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リアル・ログイン -やり込んだゲームに本当に入ったら、気づけば家族が増えていたアラフォー社畜-  作者: ひろボ


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第25話:欠陥魔法

 宿屋の二階、割り当てられた一室で、浩之は卓上のギルドカードを凝視していた。先ほどギルドで更新処理を行ったことで、刻まれた数値は明らかに変化している。


「ひ、ヒロユキさん! すごいです! 私、レベルが一気に上がってます!」


 隣では、レイアが自分のギルドカードを抱きしめるように掲げ、跳ね上がるように喜んでいた。


【レイア LV:8 → 13】


 5レベルの上昇。適正レベルの盗賊の大群を倒し、相応の経験値を獲得した結果だ。だが、浩之がそれ以上に評価していたのは、レベルという数値そのものではない。激戦の中で彼女が「相手の予備動作を見切る」という技術的な成長を果たしたこと――その誇らしげな表情が、数字以上の変化を物語っていた。


 一方、浩之は自身のカードへ視線を落とす。


【ヒロユキ LV:8 → 11】


「……ふむ。格下を百人近く処理して3レベルか。格下減衰の補正がしっかり効いてるな」


 浩之の呟きに、浮かれていたレイアが首をかしげる。


「へ? げんすい……ですか?」

「あいつら一匹あたりの経験値単価が低かったってことだ。まあ、レベル上げの効率としてはイマイチだが……」


 浩之は自身のステータス画面を脳内で展開し、確認する。レベル上昇に伴い、膂力や俊敏の基礎値は確実に底上げされていた。だが、浩之の顔に慢心の色はない。


(数字が増えたからって、動きが雑になったら意味がない。訓練で叩き込んだ精密な制御を維持できてこその数値だ)


「レイア。レベルが上がって身体が軽くなったからって、大振りになるなよ。お前が盗賊を制圧できたのは、数字が増えたからじゃない。相手をしっかり観察して、無駄なく動いたからだ」

「……はいっ! 分かってます、師匠!」


 ビシッと背筋を伸ばして頷くレイアを見て、浩之は満足そうに頷いた。


(前衛のアタッカーとしてのレイアの成長は上々。俺自身も前衛として最低限の立ち回りはできる。だが……)


 浩之はあごに手を当て、パーティ編成について思考を巡らせる。現状の二人パーティは、前衛に偏りすぎている。今後さらに高難度の依頼に挑むなら、敵の動きを制御する足止め役や、後衛から支援する役割が必要になる。


「よし。少し買い出しついでに街の様子を見てくるか。ドロップ品の買い取り額の確認もある」

「あ、はい! 一緒に行きます!」


 * * *


 夕暮れ時の街は、仕事を終えた冒険者や商人たちで賑わっていた。その一角、冒険者が集まる路地裏の広場付近から、怒声と罵声が響き渡る。


「二度とツラ見せるんじゃねぇぞ、このお荷物が!」

「ひっ……! ご、ごめんなさい……っ!」


 突き飛ばされ、石畳の上へ転がったのは、大きなローブに身を包んだ小柄な少女だった。彼女を叩き出したのは、剣士と術士の冒険者パーティらしい。


「攻撃魔法も回復魔法も使えねぇくせに、変な魔法唱えて足を引っ張んじゃねぇよ!」

「だ、だって……敵同士を……同士討ちさせようと……っ」

「言い訳すんじゃねぇ! わけのわからねぇ魔法を敵に使ったってレジストされて全く効果がねぇだろーが! 何もできねぇ使えねぇ欠陥魔法使いが!」


 唾を吐き捨て、男たちは立ち去っていく。周囲の冒険者たちも、「またあいつか」「関わらない方がいい」と遠巻きに眺めるだけだった。


 地面に膝をつき、散らばった荷物を拾い集める少女。その姿を見て、レイアが胸を痛めたように駆け寄ろうとする。


「ヒロユキさん、可哀想です……」

「待て。感情で動くな」


 浩之はレイアを制し、静かに少女へ歩み寄った。少女の名は、ミナ。気弱そうに垂れた眉と、身の丈に合わない大きな杖を抱える姿が印象的な、駆け出しの魔法使いだった。


「おい。さっきの奴らが言っていた『変な魔法』ってのは何だ?」


 浩之が声をかけると、ミナはビクッと肩を跳ねさせ、怯えた目で見上げた。


「ひ……ヒイッ! な、なんですか……!? お金ならありませんよ……!」

「取らん。お前が使った魔法の効果を聞いてるんだ」

「う……ぅ。私……【ターゲット・エディト】っていう魔法しか使えなくて……。唱えると……指定した敵同士が、お互いに敵意を向けて争ってくれるんじゃないかって……そう思って敵に撃ってるんです。でも、理由は分からなくて……全然効かなくて、いつもレジストされちゃって……」


(ターゲット・エディト……?)


 聞いたことがない。魔法図鑑にも、攻略サイトにも、プレイヤー間の情報交換にも存在しなかった。何千時間も遊んだゲームで、見たことも聞いたこともないものが、この世界には存在しているのか。


「挑発スキル……? いや、効果の掛かり方が違うな……」

「え?」

「ヒロユキさん、また知らない言葉です」

「いや。続けてくれ」


 首をかしげるレイアをよそに、ミナは杖を抱きしめ、ポロポロと涙をこぼした。


「……役に立ちたくて、何度も試したんです。でも一回も成功しなくて……。みんな、私の魔法を見る前に『使えない』『お荷物だ』って決めつけたんです……。今日追い出されたのが、七組目です……。もう、冒険者を辞めようと思ってて……」


 泣きじゃくるミナを見下ろしながら、浩之の思考が高速で回転していく。


(知っているはずだった。この世界の攻略法も、強い職業も、効率のいい育成も。なのに今、目の前には知らない答えがある)


(……いや、違う。存在しなかったんじゃない。誰も情報化できなかっただけだ)


(攻略サイトに載っていないはずがない。通常職の魔法ならとっくに検証されているはずだ。だが、これはオンラインゲームじゃない。一人が見限れば、情報はそこで終わる)


(これはミナだけが持つ固有魔法。文章による説明も正しい攻略法もない。だから本人ですら『敵同士を同士討ちさせるデバフ』と勘違いして使っていたんだ)


(……敵同士を争わせるデバフ魔法? なのに一度も成功しない?)


(そりゃそうだ。ミナのレベルが低すぎて敵の抵抗を突破できていないんだからな。周囲の冒険者も『レベルが低くて成功しない欠陥魔法』だと判断して切り捨てたんだろう)


(……だが、レベルが低いうちは敵に撃つこと自体が間違いだ。この魔法を敵に通したければ、レベルを上げるか格下相手に使うしかない)


(攻撃魔法やデバフなら敵が対象だ。だが……もしこれが支援・補助魔法扱いだとしたらどうだ?)


(補助魔法なら、味方には抵抗判定そのものが存在しないはずだ……?)


(いや、仮に抵抗判定が存在しない補助魔法扱いなら――そうか! 低レベルのうちは、頑丈なタンクに使って敵の攻撃を一人に集中させるのが『正しい育成・運用順』なんじゃないか?)


 そこまで思考が至った瞬間、浩之は久しぶりに胸が躍るのを感じた。


「俺に撃ってみろ」

「……え?」

「え?」


 ミナだけでなく、後ろで聞いていたレイアも素っ頓狂な声を上げた。


「いいから、やれ」

「ひっ……は、はい……っ! で、でも、味方に撃つ魔法じゃないですよ……!?」


 戸惑いながらも、ミナは恐る恐る杖を振り、浩之へ魔法を発動する。淡い光が浩之の身体を包み込んだ。その瞬間。


 路地裏のゴミ箱を漁っていた野良犬が、一瞬不穏そうに低く唸り、浩之へ鋭い視線を向けた。だが、隣に立っているレイアには何の変化もない。


(……なるほど。味方が襲ってくることはない。これは敵の意思を変える魔法じゃない。あくまで敵意を持つ対象から見た『攻撃優先順位』を固定する魔法だ)


「こ、こんなこと初めて……! 魔法が……弾かれない……!?」


 レジストされずに光が定着した光景にミナが目を丸くする中、浩之は口角をわずかに上げた。


「……レジストされない。まずは予想通りだ」

「え……?」

「もう一回撃て。今度はレイアに。次は自分に」


 言われるがままに、ミナは魔法をかけ直す。


(知っている仕様なら確認の必要もない。だが、これは知らない。だから確かめる)


 成功率。持続時間。効果範囲。重ね掛けの有無。浩之はその効果を目で追い、手探りで未知のシステムを潰していった。


「……面白い」


 口角を不敵に吊り上げ、静かに集中する浩之。その顔を見たレイアは、ハッと息を呑んだ。


(……師匠が、こんな顔することもあるんだ)


 普段は冷静で、どこか突き放したような態度を取る浩之が、まるで宝物を見つけた子供のように目を輝かせている。レイアは少しだけ、羨ましいと思った。


「確定した」

「え……?」

「これは敵同士を戦わせる魔法じゃない。敵の狙いを一人に集める……固定ヘイトの魔法だ」


 浩之はミナに向き直る。


「なるほど。全員、使い方も解釈も間違えていたわけだ」

「……?」

「敵に撃てばレベル差でレジストされる。少なくとも今のお前のレベルじゃ敵には通らない。お前は最初から使う順番と対象を間違えていたんだよ。お前たちは『レベルが低くて敵に効かないから使えない』と捨てたが、レベルが低いうちは抵抗のない味方に使って敵を引きつけるのが正解なんだ」

「え……!? 味方に使ったら……敵の攻撃が全部その人に向かっちゃいますよ!?」


 ミナが青ざめて叫ぶ。しかし、浩之の脳内ではすでに新たなシステムが完全な形を成していた。


「そうだ。だからパーティの役割分担が必要なんだよ」

「え……? 役割……分担……ですか?」

「攻撃を全部引き受ける壁役……タンクがいて、その間に安全な場所から敵を倒す攻撃役がいる。お前の魔法は、その陣形を完璧に成立させるためのスキルだ」

「で、でも、それじゃ敵の攻撃を受けるヒロユキさんが危ないじゃ……っ」

「当たる奴が悪い」

「無茶苦茶です……!」


 横からすかさず突っ込むレイアをよそに、浩之のゲーマー脳はかつてないほどの興奮で最適解を導き出していた。


(敵は俺を最優先する。つまり敵の攻撃も視線も、全部こちらへ向く。なら、敵の向きも動きも全部制御できる。レイアが自由に殴れる位置取りまで管理可能だ)


(……なるほど。雑魚なら狙いが偏るだけだが、強力な単体ボス相手なら攻撃ターゲットの管理そのものを狂わせられる。これ、ボス戦ほど壊れる)


「じゃあ、私はヒロユキさんの後ろから安全に攻撃だけ考えればいいんですね!」

「違う」


 得意げなレイアを、浩之は即座に否定した。


「背中だけじゃない。敵が俺『だけ』を狙うなら、横も正面も、全部が死角になる」

「……あっ!」


 レイアの目が大きく見開かれる。敵の攻撃判断からレイアが外れている状態。それはつまり、レイアがどれだけ攻撃を叩き込もうと、優先ターゲットから外れたまま安全に手数を稼げるということだ。


「師匠、ミナちゃんにはずいぶん優しいですね」

「能力を評価しただけだ」


 少し唇を尖らせるレイアを一蹴し、浩之はへたり込んでいるミナを見下ろした。


「ミナ。お前、俺たちのパーティに入れ」

「え……?」


 今までの常識をひっくり返された上に、突然の勧誘。ミナの頭は完全に処理が追いついていないようだった。


「どうして……私なんですか……。誰にも必要とされなかったのに……」


 震える声で零すミナに、浩之は言い切った。


「七組か。七組とも、お前の魔法を理解できなかっただけだ」

「……っ!」

「魔法は悪くない。お前らの運用が悪かったんだ」


 浩之はさらに続ける。


「欠陥じゃない。これはタンク……壁役を作るためのパーティ用魔法だ。俺にはその魔法が必要だ」


 その一言に、ミナの大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。欠陥魔法だと蔑まれてきた自分を、たった一人、真正面から肯定してくれたのだ。


「初めてです……。私の魔法を、ちゃんと見てくれた人……っ」


 ミナは震える手で杖を握り直し、涙を拭いながら浩之を見上げた。


「……もう一度だけ、信じても、いいですか」

「ああ」


 浩之は短く頷き、ミナに戦術を伝える。


「お前は戦闘が始まったら、俺にその魔法を撃って、あとは余計なことはするな。俺だけを見て魔法を維持しろ。俺にヘイトを固定し続ける……それがお前の完璧なロールだ」

「ろーる……?」

「さっき言ったタンク……壁役の仕事だ」

「あ、はい……っ!」


「あいつ、あの役立たずを拾ったのか?」


 ふと、背後から下品な笑い声が聞こえた。振り返ると、先ほどミナを突き飛ばした冒険者たちが、遠巻きにこちらを嘲笑っていた。ミナがビクッと肩を震わせる。


 だが、浩之は一瞥もくれず、背中越しに言い放った。


「役立たずじゃない。お前らが使えなかっただけだ」

「な、なんだと……っ」


 凄む冒険者たちを無視し、浩之はミナへ向き直る。


「よろしくお願いします!」

「よし。今日からレベル上げだ。一回くらい死ぬ覚悟はしろ」

「はい!」


 元気よく返事をしたミナに、レイアが横から肩を叩いた。


「いや返事早っ! ミナちゃん、師匠の『死ぬ』は比喩じゃありません。前回、本当に死にかけました」

「ええぇぇぇ!?」


 路地裏に、新米魔法使いの悲鳴が響き渡った。


(前衛、前衛、タンクサポート。専任のヒーラーはいない。だが、敵の攻撃対象を完全固定できるなら、そもそも被弾管理そのものを変えられる)


 一人、浩之だけが静かに次の攻略を見据えていた。

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