その名はクロガネ
※2019/11/09 本文修正(気を使う→気を遣う)
※2019/11/11 本文修正、単語の誤り(長耳→耳長)
※2020/05/05 本文修正、表記ゆれの修正(たしかに→確かに)
就職活動は終わった。だが、検査期間はまだ残っている。
「君の職場を見繕うのに、まだ少し時間がかかる。聞き取りもわずかだが残っているのだろう? それを片付けて、休暇を楽しみたまえ」
雇用主の意向は以上である。……正直、お言葉に甘えて怠けていたいところだが、やらなければならないことは多々ある。
まず1つ目は、ヒョウも言っていた聞き取りだ。
異界の術として気になるものがあるかは、セワがざっくりと精査してくれた。あとは組合の専門家立ち会いのもと、詳細の聞き取りが実施される。
まあ、俺の持っている異界の術などたかが知れている。元の仕事は学者やクリエイター系ではなくオペレーター系だからな。モノがないと活かせることは少ない。
2つ目は、魔法の訓練だ。
散々な結果だった魔法だが、せめて魔力の摂取量は増やしたい。
というのも、設備として魔力を要求するものがあるからだ。たとえば魔法のカードキーとか。明かりの石もそうだ。
消費はわずかだが、それでもオンオフを繰り返すとめまいがする。あまりに貧弱過ぎるだろう。
そこで、魔力の吸収と保持の訓練として、呼吸法と瞑想を日課にした。こんなものでも長くやると魔力酔いになるので、短く、朝晩の2回だ。
そして最後に、翻訳の異能である。
図書館への距離が遠いのは難点だが、役に立ちそうな力だ。伸ばしておきたい。
とはいえ、記録してくれるセワの予定もあるので、毎日行くのは無理だ。
そこで空き時間には、自室でソラやセワから借りた本を読む。共通語だが、これでも訓練にはなる。
翻訳は、無意識に高負荷の処理をしているらしい。たとえ共通語でも、読み続けるとこめかみのあたりが痛くなる。この限界を伸ばすため、とりあえず読み続けてみることにしたのだ。
以上、3つの柱を立て、残りの検査機関を過ごす。
そんなとある日。今日は1日、図書館で過ごす予定だ。午前中をみっちり読書に費やした結果、頭が痛い。だが、順調に負荷は軽くなっている。
「耳長語はだいぶ形になったわね。日常的なやり取りは問題ないと思う」
セワがそう言ってくれた。
彼女のおかげで、耳長語は読み書き会話をマスターした。もちろん、まだわからないことはある。だが、基本的なものを身につければ、あとは異能がカバーしてくれるだろう。
まだ収穫はある。ここ数日の間に気付いたのだが、書き文字から言葉を読み取るより、言葉から書き文字を引き出すほうが楽だ。
これは耳長語学習の例から当たりをつけた推論だったが、他の言語も、音読することでぐっと読み書きしやすくなった。
「それ終わったらお昼にしましょうか」
「ああ。魚が食べたい」
「いいね」
そうと決まれば善は急げだ。集中すると負荷は高まるが、読解速度は上がる。早く確実に終わらせてメシにしよう。
食事には少し早い時間だったが、混み合うのだから早く行くべきだろう。ということで、俺とセワは例のあの店に向かっていた。
到着までもうすぐ、というところで
「なあ」
男が、声をかけてきた。
「コトバ、下がって!」
すかさず前に出るセワ。
付添というのは、別に訪問者の監視だけを行っているわけではない。無知な訪問者が余計なトラブルに首を突っ込んだり、逆に、巻き込まれないようにすることも目的の1つだ。
「あ、いや、すまん……。別に事を荒立てようってわけじゃねぇよ。物騒だったな、悪い。聞きてぇことがあるだけだ」
謝る男に害意はないようだが、セワは警戒を解かない。
「なあ、後ろのニィさん。あんた。得物は?」
「えもの?」
思わず、男の言葉をオウム返しにしてしまった。言葉は知っている。だが、
「え……。いや、武器だよ武器。剣とか、槍とか。見当たらねえが、暗器か? それとも魔術?」
「ええと……。戦う手段、ってことなら、ないですよ」
そう。答えとしてはそういうことだ。あれだけ確認されたのである。戦闘能力は皆無と胸を張って言える。情けないことに。
何しろ今、年下の女性にかばわれているのだから。
「……う、ううん? そうか。なんか、すまん」
「あ、いえ……」
男は首を傾げまくっている。よっぽど意外だったのだろうか。
「俺の目、曇ったかな……」
ブツブツと呟きながら、頭をかいていた男だったが、後頭部を叩いて気を取り直したようだ。再びこちらに話しかけてきた。
「すまん! 不躾の詫びと言っちゃなんだが、飯でもどうだい。奢るぜ」
そう言った男を尻目に、セワと2人で、ヒソヒソ話す。
「……ねえ、どうする?」
「どうするって言われても……。悪い人じゃなさそうだけど」
「本当に? 私はどう見ても怪しいと思う」
相手は俺と同じ黒髪黒目だが、体つきは違う。背が高く、がっしりとした筋肉質な体だ。長い髪を後ろに縛っていて、無精髭が生えてはいるが、全体的に不潔というわけではない。
もちろん武装はしている。装備は見えるだけで、鉢金と革の鎧、腰の剣くらいか。鎧は一部、鉄板らしきもので補強されている。いかにも冒険者といった雑多な感じだ。見える武器は剣だけだが、腰のポーチや背負い袋にも何か入っているかもしれない。
「いや……、まあ……、俺が悪いってのはわかるんだけどな……? ちょっとばかし警戒が過ぎるんじゃあねぇかなぁ……?」
「警戒しすぎるということはないでしょう? 当然の対応です」
「まあ、そりゃそうだが……」
男のぼやきに、セワが油断なく答える。
しばらく押し問答していたが、男の剣を預かって、魔術をかけることを条件に決着した。セワが男にかけたのは腕萎えの魔術で、強い力を入れられなくなるらしい。
「うん、確かに力入んねえな。ま、食器くらいは持てっだろ」
しばし拳を握り、開く、とやっていた男は納得したようにうなずくと、こちらに向き直った。
3人で店へ向かう。男が先頭、俺たち2人が後ろだ。
大きな魚の看板が見えてきた。ちょっと早めに着く予定だった店だが、出会いのゴタゴタであいにく遅れてしまった。とはいえ、3人ならまだ座れる。
ちなみに、奢る男の財布はと言うと、
「あー、ここか。大丈夫だ、定食3人分くらいならなんとかなる」
とのことだ。実はこの店、ちょっとだけお高い。
「さて、自己紹介がまだだったよな」
席につくと、早速と言わんばかりに男が口を開く。
「俺はクロガネ。まあ、見ての通りの浪人だ」
「コトバです」
「セワよ。……浪人って、『冒険者組合』に入ってる?」
各々が自己紹介をする。浪人、というのは文字通りの意味だろうか。現代風に言うなら住所不定無職だ。
そしてセワが新しい単語を出したな。冒険者組合って、いわゆるギルド的なアレか。
「ん、おう。この街には稼ぎに来てるからな。紋章も持ってる」
クロガネはそう言って、金属板を見せてくれた。剣と盾があしらわれた、銀の紋章だ。これが冒険者組合の紋章か。
見ていて気付いたが、紋章はその組織の象徴になるものをあしらっているようだ。冒険者組合なら剣と盾、訪問者管理組合なら星と望遠鏡、といった具合に。
それを見て、セワがため息をつく。
「……だったらそれ、最初から見せれば良いじゃない。そうすればまだ、マシな反応返せるわよ」
「そうなのか?」
セワの言葉に、クロガネは驚いている。会ったときからそうだが、彼の感情は素直だ。裏がまったくない。
「入りたての『銅板』ならともかく、『銀板』ならある程度の実績があるんでしょ? 信用っていうのは、そういうところに生まれるものなの」
「そうか。確かに実績はある。……なるほどなぁ、勉強になったぜ」
どうやら色が階級らしい。あるあるだなぁ。銅と銀があるなら、金がその上だろうか。さらに上もあるのだろうか。貨幣は金までだったが。
そんなことを考えていたら、定食が来た。今日は煮込みだ。香りの良い、トマトっぽいソースで煮込んである。これはパンが合いそうだ。
早速、食べはじめる。
「へぇー訪問者!」
食べながらの会話で、クロガネが俺の正体を知って驚く。
自分が訪問者である、ということは隠す必要もないそうだ。ただ、常識に疎いという扱いを受けるので良し悪しある。気を遣われたり、無礼を一度は許されたり、だまされたり。色々だ。
「噂にゃ聞いてたが、見るのははじめてだ。……そうかぁ、それでかもしれねぇな」
うんうんと、何かに納得するようにうなずくクロガネ。
「珍しいんですか? 訪問者」
「あー、ニィさんもそうだろうが、訪問者ってのは"高級品"なんだよ。俺みてぇなのとは住んでる世界が違う。そうそう出会う道理はないってわけ」
「けど、野に下る人も居ると聞きました。冒険者の中にも居たりするのでは?」
「そっか。そういうのも居んのかぁ……。なら名乗り出てねぇだけで、俺が会ってる可能性もあるか」
うーん、と考えながら、クロガネが1人ぼやく。
「あまり班を組まねぇからな。だいたい1人なんだ、俺ぁ」
班、というのはパーティーのことだろうか。……パーティーを組まない冒険者ってなんだ。自殺志願者かなにかか? と思ってしまうのは俺だけだろうか。
セワの方をちらっとうかがうと、彼女も驚いていた。良かった、印象は間違っていない。
「1人、とは。仕事も1人で?」
「そうよ。俺は天才だから。名を上げて、俺のつるぎで世界の頂を目指す。それが俺の夢さ」
これは……、天才と天災は紙一重というし、どちらか判断し難い。
だが少なくとも、1人で色々やって『銀板』とやらになれる実力は持っているのだ。現時点では、彼の力は通用しているのだろう。
それにしても、そんな人が何で俺に声をかけたのだろうか。
「そう言えば、何で俺に声を?」
「ん? ニィさん、隙だらけだったけどよ。なんかスゲェ引っかかったんだ。……いや、引っかからなかったのか? よくわからねぇが」
クロガネの言葉は、わかりやすいところと、わかりにくいところがある。考えて、それを言葉にするのが苦手なのかもしれない。直感的に話すところはわかりやすく、明快だ。
そんなクロガネは、じっとこっちを見つめている。しばらくそうしていると、納得したようにうなずいた。
「ああ、多分目だな。なんか……、引っかかる目だ」
「引っかかる?」
「ああいや、そういう嫌なやつじゃねぇ。……なんか、深いんだよ。まあ、勘だ」
手を振りながら笑う。会話を変えるように、今度は彼が俺に質問をしてきた。
「そういや、ニィさんの異能ってのはなんだい?」
異能の存在、一般に知られているんだな。……まあ隠し通せるものでもないだろうが、良いのだろうか? 悪い人たちに利用されたりしないのか?
「異能のことを知っているんですか?」
「そりゃ知ってるよ。有名だから。異能は山を砕き海を割る、ってなスゲェ力だって話だぜ」
「まあ、そんなのもあるのかもしれませんけどね……」
ありえない、と言えないところがすごい。
しかしそんなやつが居たら人間兵器なんだが……。それと仮定してワクワクしてるように見えるのは何なんだろうか。俺だったら恐ろしいぞ、そんなやつ。
「俺ができるのは、読み書きと、誰とでも会話ができるってくらいみたいです」
「ふーん……。まあ、俺にはわからねぇが、それでも使える力なんだろ?」
クロガネは予想通り、興味を失ったようだ。
使える、というのは行使のことではなく利害のことだろう。使いどころのある力ではある。地味だが。
「ええ。それに色々読んだり書いたりして、少しは身についてきたと思います。……まあ、ただの読み書きですけど」
少しつっけんどんになってしまった言葉に、
「……おいおい、そりゃあちょっと乱暴だ」
クロガネが噛み付いた。ちょっと予想外だ。
「そんなこと言っちゃあ剣だってそうさ。振りゃ斬れるんだから。その結果を突き詰めるのが修練で、突き詰めたのが力だ。ないがしろにしちゃいけねぇよ」
「修練、するんですか? 天才なのに」
俺はクロガネを、直感と才能のタイプだと思っていた。そういう人間は得てして、努力を軽く見る。
もちろん、けっしてやっていないわけではない。効率良くやれるから少なくて済むのだ。そしてそうなると、得てしてそれを軽く見る。だってそうだろう? 少ないんだから。
だが目の前の男は、そうではないらしい。
「才だけで届く場所に夢はねぇよ。俺はもっと先を見てえんだ」
とても、強い言葉だった。これがきっと、彼の芯だろう。そう感じた。
「あんたも、なんかそんな目をしてるぜ」
「えっ」
クロガネの言葉を噛み締めていると、追撃が来た。いやそれは予想外だ。
「……こっち来てからそんなことばかり言われてます。買いかぶり過ぎでは?」
「ははあ、いーや、わかったぜ。ニィさん、それ、手に届かねぇものを追うやつの目だ」
なんかヒョウと同じようなことを言い始めたよこの人。
……ああ、でもそうか、わかったぞ。なぜ初対面から、俺の警戒が薄かったのか。
この人、ヒョウと同じ目をしている。
# 冒険者
主に体ひとつで依頼仕事を為す者たちの総称。
由緒正しき浪人。当てなき労働者。誰がはじめたわけでもないが、どこからともなく現れる者たちの正札。
仕事は多く、護衛や獣狩りといった荒事。探索や採取といった捜し物。運搬や片付けなどの力仕事。とさまざま。
大きな街ならば組合が存在する。縄張り内のことは、報酬次第で解決してくれるだろう。




