星の巡り
※2020/03/19 本文修正、単語の誤り(北王様→北王)
※2020/05/05 本文修正、表記ゆれの修正(たしかに→確かに)
食事が終わり、出てきた3人の眼前には、人の波が広がっていた。
昼食時、ここら一帯は混み合うのだ。たまらず路地へ折れる。普段はあまり通らない道ではあるが、仕方がない。
ちなみに、クロガネにかけた魔術は切れている。腕萎えがかかったままだったら、人の波にさらわれていたかもしれない。そうそう、剣も返却した。
「まあ、銀板冒険者なら信用はできるでしょう。稼ぎに来てるのなら、評判の下がるようなことはしないでしょうし……」
というセワの判断の下である。
そんな評価を受けたクロガネはというと、満足そうに腹を擦りながら、
「いやぁ、うまい飯も食えた。おもしろい話も聞けた。星の巡りがいいな、今日は」
「星の巡り?」
「ん、ああ。ここらじゃ言わねぇか? 俺の田舎のほうじゃ、運が良かったり、間が合ったりすると言うんだ」
「ああ、東の方の出身なのね。占星術由来の言葉よ」
「そ。婆さんがよく言ってたよ。……セワさんよく知ってんなぁ」
そう、セワはものしりだ。伊達に右も左も分からない訪問者の相手をしていない。
俺の疑問にもすぐ答えてくれるし、わからなくても調べてきてくれる。それも早いのだ、この世界にはネットもないのに。
しかし、クロガネの田舎か……。
東の方、というと東の大樹の国か。あそこは法術と宗教が盛ん、と聞いていたし、面談の人もそんな感じだった。けど、クロガネはなんか……、ちょっと違うな。
「何だよニィさん、俺の顔になんか付いてるか?」
「いや、東方の人は少ししか会ったことなかったので、新しい感じの人だなと……」
「そうか? 割と広い国だし、いろんなやつが居んだろ」
まあ、確かに。考えてみれば彼の言う通りだ。俺だって、別に日本人だがサムライやニンジャじゃないしな。今、剣術や忍術が使えればどんなに嬉しいことか。
そんなくだらないことを思いながら、
「おい、そこのお前ら、止ま……、ゲボッ」
「……へっ? お、おい大丈……、ガッ」
曲がり角を曲がったら、男が2人、倒れていた。
何が起こったか、見えた範囲で説明しよう。
曲がり角を曲がった瞬間、2人の男が立ちふさがっていた。丸っこい、腹の出た男と、痩せっぽちの男だ。軽装だが、各々の手には短刀が握られている。
それを見せびらかすようにしながら、
「おい、そ」
多分このあたりで、クロガネの手から剣が飛んだ。
「……このお前ら、止ま……、ゲボッ」
鞘ごと投げつけられたそれは、俺たちに声をかけようとした出っ腹の男に命中した。顔面にめり込ませたまま、後ろに倒れる。大の字になって動かない。短刀は近くに転がった。
「……へっ?」
その苦悶の声に気付いて、痩せた男が出っ腹の男の方を見る。状況を確認し、間抜けな声を上げた。……間抜けな声を上げられるだけ上等だ。この時、俺は立ちすくんでいる真っ最中である。
だが、あいにくそのときにはもう、クロガネはそいつの前に走り込んでいた。彼はよそ見をしたせいで、迫りくる猛威に気付かなかったのだ。
「……お、おい大丈……、ガッ」
そのまま飛びかかられ、背中から強かに叩きつけられた。手に持っていた短刀は取り落し、挙げ句に顔を数発殴られ、あっさりと意識を手放したのである。
「ふう……。ったく、とんだおやつだぜ。まさかこんな巡り合わせもあるなんてな」
痩せた男が気を失ったのを確認すると、クロガネは立ち上がった。
気づけば、セワは俺の前に出ている。かばいながら魔術を行使する姿勢だ。
……すごいなこの世界の住人。そりゃこんな世界を舞台にすれば、1ラウンド6秒とかいうゲームができるはずだわ。現代人ではRPすらできやしない。
「何、こいつら。知ってるの?」
「強盗だよ強盗。最近派手にやってるやつら。稼ぎに来たって言ったろ? 最初は、こいつら目当てに張ってたんだ。まさか今更、引っかかるなんて思わねぇや」
セワとクロガネが話している。なるほど、どうやら強盗の目的は俺たちだったようだ。本命、俺。対抗、セワ。大穴、クロガネといったところか。
まあ、その大穴が居たおかげで、秒で制圧されてしまったわけだが。
だがぶっちゃけた話、クロガネが居なくても彼らに勝機はなかった。
セワは魔術師だし、反応でお察しの通り、悪即斬である。脅しをかけた時点で燃やされて終わりだ。どちらかと言うと、その方が辛かったかもしれない。
強盗にあったのは、この世界に来てからはじめてだった。割ときれいでにぎやかな街だし、治安も悪くはないという話だったから、出会わないまま終わるのかなと思っていたくらいだ。
男たちの身なりは悪くない。武器だってそうだ。ボロいなまくらというわけではなく、キラキラと光る刀身が据えられた短刀だ。手のひらほどの刀身とはいえ、安いものではあるまい。
なぜこんな事を、という感情は、正直に言えばある。良く言えば善性、悪く言えば甘ちゃん。まあ、現代日本人にはありがちな感情だろう。
「まともにお金を得られる手段、なかったのかな」
ぼやいた言葉に噛み付いたのはクロガネだった。
「なわけねぇよ」
冷たい、声だった。
「ここは、仕事と金にあふれてんだから。コイツラには腕っぷしがある。食えるんだ、まっとうに」
そう言いながら、武器を集める。クロガネ自身の剣と、男たちの短刀だ。
「……ま、"できる"のに"しない"んだから、ちょっとは痛い目、見ねぇとなあ」
声の調子が元に戻ったクロガネは、背負い袋から取り出した布と縄で、2人の男を拘束する。口、手、足。あっという間に1人終わった。手慣れている。
「さしあたって、俺の晩飯になってもらう」
「……食べるんですか?」
「……食うか! 引き渡すんだよ組合に。一応、コイツラも賞金首だ、安いけどな」
そう言って2人を担ぎ上げる。……馬鹿力か? クロガネの顔を見る限り、大して重そうでもない。
片方はひょろっとした男だが、もう片方はぽっちゃりマッチョといった感じなのに……。装備だってあるのだ。合計200キロはないにしろ、100はくだらないだろう。
「あなたすごいわね……。重くないの?」
「腹ごなしにゃ、ちょうどいいな」
呆れるセワに、クロガネが挑戦的にニッと笑う。
本当に、"世界の頂"とやらを目指せる実力者なのかもしれない。……まあ残念ながら、俺の眼力はそういうのを計れないのだが。
「じゃ、俺は組合の方に行くわ。ここでお別れだ」
「ごちそうさま。話、おもしろかったです」
「そうね。さっきも助けてくれてありがとう」
さっさと行こうとするクロガネに、俺とセワが声をかける。
「んだよ照れるなぁ……。まぁ、また見かけたら声かけてくれや。儲け話もあったら待ってるぜ。じゃあな!」
はにかみながらそう返すと、クロガネは通りに消えていった。
クロガネと別れ、図書館に戻る。相変わらず辺りはにぎやかだが、俺たちは静かだ。
俺は黙々と本を読み進めている。セワはその実績を記録に取りながら、俺を観察し、気付いたことをメモに書き込んでいく。
「ねえ、コトバ。ちょっと良い?」
しばらくそうしていると、不意にセワが声をかけてきた。
「はい? 良いよ」
本を置き、顔を上げる。セワはまっすぐこちらを見据えて、
「今、不安?」
そう、口にした。
……食事中のクロガネとの会話に、少し引っかかるものを感じたのだろう。さすがである。思わず笑ってしまった。
「……うん。正直、期待が重すぎると思ってる」
俺は正直に答えた。評価は低く、期待は高い。実績も皆無。分不相応と言われればぐうの音も出ない。
これで不安を覚えないのは、よほどの自信家か、ただの馬鹿だ。……どちらかと言うと、俺は悲観論者な方である。
「まあ、そうよね」
セワはうなずく。
彼女はけっして、俺が駄目だ、と言っているわけではない。俺の不安に寄り添おうとしてくれているだけだ。
言葉の意味ではなく、その真意が伝わる。俺の心が弱っていても、それをうっかり取り違えることはない。……やっぱり便利だな、翻訳。
唐突に、彼女が口を開いた。
「北王のこと、どう思う?」
「どう? って……」
ヒョウについては、正直どうもこうもない。そもそも王だ。それだけですごい。
その上で言わせてもらえば、彼女の口にするような話だけなら、探せば他者の口からも出てくるのだろう。
きれいな言葉、聞こえの良い文句を吐くことは、あまり難しいことではない。然るべき常識と、現状さえきちんと把握できていれば、口にすることは造作もない。
だが、彼女には実績がある。組合を建て、争いを制し、ひとつの道筋を示した実績が。
そしてなお、その先を目指している。
「わからない。すごいとは思うんだけど、規模が大きすぎて計れない」
「そうね」
セワが言う。正直、ここらへんの認識は、彼女より俺の方が理解しているかもしれない。異界の術、とまではいかないが、俺には元の世界の知識があるのだ。
ものを立体的に見るには、そういう比較対象を持っているほうがやりやすい。
「あなたが自分を信じられないのなら、北王をすごいと思う気持ちで補えないかなって」
「えっ」
セワは不思議なことを言い出した。次の彼女の言葉を待つ。
「北王の目は強いわ、とくに人を見る目が。自分で言うのも何だけど、私やソラも、北王に見出してもらったんですって。……あとから聞いた話なんだけど」
ソラはヒョウと面識がなかったようだが……。書類とか、あるいはあの時みたいに、隣の部屋で見てたりしたんだろうか。
セワもきっと、仕事で話すようになってから聞いたのだろう。ヒョウなら自分から言いそうだ。奮いたまえよ、とかなんとか。
「氷の三傑っていう、北王直属の部下もそう。戦士と、魔術師と、法術師が居て……。あ、でも魔術師は先代から続けて、か。北王の魔術のお師匠様だから」
そこまで言って、セワは苦笑した。
「……なんか話が迷子になっちゃった。ともかく! 北王の御眼鏡を信じなさいってこと。あなたも彼女に見出されたのよ。あのときの彼女の目、見たでしょ? 信じられると思ったんじゃない?」
「……そう?」
「視線が交わった時、ちょっと表情変わってた。お仕事中だったからね、ちゃんと見てたの」
視線が交わった時のこと……。あまり、強くは覚えていない。が、セワが言うのならそうかもしれない。
彼女が見た俺と、俺が見た俺は違う。彼女が見た俺を信じるために、俺を信じる必要はない。彼女を信じさえすれば良い。
それはとても、道理にかなう。
……救いだな。こっちに来てからというもの、俺は"星の巡り"がとても良い。
「ありがとう、セワ。なんか……、気が楽になった」
「いいのよ。こういう発破をかけるのも私の仕事ですから」
「いや、セワも期待してくれてるんだなって感じて、嬉しい」
そういう俺に、セワは驚いたように、
「あなた、ちょっと素直すぎやしない?」
「素直な方が良いでしょ。ひねくれすぎると、何も受け取れなくなっちゃう」
「……ねえ。それ、経験則?」
「さあ? ……よし、次の本に行こう」
セワの追求を無理やりかわし、本を手に取る。
少し実感がこもってしまったかもしれない。思わぬ意図が紛れるのは、ちょっと困るな。
# 占星術
はるか昔に廃れた魔術の分家。星の運行や力の強弱によって、吉凶や未来を見通す術。
強き星の力を持つものは、その命運すら変えるといわれていた。
今となっては星に運命を見る者は少なく、わずかに東方に残るのみである。




