宇宙規模で頭の悪い口説き文句を平然と吐く
【 始まり始まり~~!】
「ねえ、いとこのアキラ君があんな風に泥のように眠りこけている隙に、僕たちだけでこの時空の物置から抜け出さないかい?
40億年の過去からずっと、僕のこの胸の時計は君という21歳の奇跡を刻むためにだけ動いていたんだから」
大天使ラファエル・ガブリエルⅡは、
エプロンのポケットから零れ落ちた家計簿を足の裏でそっと押し隠しながら、
目の前で真っ赤になりながら包丁を握りしめているユイの細い手首を優しく引き寄せた。
「ふざけないでお義兄さん!
旦那の弟の嫁に向かって、そんな宇宙規模で頭の悪い口説き文句を平然と吐く神経が知れないわよ!
そもそもここはどこなのよ、さっきまで実家の茶の間にいたはずでしょ!」
「場所なんてどこでもいいさ。
40億光年の彼方で新任のセト先生が一人で四角いスイカをかじっていようが、今の僕の視界には、
君のその怒りで震える21歳の唇しか映っていないんだからね。
さあ、抵抗する暇があったら、僕の翼の裏側に隠された無限のプリンの海へ飛び込むよ」
「誰がプリンの海になんか飛び込むもの……って、待って、その甘い匂いは何なのよ……っ!」
反論しようとしたユイの言葉を遮るように、足元の畳がパカーと音を立てて割れ、
二人はネオン紫の甘い炭酸ガスの噴水へと勢いよく吸い込まれていった。
倫理も親戚の目もすべてがドロドロに溶け合う世界で、大天使のふざけた口説き文句は、
そのまま二人を乗せたまま時空の果てへと駆け抜けていくのだった。
その背後では、宇宙の始まりから40億年という途方もない時間の堆積が、
まるで古びた新聞紙のようにパリパリと音を立てて剥がれ落ちていた。
論理という堅苦しい定規は遠の昔にゴミ箱へ投げ捨てられ、
世間の目というブレーキはとっくにすり減りきっている。
ラファエル・ガブリエルⅡの目的はただ一つ、この狂った世界の片隅で、
自分のストライクゾーンに完璧に合致する「21歳の弟の嫁」をいかに美しく、
いかに非常識に口説き落とすか、それだけだった。
「おいおい、そんなに睨まないでおくれよユイ君。君のその眉間のシワさえも、僕にとっては40億光年の彼方で輝く超新星爆発よりも美しく見えるんだからさ」
「うるさいわね! 爆発するのは私の怒りの方よ! そもそもなんで私があなたと一緒に、こんな異次元の炭酸ガスプールで溺れかけなきゃいけないのよ!」
ユイは叫びながらも、ラファエル・ガブリエルⅡの首に巻きついたオーロラのネクタイを
うっかり掴んでしまい、さらに密着する羽目になって真っ赤に顔を背けた。
【 それでそれで~~~?】
「それはもちろん、運命の悪戯と、僕の圧倒的なまでの君への執着心のおかげさ。
ねえ、この炭酸の泡、なんだかメロンソーダの味がしないかい?」
「誰がこんな状況で味見なんかするものか! 早くここから出してよ、
アキラ君やセト先生が目を覚ましたら、我が家は完全に社会的におしまいなんだからね!」
ラファエル・ガブリエルⅡは、炭酸プールの底でプカプカと浮きながら、
うっとりとした溜息を漏らしてユイの濡れた髪を一筋すくい上げた。
この40億光年の彼方に広がる「実家のような絶望的カオス空間」の片隅で、
ユイは毎日、血の繋がらない親戚たちの面倒と、謎の新任女教師セトの奇行に頭を悩ませていた。
そんな日常のストレスが限界に達した瞬間を見計らったかのように、
大天使のふざけたアプローチは容赦なく彼女の理性を侵食していく。
ユイはラファエル・ガブリエルⅡのねっとりとした視線に気づくと、
バシャバシャとメロンソーダを跳ね飛ばしながら怒声を浴びせた。
「人の悩みをなんだと思ってるのよ! セト先生なんて、職員室で一日中『物理法則なんて私の美貌の前には無力だわ』とか言って、三角定規を天ぷらにして食べてるんだからね!」
「それはなかなかに香ばしい新任女教師だね。でも、そんな教師の揚げ物事情よりも、今はこの21歳の君と僕が紡ぐ背徳のラブストーリーの方が、よっぽど宇宙の真理に近い気がないかい?」
「どこが真理よ! ただの頭のおかしい変態の妄言でしょ! ああ、もう嫌だ、こんな家も親戚も宇宙も、全部まとめて爆発してしまえばいいのに!」
ユイがヤケクソになって両手で顔を覆うと、その言葉に呼応するように、
周囲の炭酸プールが突如として沸騰し始めた。
40億年の過去から押し寄せる親戚一同のガヤガヤとした記憶の波が、二人の足元で巨大な渦を作り出し、空間そのものを別の次元へとねじ曲げはじめたのだ。
ラファエル・ガブリエルⅡはその渦の中でもまったく慌てず、
むしろ楽しそうに目を輝かせながらユイの腰をしっかりと抱き寄せた。
「おや、君のそのヤケクソな一言で、
宇宙がまた一段と素晴らしい方向にバグを起こしてくれたみたいだ。
さあ、次はどんなアトラクションが僕たちを待っているか、目を開けてごらんよユイ君」
【 ふんふん、それから~?】
「うそ……嘘でしょ、これ……!」
目が眩むような極彩色の光が収まったとき、
二人が放り出されていたのは、見渡す限りの巨大な「午前二時の宇宙大広間」だった。
椅子もテーブルもすべて透明な固めのプリンで出来ており、
座るたびにぷるぷると揺れるその場所では、無数の異なる時代のいとこと、
なぜかジャージ姿のまま宙に浮いている新任女教師セトが、
それぞれ自分の未来の遺影を眺めながらコーヒーをすすっていた。
「なんだここは……?
さっきまでメロンソーダのプールにいたはずなのに、気づいたら周りの親戚のおじさんたちが全員、
巨大なプリンの形に固まっているぞ!」
ユイは呆然と周囲を見回しながら、いつの間にか手に持っていた包丁が消え去り、
代わりに熱々のオニオンスープの入ったマグカップに変わっていることに気づいて目を白黒させた。
ラファエル・ガブリエルⅡはユイの隣のプリンの椅子に腰掛け、
自分の翼で若者の肩を優しく包み込みながらニヤリと笑った。
「ここでは倫理も法律も、そして親戚の目もすべてスプーン一杯のカラメルソースと同じさ。
君が生まれてから21年、そして私が存在してから40億年、そのすべての数字が今、
この背徳的な瞬間のために寄り集まったのさ。
ねえ、ユイ君、もしこの世界が明日、いや、5秒後に突然四角いスイカになって爆発したとしたら、
君は最後に誰の名前を叫ぶ?」
「そんなの決まっているだろ……!
こんな胡散臭い天使に捕まって、
訳の分からないプリンの法事に巻き込まれている自分の不運を呪いつつ、
もっと盛大に義実家で暴れておけばよかったと後悔するに決まっている!」
「ハハハ、素晴らしい答えだ!
世間の目なんて、この宇宙のゴミ箱にでも放り込んでしまい給え!」
ラファエル・ガブリエルⅡが指を鳴らすと、大広間の天井がパカーと音を立てて割れ、
中から無数の巨大な目覚まし時計が滝のように降り注いできた。
どの時計の針も、なぜか一斉に「20歳から22歳まで」という不気味な数字のゾーンを指して
激しく点滅している。
倫理の壁が粉々に砕け散る中、二人の周囲の重力は完全に逆転し、
椅子ごと天井へと吸い寄せられていった。ユイは恐怖と羞恥が入り混じった複雑な表情を浮かべながら、隣に座るラファエル・ガブリエルⅡの袖をぎゅっと掴んだ。
その指先の震えこそが、この奇想天外な世界で最も純粋な、21歳の若さの証明だった。
【 どうなった?】
「おい、天井の向こう側はどうなっているんだ!
星が見えない、見えるのは一面のイチゴジャムの海と、いとこたちの群れじゃないか!」
「心配いらないさ、ユイ君! そここそが、私たちが目指すべき、
40億年後の未来の禁断の終着駅なのだから!」
天井を突き抜けた二人の体は、無限のイチゴジャムの海へとダイブし、
甘く香ばしい泡のなかにふわりと着地した。
周囲には、過去から未来へ向かって流れる無数の時空の残骸が、まるで色とりどりのキャンディのようにプカプカと浮いている。
ラファエル・ガブリエルⅡはジャムの海の中で体勢を立て直し、
ぐしょ濡れになりながらも呆然としているユイの顎を優しくすくい上げた。
「よく聞いておくれ、ユイ君。私の旅はいつだって倫理の境界線を踏み外す気まぐれさ。だけど、こうして『弟の嫁』という最高にスリリングな21歳の奇跡に出会えた瞬間だけは、私の永遠の胸に深く刻まれるんだ」
「お前……本当に、からかわれているのか本気なのか、まったく分からない最低な男だな……」
ユイは顔を真っ赤に染め上げながらも、もう逃げ出そうとはせず、
ラファエル・ガブリエルⅡの首に両腕を回した。
その瞬間、40億年の過去と40億年の未来が一本の細いリボンのように結ばれ、
二人の周囲の空間がまばゆいばかりの輝きに包まれて完全に静止した。
倫理も常識も、物理法則も重力も、すべてが消え去ったその世界の真ん中で、
大天使と21歳の弟の嫁は、世界が終わることも忘れて、
深く、永遠に終わらない口づけを交わしたのだった。
ジャムの海の上を、遠くからいとこと新任女教師の呆れたようなため息が、
ふわりと一匹の焼き鯖のように通り過ぎていく。
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