第4話:ログアウト
隠し部屋からのワープゲートを使い、正規のルートをスキップした。
風景は目まぐるしく歪み、切り替わっていった。
荒野の乾いた風が消え、かわりに肌を刺すような冷気が漂う。
空間跳躍を終えたとき、眼前にそびえ立っていたのは黒煙を吐き出す巨大な城塞だった。
暗黒の城――その最深部である。
本来であれば、いくつもの砦を抜け、無数の分身や難所を突破しなければ辿り着けないはずの場所だった。
「……着いちまったな」
息を整えながら、レットが物々しい城門を見上げる。
深紅の胴着の裾には、荒野で付着した赤土の染みがこびりついていた。
クリンも周囲を警戒しつつ、信じられないといった面持ちで首を振る。
「おいおい……まさか、たったの一日でここまで来ちまうなんてよ。冗談だろ、これじゃ今までの苦労が一体なんだったんだって話だぜ」
浩之は埃を払うように肩を叩きながら、冷ややかな笑みを浮かべた。
「まあ、正規のルートを律儀にたどるなんて愚の骨頂だからな。裏技的なショートカットを知っていれば、無駄な雑魚を相手にしている暇なんてないのさ」
迷っている暇はない。
重厚な城門はわずかな力で押し開くことができた。
三人は薄暗い石造りの回廊へと踏み込む。
松明の灯りがまばらに揺れるだけの通路には、本来配置されているはずの雑魚モンスターの気配すらない。
通路の先で不気味にうねる闇が、まるで侵入者を拒むように重く沈み込んでいた。
最奥の玉座の間。その巨大な両開き扉の前に、三人は立ち塞がった。
レットが拳を握り込み、クリンがその脇を固める。
浩之はポケットの重みを右手の指先で確認し、いつでも取り出せる位置に指を引っ掛けた。
「行くぞ」
合図とともに扉を蹴破る。
重い木枠が石壁に激突し、乾いた反響音が天井へと抜けた。
飛び込んだ玉座の間の中心には、マグマの煮えたぎる足場が広がっている。
その中央、威圧的な石造りの玉座にふんぞりかえっていた魔王が、ガバッと立ち上がった。
その巨大な水晶の鎧に覆われた巨体が、信じられないものを見るように驚愕へと歪む。
「なっ……なんだと……!?」
魔王は血走った目を剥き、ありえない空間を指さした。
玉座の間にいるはずのない侵入者を確認するかのように、その太い指先が細かく震えている。
「こんな短期間でどうやって……! しかも、この城に来るまでに配置してあった、数々の砦や、我が分身どもを一切倒さずに、なぜここにいる……!?」
すべてのプロセスが無視され、最終ステージの最深部に突然現れたかのような状況に、魔王は完全な動揺を見せていた。
「お前の都合通りにやってくる暇なんてねえんだよ!」
レットが威勢よく叫び、相棒のクリンと共に一気に間合いを詰めた。
正面から突撃する二人に引き付けられ、魔王が凄まじい巨体を揺らして反撃の爪を振るう。
激しい肉弾戦の余波が石畳を砕き、玉座の間がすさまじい轟音に包まれた。
地鳴りのような衝撃波が足元を伝わり、天井の瓦礫がパラパラと降り注ぐ。
「小賢しい虫けらどもが!」
魔王が喉の奥を凄まじい熱量で鳴らし、大きく口を開いた。
次の瞬間、濁流のような高熱の炎が轟音を上げて吐き出される。
玉座の間を焼き尽くさんと奔流する煉獄の息吹が、空間そのものを融解させていく。
「うおっ、熱っ……!」
レットが爆風と熱波に弾き飛ばされ、地面を転がった。
クリンもなんとか回避したが、周囲の石畳は一瞬でドロドロの熔解物へと変わる。
圧倒的な破壊の暴力が、玉座の間を文字通りの死地へと変えていた。
だが、魔王の巨体は見た目の重厚さに反して信じがたいほどの俊敏さを秘めていた。
怒号を上げた次の瞬間、巨獣は身を丸め、全身を覆う水晶の鎧を隙間なく重ね合わせて、鋼のように硬質な球体へとその姿を変えた。
ゴゴゴゴゴッ……!
不気味な地鳴りを響かせながら、球体と化した魔王が凄まじい速度で回転し、石畳を削り飛ばしながら二人をめがけて猛然と突進してきた。
「くっ、速い……っ!」
二人は高速移動を駆使し、紙一重で猛攻をかわし続ける。
クリンが悲鳴のような声を上げ、跳びすさぶように横へ身を投げる。
レットも突進の軌道から滑り込むように飛び退いたが、球体の乱反射する軌道はまるで磁石のように二人を追い回す。
石造りの柱が粉々に砕け散り、逃げ場のない玉座の間を縦横無尽に跳ね回る鉄壁の弾丸。
ついにその回転速度が最高潮に達した瞬間、魔王は球体から手足をガバッと突き出し、凄まじい跳躍で一気に二人の頭上へと覆いかぶさった。
「逃がすかよっ!」
レットが意を決して真上に飛び上がり、渾身の蹴りを叩き込もうとする。
だが、その空中の死角こそが魔王の狙いだった。
急停止した巨躯から、ドス黒い炎が再び凄まじい勢いで吹き荒れる。
「がああああっ……!」
空中でまともに直撃を受けたレットと、着地を急襲されたクリンの二人は、巨大な炎の渦に完全に飲み込まれ、凄まじい爆風とともに石畳へと叩きつけられた。
「ぐはっ……つ……!」
もうろうとする意識の中、レットたちの全身を包み込んでいた力強い光のオーラが、バチバチと音を立てて剥ぎ取られていく。
圧倒的な熱量と衝撃によって、これまで彼らを支えていたパワーアップドリンクの効果が完全に強制解除され、ボロボロの生身へと引き戻されてしまったのだ。
「へっ……しぶとい奴らめ。だが、これで終わりだ!」
魔王がふたたび巨大な爪を振りかぶり、這いつくばる二人の頭上へ致命的な一撃を叩き込もうと迫る。
だが、その激しい戦闘と炎の乱舞に目が眩んだ混乱の只中で、浩之はあえて前線に出ず、巨大な石造りの柱の陰へと身を滑り込ませていた。
(正面からやり合う気はない)
思考を冷静に切り替える。
敵の意識とヘイトは完全に暴れ回るレットとクリンに向いている。
魔王の巨体の動き、その装甲の厚さと弱点となりそうな継ぎ目、そして玉座の裏で怪しく明滅する防衛機構の構造。
視界の端で計算を巡らせ、浩之はただ一点の隙が生まれるのをじっと待った。
魔王がレットの捨て身のフェイントを食らい、大きく体勢を崩して再び炎を吐こうと息を吸い込んだ瞬間。
前方の視界から、敵の巨大な腕と牙城のような巨躯の脇腹が完全に剥き出しになった。
「――今だ」
浩之は柱の陰から飛び出し、両手をまっすぐ突き出した。
手のひらの血管がドクドクと脈打ち、体内に蓄積されていた灼熱のエネルギーが爆発的に収束していく。
指先から放たれた真っ赤な火球が、空気の密度を無視したような直線軌道で撃ち出された。
ドカアアアアッ!!
魔王の死角、脇腹の装甲の継ぎ目に直撃した灼熱の連撃が、その強靭な組織を内側から激しく引き裂いた。
外部からの物理的衝撃ではなく、内部の熱量書き換えによる強制的なダメージが、巨獣の体組織を容赦なく破壊する。
「ぐっ……き、貴様……!」
想定外の火力と、予測外の角度からの奇襲に耐えきれず、魔王はたまらずバランスを失う。
足場の端を踏み外し、煮えたぎる溶岩の海へと巨体が傾いた。
「まだ足りないか、しぶとい……!」
ぐらりと体勢を持ち直そうとする魔王を見て、浩之は迷わず左右のポケットに手を突っ込んだ。
そこには、道中でかき集めておいた予備のアイテムがぎっしりと詰め込まれている。
「レット、クリン! これを使え!」
浩之は手際よくポケットから予備のパワーアップドリンクと紅蓮の実を引き抜き、ボロボロになって倒れ込んでいた二人に向けて全力で放り投げた。
空中でまばゆい光の粒子を放ちながら、アイテムが二人の足元へと正確に転がり落ちる。
触れた瞬間、二人の肉体を包み込んでいた疲労とダメージが一気に吹き飛び、再び強烈な光のオーラがみなぎった。
力を取り戻したレットとクリンが、驚異的な跳躍力でガバッと跳ね起き、浩之のいる柱の脇へと一気に駆け寄ってくる。
「サンキュー、ヒロユキ! おかげで体が軽いぜ!」
「もう一押しだ、一気に決めるぞ!」
二人の瞳に強烈な闘志の炎が宿る。
しかし、マグマの淵から這い上がってきた魔王もまた、血走った目を剥き出しにして全身の毛を逆立たせた。
「小賢しい真似を……! すり潰してやるわ!」
魔王がこれまで以上の圧倒的な魔力を喉の奥に収束させ、直立した巨体から巨大な煉獄の火炎ブレスを正面へとぶつけてきた。
圧倒的な熱量が玉座の間を白熱させ、すべてを焼き尽くさんと迫る。
「負けるかよ……!」
浩之、レット、クリンの三人が同時に両手を突き出す。
浩之の放つ赤い火球と、二人の手から湧き上がる灼熱のエネルギーが空中で融合し、みるみるうちにバスケットボール大から天井を覆うほどの巨大な火球へと膨れ上がっていく。
ゴゴゴゴゴッ……と、玉座の間の空間そのものが悲鳴を上げる。
三人の意志が完全に同期した圧倒的なエネルギーの塊が、魔王の吐き出す奔流のブレスと真正面から激突した。
激しい閃光と爆発の嵐が吹き荒れ、炎と炎が激しく拮抗する。
押し返そうとする魔王の絶叫に対し、三人は最後の力を振り絞り、さらなる熱量を一点へと叩き込んだ。
――ズドンッ!!
ついに限界を超えた巨大火球が魔王のブレスを完全に押し返し、その巨体を真っ直ぐに直撃した。
「誰だキサマ……キサマみたいなイレギュラーがいるとは……っ!」
溶熱の泡に包まれながら、魔王は絶叫を残してマグマの底へと沈み、跡形もなく消え去っていった。
周囲の重苦しい空気が一気に霧散する。
煮えたぎるマグマの熱気だけが、静まり返った玉座の間に取り残されていた。
激しい戦いの余韻が残る中、浩之は大きく息を吐きながら、ピンと張り詰めていた意識を解きほぐした。
マグマの煮えたぎる玉座の間の崩れた石畳を抜け、城の最奥にある厳重な鉄格子の牢へと歩み寄る。
錆びついた錠前を力任せに蹴破り、重い扉をこじ開けた。
そこにいたのは、囚われていたルミナ姫だった。
高価なドレスの裾をわずかに煤や埃で汚しながらも、彼女は気丈にその場に立ち上がり、救出者たちを見上げる。
その瞳には、恐怖を乗り越えた気高い光が宿っていた。
「あなたがたが……私を助けてくれたのですね。本当に、ありがとうございました」
無事に救出された姫の言葉に、レットが照れくさそうに頭を掻き、クリンが小さく胸を撫で下ろす。
浩之は短く頷き返し、その場に留まることなく城の外へと歩き出した。
崩壊した暗黒の城を後にし、外の広場へと足を踏み出すと、いつの間にか王国中が長年の脅威から解放され、嘘のような平穏を取り戻していた。
黒煙を上げていた空はどこまでも高く青く晴れ渡り、どこからともなく盛大なパレードの歓声が響き渡っている。
紙吹雪が舞い、住人たちが笑顔で手を振る華やかな祝祭の光景。
群衆の歓声と紙吹雪が舞い散るパレードの中心で、レットとクリンは華やかに称えられていた。
だが、二人はふと足を止め、群衆の輪から離れて日陰の石垣にもたれかかる浩之の方へと歩み寄ってきた。
汗と泥にまみれた胴着の裾を翻し、レットが豪快に笑いながら胸を叩く。
「いやあ、助かったぜヒロユキ! あんたがあの隙を作ってくれなきゃ、俺たちの出番なんざ一生来なかっただろうよ」
「本当にな。最後のあのブレスを押し返す火球なんて、俺たち一人じゃ絶対に無理だったぜ。お前がいてくれて本当に助かった」
クリンも深々と頭を下げ、その表情には飾らない心からの敬意と感謝の色が浮かんでいた。
主役として祭り上げられる自分たちよりも、影で戦局をコントロールし続けた異世界の男の貢献を、彼らは見逃していなかった。
「……大げさな話にするなよ。俺は俺のやり方で生き残るために動いただけだ」
浩之は苦笑を浮かべ、差し出されたレットの分厚い手を力強く握り返した。
理不尽な世界で出会った、システムの外側にいる者同士の確かな絆。
言葉数は少なくても、互いの背中を預け合った実感が、確かな温もりとして手の平に残る。
その様子を少し離れた場所から見守っていたルミナ姫が、上品にドレスの裾を持ち上げながら近づいてきた。
その瞳には静かな安堵と、異世界から現れた救世主への深い感謝が宿っている。
「あなたが、私たちを救ってくれた……本当にありがとう。あなたの勇気と知恵がなければ、この国に再び青空が戻ることはなかったでしょう」
姫はまっすぐに見据え、気高くも温かい笑みを向けた。
頭を下げる彼女の姿に、浩之は小さく頷き返す。
「王国の平穏が無事で何よりだ。俺も、やるべきことをやっただけさ」
短い言葉の中に込められた冷徹さと、どこか人間味のある不器用な優しさ。
それに気づいたのか、レットとクリンは顔を見合わせてから、再びからからと豪快に笑った。
「さて、パレードの続きに戻るとするか! ヒロユキ、お前も来るだろ?」
「いや、俺はここで失礼させてもらうよ」
二人の誘いを静かに首を横に振って断り、浩之はふと視界の端へと目を向けた。
パレードの喧騒の向こうで、静かに明滅し続けていたログアウトの文字が、ひときわ強い光を放ち始めた。
ポケットの中の小瓶の重みを確かめる。もう、使う必要のない予備のストック。
浩之は誰にも告げることなく、その選択肢に意識を傾けた。
視界の景色が目の前の喧騒から急速に遠のいていくのを感じながら、浩之はこの温かな結末を迎えた世界から静かに現実へと帰還した。
【王女ルミナより】
みなさん、はじめまして。ルミナです。
暗黒の城から救い出してくれた、レットさん、クリンさん、そしてヒロユキさんには、本当に感謝しています。
これからは、私も王女として、この国を守っていきますからね。皆さんの応援があれば、きっと頑張れます。
ブックマークや評価をしていただけると、とても励みになります。
応援よろしくお願いします。
……え、私の出番はもう終わりなんですか? そんな……。




