第七話 貴族社会は嫌いなんだよな
桐生レンが殺された翌日。
ニュースは朝から、その話題一色だった。
『昨日午後九時ごろ、東京都内の公園で、S級探索者・桐生レンさんが倒れているのが発見されました』
画面が切り替わる。
規制線の張られた公園。
何台もの警察車両。
その向こうには、レンが正式にS級へ認定された時の映像が流れていた。
『桐生さんは帰還からわずか七日でS級探索者へ認定されたばかりで――』
田中はカップ麺をすすりながらテレビを見ていた。
「七日しかなかったのか」
箸が止まる。
「短かったな、あいつ」
特に感慨があるわけでもなかった。
食べ終わった容器を机へ置いたところで、映像が再び切り替わる。
『先ほど、探索者協会による緊急会見が始まりました』
会見場。
何十台ものカメラ。
壇上には協会幹部と三上。
その隣に、白峰アリサが座っていた。
顔を見た瞬間、田中は少しだけ眉を上げた。
「うわ」
昨日とは別人だった。
目の下には隈があり、ほとんど眠っていないのが分かる。
記者の一人が手を挙げた。
『白峰さん。桐生さんを殺害した人物について、何か心当たりはありますか?』
『ありません』
『昨日、お二人は一緒に行動されていたとの情報があります』
『はい』
『最後に桐生さんと会ったのは?』
『私です』
会場がざわついた。
アリサは続ける。
『午後八時四十分頃、公園で別れました。その後、私は池袋ダンジョンへ向かっています』
『では、その直後に犯人が接触した可能性が高いと?』
『そうだと思います』
『桐生さんほどの探索者を殺せる人物について、どうお考えですか?』
少しだけ沈黙した。
アリサがカメラを見る。
『絶対に見つけます』
田中の箸を持つ手が止まった。
『誰だろうと関係ありません』
声は静かだった。
だから余計に怖かった。
『どこに逃げても、必ず見つけます』
記者が次の質問をしようとする。
『白峰さん、現在かなり感情的になって――』
『落ち着いてます』
アリサの手が机へ置かれた。
ミシッ、と音がした。
机の端に亀裂が入る。
会場が静まり返った。
田中も黙った。
数秒。
「……こっわ」
リモコンを取ってテレビを消す。
「もう帰ろ」
立ち上がったところで、ポケットのスマートフォンが鳴った。
画面を見る。
組織からだった。
「嫌な予感するな」
出る。
「はい」
『次の対象が確認された』
「明日でいい?」
『今すぐ転移室へ来い』
「嫌だよ」
『田中』
「昨日結構働いたんだけど」
『今すぐだ』
通話が切れた。
田中はしばらくスマートフォンを見ていた。
「……帰りてえ」
十分後。
田中は組織の転移室にいた。
巨大な円形装置の中央に立ち、渡された資料をめくる。
「次は?」
担当職員が端末を操作しながら答えた。
「悪役令嬢だ」
田中の手が止まった。
「最悪」
「まだ何も説明していない」
「悪役令嬢って時点で面倒だろ」
「なぜだ」
「貴族社会」
田中は資料を一枚めくる。
「礼儀」
もう一枚。
「身分」
さらに一枚。
「名前が長い」
資料の一番上を見る。
リリアーナ・フォン・アルベルト。
「ほら」
「何がだ」
「もう長い」
「それくらい覚えろ」
「嫌だよ」
職員が田中を見る。
黒いパーカー。
ジーンズ。
スニーカー。
そして、さっきコンビニで買った新しい袋。
「その格好で行くのか?」
「うん」
「貴族社会だぞ」
「第一、貴族社会に田中って名前の方がまずいだろ」
「服装の方がまずい」
「……まあ、それもそうか」
「着替えるか?」
「嫌だ」
「なぜだ」
「帰る時また着替えるだろ」
「それくらいやれ」
「面倒」
即答した。
職員は諦めたように息を吐いた。
「転移まで三分。移動中に資料を頭へ入れろ」
「何ページ?」
「百八十七」
「帰っていい?」
「駄目だ」
田中は嫌そうに資料を見る。
対象世界。
エルディア王国。
王太子アレクシス。
公爵令嬢リリアーナ・フォン・アルベルト。
聖女セシリア。
王立学園。
婚約。
聖女への嫌がらせ疑惑。
断罪。
婚約破棄。
そこまで読んで、田中が顔を上げた。
「分かりやす」
「油断するな。対象はまだ確定していない」
「悪役令嬢なんだろ?」
「主人公候補だ」
「同じじゃないの?」
「違う」
職員が田中を見る。
「現地で判定しろ」
「またそれ?」
「複数の主人公候補が確認されている」
「何人?」
「二人」
田中が資料へ視線を戻す。
リリアーナ。
セシリア。
「悪役令嬢と聖女?」
「ああ」
「どっちか殺せばいい?」
「完成した方を処理しろ」
「雑だなあ」
「お前に言われたくない」
装置が起動した。
足元の円が白く光り始める。
田中は資料を読みながら、深くため息をついた。
「貴族社会、一番嫌いなんだよな」
光が強くなる。
「敬語とか使いたくないし」
「使え」
「無理」
「最低限合わせろ」
「田中に何期待してんの?」
視界が白く染まった。
一瞬、足元の感覚が消える。
次に目を開けた時、田中は巨大な広間の隅に立っていた。
高い天井。
巨大なシャンデリア。
壁には金の装飾。
華やかなドレスを着た令嬢たちと、正装した貴族たちが何十人も集まっている。
その中で一人だけ。
黒いパーカー。
ジーンズ。
スニーカー。
コンビニ袋。
周囲の視線が田中へ集まった。
「……やっぱ目立つな」
まあいいか、と資料を畳む。
その時だった。
「リリアーナ・フォン・アルベルト!」
広間の中央から大声が響いた。
田中が顔を上げる。
金髪の青年が、一人の令嬢へ指を突きつけていた。
青年の隣には、白いドレスを着た少女。
その正面には、美しい金髪の令嬢が立っている。
「今日この場をもって、貴様との婚約を破棄する!」
広間がどよめいた。
田中は三人を見る。
資料を見る。
もう一度、三人を見る。
「……もう始まってんじゃん」




