# 第十八話 呼び声
地底湖の中心。
気になる。
ものすごく気になる。
でも。
問題が一つあった。
(行けないんだよなぁ……)
水の中だから。
当たり前だ。
今の俺は湖畔を這うことしかできない。
魚に襲われたら終わり。
そもそも沈むのか浮くのかすら知らない。
何も分からない。
知らない場所に突っ込むほど、俺は勇敢じゃない。
怖いものは怖い。
だから。
まずは試すことにした。
岸辺。
浅い場所。
そこへ身体の先端を伸ばす。
冷たい。
それだけ。
溶けることもない。
変な反応もない。
(まあ、水だしな)
当たり前のことに少し安心する。
さらに身体を伸ばす。
先端だけ水の中へ。
問題なし。
ならもう少し。
少しだけ。
身体の一部を水面へ滑り込ませる。
その瞬間。
不思議な感覚が広がった。
(お?)
軽い。
いや。
重さがない。
身体が自然に浮いている。
沈まない。
そして。
流れが分かる。
水の流れ。
小さな波。
岩に当たって変わる向き。
そんなものが何となく伝わってくる。
(水棲適応のおかげか?)
まだ一パーセントなのに。
結構すごい。
俺は少し楽しくなった。
さらに身体を水へ入れる。
半分ほど。
すると。
ぷかぷかと浮いた。
(おぉ……)
ちょっと感動する。
人間の時なら泳ぐのに苦労したかもしれない。
でも今は違う。
水が身体を押してくれる。
逆らう必要がない。
そのまま少し進んでみる。
身体を縮める。
伸ばす。
すると。
ゆっくり前へ進んだ。
(おぉー)
楽しい。
なんかクラゲみたいだ。
クラゲになったことないけど。
その時だった。
触角のような突起が反応する。
近い。
何かいる。
俺は慌てて岸へ戻る。
ばしゃっ。
いや。
音は聞こえないけど。
そんな勢いだった。
しばらく待つ。
そして。
水面が揺れた。
小さい。
銀色の影。
以前見た魚だった。
大きい。
やっぱり大きい。
洞窟甲虫より一回り大きい。
細長い身体。
鋭い口。
ゆっくり泳いでいる。
(あいつか……)
思ったより怖い。
魚というより。
水中の洞窟蜥蜴って感じだ。
俺は岩陰へ隠れる。
魚はそのまま通り過ぎた。
どうやら気付かれてはいない。
(危なかった……)
まだ無理だ。
今の俺じゃ勝てる気がしない。
でも。
逃げられる。
水に入れる。
少し泳げる。
それだけでも大きな進歩だった。
その時。
魚が通り過ぎた後の水底で。
何かが青く光った。
結晶だ。
さっき取り込んだものと同じ。
いや。
もっと大きい。
そして。
その周囲には。
青白く光る発光茸が群生していた。
まるで。
その結晶を囲むように。
俺は思わず見入った。
(なんだ、あれ……)
その瞬間。
身体の奥を流れる不思議な感覚が。
今までで一番強く反応した。
そして。
地底湖の中央から。
再び。
あの感覚が伝わってくる。
生き物ではない。
振動でもない。
それなのに。
確かに感じる。
ぼんやりと。
微かに。
まるで。
こちらへ来いと呼ばれているように。
(……気のせい、だよな?)
そう思いながらも。
俺の意識は自然と地底湖の中心へ向いていた。
まだ行けない。
まだ届かない。
それでも。
あそこには何かがある。
そんな予感だけが。
静かに俺の中で大きくなっていた。




