# 第十話 欠片
俺はしばらく動かなかった。
洞窟大角甲虫の振動はまだ遠くに残っている。
完全に離れるまで待つ。
もし戻ってきたら終わりだ。
慎重に。
慎重に。
時間をかける。
やがて振動が感じられなくなった。
俺はようやく動き出す。
目指すのは外殻の欠片。
ゆっくりと近付く。
近くで見るとさらに大きかった。
表面は黒に近い灰色。
洞窟甲虫の外殻とは比べ物にならない。
厚い。
硬い。
そして重そうだった。
俺はそっと触れる。
冷たい。
岩のようだった。
本当に生物の一部なのか疑いたくなる。
(取り込めるのか……?)
分からない。
だが試してみる価値はある。
俺は身体を広げる。
外殻の欠片を包み込む。
そして吸収しようとした。
だが。
動かない。
まるで岩を取り込もうとしているようだった。
欠片はびくともしない。
(無理か……)
諦めかける。
その時。
ほんの僅かだが。
表面が削れた。
本当に僅か。
砂粒ほどの欠片。
だが確かに取り込めた。
俺は作業を続ける。
少しずつ。
少しずつ。
削るように。
食べるように。
時間をかけて取り込んでいく。
どれだけ経っただろう。
ようやく小さな欠片一つ分を取り込んだ時だった。
頭の奥に強い違和感が走る。
今までで一番強い。
硬質外殻
解析進行度:1%
一瞬だけ。
それだけが浮かんだ。
(硬質外殻……?)
洞窟甲虫ではない。
生物名でもない。
特徴だ。
能力だ。
そんな印象を受けた。
俺は試しに身体を変形させる。
触角ではない。
今度は表面。
外側を意識する。
硬く。
丈夫に。
壊れないように。
すると。
身体の一部が重くなった。
鈍い感覚。
だが以前より明らかに硬い。
近くの岩へぶつける。
こつ。
衝撃が小さい。
潰れ方も少ない。
(できた……)
本当に少しだけ。
それでも変化していた。
洞窟蜥蜴の鱗を真似た時よりも硬い。
代わりに動きづらい。
維持しているだけで消耗も激しかった。
数十秒後には自然と崩れてしまう。
だが。
可能性は感じた。
俺は再び外殻の欠片を見る。
巨大だった。
今の俺ではほんの一部しか取り込めない。
それでも。
続ければ進む。
少しずつ。
確実に。
その時だった。
地面に微かな振動が伝わる。
洞窟甲虫。
一匹。
俺は反射的に振動の方向を見る。
以前よりはっきり分かる。
距離。
動き。
位置。
触角の再現も進んでいる。
硬質外殻も手に入れた。
少しだけ。
本当に少しだけ。
俺は強くなっている。
そして。
洞窟甲虫もまた。
今の俺にとっては貴重な糧だった。
俺はゆっくりと身体を動かした。
獲物へ向かって。




