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冒険者の街で、今日もパンを焼いています 〜小さな魔獣との静かな暮らし〜  作者: 白波 いつき


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秋祭りと、いつもより近い距離

 秋祭りの初日。


 フォルネアの中央通りは、朝から賑わっていた。

 通りの両側には屋台が並び、秋の食材を使った料理が所狭しと並んでいる。


 きのこの、香ばしい匂い。 

 香辛料の効いた肉の匂い。

 果実酒の香りが、風に混じって流れていく。


 人の声。

 笑い声。

 呼び込みの声。


 いつもの通りとは、まるで別の場所みたいだった。

 その中に、リラの店もある。


 木製の簡易屋台。


 並んでいるのは――


 ローストポークとキノコソテーたっぷりのバケットサンド。

 香り高いキノコのポタージュ。

 ほくほくの芋パン。

 秋の果物を使ったクッキーサンド。


 すべて、フォルネアで採れる秋の味覚。


「いらっしゃいませ!」


 声を張りつつ、手は止まらない。

 パンを切り、具材を挟み、スープをよそう。


「これ美味しそう!」


「このサンド2個ください!」


 反応は上々だった。

 常連も、初めての客も、次々と立ち寄ってくれる。


 忙しい。

 でも、楽しい。顔には自然と笑みが浮かんでいた。


 その少し離れた場所では――


 ノラの肩に乗った、オモチがいた。

 さらに、その後ろにノラの友達らしき若者が数人。

 完全にオモチが子供たちと打ち解けていた。


「きゅ!」


 屋台の匂いに誘われて、あちこち覗き込んでははしゃいでいる。

 串焼きの屋台の前で足を止め、尻尾をぶんぶんと振った。


 ノラは楽しそうに見守りながら、結局は一緒になって匂いを嗅いでいる。

 その後ろで、友達たちもつられて鼻をひくひく。


 ――平和な光景だった。

 胸の奥に、じんわりと温かいものが広がる。


 そのとき。


「リラちゃーん!」


 聞き覚えのある少し高めの声。反射的に、少しだけ警戒する。

 声のしたほうへと視線を向けると――


  ……出た


 お見合いおばさん。そして、その隣には、疲れ切った顔の青年。

 肉屋の息子だ。


 完全に、諦めた目をしている。

 ……相当抵抗したんだろうな。がっしりと腕を掴まれ、引きずられるかのように歩いている。

 リラが一瞬だけ、同情の視線を向けると、肉屋の息子も、ちらっとこちらを見た。


 目が合う。


 ほんの一瞬。


 “お互い大変だね”という空気が流れた。


「ちょうどいいところにいたわ!」


 おばさんは満面の笑みで人込みを掻き分け、屋台の真正面に立つ。

 ちょうどいいところも何も……わざわざ屋台まで来ましたよね?


 お客様たちは、その勢いに押されるように、少しだけ距離を取った。


「夕方からの宴には、二人で参加しなさいよ!」


 バンっと肉屋の息子の背中を叩きながら、にこにこと、悪気のない顔で言い切る。

 だからこそ、厄介だ。


 リラは口を開く。


「あの、夜は――」


「いい? 宴はすごく大事なのよ! カップルができるって噂、あれ本当なんだから」


 聞いていない。

 全く聞いていない。

 話を悉く被せてくる。


 ……強い

 一瞬、脳裏にファイヤーボアがよぎるが、いや、こっちの方が強敵かも。


 そう思った瞬間。

 ふっと、肩に重みがかかる。

 そのまま引き寄せられて、背中にぬくもりが触れた。


 驚いて振り向くと――

 ユリウスだった。


「……え」


 近い。

 おばさんが、ユリウスに気づいてぴたりと止まる。


「……あら?」


 ユリウスは一瞬だけこちらを見て、それからおばさんへ視線を向けた。


「夜は、俺と宴に行く予定なので」


 声は穏やかだった。

 けれど、はっきりと響く。


「他の人をすすめられると、俺が悲しいです」


 さらりと言う。

 どこか少しだけ、愁いを帯びた表情で。


 一瞬、空気が止まり、

 それから――


「んまぁーーー!!」


 おばさんが色めき立つ。目が、きらきらと輝いていた。


 ――完全に、そういうこととして受け取っている。


 リラはユリウスを見上げて思う。

 ……今、めちゃくちゃ顔面力使ってるな。


 自然体なのに、妙にきらきらして見えるのが不思議だ。


「もう、早く言ってよ〜!」


 おばさんはすっかり上機嫌だった。

 その姿に……いや、私も今知りましたけど。と内心溢した。


「いやぁー!」


 パンっと音がしてそちらを見やれば、肉屋の息子が笑いながら手を合わせていた。

 さっきまでの疲れが、嘘みたいに抜けた笑顔だ。


「それはめでたい! ならボクはお邪魔だなぁ!」


 あからさまに、ほっとした顔をしている。


 ……あ、この人も誰かいるな。

 リラはなんとなく察した。


 おばさんは満足そうに頷き、肉屋の息子を連れて去っていく。

 嵐が過ぎたあとのように、あたりは少しだけ静かになった。


 その姿をしっかりと見送ってから、ユリウスは、何事もなかったかのように体を離す。


「助かった?」


 軽く笑いながら言うその言葉は、思っていたよりもあっさりしていた。


「……はい」


 少し遅れて答える。


「ならよかった。急に引き寄せてごめんね」


「いえ、」


 そう答えつつ、今さらながらユリウスの姿に目が向く。

 フォルネアの騎士団の装いだった。


「……あれ?」


 上から下へと視線を走らせると、それに気づいたのか、ユリウスは「ああ」と頷いた。


「今日は夕方まで、騎士団の見回り補助の依頼を受けてるんだ。見分けがつくように、依頼を受けた冒険者も制服を着てる」


「そうなんですね。いつもと違うから、少し驚きました」


 なんというか……絶対、モテますよね。

 思わず、そんなことを聞きたくなる雰囲気だった。


「もう見回りに戻らなきゃなんだけど、リラ、よかったら宴一緒に行かない?」


「へ?」


「予定あった?」


「いえ、特には……」


 オモチと、宴楽しみだね、と話していたくらいだ。


「よかった。じゃあ、夕方お店まで迎えに行くね」


 そう言ったあとは、もう仕事の顔に戻っている。


「また後で」


 そのまま、すぐに巡回へ戻っていった。

 あっという間の出来事に、リラはその場に立ったまま、少しだけ固まる。


 数秒遅れて――


 どくん、と心臓が跳ねた。


 さっきの距離。


 言葉。


 空気。


 全部が、あとから押し寄せてくる。

 本当に……絶対モテてますよね!?


 心の中で思わず叫ぶ。

 顔に出ないようにするので、精一杯だった。


 その横で。


「きゅ」


 いつの間にか戻ってきていたオモチが、なぜか満足そうに頷いている。

 太陽の光が、ふわりとその白い毛並みを照らしていた。


 リラは思わず顔を逸らす。

 まだ、頬の熱が引いていない気がする。


「すみませーん! サンドイッチ一つお願いします!」


 少し離れたところから声が飛び、周囲のざわめきがまた耳に戻ってくる。

 焼けた肉の匂いと、甘い香りが混ざり合って、現実へと引き戻される。


「はい! 少々お待ちくださいね!」


 秋祭りの一日は、まだ続く。

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