョウが言う。確かに、未知というものは貴重であり、力を持つものだ。学術に長けた南方となれば、その重要度は高い。

 それを好き好んで、他国に流出させたいとは思わないだろう。きちんと国家間で受け渡しをしても、危険は伴うのだ。


「とくに交差点に送るとなるとなぁ……」


「交差点は駄目なのか?」


「まあね。ほら、写本狂いが居るだろう? アレにバレたら最悪だ」


「あぁ……」


 そうか、交差点の図書館だ。……創設者が生きているかは知らないが、理念として残っているのかもしれない。写本狂いと言われるのだから。

 あの図書館の運営は大商人らしいし、交易に力を入れている南方なら、あまり邪険にもできないだろう。なるほど、重要な本は送りづらい。


「ふむ。いっそ……。まあ、それは後にしよう」


 ヒョウは少し悪い顔をしながら呟いていたが、それは後に回したようだ。


「では、君は観測部所属とする。そこでの仕事内容と、布陣研究については追って指示しよう。何、明日には詳細説明をできるよう人を寄越す。具体的な日程もな。……翻訳は相談だが、できるとしても少し後だろう」



 その日の夜、俺は荷物を箱詰めしていた。

 もうそろそろ、この部屋ともお別れだ。


 検査期間が終われば、寮住まいか、外に出るかを選ぶ必要がある。寮住まいのほうが環境は良いのだが、正直、職場に近すぎる自宅は好みではない。

 ほど近い場所に、集合住宅のようなものがあったので、そこの部屋を借りた。設備的には今までより微妙ではあるが……、まあ、仕方がない。


 転移しておよそひと月が経つ。少しずつ、この世界の日常にも慣れてきた気がする。

 明日にも具体的な日程が決まり、俺は本格的にひとりの訪問者として、この世界に関わることとなる。


 大したことはない。……はずだ。

 やりたいと思ったから選び、できると思ったから受け取っただけのこと。不安に思うのは、ただ知らないというだけの話。

 想定外は山ほどあるだろう。失敗も数え切れないほどすると思う。不便だって満載だ。もしかしたら、命の危機だってあるかもしれない。だが、それでも、


 割と、この世界も悪くはない。

……と思う。

# 彗星虫


道具・薬品

小指の爪先ほどの青いまだらの虫。噛み潰すことで、一瞬だけ魔法威力が上がる。


生まれてすぐ、酒に酔ったようにでたらめに飛びまわり、半日経たずに命を終える儚い虫。

その体には星の力が含まれていると言われている。

由来の真偽は別として効果は本物。だが、その量があまりに僅かなため役に立つことはない。

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