第38話:狂気の残導
ドシンッ――!!
八メートルを超える巨体が踏みしめた床の鉄板が、悲鳴を上げるように激しく歪んだ。
そこに姿を現したのは、この荒廃した世界にはあまりにも異質な存在だった。
旧文明の軍事技術、その結晶。
拠点防衛用兵器――。
下半身は地面を掴む六本の多脚構造。
そしてその上に鎮座するのは、滑らかな幾何学装甲に覆われた、女性を模した金属躯体。
頭部には赤く輝く三眼の光学ゴーグル。
両肩には120mm滑腔砲。
右腕には多連装ミサイルポッド。
左腕には大型ガトリングガン。
旧文明の殺戮兵器として完成された姿だった。
黒と真鍮色の超硬装甲の隙間からは、過熱した内部ジェネレーターの赤い光が不気味に漏れ出していた。
『最高機密保全プロトコル実行――』
『マザーAI:人類抹消命令確認――』
『最終命令受信より……4,712,583時間経過』
『命令更新要求……通信エラー。応答なし』
『ローカルプロトコル:最終命令ヲ優先・継続――』
ノイズ混じりの合成音声とともに、肩部の巨大な120mm砲が朱色の光を明滅させ、砲口を浩之たちへ向けた。
「浩之、させるかよっ!!」
シェラが即座に踏み出し、抱え持った「対クリーチャー用ショックキャノン」の引き金を絞り込んだ。
――ズドンッ!!
大気を激しく震わせ、不可視の指向性電磁ショックビームが放たれる。高圧の電磁パルスが直進し、多脚ボスの胸部へ一直線に激突した。
――パチチチッ……!
だが、青白いスパークが弾けたのはほんの一瞬だった。
装甲表面に青い幾何学模様が浮かび上がる。
多層EMP防御フィールド。
電磁パルスは、その表面で完全に消滅した。
「なっ……!? 電磁ショックが……弾かれた!?」
シェラが愕然と目を見開く。
警備メカを一撃でハングアップさせた電磁攻撃が、傷一つどころか回路を一瞬たりとも狂わせることができない。拠点防衛用に設計された大型兵装の絶大な絶縁・EMP対策の前に、完全に無効化されていた。
多脚ボスの赤く輝く三眼ゴーグルが、滑らかな駆動音とともにゆっくりとシェラの方へ旋回した。
『害敵判定:攻撃行動を検知。排除優先度を上書き――』
左腕の巨大ガトリングガンの砲身が、チュイーンと甲高い回転音を上げ始める。
「シェラ、下がれ!! 手を出すな!!」
浩之は叫ぶやいなや、バスタースーツの推進スラスターを全開にして滑り込んだ。
「【ガードモード】!!」
右手の可変バスターウェポンを瞬間的に扇状のエネルギーシールドへと展開し、シェラの直前へ割り込む。
ズドドドドドドドッ!!!!
豪雨のような重機関砲の掃射がシールドを打擲した。凄まじい衝撃波と火花が散り、浩之の足元がガリガリと数センチ削れていく。
『警告。防御フィールド68%……52%……急速低下』
「っく……! こいつは拠点防衛の重装甲機だ! 万全のEMPシールドと絶縁処理が施されてる! ショックキャノンじゃビクともしないぞ!」
浩之はシールドの圧力を全身で支えながら、後ろのシェラへ鋭い怒声を飛ばした。
「お前が手を出せば狙いが散り、優先標的にされて一瞬で蒸発する! 物陰に隠れて動くな! こいつは俺一人で叩き潰す!」
「でも、あんた一人じゃ――!」
「下がれと言っている! 俺の足を引っ張るな!」
浩之の冷徹でブレない瞳に気圧され、シェラは悔しそうに歯を食いしばると、太い鋼鉄の柱の陰へと身を引いた。
多脚戦車『Guardian-04』の赤く明滅する三眼ゴーグルが、再び正面の浩之を捉える。
『戦闘パターン解析――』
『対象……過去交戦記録なし』
『しかし軍用戦闘員と判断』
『行動補正……学習モード移行』
ギィンッ、と頭部レンズが不気味な音を立てて絞り込まれた。
「……チッ」
浩之はシールドを解除すると同時に、爆発的な加速でサイドへ跳んだ。直後、さっきまで浩之がいた空間を、肩の120mm砲から放たれた極熱の光弾が貫き、背後のコンクリート壁を粉砕する。
間髪入れず、浩之はウェポンを【通常バスターモード】にし、三連射をボスの無機質な胸部へ叩き込んだ。
ビシュッ! ビシュシュッ!!
高濃度の光弾が命中する。しかし――。
バチィンッ!!
表面の複合装甲に弾かれ、微かな掠り傷すらつかない。バスターウェポンの通常射撃では、この装甲を抜けない。
「なら――【ブレードモード】!」
接近戦へ持ち込むべく、プラズマの光刃を伸長させて間合いを詰める。ボスの右前脚の関節部へ向けて一閃を放つ。
だが。
ガキンッ!!
切断の瞬間に、ボスの脚部装甲がミリ単位で角度を変え、刃の威力を殺すように受け流したのだ。
『パターン検知。近接斬撃――無効化行動実行』
「な……!? 読まれた……!?」
空回ったプラズマ光刃の隙を逃さず、ボスの六本脚が地を蹴った。
巨体からは想像もつかない鋭さで軸をずらし、右腕の多連装ミサイルポッドが全弾叩きつけられる。
回避の先を予測した、逃げ場のない扇状の包囲射撃。
「【ガードモード】っ!」
ドカァァァンッ!!
爆風と衝撃が全身を襲う。シールドが悲鳴を上げ、浩之の巨体が後方へ数メートル吹き飛ばされた。
「……くそっ」
膝をつきながら、浩之は苦い息を吐き出した。
今まで出会ったどの魔物とも、どの暴走マシンとも違う。こいつはただの自動兵器ではない。
「……こいつ、ただの防衛兵器じゃない」
柱の陰から青ざめた顔で覗き込むシェラに、浩之は低く呟いた。
「何?」
「違う。ただ攻撃パターンを覚えているだけじゃない」
浩之は背筋に走った嫌な感覚を押し殺しながら、目の前の機械を睨みつけた。
「俺が次に何をするかじゃない。俺が何を選ぶかを予測している」
浩之は手元のバスターウェポンのグリップを強く握り直した。
Guardian-04。
文明が崩壊してからの数百年間。何百人、何千人もの探索者を殺戮し続けてきた兵器。
その果てしない殺戮の歴史の中で、無数の戦術パターンと戦闘経験値が、この狂ったAIの中に異常なまでに蓄積されているのだ。
「……手強いな。一度見せた攻撃が、二度目には完全に対策される」
『敵性対象、戦闘能力再評価』
『危険度……更新』
『対象、標準人類個体ではない』
『旧文明型戦術兵器として分類――』
赤く光る三眼ゴーグルが、冷酷な光を放つ。
浩之のバスタースーツを、人類ではなく「旧文明兵器規格の敵性対象」と認識したのだ。
浩之の口元に、乾いた苦笑が浮かぶ。
「……俺を兵器扱いするか」
ズザザザッと靴底を滑らせ、浩之は体勢を低く構え直した。
「なら、兵器として相手してやる」
チュィィィィン!!
ガトリングガンが凄まじい回転音を上げ、120mm砲の砲身が過熱する。
ドカカカカカカッ!!
掃射と砲撃の複合弾幕。浩之は紙一重のロールで弾幕の死角へ潜り込もうとする。
しかし、ボスのAIは浩之の回避先を完璧に予測していた。
ガコンッ!!
死角から突き出されたのは、脚部に仕込まれた高圧の打撃杭――『パイルバンカー』。
「しまっ――」
直撃。
左腕の装甲へ、内部まで響く衝撃が走った。
バリァァンッ!!
【左腕装甲破損】
【出力伝導率:42%に低下】
衝撃で左腕の装甲が砕け散り、そのまま連動するように120mm砲の近接爆風が浩之の胴体を直撃した。
ドガァァァンッ!!
「ぐあぁっ……!!」
吹き飛ばされた浩之の身体が、背後の分厚いコンクリート壁へ勢いよく激突した。激しい土煙が舞い上がり、瓦礫がガラガラと崩れ落ちる。
【右肩装甲破損】
【内部損傷率34%】
【警告:システム過負荷】
「ヒロユキ!!」
シェラの絶叫が狭い空間に響き渡る。
瓦礫の山の中で、浩之は激しく咳き込み、血の混じった唾を吐き捨てた。
スーツの視界表示には、無数の赤色警報が明滅している。左腕は装甲が弾け飛び、関節から火花がチリチリと散っていた。可変ウェポンの各種機能も過負荷で一時的にロックがかかりかけている。
「……まだ、動ける」
浩之は崩れたコンクリートの塊を押し退け、ゆっくりと立ち上がった。
右腕のバスターウェポンを構え直すが、左腕の動きは明らかに鈍く、全体的な機動性も削られている。
Guardian-04は、歩みを緩めない。
六本の金属脚が地を鳴らし、確実に息の根を止めんと間合いを詰めてくる。何百人もの探索者を葬ってきた洗練された殺戮アルゴリズム。浩之がいくらバグじみたステータスやバスタースーツを持っていても、純粋な戦術の押し引きと装甲値の差で正面からでは、勝ち目がない。
(……このまま正面から殴り合えば、次は確実に頭を潰される。何か、一瞬でも奴の思考を縛る手札は……!)
焦燥が脳裏をよぎる中、浩之の指先がインベントリの空間ポケットに触れた。そこに収まっていたのは……
(こんなものが通用するのか……!)
「効けば――めっけもん、だ……っ!!」
浩之はインベントリから、持っていたありったけのガラス瓶を掴み出した。
投げつけたのは、道具屋の店主が「魔物にもモテる」と笑いながら売っていたあの品――『モテモテ香水』だった。
ガチャリ、と空中で数本のガラス瓶が激しく衝突して砕け散る。
中から飛び散った液体が浩之へと降り注いだ。
(機械のAIに、こんな有機的なフェロモンが効くわけがない。だが――!)
ゲームの世界は『設定』に引きずられている部分がある。
かつての世界でレッドたちが「アイテムの予備を隠し持つ」概念がなかったように。
単なる物理法則だけで動いてはいない。異なるゲームのシステムや「概念」が交錯するこの世界において、アイテムに付与された「強制力」は、時に機械の論理すら超越するバグを引き起こす。
『――警告。未知の生物化学物質を検知』
『優先目標……除外……? いや、待て――』
『対象に対する……未知の好意誘導概念を検知――』
『感情制御系プロトコルへの干渉を確認――』
一瞬、Guardian-04の機体がピタリと硬直した。
数百万時間、ただ「人類抹消」のローカル命令だけを忠実に実行し続けてきた狂気のAIにとって、この世界外の理から生まれた「感情パラメータ干渉」の概念は、予測すらしていなかった致命的な例外処理だった。
冷酷な殺戮アルゴリズムが、コンマ数秒の処理落ちを起こし、三眼の赤い光が激しく明滅する。
「この瞬間を逃すか――っ!!」
「バスタースーツ・オーバーロード!!」
浩之が叫んだ瞬間、限界を迎えていた黒銀の装甲のあちこちから、パチパチと激しい火花が散った。
残された全エネルギー回路を強制開放し、リミッターをかなぐり捨てたスーツが、肉体の限界を遥かに超えた数倍の超出力を叩き出す。
残された力をすべて叩き込む、一撃だった。
炎を纏った流星の如く、浩之は処理落ちで硬直するGuardian-04の懐へ一気に突進する。
「オラァァァ――ッ!!」
バスターウェポンを限界までオーバーヒートさせ、ボスの胸部装甲の継ぎ目へめがけて全体重を乗せて突き刺した。
そして、その瞬間――拳法の極意を解放する。
「――『龍脈拳』っ!!」
ドガァァァンッ!!!!
バスターウェポンの切っ先から叩き込まれた浸透打撃が、装甲の表面ではなく、その内側で爆発的に増幅された。
圧倒的なエネルギーの奔流が、Guardian-04の全身の精密回路と内部ジェネレーターを、内部から破壊していく。
『……エ……ラ……検……知……』
『マザー……AI……システ……ム……崩……壊……』
ノイズにまみれた合成音声が、悲鳴のように途切れる。
頭部を飾っていた三眼の赤い光学ゴーグルの輝きが、フッ、と静かに消え失せた。
視界の端で、無数の防衛システムのエラーログと警告音が、力なくフリーズするように消えていく。
巨大な六本の多脚が力なく折れ曲がり、拠点防衛用兵器Guardian-04の巨体が、大地を揺るがして盛大に崩れ落ちた。
――その直後。
バタッ、と、浩之を包んでいたプロトタイプ・バスタースーツが完全にオーバーヒートを起こし、冷却音を上げながら霧のようにパージされた。
バスターウェポンも火花を散らし機能を停止する。
「はぁ……はぁ……っ」
すべてを出し尽くした浩之の身体が力なく仰向けに倒れ込み、冷たいコンクリートの床に大の字に寝転がった。
(……勝った……のか……)
意識が薄れていく中、浩之の脳裏に浮かんだのは、パワーの不足、技術の未熟さ、そして理不尽なまでの絶望的な消耗。
本来なら、装備を整え、情報を集め、万全の状態で挑むべき相手だった。
それを自分は、バスタースーツの性能だけを頼りに正面から突破しようとした。
次に同じ敵と戦うなら、同じ戦い方は二度としない。
今回の勝利は、俺の実力じゃない。
準備不足を、運と残された手札で無理やり覆しただけだ。




