第18話:現実(いま)と未来のあいだ
轟音を立てて崩壊していくギガ・モジュラー・コンバインの残骸を背に、浩之とピートはピクセル博士が差し向けた小型脱出艇に滑り込み、間一髪で要塞を脱出した。
世界の空を覆っていた不気味なノイズや歪みが霧散し、あたりには穏やかな朝焼けの光が戻りつつあった。
無事にピクセル博士の基地ラボへと帰還した二人を待っていたのは、バインダーを抱えた助手のリボンと、安堵の表情を浮かべた博士の姿だった。
だが、その足元で――激闘の果てに限界を超えてフル稼働し続けたドットバードの本体から、パチパチと名残の火花が散り、青白い発光がプツリと消えた。
最後の戦いでピートへ譲渡したバードアーマーを再構成したことで、機体内部のコアへの負荷は限界を超えていたのだ。
駆け寄ってきたピクセル博士は、動かなくなった赤と白の機体を眺めながら、静かに目を細めた。
「まさか試作機一号が、ここまで頑張るとはのう……」
博士は小さく息を吐き、壊れた機体の状態を確認する。
「無理をさせすぎじゃ! まぁ、あんな深夜の突貫作業で作った試作機が、あんな大乱戦を最後までよくもったもんだ。褒めてやりたいくらいじゃよ」
博士の労いの言葉に、浩之は静かに頷きながら、動かなくなった相棒の頭をそっと撫でた。
「よく頑張ってくれたな、相棒」
「本当だよ! 最後の突撃のとき、こいつがいなけりゃ僕らの攻撃は届かなかったんだから!」
ピートがしみじみとした声でドットバードの機体に触れる。
こうして、悪の機械軍団との死闘を制した三人は、ラボの片隅でささやかな祝勝会を開くことになった。作業台の端に簡易的なジョッキが並べられ、賑やかな空気が広がっていく。
「いやー、あのときは本当にどうなるかと思ったよ! まさかボスがあんなに集合しているなんてさ!」
ピートがジョッキを掲げながら、興奮冷めやらぬ様子で声を弾ませる。
「そうそう! 途中からもうダメかと思ったけどさ、ヒロユキさんが『換装完了! ドットバスター・フェニックス!』って名乗った瞬間、めちゃくちゃカッコよかったよ! あれ、絶対後で語り草になるって!」
リボンも目を輝かせて両手をぶんぶんと振った。
その言葉に、浩之は照れくさそうに頬を掻き、頭を抱えて苦笑する。
「くっ……あのときは、ほら、戦いの勢いってやつでノリでな……。まさか三十九歳にもなって、あんな台詞を大声で口走るなんて我ながらどうかしてたぞ……。会社で同僚に知られたら確実に黒歴史でいじられるやつだ」
「ふっふっふ、いいじゃないか! 勇者と大人のロマン全開の最高の見せ場じゃったよ!」
「でも……一番すごかったのは、その後だよ」
ピートが少し真剣な顔になり、浩之を見る。
「ヒロユキが限界まで戦って、バードアーマーをパージした瞬間……まさか僕のところに飛んでくるなんて思わなかった。操作方法も知らなかったし、指示されたわけでもなかったのに……身体が勝手に動いたんだ」
ピートは胸元を見つめながら、小さく笑う。
「たぶん、ヒロユキがずっと僕を仲間として信じてくれていたからだと思う」
「……大げさだ」
浩之は照れ隠しのように視線を逸らした。
「あの状況で、俺が託せると思ったのは、お前だった」
「それに、最後に敵を倒したのは俺じゃない。あれはお前の一撃だ」
「違うよ」
ピートは首を横に振った。
「あれは僕一人の力じゃない。ヒロユキが戦って、僕に力を託してくれたからできたんだ」
「二人で勝ち取った勝利、というわけじゃな」
博士が満足そうに頷き、言葉を継ぐ。
「ふむ。機械も人も、最後に力を引き出すのは信頼ということかもしれんな」
誰か一人ではなく、仲間全員で掴み取った勝利。
その事実を改めて噛みしめながら、浩之は少し照れくさそうに頭を掻いた。
大人の照れ隠しを見透かしたように博士が豪快に笑い飛ばし、ラボの中は再び明るく温かな笑い声に包まれた。
ひとしきり盛り上がったあと、博士はグラスを置き、少し真面目な顔つきになってこれからの話へと切り替えた。
「そうそう、今後のことじゃが……お前さんから依頼のあった、レイアだったか、彼女のためのバスタースーツと新しいドットバードは、イチから設計し直すからな。あんな突貫の試作型じゃなく、今度はもっと実戦向けで頑丈なやつを仕立ててやるわい。完成にはもうしばらく時間がかかりそうじゃ」
そう言って博士は、作業台の上から小さなトレイを持ち上げ、浩之の前に差し出した。そこに置かれていたのは、本物そっくりに作られた青い鳩くらいのサイズの「ドットバードの小型試作模型」だった。
「おや、気付いたか? 聞いた彼女のイメージに合わせて、カラーリングを鮮やかな青に変更しておいたのさ。それに伴って、今後のバージョンアップを見据えた新設計の試作機第一号というわけじゃな」
博士が自慢げに髭を揺らす。
「代わりにこいつを持っていっていいぞ。索敵や録画、ホログラム出力の機能をつけておいたから、色々と役に立つはずじゃ。……おっと、中身のメカニズムは新しく組み替えたが、こいつの『コアチップ』だけは丁寧に移植して残しておいた。連れて歩く分には、あいつの魂も一緒に動いてくれるはずじゃよ」
「……コアチップを移したのか。ありがとよ、博士」
「礼には及らん。あいつにとっても、お前と一緒にいろんな世界を見て回る方が本望じゃろ」
さらに博士は、今回ヒロユキが使い込んだプロトタイプ・バスタースーツや初期型アーマーについても、「気に入ったなら、そのまま持ち帰っていいぞ。記念品としては最高の代物じゃろ」と気前よく譲渡してくれた。
「スーツのメンテナンスの仕方くらいは、またこっちに戻ってきたときに教えてやる。いつでも胸を張って着ていくといい」
すべての戦いが終わり、温かな余韻に包まれるラボの中。いつでも現実世界へ戻ることはできたが、浩之たちは名残惜しそうに言葉を交わし続けていた。
隣に立つピートが、名残惜しそうな、少し寂しげな目を向けてくる。
「……ヒロユキ、もう行っちゃうのかい?」
「ああ、そろそろ現実の身体に戻らないとな。向こうにも一応、片付けなきゃいけない日常があるからな」
「そっか……。寂しくなるね。でも、また、こっちに来てくれるよね?」
ピートの真っ直ぐな問いかけに、浩之は優しげな笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、約束だ。レイアのスーツが完成したら、またここへ受け取りに来るよ。その時は、新しい冒険に出発しよう」
「本当かい? 嘘じゃないだろうね?」
「大人の約束だ。破ったりはしないさ」
その言葉に、ピートの顔がパッと輝き、満面の笑みで大きく頷いた。
「うん! 絶対だよ、ヒロユキ! 待ってるからね!」
「私も新しいスーツのデザイン、もっとカッコよくしとくから!」
リボンも笑顔で手を振って見送る。
心地よい疲労感と、確かな絆を胸に刻み込みながら、浩之は静かに現実世界へのログアウト操作を実行した。
――こうして、悪の機械軍団との戦いは幕を閉じ、浩之の意識は穏やかな光の中に溶けていった。
* * *
現実世界――。
ふう、と息を吐き出しながら、浩之は見慣れたアパートの天井を見上げた。身体能力が底上げされているとはいえ、ボス8体のレイド戦や要塞からの脱出劇は、流石に精神的な疲労感が大きかった。
「……流石に今回は疲れたな」
呟きながら、浩之は今回の戦いを一つずつ思い返していた。
この世界には、律儀にプレイヤーの都合に合わせて難易度を据え置いてくれるような優しさなど、どうやら存在しないらしい。
本来なら道中の砦や中継地点を攻略し、経験値や装備を整えてから挑むはずだった最終決戦。それを無視して本拠地へ直行した結果、敵には迎撃の準備を整える時間と情報を与えてしまった。
(俺が近道をした分だけ、向こう側にも「対応する時間」と「情報」を与えちまったってことか)
ゼネラル・ギガの言葉を思い出す。
『貴様の出力は高い。だが、高出力ほど消耗も激しい』
あれは単なる負け惜しみではない。奴は俺の戦い方を分析し、対策を組み立てていたのだ。
テンプレート通りに突っ立っているだけの、データの塊のような敵ではない。目の前で殴り倒したボスたちも、司令官の指揮のもとで学習し、連携を組み替えてくる――つまり、彼らもまた、この世界の中で「成長する存在」なのだ。
この世界に来て以来、浩之はレイアやレット、クリンといったNPCたちが、血の通った生身の人間であることを何度も思い知らされてきた。傷つけば血が出るし、死ねば二度と戻らない。
だが今回、思い知らされたのはその逆側だった。
(敵側だって、ただのデータの塊なんかじゃない……ってことか)
都合よく用意された使い捨ての障害物ではなく、彼らにも彼らなりの理屈と成長がある。倒せば光の粒子になって消える存在だからといって、無策に近道ばかり選んでいれば、その分だけ相手にも力と時間を与えてしまう。
(次からは、多少遠回りでも、正規のルートをちゃんと踏んでいくとするか……)
浩之は小さく苦笑し、頭を掻いた。
そのあと、浩之はインベントリ(収納空間)の中からラボで博士から譲り受けた鳩サイズの「ドットバードの小型試作模型」を取り出した。
手のひらの上で、鮮やかな青いドット感のあるボディがカクカクと微かに揺れる。
「よし、少し動作確認をしておくか。おい、そこに干してあるタオルを取ってきてくれ」
浩之が指示を飛ばすと、ドットバードはピキッと首を傾げ、ぎこちない羽ばたきで部屋のハンガーへと飛んでいき、見事にタオルをくわえて戻ってきた。
「おっ、賢いな。上出来だ」
浩之はふっと目を細め、その小さな頭を軽く撫でた。
「これからは、レイアを守ってくれよ、相棒」
青い小鳥は電子音を鳴らし、まるで返事をするようにコテンと首を傾げた。レイアへのお土産としても、新設計のこの青い相棒のほうが絶対に喜ぶだろう。
一息ついたあと、浩之は机の上に置かれていた古びたプラスチックケース――『ドラゴンブレイバー3』のカートリッジを手に取った。
「さて、気を取り直して……」
カートリッジの端子にそっと指を添え、脳内でその存在に強く意識を同調させる。あちらの世界でも、血を通わせた人間や仲間たちが待っている。
「――『ログイン』」
再び視界がまばゆい光の粒子に包まれ、重力が足元からフワリと消え去っていく。
次に足裏が捉えたのは、緑豊かな田園風景の広がる土の感触だった。
風に乗って、牧歌的な村の匂いが鼻腔をくすぐる。
「レイアは今頃、実家でのんびりしているか、それとも言付け通り剣の素振りをしているか……。ま、様子を見に行くとするか」
浩之は肩の上で待機モードに入ったドットバードの気感を感じながら、ココノ村へ向けて歩き出した。
【リボンより】
リボンです! ドクターの助手やってます!
いやもう、今回の戦い、本当にすごかったです! ヒロユキさんが叫んだ「換装完了、ドットバスター・フェニックス!」、あれもう一生ネタにしますからね! 本人は「黒歴史だ」とか言って照れてましたけど、あんなにカッコよかったこと、絶対忘れませんから!
それと、ドットバードの試作機……壊れちゃったのはちょっと寂しかったですけど、コアチップはちゃんと新しい子にきちんと引き継がれたので安心してください。ドクターがこっそり青いカラーにしてたの、絶対レイアさんのこと考えてましたよね。私、見てましたよ、ドクター。
次は私が担当するレイアさんの新スーツ、めちゃくちゃカッコよく仕上げるつもりなので、楽しみにしていてください!
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