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小休止と参りましょう

ギィィと重い音を立てて軋んだ蝶番が閉ざした扉のこちら側。魔法使い殿が出て行ったことを目と耳で確認し、ほぅと息を吐き出したのは私です。


ようやくあの変態から離れられた。本当に、本っっ当にしつこかった。

どうしてあの手の類は自己主張が恐ろしく強くて押しが強いのだろう。面倒くさいったらありゃしない。……収拾はしたが余計なこともしてくれやがってまったく。


妙な流れで変な決定になりはしたけれど、そもそもあのストーカー魔法具のお陰で私に逃げ道は用意されていないも同然なのだから、今回のことは身構えられる分ましになったと考えられなくもない。

ただし、突然現れて問答無用なのに比べれば、という内容が悲しくはある。

なんだこの究極の選択めいた感じは……。


「はぁ、やっと部屋に帰れるわ」


疲労と安堵がよぉく混ざった溜息を吐き出して、扉からカタネに視線を戻さなければ良かったと思ったところでもう遅い。表情のない顔が私の左手首を凝視している。恐い。というか諦めてなかったのか。それとも魔法使い殿の余計な一言で再燃したのか。後者ならば五寸釘が欲しいところだ。滅多刺しにしてやろう。


「……カ、カタネ~?」


正直声をかけるのを躊躇われるより難易度ハイ。だがしかし、声をかけなければ私の左手首とその延長線は自由には決してならない詰み状況。

選択肢など始めからないのだから仕方がないと諦め半分、投げやり半分の気持ちで声をかけた私を映したカタネのお目々。

……何かな、そのいいこと思い付いたって感じのよくないご様子は。


「ねえタカネちゃん。私、思うの」


ぅわあ、聞きたくなーい。でも聞かないと終わらないから聞きますよ促しますよ仕方がないんだよ。

あぁ、天空に坐す父神様……地の番(よめ)が不穏な発言をしませんように!


「うん?」


「バレないように上手くやるか、バレても支障がないくらいに徹底するか。そのどちらかを選んで遂行すれば問だ――」


「問題あるに決まってんでしょバカタネ!」


地の番(よめ)の癇癪を広い心で受け止めてこその天の番(だんな)だとでもおっしゃりたいのか神様この野郎。立場は旦那でも私も性別女だ、癇癪の一つくらい許してくれよ。

心と頭の中で理不尽に神様へ文句を垂れながら、それでも説得を試みる。

全ては諸悪の根源である第一王子をサクッと殺っちゃうと、こっちの人生強制終了がもれなくおまけでついてきちゃう御免(こうむ)る現実を回避する為だけに。


第一王子の為ではない。私とカタネの為である。それ以外に何がある。

だから頭を抱えて顔を顰め苦々しい声で叫ぶのだ。

頑張れタカネ、負けるなタカネ。ここで負けたら、終わりしか見えない。


「思いきるところが間違ってんのよっ、物騒な話から遠ざかりなさい!」


精一杯の正しい主張。なのに……世の中は本当に理不尽に追い風吹かせるの好きですよねー。何なんだよその一方的で腹立たしい依怙贔屓。捩じ切るぞ。


「だってタカネちゃんを傷つけるなんて許されないんだよ?赦しちゃいけないんだよ!麗しく尊いタカネちゃんの柔肌に私の許しもなく触れただけで打ち首獄門なのにこんな痛ましい傷をつけたんだよっ?皮を削ぎ落してから三枚おろし、あら微塵のミンチ後にミキサーへin。原型を失くしたデロデロの物体から魚の餌ルートを可及的速やかに通って未来永劫惑えばいいんだよ!」


もうね、ただ一言恐いわ。あんたの許しがなければ、何かしらの危険が生じて私を助けてくれた御仁がいたとしても、私に触れたという一点のみでスパッと断頭台送りになった挙句にデストロイなクッキングからの魚の餌ルートで輪廻転生不可能になってしまえとかどれだけ理不尽乗算してんのよ。嫌すぎるわ。


「妙に想像しやすく無駄に丁寧な説明しなくて結構よ!料理じゃないのよっ」


「自慢じゃないけど料理は一度もしたことないよ。間違いなく産業廃棄物が出来上がるね!」


大変よろしい笑顔で料理の腕前ゲテモノ級発言とか求めてない。胸なんぞ張ってないでその情けない発言を回収しろ、吸い込め。無理だと言うならその一連の発言こそ魚の餌ルートにして欲しい。


「はた迷惑なごみ以上を作り上げることに胸張って晴れ晴れとした顔になる意味がわからないわよっ」


「え?だってタカネちゃんなら私がどんな残念クッキングしても頑張りは認めてくれるもん」


精神的にも物理的にも頭が痛いのに、きょとりと一つ瞬いて、とても嬉しそうに顔面を緩めるカタネの言葉に次の言葉が出てこず止まる。

そして二人しかいないのに片方が止まれば、もう片方が元気に動くのは当然の話。


「最終的には褒めて伸ばしてくれるタカネちゃんの期待を裏切らないように貴女のカタネはどんな苦手なことも初めましてにも果敢にチャレンジするのです!」


繋がり絡めた手はそのままに、もう一方の手を胸の前でぐっと握って構えたカタネは、えへへと知っている未来を予想して幸せに笑う。……笑うから、私は言葉に窮するしかない。だって、頑張ったとわかっているのに、その努力を褒めないのは何か違うでしょう。


「……、…………っ」


「えへへ~、照れてるタカネちゃんはとっても可愛らしいよね」


「うるさい、黙んなさい」


ふいっと視線を外してもじっと見られているのがわかる。

耳にまで到達している熱は簡単には引いてくれないのだろう。ぐぬぬぅ。


「そ、ういえばっ」


「なぁに~タカネちゃん?」


「あんた、とんでもないお手紙を宰相閣下にお届けしてくれてたじゃないの」


「……え?」


ちょっとどころか相当納得のいかない話の流れだが、物騒が遠ざかったのを(わざわい)を転じて福としてくれよう。話を強引にねじ込む。そうして戻って来なくてもいいくらいに――――その頬を愛でて上げようじゃないの。ね?カ・タ・ネ。


「さぁ、右の頬から逝きましょうか」






ああ、今日もいい悲鳴を聞いたわね。……ちゃんと反省してくれているのかどうかについては虚無の彼方に放り投げたわ。もう諦めた。考えないのが無難だ。


取りあえず、話の流れで宰相閣下への手紙とは名ばかりの走り書き一行文についてのお仕置きを魔法使い殿が立ち去ったその場で決行、いつもの如くぴぃぴぃめそめそ言っているカタネを宥めすかしてマルティナお嬢様の豪華な寮室へと向かった。

人目を憚りこそこそとね。この時目立つはずのマルティナお嬢様がこそこそ出来る理由を知って成程ねとすごく納得したのは余談だ。


突貫工事の割によく構築された要塞級の防護が懸かったマルティナお嬢様の寮室でリズリットに流石公爵家のメイドさんといった応対で迎えられたので、笑っておいた。「周囲の安全確認が終わるまでこそこそ出来るとはいえ単独行動は可能な限り控えるように取り計らって頂けますと嬉しいです」と脅しまじりに。


笑い事ではないのだよ。割と真面目にね。呼んでもいないのにやってくるのが厄介事で、求めてもいないのに降りかかるのが危険なのだ。可能な限り回避しやすい場所を作ったのだからちゃんと活用して欲しい。でなければ自らの守りを一時的にとはいえ落とした意味がない。


何のことかと申しますと、ダメンズ共が接触を図りたいのはマルティナお嬢様であるカタネ。そしてそのカタネを一本釣りして逃げたアンナである私の二人だ。

姦獄ルートを開いちゃっている以上カタネとダメンズ共の接触は危険でしかないため、その日の内にがっつり防御力を上げさせて貰いました。お部屋も、本人も。


その為カタネに手を出し辛くなった彼らが次に目を向けるのは必然私になるのだが、姦獄回避の為にと用意周到に身の守りを固めていた私である。突貫工事のカタネよりも遥かに接触困難だ。このままでは比べてましな方へと向かってしまう。

と、私自身の守りを落っことしたのには実はそんな理由があったりした。

二、三日中にパラパラとやってくるかなと思っていたのに、一日どころか分単位の連続で三人も釣れてしまったのは誤算だった。万事うまくとか行かないものだ。


何はともあれ残すダメンズは後二人、テオとラシェカだ。荒事には向いていない医師見習い殿からの接触は恐らく穏便に済むだろうが、問題なのはもう一人の方。

元は付いても持ち得る技能は現役暗殺者のそれである従者殿、ラシェカだ。


魔法素養の関係でこの要塞級の防御力を誇る我が寮室へ、正面切っての魔法障壁破壊からの不法侵入はないだろうけれど、それ以外の場所で側面や背後から何事か、なんてことはやってきそうで危険なのよね、あの従者殿。


私を害すれば自身へ天罰、万が一殺してしまえば愛しのマルティナお嬢様まで強制心中。そんな向こうからしてみれば不条理な誓約の中身をわかっていても刃物を持ち出してくるだろう物騒が身に染みついてる相手なのだから気を付けなくてはいけない。

とはいえ、暗殺イコール不意打ちのスペシャリストに一応一般人が対応出来るのか否かは甚だ疑問が残るところではある。


はあっと物理的な重みを生じて床に落ちて転がりそうな吐息を吐きながら自分の寮室への道を歩く。一人で。一人で!これがまた大変だったことを声を大にして誰かに伝えたい。


「置いて行かないでタカネちゃん!どうしてっ、私という妻がありながら他所の部屋に帰るだなんて……っ。そんなひどいことってないわ!」


「何で私は浮気してる夫扱いされてるのかしらね。ふりなの?」


「やだぁああぁあぁあーーーーーーっ!そんなの絶対許さないんだからあぁあぁああぁっ!」


「自分でネタふっておいて何を言ってるんだか。ほら、あんたの言うところのデレってやつよ。旦那に捨てられる奥様気分を味わいたいんでしょう?期待に副ってあげるんだからとぉーってもやさしい旦那様よねー、私」


この茶番である。にっこり笑って言ってあげたらこの世の終わりみたいな悲鳴あげて謝り倒して来たわあのお馬鹿。寂しいとか一緒に居たいとか素直に言えばやさしい言葉で説得してあげたのに、よりにもよって浮気者扱い。流石に怒るわよ私も。


というか、自分の寮室に戻るのにそんな説得が必要になるのがおかしいのよ。

学園の卒業で寮則に縛られてない期間なのだから、カタネと共にマルティナお嬢様の豪華な寮室で過ごしても支障はない。むしろ安全面では一緒に居る方が楽でいいくらいだけど、そうもいかないのよね。具体的にはアンナとマルティナ様の関係で。


神様公認の夫婦ではあるけれど、人間社会的には元平民の男爵令嬢と生粋の公爵令嬢、それも学園期間中には接点のない関係だった二人がいきなり同室で寝泊まりとかない。怪しすぎる。変な噂から面倒事乱立のコンボが目に見えてる。勘弁願う。


まあそんな理由と単純に用事があるというごく普通の目的があって一日ぶりに自分の寮室を目指して歩いている訳なのですが、見事に人気がないのよね。

男爵と子爵級の令嬢は一番数が多いので、普段であれば寮室周辺は人通りがあるものだけど、卒業後の今は皆無。まあ、残っている御令嬢の方が珍しいのだけど。


貴族階級の御令嬢にとって学園卒業はステータスの一種で、今後の嫁入り先へのアピールポイント扱いらしい。なので学院への進学は滅多になく、大半の令嬢は自宅へ戻り花嫁修業、もしくは王都に留まりあちこちで開かれる夜会で未来の旦那様探しに勤しむのだとか。


そのお陰で現在女子寮は見事に閑古鳥が鳴いている状態。学院への進学予定の者にはこの環境は準備期間として勉学に最適なんだろうけれど、面倒事抱えている私の現状だと危機感を煽ってくれる静かさだわ。人がいないってことは目撃者がいなくて都合がいいってことに繋がるのよね。おーこわい。


なんて考えながら不意打ちの襲撃を一応警戒はしていた。――つもりでした。

何事もなく自分の寮室にたどり着いてガッチガチに防護されている寮室のドアを開いた次の瞬間、


「っ?!」


ドンッと強い力で背中を押された。

人気のない廊下に敷かれた絨毯へ、パタンと静かに閉じられたドアの音が吸い込まれて消えた。

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