↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最難関ダンジョンから帰還した俺は、配信に映り最強だと騒がれているらしい ~“完成済みの主人公”なので殺しに来ました~  作者: レイヴ
第二章 悪役令嬢は主人公になりたい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

第八話 私、日本人です

「リリアーナ・フォン・アルベルト!」


 王太子アレクシスの声が、大広間に響いた。


「今日この場をもって、貴様との婚約を破棄する!」


 周囲からどよめきが起こる。


 リリアーナは何も言わなかった。


 言えなかったわけではない。


 むしろ、頭の中には言いたいことが山ほどあった。


 ただ、そのどれも今ここで口にするべきではないと分かっていた。


「そして、貴様が聖女セシリアへ行っていた数々の嫌がらせについても、この場で明らかにする!」


 アレクシスの隣には、白いドレスを着た少女が立っている。


 セシリア。


 平民出身でありながら、十七歳で聖女の力に目覚めた少女。


 淡い栗色の髪。


 大きな青い瞳。


 守ってあげたくなるような小柄な身体。


 その姿を見ながら、リリアーナは心の中でため息をついた。


 知っている。


 何もかも知っている。


 この場所も。


 この時間も。


 王太子の台詞も。


 十年以上前から知っていた。


「リリアーナ。何か申し開きはあるか?」


「ございません」


 アレクシスの眉が動いた。


 もっと取り乱すと思っていたのだろう。


「認めるということか?」


「いいえ」


 リリアーナは静かに答えた。


「わたくしは、セシリア様へ嫌がらせなどしておりません」


「まだそのようなことを!」


「殿下」


 セシリアが小さく声を上げた。


「私も、その件については――」


「君は黙っていていい」


 アレクシスが優しく制した。


「怖かったのだろう。公爵令嬢であるリリアーナを告発することが」


「いえ、そうではなくて……」


「もう大丈夫だ。私が君を守る」


「……」


 セシリアが困った顔をした。


 リリアーナはそれを見て、少しだけ眉を寄せる。


 少なくとも自分の知っている物語では、ここでセシリアは涙を流しながらアレクシスへ縋るはずだった。


 だが、今の彼女はどう見ても困っている。


「証人もいる!」


 アレクシスが手を上げた。


 数人の令嬢が前へ出る。


 階段から突き落とした。


 教科書を破った。


 ドレスへワインをかけた。


 陰で平民と罵った。


 次々と証言が並べられる。


 リリアーナは黙って聞いた。


 やっていない。


 一つも。


 だが、それも知っていた。


 どれだけ避けても、この日が来ることだけは分かっていた。


「以上だ」


 アレクシスが勝ち誇ったように言う。


「これでも否定するか?」


「はい」


「リリアーナ!」


「わたくしは、していないことを認めるつもりはございません」


 大広間が静かになる。


 リリアーナは背筋を伸ばした。


「ですが、殿下が婚約を破棄なさりたいというのであれば、お受けいたします」


「……何?」


「これまでありがとうございました、アレクシス殿下」


 ドレスの裾を摘まみ、深く頭を下げる。


 もういい。


 十二年間、十分やった。


 六歳の時に前世を思い出してから、ずっとこの日のために生きてきた。


 王太子を怒らせないようにした。


 セシリアへ近づかなかった。


 取り巻きも作らなかった。


 学園では目立たないようにした。


 王妃教育も完璧にこなした。


 領地経営も学んだ。


 外交も学んだ。


 ゲームで起きる事件を思い出せる限り回避した。


 それでも。


 婚約破棄された。


「……ふざけんな」


 小さく漏れた声は、日本語だった。


 誰にも聞こえない程度の声。


「十二年頑張ってこれかよ……」


 前世だったら、そのまま布団へ潜っている。


 だが今は公爵令嬢だ。


 泣いて帰るわけにもいかない。


 リリアーナは顔を上げた。


「それでは、失礼いたします」


 振り返る。


 その時だった。


 見慣れない男が目に入った。


 黒いパーカー。


 ジーンズ。


 スニーカー。


 手にはコンビニの袋。


「……何あれ」


 思わず日本語で呟いた。


 男と目が合った。


「ん?」


 男がこちらを見る。


 リリアーナは歩き出そうとした。


「ちょっと待って」


 日本語だった。


 足が止まる。


 ゆっくり振り返った。


 黒い服の男が近づいてくる。


「今、日本語喋った?」


 リリアーナは男を見つめた。


「……あなた」


「うん?」


「日本人?」


「まあ」


 リリアーナの頭が真っ白になった。


 この世界へ転生して十二年。


 日本人に会ったことなど一度もない。


「あなたも転生したの?」


「してない」


「じゃあ召喚?」


「違う」


「なら何なのよ」


「仕事で来た」


「仕事?」


「うん」


 男はコンビニ袋を持ち直した。


「田中」


「……はい?」


「名前。田中」


 あまりにも普通だった。


 この世界で十二年間、アレクシス、セシリア、アルベルト、グランディアといった名前に囲まれてきた。


 そこで突然の田中。


「田中……」


「そっちは?」


「さっき散々呼ばれてたでしょう」


「ああ」


 田中は少し考えた。


「リリアーナ……なんとか」


「フォン・アルベルト!」


「長いんだよ」


「名前に文句言わないで!」


 思わず声が大きくなった。


 周囲の貴族たちがこちらを見る。


 リリアーナは慌てて口元を押さえた。


 田中は気にしていない。


「で」


 田中が聞く。


「転生者なの?」


 リリアーナは少し迷った。


 本来なら、誰にも言うつもりのなかった秘密だった。


 だが。


 目の前にいる男は田中だ。


 日本人だ。


 黒いパーカーで王宮の夜会へ来るような人間でもある。


 どう考えても、この世界の住人ではない。


「……そうよ」


 小さく答える。


「前世は日本人」


「へえ」


「六歳の時に思い出したの。この世界が、前世で遊んでいた乙女ゲームと同じだって」


 田中の眉が少し上がった。


「乙女ゲーム?」


「そう」


「じゃあ今のは?」


「断罪イベント」


「やっぱり」


「やっぱり?」


「いや、分かりやすすぎたから」


 腹が立つ。


 こちらは十二年間、この一日を回避するために必死だったのだ。


「ちなみに」


 田中が大広間を見る。


「君、悪役令嬢?」


 リリアーナは黙った。


「……そうよ」


「マジか」


「何よ」


「本当にいるんだな」


「喧嘩売ってる?」


「別に」


 田中は何でもないように言った。


 その態度が、妙に腹立たしい。


「私だって好きで悪役令嬢になったわけじゃないわよ」


「そりゃそうか」


「十二年よ? 十二年! 破滅しないために全部変えたの。それなのに結局この有様!」


「大変だったね」


「全然思ってないでしょう!」


「まあね」


「最低!」


 田中は欠伸をした。


 リリアーナは本気で殴りたくなった。


 それでも。


 不思議だった。


 婚約を破棄されたばかりなのに、さっきまで胸の中にあった重苦しさが少しだけ消えている。


 十二年ぶりに、日本人と話している。


 それだけで。


 少しだけ、懐かしかった。


「ねえ、田中」


「何?」


「あなた、このあと暇?」


「帰りたい」


「即答ね」


「仕事終わったらね」


「まだ仕事してないじゃない」


「だから帰れない」


 田中が心底嫌そうな顔をする。


 リリアーナは思わず笑った。


「変な人」


「よく言われる」


「これ以上目立つ前に、私は帰るわ」


「そう」


「……引き止めないのね」


「なんで?」


「もういい」


 リリアーナは呆れながら背を向け、公爵家の馬車へ向かった。


 その姿が大広間から消れたあと。


 田中は一人、スマートフォンを取り出した。


 さっきまで話していた金髪の令嬢へ向ける。


【リリアーナ・フォン・アルベルト】


【主人公化率 91.8%】


「高いな」


 転生者。


 悪役令嬢。


 婚約破棄。


 断罪。


 ここまで揃っている。


「まあ、こいつだろ」


 スマートフォンをしまおうとした。


 その時。


 白いドレスの少女が視界に入った。


 王太子の隣にいた聖女。


 セシリア。


 何となく端末を向ける。


【セシリア】


【主人公化率 96.4%】


 田中の手が止まった。


「……は?」


 もう一度見る。


【96.4%】


 リリアーナ。


【91.8%】


 セシリア。


【96.4%】


 田中は二人を見比べた。


「いや」


 眉を寄せる。


「聖女も主人公かよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。