# 第十六話 毛の記憶
俺は毛の塊を取り込んだ。
ふわりと。
身体の中へ沈んでいく。
食べたという感覚は薄い。
やはり毛だけでは栄養にならないらしい。
だが。
情報は違った。
頭の奥に何かが流れ込んでくる。
軽い。
速い。
逃げる。
跳ぶ。
また跳ぶ。
着地。
そして跳ぶ。
以前取り込んだ毛の時と似ている。
だが今回は量が多かった。
感覚も鮮明だ。
(あいつか)
あの小さな生き物。
洞窟甲虫から逃げる時よりも。
白いムカデから逃げる時よりも。
ずっと軽やかだった。
俺はその場で試してみる。
身体を縮める。
押し込む。
そして伸ばす。
ぽん。
少しだけ前へ進んだ。
(お?)
偶然かと思った。
もう一度試す。
身体を縮める。
伸ばす。
ぽん。
また少し進む。
もちろん跳ぶというほどではない。
人間で言えば前のめりになった程度だ。
それでも。
今までの移動とは明らかに違った。
(なるほどな)
あの生き物はこうやって力を溜めていたのか。
完全な再現には程遠い。
でも。
理屈は少し分かった気がした。
何度か試す。
ぽん。
ぽん。
ぽ――
ぐしゃ。
岩にぶつかった。
(いてっ……いや痛くないけど)
反射的にそう思ってしまう。
慣れない動きだった。
少し笑う。
スライムになってから初めてかもしれない。
何かを試して失敗して。
それを面白いと思ったのは。
しばらくして落ち着く。
俺は地底湖へ意識を向けた。
静かだ。
だが生き物の気配は多い。
水中。
岸辺。
岩陰。
今までいた場所とは比べものにならない。
豊かな環境だった。
その時。
ふと気付く。
発光茸だ。
湖畔に生えている発光茸は、今まで見てきたものより少し大きい。
光も強い。
色も違う。
青白い。
近付いてみる。
確かに違う。
同じ発光茸のはずなのに。
どこか違和感があった。
俺は一本を取り込む。
すると。
頭の奥に微かな感覚が走った。
暖かい。
いや。
暖かいとも違う。
何かが流れている。
身体の中を。
ゆっくりと。
静かに。
(なんだ……?)
初めての感覚だった。
洞窟甲虫とも違う。
鱗とも違う。
毛とも違う。
生き物を取り込んだ時の情報ではない。
もっと曖昧な何か。
それはすぐに消えた。
だが。
確かに存在していた。
俺はもう一本取り込む。
再び。
あの感覚。
流れる何か。
身体の中を巡るような不思議な感覚。
(気のせいじゃないな)
そう思った時だった。
触角のような突起が微かに反応する。
遠く。
地底湖の中央付近。
何かがある。
生き物ではない。
動いていない。
でも。
そこだけ妙に気になる。
説明できない。
なぜ気になるのかも分からない。
それでも。
まるで引っ張られるように意識が向いてしまう。
地底湖の中央。
暗い水の向こう。
そこに。
何かがある気がした。




