第1話 六人六色の出会い(4)
まりなの家とたまきの家があるのは、柏市北部のとある住宅街。2人とも自宅から学校までの所要時間は自転車で25分ほど。
杉原家はごく普通の一軒家。まりなは浮かない表情をしながら、帰宅して家に上がる
「ただいま」
母・愛美梨が、元気のないまりなの声に気づき、心配そうにやってくる。
「おかえり。どうしたのそんな顔して? もしかして、まだ学校に馴染めていないの?」
首を横に振る。
2人でリビングのテーブルに隣り合って座る。
「まりちゃんなら大丈夫だと思っていたけど、何か辛いことがあった?」
まりなの心は、未練と罪悪感が募ったままだった。
「たまちゃんのこと、守れなかった」
再び涙が出てくる。
「たまちゃん、男の子達からかわれていたから、まりなが注意したんだけど」
「やっぱり、たまちゃんのことは気になるのね。小さい頃から一緒だったし」
「たまちゃんだけじゃなくて、まりなまでからかわれちゃって」
愛美梨は少し真剣な表情になる。
「もしかして、2人ともやられっぱなし?」
「まりなは泣いて逃げちゃった。ごめなさい」
「たまちゃんはどうなったの?」
「結局、すれみちゃんって子が強く怒ってくれて、男の子達は降参したみたい」
「でも一件落着なら、良かった」
まりな、怒られる覚悟を感じながら、愛美梨の肩にしがみつく。
「ママ、怒っているよね。まりなが逃げたことに」
「最後まで立ち向かえなかったのは、残念かな」
「ごめんなさい。まりなが弱くて情けないせいで。もっと強気に出ないと」
「それは違うかな。だって、たまちゃんのために動こうとしたんでしょ」
「そうだけど」
「ママは決して、まりちゃんは弱くないと思う」
「まりなは誰かが傷ついていると放っておけないから。でも、傷つけた人を懲らしめるのも嫌」
「それはどうして?」
「誰にでも、家族や大切な人がいるから。そう思っちゃうと辛くて…」
愛美梨、まりなの頭を軽く撫でる。
「そう思っているなら大丈夫」
「だってママが、まりなに教えてくれたから」
「そうだったけ」
まりな、くすりと笑う。
「まりな、大切な人を守れるくらい強くならないと」
「なんとなく、たまちゃんって守りたくなるようなタイプだよね。昔からママっ子だし、まきちゃんが結構ポジティブだから」
愛美梨のいう"まきちゃん"は、たまきの母・麻紀絵のこと。彼女達は高校時代からの親友で、今でもたまにお茶会をするほどの仲である。つまり、まりなとたまきから見ると、母親同士が仲良しということになる。
その頃、たまきも同じように少し浮かないように帰宅していた。
星野家の1階は美容室。家と一体化している。たまきの母・麻紀絵が客の髪をドライヤーで乾かしている。
たまきは浮かない表情をしながら、美容室に入る。
「ただいま」
麻紀絵、たまきの声に気づく。
「あら、おかえりたまちゃん。なんか疲れているみたい。麦茶でも飲んでちょっと待ってて」
客がいなくなり、店内はたまきと麻紀絵だけになった。たまき、パーマがけもカットもするつもりはないが、椅子に座り鏡に映る自分を見つめる。依然として、どこか心が落ち着かない様子だった。
後ろから、たまきの表情をみる麻紀絵。
「ママにはわかる。色々あったでしょ?」
「ぼくって、守ってもらってばかりだよね。誰かのためになっているのかなぁ」
「もしかして、悪いニュース?」
「ぼく、同じクラスの男子達からからかわれちゃって。ビジュアルとキャラのせいで」
麻紀絵、たまきを後ろから抱きしめる。申し訳ない気持ちが募ってしまったからだ。
「えっ、ママ急にどうしたの?」
「ごめんね。たまちゃん。ママのせいでこんなことに」
たまきは、抱きしめられて動揺し、麻紀絵に勘違いさせまいと躍起になる。
「ちょっと、ママは悪くないって。ぼくが弱いせいだって」
「それで、からかってきた子達は?」
「まりちゃんが止めたけど、効果がなかった」
「まりちゃんがいただけでも、良かった。やっぱり、えみちゃん似にて、まりちゃんも優しい子に育って嬉しい」
麻紀絵にとっても、まりなの存在はありがたかった。
「でも、まりちゃんのことまでからかって泣かせたのは許せなかった。もっと許せないのは、何もできなかった自分が」
「もしかして、やられたまま?」
「同じクラスのすみれちゃんが、強めに怒ってくれたから助かった。後、からかった2人も謝ってくれたから」
麻紀絵、抱くのをやめて真剣な表情になる。
「それで、どうしたい? 髪傷んじゃうけどイメチェンする?」
「見た目じゃなくて、中身」
「中身?」
「ぼくって、弱いじゃん。何かあった時は、まりちゃんに助けてもらってばかりだし。今日だってすみれちゃんに助けてもらった」
「だったら、強くならないとね」
「ぼくって、ジェンダーレスとかジェンダーフリーで生きてきたから。今さら男気を身につけるのも」
「そういうのじゃなくて。まりちゃんとか、そのすみれちゃんって子みたいに、誰かを助けたり、支えたりする強さ。心強さかな」
「そういうのって、ぼくにも身につけられる?」
「できる。だってたまちゃんは明るい子だから。いてくれるだけでも心強いって思わせなきゃね」
たまき、くすりと笑う。
「それと、男子で初めて仲良く慣れたかもって感じた子がいて」
「たまちゃん。今日は全然悪い日じゃないよ。むしろ恵まれているね」
「いやママ。ぼくの力じゃないって」
「ほら、ネガティブになっちゃダメ。それだと、まりちゃんに怒られるよ」
「はいはい」
翌朝。まりな、公園のベンチに座り、シャボン玉を吹いていた。まりなのこの日の髪型は、左右それぞれ耳の少し上から三つ編みをお団子状にして、ピンクのヘアゴムでまとめていた。
「まりなも、すみれちゃんみたいに強くなれたらないと」
たまきが自転車でやって来る。
「おはよう」
「たまちゃん。おはよう」
2人の声は、昨日より少し元気が出たようだった。たまき、まりなの隣に座ってシャボン玉を吹く。
「昨日はごめんね」
「ぼくは大丈夫。すみれちゃんのおかげでなんとか」
「たまちゃんも元気ないね」
「やっぱり顔に出ちゃうか。もっと、すみれちゃんみたいに強くなれれば」
「まりなも。あそこで逃げちゃったから」
「そう? まりちゃんがあの時いなかったらぼくは」
「まりなは、たまちゃんを守れなかった。だからもっと守れるくらい強くならないと」
「別にまりちゃんは弱くないよ。ぼくなんて、全く太刀打ち出来なかったから」
まりな、たまきを守りたい思いと愛しさが募っていたのか、首をたまきに向けて傾げる。
「どうしたの?」
「ねぇ、たまちゃん。もし何かあったらいつでも、まりなを頼って」
たまきにはまりなの言葉が少し不思議に感じた。
「ぼくは、ずっと頼りっぱなしだったじゃん。同い年なのに、まりちゃんのほうがお姉ちゃんって感じだったし」
たまきの"お姉ちゃん"という言葉に少し照れ臭く感じてしまう。
「それは、たまちゃんがかわいいから」
まりなが、たまきを軽く抱きしめる。
「たまちゃん。無理しなくていいからね」
たまきも首を、まりなに向けて傾げる。
「ぼくだって、まりちゃんやみんなに頼られるようになりたい。甘えん坊なままだから」
「たまちゃんはそのままでいいの。いるだけで、まりなやみんなが和むから」
「なんか、そう言われるとホッとするかも」
シャボン玉を吹き続けていると、近くの歩道を歩く低学年の小学生男女4人に当たる。児童達が興味げにシャボン玉に触れては、まりたまに近づいてくる。
「いいなぁ、お姉ちゃん達」
近くを通りかかる保護者らしき女性がやってくる。
「ほら、みんな、寄り道しないで学校行くよ」
まりたま、申し訳なさそうな表情で保護者に謝る。
「すみません。ぼく達が遊んでいるせいで」
「良かったら、今度放課後にこの子達と遊んであげて」
女子児童2人が、まりたまを見つめる。
「2人ともかわいい」
「名前なんて言うの?」
"かわいい"という言葉に照れてしまう2人。
「ぼくは、たまき。たまちゃんって呼んでいいよ」
「お姉ちゃんは、まりなっていうの。まりちゃんって呼んでね」
「まりちゃんの髪型、かわいい。今度同じ髪型やりたい」
「うん。やってあげるね」
女性も微笑ましく感じている。
「2人とも、小学生の中に入ってても、違和感なさそうね」
「ぼく達、やっぱり幼いのかな…」
「まりなも、小さい頃から髪型のパターン同じだからかも」
まりたま揃って、リアクションに困っていた。
「褒めているから安心して。まりちゃんもたまちゃんも、気をつけて行ってらっしゃい」
児童達、まりたまに手を振って登校しながら離れていく。
「行ってきまーす」
まりたま、笑顔で手を振って見送り、2人で声を合わせる。
「行ってらっしゃーい」
「じゃ、行こっか」
2人で顔を合わせて一瞬、ハモって口を揃えた。




