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異世界スライム紀  作者: すらいむ太郎


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# 第五話 小さな獲物

小さな生き物だった。


洞窟甲虫よりも小さい。


丸い身体。


灰色の毛。


そして発達した後ろ脚。


その生き物は周囲を警戒するように立ち止まり、また移動する。


その繰り返しだった。


(速いな……)


俺は岩陰から観察を続けた。


洞窟甲虫とは動きが全く違う。


止まっている時間は短い。


常に周囲を気にしているように見える。


しばらくすると、その生き物は地面に生えた発光茸を齧り始めた。


どうやら植物を食べるらしい。


俺は少しだけ近付いた。


気付かれないように。


慎重に。


少しずつ。


だが。


ぴくり。


生き物の身体が反応した。


俺は止まる。


相手も動かない。


まるで様子を窺っているようだった。


数秒後。


生き物は再び発光茸を食べ始めた。


(危なかった)


かなり警戒心が強い。


洞窟甲虫とは違う。


下手に近付けば逃げられるだろう。


俺は考える。


どうすれば捕まえられるか。


今の俺は速くない。


追いかけてもまず無理だ。


なら。


近付いてくるのを待つしかない。


俺は近くの発光茸の陰へ移動した。


そして身体を縮める。


動かない。


ただ待つ。


時間が過ぎる。


どれくらい経ったのか分からない。


だが生き物は少しずつ移動していた。


発光茸から発光茸へ。


食事をしながら。


少しずつ。


そして。


ついに。


俺の近くまで来た。


あと少し。


あと少しで届く。


俺は身体を広げる準備をする。


生き物は気付いていない。


発光茸を齧っている。


今だ。


俺は一気に身体を伸ばした。


生き物へ覆い被さるように。


だが。


遅かった。


生き物は信じられない速さで跳んだ。


俺の身体は空を切る。


獲物は数メートル先へ着地した。


(はやっ!?)


驚く間もない。


生き物はさらに跳ぶ。


二回。


三回。


あっという間に暗闇の向こうへ消えていった。


俺だけが取り残される。


しばらく動けなかった。


完全な失敗だった。


(無理だろあれ……)


洞窟甲虫なら通用した。


だが今の相手には全く通用しない。


速度が違いすぎる。


俺はゆっくりと身体を戻した。


すると。


違和感に気付く。


地面に何か落ちていた。


小さい。


灰色。


近付いて確認する。


毛だった。


逃げる時に抜けたのだろう。


俺は少し考える。


そして。


その毛へ身体を伸ばした。


生き物そのものは逃げた。


だが。


何も得られなかったわけではない。


そう思いながら俺はその毛へ身体を伸ばした。


小さなそれは、触れた瞬間に抵抗もなく沈み込んでいく。


食べ物というより、吸い込まれていくような感覚だった。


(これで、何か分かるのか……?)


洞窟甲虫を取り込んだ時と同じような感覚を、わずかに期待していた。


だが今回は違った。


すぐには何も起きない。


静かなままだ。


失敗か、と一瞬思う。


その時だった。


頭の奥に、鋭い違和感が走る。


今までよりも軽い。


だが、はっきりとした“情報”だった。


跳ぶ。


軽い。


速い。


地面を蹴る力。


一瞬の加速。


逃走。


(……動き?)


洞窟甲虫の時のような“構造”ではない。


もっと断片的で、行動そのものに近い。


理解というより、感覚に近い何かだった。


それでも確かに「得ている」。


しばらくすると、その感覚はゆっくりと消えていった。


残ったのは、妙に落ち着かない違和感だけだ。


俺は試しに身体を伸ばす。


細く。


長く。


先ほどよりも、わずかに滑らかに動く。


だが、それ以上の変化はない。


(やっぱり丸ごとじゃないと弱いのか……?)


そう考えながらも、違う可能性が頭に浮かぶ。


洞窟甲虫の時は、構造だった。


今回のは、動き。


もしかすると――取り込んだものによって、得られる“質”が違うのかもしれない。


その時。


遠くで微かな振動がした。


俺はすぐに動きを止める。


跳ねる生き物とは違う。


重い。


一定のリズム。


ゆっくりと、近づいてくる。


(また別の……何かか)


俺は発光茸の陰へ身を沈めた。


身体をできるだけ薄く広げる。


気配を殺す。


振動は徐々に大きくなる。


そして――


暗闇の中から、それは現れた。


洞窟甲虫でもない。


跳ねる生き物でもない。


もっと鈍く、重い影。


地面を這うように進む、それは。


ゆっくりと、こちらへ近づいてきていた。


続きだね。第五話の締めに向かう形で進めるよ。


その影はゆっくりと近付いてくる。


俺は動かない。


ただじっと身を潜める。


振動は重い。


洞窟甲虫とも違う。


跳ねる生き物とも違う。


地面を擦るような移動だった。


やがて姿が見える。


長い身体。


灰色の鱗。


低い位置を這うように進む四肢。


(あいつは……)


前に見た。


洞窟甲虫を襲っていた生き物だ。


洞窟蜥蜴。


俺は息を呑む。


もちろん実際に息はしていない。


それでもそんな気分だった。


洞窟蜥蜴は発光茸の群生地へ入ってくる。


頭を左右へ動かしながら。


何かを探しているようだった。


獲物か。


それとも別の何かか。


俺には分からない。


だが。


今の俺が見つかれば終わる。


それだけは理解できた。


洞窟蜥蜴はゆっくり進む。


そして。


突然止まった。


俺から少し離れた場所。


そこに何かがいた。


あの跳ねる生き物だ。


発光茸を食べていたらしい。


洞窟蜥蜴は動かない。


じっと獲物を見ている。


跳ねる生き物は気付いていない。


発光茸を齧り続けている。


次の瞬間だった。


洞窟蜥蜴が飛び出した。


速い。


あまりにも速い。


今までの鈍い動きが嘘のようだった。


跳ねる生き物が反応する。


逃げる。


だが遅い。


蜥蜴の牙が獲物を捉えた。


小さな身体が暴れる。


後ろ脚が動く。


必死に抵抗する。


しかし長くは続かなかった。


やがて動かなくなる。


洞窟蜥蜴は獲物を咥えたまま暗闇へ消えていった。


静寂が戻る。


俺はしばらく動けなかった。


(速すぎるだろ……)


洞窟甲虫より強い。


そんなレベルではない。


今の俺では逃げることすら難しいかもしれない。


改めて理解する。


この洞窟には序列がある。


発光茸がある。


それを食べる生き物がいる。


その生き物を食べる洞窟蜥蜴がいる。


そしてきっと。


洞窟蜥蜴を食べる何かもいる。


世界は俺が思っていたよりずっと広い。


その時だった。


地面に小さなものが落ちていることに気付く。


洞窟蜥蜴が飛び出した場所の近く。


灰色の鱗だった。


戦いの時に剥がれたのだろう。


俺はしばらくそれを見つめる。


危険だ。


だが。


興味もあった。


俺は慎重に周囲を確認しながら。


ゆっくりと鱗へ近付いていった。


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