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フランソワとワタルー二つの魂の宿る家系 第三部 ~なさねばならぬ~  作者: リレイ飛鳥


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第六章 窓に映る顔は

 男はソファーにドカッと腰を落とした。沈んだような、面白くなさそうな顔つきだ。その無愛想な表情に気圧され、俺も椅子へとゆっくり腰を戻した。

 胸の奥で、どうするべきかと考えが渦を巻く。


 彼らは拓郎に俺の写真を見せるだろう。拓郎は当然「知らない」と答えるはずだ。だが同時に、俺が梅渡の者だと伝えられる。さらに「お前に会いたがっている」と添えられるだろう。


 そのとき拓郎はどう反応するのか――「連れてきて」と言うのか。それとも、関わりを断つように否定するのか。

 どちらに転んでも、俺の運命は大きく揺れる。


「腹減ったな……」

 男がぼそりと呟いた。

 スマホを見ると、時刻は11時を過ぎていた。


「何か買ってきましょうか」

 自然と口が動いた。パシリとして扱われている自覚はある。


「はあ?」

 男は俺の顔をじろりと見て、鼻で笑った。

「逃げるつもりか」

「逃げないですよ。僕はタクロウさんに、何が何でも会わなければならないんですから」

 そう言うと、男はしばらく俺を観察するように黙り込んだ。


「……それもそうだな」

 やがて男は肩をすくめ、

「よし、それじゃ、食べに行くか」

 と言った。


「食べに?」

 思わず聞き返す。


「そうよ。近くに美味いラーメン屋がある。時間もちょうどいいし、行くか?」

 男は軽く顎をしゃくった。


 戸惑いながらも、「お願いします」と頭を下げた。


 二人、テーブルを挟んでラーメンを啜る。

 湯気の向こうで、男の顔がぼんやり揺れて見えた。

 確かに美味い。久しぶりに「美味しい」と心から思えるラーメンだ。

 生きた心地がする――その感覚が、こんなにも鮮烈だったとは。

 囚われの身であることを思い出すと、可笑しくもなる。


「俺は、お前に賭けてもいいぞ」

 麺を啜りながら、男がぽつりと言った。


「えっ?」

 箸を止め、男の顔を見る。


「助けてやるよ」

 男は俺の方を見ず、淡々と続けた。


「助けてくださると……?」

「そうさ」

 男は顔を上げ、真っ直ぐに言った。


「タクロウにも合わせるし、フランソワを救い出す手助けもする。本家か、に連れて行くのも、な」

 胸が熱くなる。


「それは嬉しいですが……大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫」

 男は掌をひらひらさせた。


「もういい加減、あいつにくっ付いてるのも嫌になってね。顎で使われるだけ。それでいてケチだしよ」

 愚痴をこぼす男の声は、どこか本音めいていた。


「ああ……なるほど……」

 俺は思わず口にした。


 なるほど――棚橋が裏で指示している場面が、脳裏に浮かんだからだ。

 “二人だけになったら、俺を裏切るように見せろ。安心させて、ウメド家のことを探れ。”

 胴元らしい、周到な裏取りだ。


「なるほどね……」

 もう一度呟くと、男はニヤリと笑った。


「俺の名はキタロー。もちろん本名じゃないけど、そう覚えとけ」

 男が手を差し出す。俺はその手を握った。


「ちなみに、もうひとりの男の名前はヤス。こっちは覚えなくてもいい」

「それで、キタローさん。僕は何をすればいいですか?」

「まず、ウメドのことを詳しく教えろ。それによって対策を練る」

 キタローは真剣な目をしていた。


「はい」

 俺は頷き、知る限りの梅渡家のことを語った。

 加賀藩から続く血筋、全国に張り巡らされた裏のネットワーク――多少盛りながら説明した。


 話を聞き終えると、キタローは「それじゃ……」と前置きし、

「そのネットワークを使えば、フランソワを病院から連れ出すこともできるんじゃないの」

 と言った。


「そうです。だから、僕はタクロウさんに会う必要があるのです」

 俺は強調した。


「なるほど」

 キタローは立ち上がった。


 ラーメン屋を出ると、キタローはスマホでタクシーを呼んだ。

 すぐに車が到着する。半年の間に世界がずいぶん進化したように感じられ、妙に感心してしまう。


「乗れ」

 言われるまま後部座席に乗る。逆らう理由はない。


「どこへ?」と訊くと、

「もちろん、タクロウがいる病院だよ」

 キタローは当然のように言った。


 病院前で降りる。

 大きな総合病院。広い駐車場はほぼ満車で、ロビーも人で溢れている。

 どこも大変だな、と場違いな感想が浮かぶ。


「ここで見つかったら、つまらんからね……」

 キタローは呟き、スマホを取り出して電話をかけた。


「あっ、お疲れさまです。いま、どこにおられますか?」

 棚橋にかけているのだろう。


「そうなんですね。いえ、昼はどうすればいいかと……そうですね。こちらで考えます」

 そう言って電話を切った。


「車に乗っている。大丈夫だ」

 キタローはそう説明し、ロビーへと歩いていった。


 エレベーターで6階まで上がる。

 扉が開くと、消毒液の匂いが鼻を刺した。病院特有の静けさとざわめきが混じり合う空間だ。


 部屋は6021だということで、廊下を曲がりながら進む。

 白い壁、規則正しく並ぶドア。どこも同じように見えるのに、そこへ向かう足取りだけが重くなる。


 そして――その部屋の前には警官が立っていた。

 当然だろう。拓郎から事情を聞きたいのは警察も同じだ。

 警官は無表情で、ただ立っているだけなのに、そこが結界のように見えた。


 キタローは警官の前を何事もないように通り過ぎ、ナースステーションへ向かった。

 俺は目立たないように後ろをついていく。


 キタローは事務員に向かって、

「自分は6021に入っている患者に伝言を頼みたい」

 と静かに言った。


 事務員は即座に首を振った。

「それは警察の許可がなければできません」


 キタローは一瞬だけ笑った。


「直接、理事長にお願いしてもいいのだけれど」

 と理事長の名前を出し、

「そうすると、あなたの立場が困るだろうから」

 と低く凄んだ。


 事務員は怖い顔をして黙り込んだ。

 その沈黙を見て、キタローは「分かりました」と言い、スマホを取り出した。


 事務員は慌てたように、

「何の伝言ですか?」

 と訊いてきた。


 キタローは胸の内ポケットから、もう一つのスマホを取り出した。

「これを渡してくれるだけでいいです」


 それは――拓郎のスマホだった。


 事務員はそれを受け取ると、すぐに椅子を立ち上がり、6021へ向かった。

 その背中を確認すると、キタローは6階の休憩スペースへ向かった。


 休憩スペースは静かだが、意外と混んでいる。

 外に向いたベンチに二人並んで座った。


「お前のスマホからタクロウにメッセージを送れば」

 キタローが言う。


 俺はすぐにスマホを取り出し、

「本家の者です。具合はどうですか?」

 とショートメッセージを送った。


 すぐに返信が来る。

「本家?」


「そうです。スグルが心肺停止の今、私が本家を代表します」

 と送る。


「どこにいますか?」

 と返ってきたので、

「休憩スペースにいる」

 と送る。


「すぐ行きます」

 と返事が来た。


「来ます」

 俺が短く言うと、キタローは「わかった」と言い、俺から少し離れた。


 しばらくすると、車椅子に乗った拓郎が看護師に付き添われて休憩室に現れた。

 混んでいるスペースを見回している。


 俺はメールを送る。

「確認しました。元気そうですね。何よりです」


 拓郎はスマホを確認している。


「窓まで来てください。真ん中に来て、外の景色を見ていてください」

 と送る。


 拓郎は看護師に何か言い、一人で車椅子を回しながら俺の隣まで来た。

 まっすぐ外を見ている。


 ベンチには人がぎっしり座っている。

 俺は前を向いたまま、

「こちらを見ないでください」

 と言った。


 曇り空のせいで、窓には俺と拓郎の顔が薄く映っている。

 彼の驚いた表情が、ガラス越しに見えた。


「挨拶は抜きます。ハクライワタルです。あなたの言うところの、力を持つものです」

 俺は前を向いたまま呟いた。


 拓郎がゴクッとつばを飲み込むのが、窓越しに分かる。


「フランソワさんの状態は分かりますか。独り言でけっこうです」


 拓郎は咳払いをした。演技は得意ではないようだ。


「大丈夫かなあいつ……心臓が止まっているんだよな……だけど、外傷は少ないし……ほかの臓器も問題ないようなこと、看護師が言ってたな……」

 窓に映る自分の顔を見ながら呟く。


「ウメドの本家に連れていきます」

 俺も窓に映った自分の顔を見ながら言った。


「マジで」

 拓郎はこっちを向きそうになり、慌てて正面に戻った。


「出すときに、協力してほしいのです」

「僕に?」

 拓郎が呟く。


「繋がりをお願いします」

「君では無理なのか?」

「まだ未成年です」

 答えになっていない答えをした。未成年という単語は都合よく使える。


「そうか……」

 拓郎は考え込む。


 そこで俺は鎌をかけた。

「病院の看板に、菊文字系の徴があったような気がしますが」


「えっ?」

 拓郎は呻いた。


 閃いたように、俺は続ける。

「だから、ここに入れられたのでしょう」


 拓郎は、こんな少年に負けてはいられないと思ったのか、

「君、名字は違うよね」

 と暫くしてから呟いた。


「たしか……」

「ハクライです」

「そうだよね。傍系、でしょう」

「そうです。だから、直接繋がりに繋がらないのです」

 笑いそうになったが、まじめに言った。


「だけど、君、さっき、本家を代表して、とか言わなかったか」

 詰問する口調だ。勝ち誇っている。


 それならば――と俺は腹を決めた。


「はい」

 気合を入れて応える。


「僕は力を持っています。現在、本家であろうと傍系であろうと、力を持つのは僕一人だけです」

 

 拓郎は黙った。


「そうですね……タクロウさん。あなたは自宅が燃えた時、あれは放火ですが、中屋根から降りられなかったじゃないですか。窓が割れて驚いて落ちましたよね」


 窓に映った拓郎の顔が引きつる。

 恐怖が、はっきりと見えた。


 拓郎は唾を飲み込み、

「わかった」

 と震える声で答えた。


 俺はそれを確認し、静かに立ち上がって休憩室を出ていった。


 エレベーターの前にキタローは立っていた。

 別に待ちわびたようにも見えない。


「終わりました。協力してくれます」

 彼が振り返りざまに短く言う。自分の声は、任務を終えた兵士のように乾いていた。


「よし。それじゃあ、帰るか」

 キタローは淡々と告げ、エレベーターボタンを押した。

 まるで何事もなかったかのようだ。


 病院の外へ出ると、湿った秋の空気が肌にまとわりついた。

 二人でタクシー乗り場へ向かう。

 急ぐでもなく、何も話すこともなく。


 タクシー乗り場でキタローは立ち止まり、俺に向き直った。


「これに乗って、お前は家に帰れ」


 唐突な言葉に、思わず聞き返す。


「自宅に?」

「そう。少年だから、捜索願が出たりするとやっかいだから」

「ああ……」

 確かに、警察沙汰になればすべてが台無しになる。


「タクロウと密に連絡を取って、フランソワを脱出させる計画を練ろ」

「はい」

「それで、俺に連絡してくれ。その間に、兄貴たちを説得するから」

「わかりました」


 短い会話だったが、そこには重い責任が詰まっていた。

 俺はタクシーに乗り込む。ドアが閉まる瞬間、キタローの横顔が一瞬だけ柔らかく見えた。


 ……


 自宅に戻る。

 誰もいない静かな空間が、やけに広く感じられた。


 リビングに腰を下ろし、ぼんやりと天井を見上げる。

 この「ぼんやりする時間」は、この半年間ずっと続いていたはずなのに、三日ぶりのはずなのに、なぜかずいぶん久しぶりのように思えた。


 静けさが逆に焦りを呼び込む。

 胸の奥がざわつき、落ち着かない。

 すると、ふっと思い出す。


――傑さんはどうなったのだろう。


 その瞬間、体の奥から熱が湧き上がった。

 俺はスマホを取り、拓郎にショートメールを送る。

 傑の様態を聞くためだ。


 返信はすぐに来た。


 傑は重体。

 心臓は微かに動いている。

 心肺停止状態で運ばれ、集中治療室での処置により心臓が動き出したという。

 人工呼吸器をつけ、昏睡状態。

 深刻なのは外傷で、複数骨折。

 腰の大腿骨を骨折しているため、回復しても車いす生活になるだろう――との見立て。


 画面を見つめる指が震えた。


 とりあえず、生きていて良かった。

 そう思う一方で、

 自分が巻き込んでしまったのだという事実が胸に刺さり、息が重くなる。


 続いて、フランソワを病室から運び出す手立てを拓郎に伝える。

 実行は棚橋たちと自分で行う。

 その時間帯の監視カメラの停止、ドアの解除、看護師たちの排除――それらをお願いした。


「了解」と返信が来る。


 そして追伸。


「僕も忘れずに連れて行ってくださいよ」


 その一文に、拓郎らしい軽さと、深い覚悟が滲んでいた。



  第七章 ストレッチャーで脱出 へ続く

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