第四章 待合室で電話
病院のロビーへ入る。名のある総合病院で、広いロビーは多くの人が出入りしている。込み合っているといっていい。
俺は余裕をもって周りを見回す。というのも、俺は相手を知っているが、相手は俺のことを知らないからだ。
指定された時間より20分早く来た。拓郎の他に、梅渡関係の人間がいるかもしれない。先に調べておこうと考えたのだ。
スマホを見ながら、何気に椅子に腰かけて廊下やエレベーターを気にしている。
まだ現れない。
ふと、胸の奥で苦虫を噛むような、言葉にしづらい嫌な感覚が生まれた。
顔を上げる。俺の横を数人の若い男女が通った。今しがた病院のロビーへ入ってきたようだ。
その中の一人、俺の横を擦るように過ぎた女を見て、心臓が跳ねた。
マオだったからだ。背の高い女性。髪を後ろに縛っている。雰囲気が半端じゃない。殺気がこちらまで漏れてきている。
俺は反射的に顔を伏せた。だがすぐに気づく。相手は俺のことを知らないと。
そこで、もう一度顔を上げて、何気なさを装いながらその集団を見た。
彼らはロビーの中ほどに立って、周りを見回している。
マオの隣には、銀座のクラブで見た男──やんちゃ風の派手な背広を着た男、棚橋が立っている。
さらにその舎弟と呼べそうな若い男二人。痩せた背の高い男と、ずんぐりした背の低い男。完全にこのロビーから浮き上がっている。
何をしにきたのだろう。彼らも拓郎に用があるのか。というか、用があるに決まっている。
これから拓郎の病室に行くのだろう。ガチ合うかもしれない。
となると、二人だけで話をするのが難しくなる。困ったことになった。タイミングが悪いなと愚痴りたい気になってしまう。
だが、一向に彼らは動かない。ロビーを見回している。誰かを探しているようだ。
棚橋がしびれを切らしたようにスマホをポケットから取り出した。
病院のロビーで堂々と電話をかけようとしている。常識外れの輩だ、と呆れる。
と、考えた瞬間、映像が浮かんだ。
道路にフランソワが倒れている。
マオは、フランソワを拉致しようとした男たちを倒したあと、同じように寝っ転がっていた拓郎に近づいていく。
拓郎はマオもスマホで写している。
となんと、マオは彼の手からスマホを引っ手繰ったのだ。
そういう映像が見えた。
ということは、拓郎のスマホはマオたちが持っているということだ。
昨晩、俺は電話をしたが、拓郎ではなく彼らに電話をしたということだ。
だから、通話ではなく、メッセージで返ってきたのだ。
冷や汗が出てきた。奴らは俺を探していたのだ。拓郎ではなく、俺に会おうとしたのだ。
逃げなければ、この場を出なければ──そう思った瞬間、俺のジャンパーのポケットのスマホが震えた。
ブルブルと震えている。
間違いなく、棚橋が俺のスマホに電話をかけているのだ。
棚橋は電話を耳に着けたままロビー内を見回している。
マナーモードにしていて良かったと、胸をなでおろす。
幸い、ロビーは賑わしいため、俺のスマホが震えている音も辺りには聞こえない。
俺はそっと椅子を立ち上がる。逃げるのだ。
さりげなく気がつかれないよう立ちあがり、出口の方を向いた。
出口に向かい歩こうとしたら、隣に座っていたどっかのバーさんが俺の袖を握った。
そして言った。
「電話、鳴っていますよ」と。
「えっ!」
一瞬、固まってしまった。
「あんたの電話、鳴っていますって。気がつかなかったんですね」
と、親切にも大きな声で教えてくれたのだ。
俺は不覚にも振り返ってしまった。
ロビーの中ほどで立ち止まっていた棚橋がスマホを耳に着けたまま、俺を見つめている。
そして、顎で俺のほうを仲間に示した。
マオと若い男二人が俺に向かってくる。
俺は逃げることもできず、この場に立ち尽くしている。
「なるようになるさ」ということだろう。意外に肝は座っていた。
「ウメドの者か」と、舎弟と思われる男のうちの一人、背の低い方がしゃがれた声で聞いてきた。
俺より少し背の低い男だ。凄んでいるのだろうが、滑稽に見える。
もう一人の男、背の高い方は俺の前に立って、逃げるのを防いでいるつもりだ。こちらは背が高い。顎を上げて見下ろしているようだが、やはり滑稽に見える。
この二人、凸凹の良いコンビに見える。
マオは俺の後ろに立っている。見えないが、背中に引きつるような感触がある。
棚橋が俺の隣に来て、耳元に囁いた。
「ここではなんだから、ちょっと付き合ってくれるか」と。
完全にこちらを見くびっているのがわかる。当然だ。俺の見かけは気の弱そうな貧弱な青年だから。
フランソワだった時が懐かしい。
俺は4人に囲まれて病院のロビーから外へ出た。
「おとなしく乗ってくれるか?」
と、後ろのドアを開けて棚橋は言った。
「はい」と小声で答え、俺はセンチュリーの後部座席に乗った。
俺はマオと棚橋に挟まれる形で座っている。
運転席には背の高い方、助手席には背の低い方が座っている。
「センチュリーなんですね」
と俺は言ってしまった。
「なにが?」と棚橋。
「いや、高級スポーツカーに乗っているのかと思っていました」
と言ってしまった。
案の定、棚橋は不思議な顔をして俺の顔を見つめた。
『しまった』、余計なことは言わない方が良いのに、と後悔したが後の祭りというやつだ。
「俺のこと、知っているのか?」
と棚橋が聞いてきた。
「タナハシさん……でしたか? 何かのサイトをなさっている、というような噂は聞いたような気がします」
どう出られるかわからないが、ここまで来たら先手を打つということだ。
棚橋は考えている。これは思ったより手ごわい、と感じたか。
「それじゃあ、私のことも知っているよね」
と反対側から声をかけられた。
「はい。電撃マオさん。とても有名な方ですから」
と持ち上げた。
「へぇ~」
と感心したような声を出して、マオは少し頬を緩めた。
「それじゃあ、俺たちがこれからどこへ行くのかもわかっているのか?」
と棚橋は聞いてきた。
「いや、わかりません。というか、僕としては、タクロウさんに会いたかったのですが」と言ってみる。
棚橋はまた考えている。
「わかった。タクロウに会いに行こう。だがその前に、何をあいつに伝えたかったのか、教えてくれるかな」
と棚橋は言った。
「そうですね……」
と言って、少し考える。
拓郎に会えれば、こちらは助かる。梅渡の繋がりも使えるかもしれない。
だけど、この場を切り抜けるため、何と彼らに言えばいいのか。
「今回の事故で、ウメドの名前が出るのはまずいのです」
と、まず言ってみる。
すると、「ウメドって何?」
と助手席の男が言ってきた。
すぐに、「お前は黙っていろ」と棚橋が言う。
「すいません」
と助手席の男は謝った。
「表には出ない一族ですので……そのこともタクロウさんに確認して……」
とまで言って考えていたら、
「お前、幾つなんだよ?」
と棚橋は訊いてきた。
「はっ、19です」と応えてしまった。
未成年?だと示したかった思いもある。手加減してもらえるかもしれないと。
「ガキじゃねえか」
と棚橋が呆れる。
「そうですね……」
弱りましたね、という感じで答えた。
「ウメドのパシリか」
と助手席の男は懲りずに呟いた。
たぶん一番わかりやすいだろう、なので、俺は肯定の意味で黙った。
「フランソワは関係してるの?」
とマオが聞いてきた。
「もちろんです。彼女を助けたいのです」
と俺は真剣に答えた。
「フランソワって何者なんだ?」
と棚橋は訊いてくる。
「彼女は……」
そこで俺は、傑が師範に説明した作り話を彼らにした。
子供のころからカンフーの修行をして、傭兵になり戦地を巡り、現在、秘密の指令を受けて日本に来ていると。
「ほーん」
と感心したような声を棚橋は出し、「秘密の指令ってなに?」と訊いてきた。
「それは、秘密ですから、僕も知りません」と答えた。
「パシリに知らせる必要はないよな」
とパシリに拘って、助手席の男は言った。
たぶんこの男は棚橋のことを気に入っていないようだ。
案の定、「お前は黙ってろって」と言って、棚橋は助手席を蹴っ飛ばした。
ちょっとビビってしまう。
「戻っていいんですか?」
と、運転席の男は言った。
「ああ、戻ってくれ」
と棚橋は答えた。
第五章 殺風景な事務所 に続く




