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死へのカウントダウン。

長らくお待たせいたしました。

いよいよ決戦です。

さあ、決戦の時、いざいかん!

みのりは、勢いも新たに鼻息荒く、ずんずんと中庭の問題の木に向かっていく。


だが、シ百足デカ版がうねうねと動いているのが目に入ってきたところで、

ぴたっと足が止まった。


正面からシ百足に相対して勝てるだろうか。

そんな疑問がふと頭を過る。


そんな私を遠目に、シ百足が、会話の一種なのか、

お互いに威嚇し合いその大きな牙を剥いていた。

一匹が足元にあるみのりの腕程の木の枝を掬い上げて牙で挟み込み、

バキッゴキイっと簡単に枝を砕いた揚句に、

牙から垂れる涎がじゅうっと煙を上げて足元を焦がす。

大きさが大きさだけにその威力は半端なく恐ろしい。

『危険:特殊薬剤配付中』なんて警告音とネオンサインが、

脳裏にピコピコと点滅した。


唐突にヘタレみのりとも物臭みのりが脳裏に現れて、

佇むみのりの足を白樺の木陰に潜ませる事に成功する。


へ:むりむりむり。ぜーったいに無理!あんなの無理に決まっているじゃない。

物:そうだよね。帰ろうよ、今すぐ。 さあ回れ右。

へ:そうだよそうだよ。怪我したらどうすんの?痛いじゃない。

物:一匹ならともかく1か所に5匹だよ。考える間でもなく不可能だよねえ。

へ:一匹襲っている間に4匹が襲来したらどうするのよ。帰るのよ今すぐ!

物:帰ろうか、チェリーは探せばどこかにあるさ。面倒だし帰ろう。


二人が肩を組んでみのりに返れコールを声高に叫び始めた。

だが、彼等を制止する様に、欲望みのりと冷静みのりも現れ彼等に対峙した。


冷:落ち着きたまえ諸君。その意見は戴けない。

欲:そうだそうだ。臆病者共め。

  そもそも、チェリーパイの材料持って帰る当初の目的を忘れたか。

  これを持って正々堂々とマリィにパイを大量に作ってくれと言うはずだろう。

へ:何言っちゃってんの? 馬鹿? それもこれも命あっての物種でしょう。

物:そうだよね。そんな見るからに面倒ごとに突っ込むなんて。

  一体どこの勇者だよ。夢見るのも大概にしろよ。

へ:それに、1枚だけ強請るならチェリーの手土産なしでもいいと思わない?

  もともとマリィがお土産用意してくれると言っていたし。

欲:待て!そもそもその意見こそが止め立てすべき意見だろう。

  いいか、なぜ、なぜに1枚だけなのだ!

  あの!絶品チェリーパイを!たった1枚だと!

  馬鹿も休み休み言え!そんなの論外に決まっているだろう!

へ:でもねえ。怖いし。

  あ、でも、ここじゃなくてもどこか探せばチェリーの木があるかもしれない。

  そもそも隣村にだってあると思うんだ。

  それならそっちで探した方がいいんじゃない?

冷:待て。その仮定はおかしい。隣村に必ずあるとどうして言える。

  あちらのチェリーの木は実が全て無い状態ならなんとする。

  今が旬なのだぞ。ここはあいつ等がいるから誰も取っていないが、

  問題が無い場合は取られつくしているのが常識だろう。

欲:そうだぞ。無かった場合はどうするんだよ。チェリーパイを諦めるのか?

  却下!却下だ!諦められるもんか!夢にまで見るに決まっている。

へ:そ、それは確かにそうなんだけど……。

冷:大体、新たなチェリーの木を探すのも手間暇かかると思わないか?

物:ああ、確かにそれは面倒だな。

  どこにあるか解らないチェリーの木を探す手間を考えたら、

  それならここで事に当たる方が面倒が無くていいかも。

欲:そうだぞ。大体、目の前のチェリーの呼び声をなんと心得るのだ。

へ:ああ、そ、それは……。

欲:見よ!あの燦然と輝くチェリーの実を!

  私に収穫されてパイになるのが待ちきれないと叫んでいるに違いない。

  それを臆してどうする!

冷:まあ欲よ、待て待て。興奮するな。

  ここは冷静に、シ百足に勝てる手を考えようではないか。

物:一番確実で一番手がかからなくて楽な方法を頼む。

冷:そうだな。まあ一般的な方法だと、各個撃破だな。

  5匹いっぺんにと考えるから怖いし面倒だと思う。

  ならば、一匹ずつ引き離して対処すれば何とかなるのでは?

へ:そうね。い、一匹ならなんとかなるかも。

欲:よし。一匹ずつ網で捕まえて、百足の口にこの毒液を流し込めば一発だ。

  決まりだ。これでいこう。

へ:で、でも百足は威嚇する時、飛びかかることがあるんだよね。

冷:そうだな。それだけでは不十分だということだな。

  では、素早く背後から捕まえ隔離したのち、石に急所を叩きつけて毒液だ。

  弱らしてからだから、結果的には楽だろう。

物:そういえば、そこに墓石のような平たい石が所々に会ったな。

  あれをうまく使えば楽でいいと思わないか?

冷:墓石なら硬くて最適だ。

へ:教会だもの。墓石の予備はもちろんあるよね。

  万が一壊れても気にしなくていいんじゃない。

欲:弱らせてから仕留めるのは狩りの鉄則だからな。それがよさそうだ。

  墓の主もチェリーを守る為なら文句は言うまい。決まりだ!


4人の話し合いの末に計画が決まった。完璧な計画だ。

合意、そして計画に至るまでの脳内会議時間は1分に満たなかったが、

充実した誠に良い会議であったと言えるだろう。



みのりは捕獲の要となる虫取り網をささっと振ってみて、

網が破れていないことを確認する。


うむ。大丈夫そうだ。


一応、毒液が跳ねたり百足に襲われた時のことを考えて、

持ってきたシーツを頭からすっぽりかぶる。

そして顔の下でシーツを括ってマントの様に、いや、

まるで顔だけ出した幽霊装束仕様に見えるかもしれない。

だが、恰好よりも実用性だ。

布が1枚とはいえ、直接触れるのと触れないのでは勝手が違うはずだ。


だが万が一があるので、まずは一番小さいのから仕留めることにする。

毒が効かなかった時のことも考えないといけないので、まずは小手調べだ。

更に、奴らの背後からこっそりと襲うことにする。


卑怯?非情?そんな言葉は知らん。虫に対する人間の常識など、

あの美しく幼気な美味しいチェリーパイの呼び声の前では無きに等しい。


みのりは白樺の大きな葉の影にこそこそ隠れながら、

そうっと5匹の中で一番小さいシ百足に近づいた。


一番小さいシ百足は大きさでいうと柴犬成犬サイズ。

それが木の根本に置かれた台の一番端で、両手を阿波踊りの様に振り回し踊っていた。


だが、哀しいかなこのシ百足柴犬サイズは、音痴の様だ。

10からなる百足の手足が全くのバラバラだ。

リズムにあわせるといった基本が鳴っていない。

楽しそうに踊っている口から流れる、ギュギュギュの鳴き声にも合っていない。

これでは、お世辞にも鐘は鳴らせない。

のど自慢の鐘審査も目を伏せるレベルだ。

頑張っているであろうおまけ点数を入れても、

100点満点中贔屓目3点しかあげられない。


本家マイケルもどき、完璧レゲエもどきと、

いろいろ鑑賞したみのりの採点はかなり辛かった。

これは遠慮など無用だと、みのりの最後の良心が白旗をあげた。


みのりは気持ち良く踊っているであろうシ百足の後ろから、

バサッと勢いよくシ百足に網をかぶせて手首を返し、

そのまま一気に手元に引き寄せた。


ぐんっと網の手ごたえが手首に伝わる。

突然のことにシ百足が暴れる気配が手に伝わってくるが、

引き寄せた勢いのままに網を半円を描くように廻して、

シ百足を木の影へと引きずり込む。


大股に一歩二歩と走って、白樺の木々の影にある墓石の側へと走る。

みのりは慎重に場所を見極めながら、網を墓石に叩きつけた。

もちろんその大地には誰かの名前が彫られたであろう墓石の大きな平たい石がある。

それにシ百足の頭を打ち付ける様にして勢いよく網を振り落とした。


ゴゴン。


大きな音がした。

シ百足の抵抗が一瞬で、ぱたりと止んだ。

頭を打ち付けたことで意識が飛んだのか、百足の手足がくにゃりと力なく垂れた。


この後、シ百足が暴れて網が破れると困るので、

さっさと網の輪をひっくり返して中身のシ百足を墓石の上に転がした。

何故、網からさっさと出すか。


大カマキリとか、大物のこぎりクワガタとか、百足とか

とかく丈夫な歯を持つ獲物を網で取った時の常識であるが、

そのまま網で強行突破しようと調子に乗れば、網は破れ、輪は壊れ、使用不可になる。

母親に怒られた挙句に新しい物を買ってもらえず、

真夏の甲虫大狩猟を逃すという最悪のパターンになるのだ。


そもそも、この虫取り網は大事に使わなければみのりの後の計画に支障が出る。


この後、昆虫採集が待ち受けているのだ。

みのりはチェリーパイにかこつけてカブトムシ捕獲を忘れた訳ではないのだ。

手ぶらで帰ったら、後で母に何を言われるかたまった物じゃない。


そして、墓石の上に転がされたことで意識が戻ったらしいシ百足は、

ダメージを受けているのが見るからに解るほど弱っていた。


触角は折れて無くなり、牙も片方折れ、

百足の象徴である無駄に沢山な手足があちこちと無くなり、

体を振るわせながらよろよろしてます。

人間ならば、全治半年以上全身骨折の重傷って感じです。


これはチャンスだ。


威嚇の為に咄嗟に吠え様としたシ百足は真上に向かって顔を上げた。

みのりはすかさず水差を傾け、真上から百足の口に向かって流し入れた。

これ以上ないくらいに大きく口を開いていたから、簡単であった。 


ゴブ? ブッブッゴフ


ドロドロに煮えたように熔けた黒紫の毒液は、

シ百足の喉から焦げる様な煙を放ち、百足の抵抗力をあっという間に奪った。


シ百足の目が茹でた魚の白目のようになる。

体は、墓石の上に力なく倒れた。

シ百足の尻尾はピクピクと動いていたが、次第に動かなくなった。


ご臨終だ。


次に生まれ変わるなら柴犬に生まれ変わると良い。

出来れば豆柴。

それならば、音痴だとどこぞの誰かに憐れまれることもなく、

無事に生きていけるに違いない。

柴はペットショップでも人気な犬だからな。多分。


アディオス! 一応、祈っておく。


みのりの一瞬の祈りの間に、柴百足は丸い球に姿を変えていた。


大きさで言うとゴムボールやスーパーボールの大きさです。

紫に黄色に黒の縞々ゴムボールサイズ球。流石に柴サイズだけある。

今までにない大きさです。


水差しの毒液は残り半分。


球をひょいと持ち上げて、水差の中にポチャンと入れてみた。

球は毒液の中でぶくぶくと音を立てて沈み、

ごぼごぼと毒液が煮えたように湧き増えていく。


いい感じに毒液の嵩が増したようだ。

これでよし。さあ、次の獲物だ。

先程の様に、素早く丁寧に、影から黙って襲って、

誰にも見とがめられることなく仕事を速やかに終えるのだ。


みのりの心は今、必殺仕事人であった。

みのりの脳裏にはどこからか仕事人のテーマ曲が流れていて、

気分は上昇。まさに上げ上げだ。


次の狙いはシェパードサイズ。

どこから手を出すかとそっと影から様子を窺っていたら、

シェパードは意外に大人しい。

かるた遊びのような遊びをしている様だった。

腐った足元のチェリーを使ってだけれど。


腐ったチェリーを百足な手足で分類して分けていく過程で、規則正しく動く手足。

器用だなとちょっと思い傍観していたが、チェリーが足りなくなったのか、

シ百足は突如チェリーの木によじ登り始めた。


みのりのチェリーが危ない!


みのりはぎょっとして慌てて影から飛び出し、咄嗟に網の柄で叩き落とした。

そしてその勢いのまま手前に引き倒し、

その場でその口に水差をそのまま突っ込んだ。


「ギュアアアアギュアアアアギュギュギュギュワアアアアァァァァ」


シェパードなシ百足が大声で叫んだ。

煩い。耳が痛いじゃないか。


その叫びでみのりの隠密行動は、

あっという間に残り三匹のシ百足の知るところとなった。

とんだ失態だ。これでは必殺仕事人の仲間入りは到底出来ない。


中o主水の世界はみのりには荷が重すぎたようだった。

みのりの耳から仕事人のテーマ曲が消え、木枯らしが吹いた気がした。


世の中には適材適所という言葉がある。

みのりの適所は仕事人の世界ではなかったと言うだけのことだ。

みのりは自分で自分を励ました。


みのりは少し落ち込んだが、今は簡単に落ち込める状態ではなかった。

なにしろ、みのりの正面には殺気立った3匹のシ百足が、

威嚇のうめき声をあげながらみのりと睨みつけていたのだ。

野生の掟では、気を抜く奴が最初にやられるのだ。


じりじりと下がるみのりの足元に、こつりとなにかが当たった。

百足連中から視線を外さないまま、わずかに視界を広げる。

先程狂った様に唸り声を上げたシェパードなシ百足は、

ソフトボール大の毒飴に変身していた。紫にオレンジの縞の玉だ。


ゆっくりと、かつ油断しないようにそれを拾う。


その球は、もはや飴とは言えない。毒球と言っていい。

その重量もかなり重い。ちょっとした鉄アレイ位ある。

だが、重さ比べをしている暇はなかったようだ。


3匹の大きなシ百足が、木の下からみのりにじりじりと近づいてくる。


拙い。みのりの水差は空だ。

そして球は一個。敵は3匹。

このままだと各個撃破は無理と予測される。


それならどうするか。


逃げるか?このまま。

みのりの警告灯が廻り始めた時、声がした。


「ひっひひゃ、ひゃ、やっと見つけたぞ女。

 そこに居たか、女。

 何が聖女だ。何が神の救いだ。この嘘吐き女のスベタめ」


シ百足の背中側にある扉の方向から、

樽の様な体をぶよぶよと揺らしながら男が歩いてきた。

実に不細工な親父だ。金の髪の毛がふさふさとしているが、

いかんせん顔の大きさと髪の量があっていない。


米茄子の上のヘタのように実にちぐはぐ。アンバランスだ。

正規の豚の方がまだ可愛い顔をしている。


それにしても、誰が酢豚だ。

お前の方が酢豚に相応しいと誰も言ってくれなかったのか。


「お前、お前だけは絶対に許さん。お前のせいで私はこんなことに。

 許さんぞ、絶対に許さんぞ」


誰だ?

みのりは首を傾げた。

みのりにはこの村に知り合いはいない。


不細工な上、語彙の少ない酢豚な親父に心当たりはもちろんない。

例えあったとしても記憶が消去しているのかもしれない。


酢豚の背後には小さなドアがあって、どうやらそこから来たらしい。

ドアには閂が降り、どこからか持ってきた墓石が、

ドアを塞ぐように沢山転がっていた。


墓石をドア押えに使うとは。罰当りめ。天罰が下るぞ。


そのドアをどんどんどんと乱暴に叩く音がした。


「村長、ここを開けなさい。

 貴方は彼女に、オリに何をするつもりですか」


今のは金髪神官の声だ。


「これ以上罪を重ねると家禄没収の上、断絶となるぞ。

 大人しくここを開けて投降しろ」


これは黒髪騎士の声ですね。

二人とも、あのドアの向こうに居るらしい。


「煩い煩い煩い!なぜ私が処分されるのだ。

 私は王から爵位を賜りし男爵家と繋がりがある者ぞ。

 無礼を働いたのはこの女だ。悪いのは全てこの女なのだ。

 そうだ、高貴な身分の私を陥れようとしたに違いない。

 なんと愚かなことだ。そうだ、良く聞け。下民共。 

 この無礼な女は今ここで、私自らの手で始末してくれよう」


そして、ぎらぎらと険しい顔をした太った男は、

にやにや笑いで胸元からキラキラに光る宝石まみれの短剣を取り出した。


顔は興奮で赤く頬を染めている。


あ、あの短剣。


その宝石まみれの短剣を見て、みのりは思い出した。


すっかり記憶から削除されていたけど、今朝方見た顔?

おそらくそうだ。多分、村長だ。

だが、あんなふわふわの金髪をしていただろうか。

あの時は早朝で眠気MAXだったため、

自分に必要のないことは全て記憶から抹消されているのであろうと推測した。


黒髪騎士と金髪神官にとっ掴まって、無事牢屋に入れられたと思っていたが、

脱走したのか。ならば、こんなところに来ないでさっさと逃げればいいのに。


ちなみに、あの時落ちた大きな幾つかの宝石は、現在みのりのポケットにある。


拾った宝石を取り戻しに来たのか。

金持ちのくせにせこい豚だ。

一つや二つや三つや四つ、黙ってくれてもいいではないか。

まあそれよりも2個ばかし多いけど、心をどんと広く持てと、

どこかの偉い偉人は言うではないか。

それに、拾った物は拾った人の勝手にしていいと、

古今東西昔から決まっているだろう。


そう思ってみのりは眉を顰めた。

シ百足三匹だけでも敵多すぎなのに、更に豚が追加された。


みのりの武器は毒球一つ。もはや、事態はみのりの手には負えない。

みのりはあっさりと判断した。


ここは宝石を放り投げ、さっさと逃亡かと考えていたら、

豚な村長は驚くべきことをした。


みのりの大事な真っ赤に実るチェリーの木の幹を、

すれ違いざまに乱暴に殴ったのだ。

その上、腹立たしげにゲシゲシと木の根を蹴りつける愚行まで犯した。


揺れる木に落ちるチェリーの実。

あああっと、ムンクの叫びをあげそうになった。


3匹のシ百足の頭の上にもチェリーが勢いよく落ちてきて、

まだ青く硬いチェリーがスコーンと彼等の脳天を直撃した。

その結果、奴らの怒りの矛先が変更された。


秋田犬、土佐犬、セントバーナードサイズと3シ百足がそろって、

標的を私から豚に変えて、一気に飛びかかったのだ。


ここで言及しておくが、大型犬が飛びかかっているという表現は、

ちょっとばかし飼い犬が主に甘えている様な、

微笑ましい絵を思い浮かべるかもしれない。


だが、それはみのりの目がすでにシ百足に慣れてきたから言えたことだ。

聊か過小評価しているかもしれないが、真実が見える人間がいたならば、

その場で断言しているはずだ。


お前の目は確かか!

これはそんな生易しい光景では決してないだろうと!


なにしろ豚の腹に、喉に、臀部に3匹が一斉に噛みついたのだ。

豚だけあって、齧り付く面積に困ることは無いらしい。


まずは臀部にセントバーナードが、カブッ。


「ああ!」


同時に土佐犬が喉に、ガガブッ。


「ひ!」


止めとばかりに一番大きな秋田犬が腹部に、グバボッ


「うきゃあ!」


ちなみに声を上げたのは、噛まれた本人ではなくみのりだ。

思わず、みのりの声が合いの手のような叫び声をあげたのは当然だろう。

それぐらい勢いよくシ百足は齧り付いた。

甘噛みでは決してない。あくまでも本気の噛みだ。


毒の牙はしっかりと村長の脂肪分に食い込んで紫の煙を上げていた。

あれは、どう見ても痛いでは済まないだろう。

本人は、最初に噛まれた時点で白目を剥いた。


痙攣する村長の体が崩れ、金の髪の毛がころりと転がった。 


……鬘だったのか。

金の髪の鬘が日の光に当たって、やけに眩しかった。



ドアの向こうの叩く音が激しくなる。


「オリ、オリ。 大丈夫ですか? 返事をしてください」

「村長、止めろ!彼女を傷つけるな!」


外の二人は百足が見えてないので、私が負傷したと思われているようです。


斧か何かで、扉を乱暴に壊す音が聞こえた。

扉がいつまで持つのか解らないが、そう時掛からずも穴くらい開きそうだ。


村長は、行き成りのことに、声もあげられず息もできず、

目を廻したままどさっと床に倒れた。


そして、倒れたまま体を痙攣させ、赤く興奮していた頬は、

じわじわとどす黒い色に染められ、噛まれた箇所から紫の毒が広がっていった。


見事な毒当りだ。

すでに白目な村長の口からは、カニの様に泡が湧いていた。

泡の色がオレンジに見えるのは、

体の何処かでオレンジ色の毒が繁殖しているのかもしれない。

なかなかに、顔が引き攣りそうになる事柄だ。


みのりが噛まれなくて本当に良かった。


ここは、みのりではなく豚が負傷したようですと、

みのりが声をあげようとしたら、世にも奇妙なことが目の前で起こった。

思わず驚きでみのりの声が出なくなった。


村長に齧り付いたシ百足が、村長の体の上で歯を揺らしたかと思うと、

それが村長の体にずずずっと入り込み、出てきた時は3匹が2匹になり、

また潜って、更に2匹が1匹になった。


そしてその大きさは、もはや犬に留まらず小熊サイズであった。

3匹が豚の体を乗っ取り、合体したのだ。


シ百足のくせに合体変身するなど、

どこの悪の秘密結社にも劣らない能力ではないか。


みのりはほとほと感心し目を瞠った。


沢山の百足の足は4本にまで纏まり、剛毛がチクチクと生えていた。

百足の体は太く短くなり、関節はカニの様にごつい殻で守られていた。


シ百足の合体版は、毛むくじゃらな小熊サイズのフンコロガシであった。


なんと、最終形態はフンコロガシなのか。

みのりはみのりの中のフンコロガシの地位を見直した。



「ドウダニンゲンメ。マイッタカ」


なんと、フンコロガシが喋った。その上、グフグフと肩を揺らして笑っていた。

フンコロガシに知能が芽生えたらしい。

おそらく、村長を一緒に吸収合体したため、知能が向上したのであろう。


だが、フンコロガシは知能が高くとも習性には勝てなかったらしい。


豚が先程落としたチェリーや豚の落とした鬘をコロコロと集めだし、

それを一つに纏め、唾液を吐きだし、土と一緒に真っ黒な球に固め始めた。


やはりフンコロガシは大きくなっても何かを転がすのか。

珍しい物を見たとじっと見つめていたみのりに、フンコロガシが言った。


「ソコノニンゲン。オマエノモッテイルモノヲサシダセ。

 カクシテモムダダ。テニモッテイルモノモスベテダ。

 ソウシタラ、イノチヲタスケテヤロウ」


生まれたばかりのフンコロガシのくせに強盗犯とは。

悪の秘密結社が顔負けするだけありそうだ。


みのりはそっと手にもっていた毒球を大地に置いた。

ポケットの中の宝石も葉っぱも水差も全てだ。

そして離れた場所に下がり、網と篭とペットボトルが入った袋を床に置いた。


毒球は最後の武器だが、小熊サイズに戦いを挑んでも負けるに決まっていた。

さっさと白旗をあげる方がいいだろうとのみのりの判断だ。


フンコロガシは、床に置いた物を犬が匂いを嗅ぐように鼻を近づける。

だが、宝石と毒球、葉っぱを無造作にベロンと舐めて、

全てごくりと一口で食べた。


ばりばりと音がした。

ガラスの水差も食べるとは、よほど腹がへっているらしい。


そしてそのまま、次のエサであるらしい籠と網に向かって、

フンコロガシが進もうとしたら、行き成りウウウっと唸り体を九の字に曲げた。

口から紫の泡が出て、関節から紫の液体がひっきりなしに流れて落ちる。


「ウウウ、ナンダ。ナニヲシタ」


いや、何もしてない。聞きたいのはこっちだ。


「ダマシタナ。コザカシイニンゲンメ」


みのりはとっさに無実を訴えるべく手を振った。

事実、何も騙してない。


「ドクヲクワセルトハ、ヒキョウモノメ」


卑怯者?

私が騙して食べさしたなんて、人聞きの悪い。

自分で食べたのではないか。


だが、小熊サイズのフンコロガシにとっては、

あんな小さな毒はたいした問題ではなかったのだろう。


痛みを訴えながらも、戦闘意欲を失わない。たいしたものだ。


「ダガ、ザンネンダッタナ。ワタシハコレシキデハタオセンゾ」


口の周りを触手で拭きながら、私の方に向かって一歩を踏み出した。


ズシッズシッと大地が揺れる。


おお、来る。どうするか。逃げよう。

とりあえず、何か投げて時間を稼ごう。


そう思って、ペットボトルをとっさに投げつけた。

フンコロガシは頭の上で、硬い顎を使ってペットボトルを勢いよく潰した。

水がフンコロガシの頭から噴水の様に流れて落ちた。


その途端に、フンコロガシの口から関節から蔦がグニョニョニョと伸びた。

そは、葉っぱの逆襲かと思われる勢いで蔦が伸びまくる。


「グアアアァアア!」


フンコロガシのごつい殻と毛を、蔦が締め上げながら

ジュッジュッと焼いていく。


蔦は瞬く間に広がる。

フンコロガシを包み、蔦に絡みつかれたワゴンを倒し、縦横無尽に伸びて行った。


そして、最後に紫色のあの葉がポンと開いた。

それを見て、おおあの葉はと思い出した。

みのりが拾った不思議に弾力のあるグミの様な葉っぱだ。


リラックスボールの代わりに兄に売りつけようと思っていたが、

まさかの繁殖力だ。蔦の威力ってなかなかに凄いものだ。

それとも、あの葉は寄生植物なのか。

宇宙人が残した植物とかなのかもしれない。


危ないところだった。


あの葉を持って帰って兄の所で繁殖してこんな風に何かあったら、

義姉の怒りのブリザードが吹き荒れるところだった。


みのりは起こり得た不確かな不幸な未来を潰したことに、

心から安堵した。


そんなことを思いながら、みのりは床に置いた籠と網を持ち、

被害に会わない様にちょっとだけ後ろに下がって、

蔦が伸び葉が生え茂るのを見ていた。


それにしても豚もフンコロガシも百足も一気に片付くとは。


漁夫の利とはこんな意味合いだったか。

日ごろの行いが素晴らしいみのりに、運命の女神が微笑んだに違いない。

みのりは、今日初めて、漁夫って素晴らしいと実感した。


みのりがじっと蔦の繁殖を観察している間に、奥の小さな扉は打ち破られ、

金髪神官と黒髪騎士が息せき切って飛び込んできた。


「オリ。ああ、オリ、無事ですか?」


みのりは、金髪にガシッと肩を掴まれて揺すぶられる。


「オリ、悲鳴が聞こえたが、怪我は?」


更に黒髪が背後から腰を掴んで、怪我の有無を確める為か、

あちこちぺたぺたと触ってきた。


みのりは真剣な顔で心配してくれる二人に驚きつつも、

あちこち触ったり揺すぶられるのは首が痛いし嫌なので、

とりあえず大丈夫だと首を振った。


その途端、二人にみのりは首が、腹が閉まる状態で、

力いっぱい抱きしめられた。


し、死ぬ。


死へのカウントダウンのように彼等の抱擁は長く続いた気がした。

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