↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フランソワとワタルー二つの魂の宿る家系 第三部 ~なさねばならぬ~  作者: リレイ飛鳥


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/14

第三章 うちでご飯

「ただいま」


 玄関の扉を押し開けた瞬間、家の空気がふわりと揺れた。

 そこに母が立っていた。まるでずっと待っていたかのように、俺の姿を見た途端、表情がぱっと花開く。


「おかえり」


 満面の笑顔。

 半年ぶりに見るその笑顔は、どこか泣き出しそうにも見えて、胸の奥がじんと熱くなる。


 続けて母は、「ごはんは、食べる」と訊いてきた。

 時計を見るまでもなく、夕食の匂いが家の奥から漂ってくる。


 ご飯と言われた瞬間、腹の底がきゅうっと鳴った。

 サービスエリアでハンバーグ定食を食べたはずなのに、二日間ほとんど何も口にしていなかったことを思い出す。

 身体が食べ物を欲しがっている。食べたくてしょうがない。


「うん」


 短く答えて、玄関を上がった。


 食卓に座るのは、本当に半年ぶりかもしれない。

 俺にとっては、ただ椅子に座っただけのことなのに、両親にとっては劇的な変化なのだろう。

 引き籠っていた状態から、ようやく外へ出てきた――そう思えるから、嬉しいに違いない。


 テーブルの上には、鶏肉のから揚げ。

 昔からの大好物だ。

 一口食べた瞬間、思わず目を閉じた。とてつもなくおいしい。

 これがフランソワだったら、どれほど喜んだだろう。

 食べさせたかったな、と胸が締めつけられるように切なくなる。


 食事を終え、「ありがとう」と言って席を立ち、2階へ上がった。


 母は何か話したそうに口を開きかけたが、父がそっと手を挙げて制した。

 結局、何も言わずに俺は自分の部屋へ入った。


 ここは、俺が引き籠っていたままの部屋だ。

 高校時代なら、二日も家を空ければ、母が掃除をしてくれていた。

 散らばった本やゲームソフトも、いつの間にか整理されていた。


 だが今回は違う。

 母は部屋に入らなかったのだろう。

 変えてはいけない――そう判断したのだとわかる。

 両親がどれほど気を使ってくれていたのか、胸に沁みる。


 俺はパソコンを開き、事故の情報を検索した。


 車に乗っていた人物のうち、所有者である拓朗の名前だけが記されていた。タクロウ58歳、重傷。

 だが奇妙なことに、名字も病院名も報道されていない。


 ほかの2名の男女については、未だ誰なのかわかっていない、とだけ記されている。


 フランソワに関しては情報がまったくない。

 日本人ではない可能性が高い以上、この事故は国際問題に発展する可能性がある。

 警察が慎重になっているのだろう、と推察できた。


 ひょっとすると、傑(すぐる)さんも拓朗と合わせて、梅渡家(うめどけ)が表に出ることを良しとしない判断が働き、特定されているのに公表できないのかもしれない。


 拓朗に会って話がしたい。

 だが病院さえわからないのではどうにもならない。


 警察に訊けばわかるかもしれないが、こちらの素性を聞かれるだろう。

 それは避けたい。


 俺は今回の一連のことについて、まったく知られていない。

 だからこのまま自力で調べていく必要がある。


 どうすればいい――?


 ふと、拓朗のスマホを持っていた感触がよみがえる。

 フランソワが師範の家へ走っていくため、彼のスマホを引っ手繰って持っていたことがある。


 その記憶に集中する。


 フランソワは拓朗のスマホを見ていた。

 そうだ。

 フランソワは彼のスマホで師範と話をした。

 画面には拓朗の電話番号も表示されていた。

 フランソワはその番号を見ていたのだ。


 俺は記憶の中の画面に集中する。


――出た。

 080-〇〇〇―××××。


 どっと汗が噴き出す。

 集中力のせいだ。

 これほどの集中力があれば、望んだ大学だって入れるだろうと確信するが……

 それほど真剣なのだ。


 早速かけてみる。

 しばらく呼び出し音が鳴り、録音に切り替わった。

 考えてみれば当然だ。知らない番号に出るはずがない。


 何と言えば出てもらえるか――考える。


「ウメドの者です。今回のことで伝えたいことがあります。折り返し電話をください」


 そう録音に入れた。

 切った瞬間、すぐメッセージが来た。


”タクロウです”


 短い文だが、胸が跳ねた。


”お会いしたいのですが、病院と病室の番号を教えてもらえませんか”


 そう送ると、すぐ返事が来た。


”ウメドの誰です?”


 少し考えてから打つ。


”傑とフランソワにも関係していたものです”


 しばらく間があって、返事が届いた。


”病室には感染症の関係で入れないから、ロビーでお会いします”


 続けて、病院名と時間が記されていた。

 トウジョウビョウイン・明日の朝、午前10時。


……


 夜はよく眠れた。

 ベッドに入った途端、すぐ眠りに落ち、朝7時まで一度も目が覚めなかった。


 この部屋でぐっすり眠るのは久しぶりだ。

 いつもは寝ても何度も目が覚め、朝はぼんやりしていた。


 だが今は違う。

 やるべきことがはっきりしていて、気合も入っている。

 頭は冴え、すぐに体を起こせた。


 食卓には朝食が用意されている。

 起きてすぐ着替え、1階へ降りて顔を洗い、席についた。


 父はいつものように新聞を開きながら朝食を食べている。

 半年ぶりの光景だ。


 母は何も言わず、ただニコニコしている。

 聞きたいことは山ほどあるだろうが、我慢しているのがわかる。


 トーストとベーコン、卵焼き。

 ウーロン茶を飲む。

 味がはっきりしている。

 舌の感覚が鋭くなっているようだ。


 父が仕事に出かけ、母が片づけをしている。


「後からちょっと出かけてくる」


 俺が言うと、母は「そう。どこに?」と言って、そこで黙った。


「ああ、友達のところへ」


 そう答えると、母は「そう」と言って向こうを向いた。


 何気ない会話。

 だがこれも半年ぶりだ。


 母の背中が、ほんの少し震えているように見えた。



   第四章 待合室で電話 に続く

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。