剣の話と、酒の夜
その日の依頼で、ユリウスは三人組の冒険者と組むことになった。
ダルク。
ロイ。
セイン。
南門側で顔を合わせる程度の間柄だ。
パン屋を紹介してもらって以来、何度か言葉を交わしたことはあるが、同じ依頼に入るのは初めてだった。
先に待っていたのは、ダルクだった。
遠目でも分かる体格。
分厚い肩に、使い込まれた大盾。
灰色の短髪に、左頬を斜めに走る古傷。
眉は太く、目つきは鋭い。
黙って立っていれば、近づきたくない類の顔だ。
だが、その強面に反して、口元はよく笑う。
声も低いが、妙に明るい。
「おう。来たか」
片手を上げる仕草は、拍子抜けするほど気安い。
その隣で、ひらひらと手を振ったのがロイだ。
細身。軽装。
橙がかった髪は無造作に跳ね、茶色の瞳はいつもどこか楽しげに細められている。
腰には短剣を二本。足元は軽い革靴。
立っているというより、風に乗っているような姿勢だった。
「よろしくー。今日は堅い依頼らしいけど、まあ何とかなるでしょ?」
飄々としている。
だが視線だけは鋭く、周囲を抜かりなく見ているのが分かる。
少し離れた位置に立つのが、セインだった。
長身で無駄のない体躯。
青みがかった灰色の髪は短く整えられ、切れ長の金の瞳が静かに周囲を観察している。
鎧は簡素だが手入れが行き届き、剣はまっすぐに背に収まっていた。
立ち姿に隙がない。
騎士団にいた者特有の、背筋の通り方。
「よろしく頼む」
それだけを言い、軽く顎を引く。
余計な言葉はない。
三人は並んで立つと、役割がはっきりと見えた。
前に出る盾。
周囲を走る目。
静かに隙を埋める剣。
安定感のある編成だ。
ダルクがユリウスの動きをしばらく見てから、にやりと笑う。
「剣筋、騎士上がりだろ」
問いではなく、確認だった。
ユリウスはわずかに目を細める。
「……まあな」
「やっぱりな。妙にきっちりしてると思った」
「褒めてるのか、それ」
ロイが笑う。
「褒めてる褒めてる。俺ら、けっこう勢いで何とかするからさ」
「お前だけだろ」
ダルクが即座に返すと、ロイが肩をすくめた。
「仕事できればそれでいいよ」
セインは一瞬だけ視線を合わせ、わずかに頷いた。
説明はいらない、という目だった。
空気は軽い。
だが、油断はない。
ダルクが振り返り、迫力のある顔に笑みをのせる。
「また組まないか? 護衛は騎士上がりが多い方が楽だ。四人で回せるなら、なおさらな」
ユリウスはわずかに考え、視線を前へ戻す。
「相性が良ければな」
「堅いなあ」
「初回だしねえ」
ロイが笑い、ダルクも満足げに頷いた。
無理なく進み、確実に仕事を終える。
それができる面子だった。
街の灯りが見えた頃、張り詰めていた空気がゆるむ。
ダルクが大きく伸びをした。
「よし」
骨が鳴る音が、夕闇に混じる。
「飲みに行こうぜ」
ロイが即座に乗る。
「賛成。今日は気分いいしな」
セインは何も言わなかったが、歩幅を緩めない。
行くつもりらしい。
ユリウスは一瞬だけ迷い、それから剣を腰に収めた。
こういう流れに乗るのは、久しぶりだった。
◇
トヨの食堂は、夜になると空気が変わる。
昼のざわめきが引き、代わりに、仕事終わりの低い笑い声が増える。
扉を開けると、焼けた肉と煮込みの香りが鼻をくすぐった。
鉄鍋がぶつかる音。
酒を注ぐ音。
誰かの笑い声。
「お、今日は四人かい」
カウンター越しにトヨが笑う。
木のテーブル。
年季の入った椅子。
湯気の立つ料理と、気前よく注がれる酒。
四人は向かい合って座り、ジョッキを高く掲げた。
ぶつけると、泡が少しこぼれた。
「今日は楽だったな」
ダルクが一気に半分ほど空ける。
「連携よかったし」
ロイが皿の肉をつまみながら笑う。
「珍しく文句言う暇なかったな」
「お前が走り回らなかったからだろ」
ダルクが返し、ロイがけらけら笑う。
「いやいや、今日の俺めっちゃ働いたでしょ」
「いつも働け」
「ひどっ」
セインは黙って酒を口に運び、喉を鳴らしてから、ゆっくりと視線を上げた。
「……で」
空気が、ほんの少しだけ変わる。
皆の視線がユリウスに向いた。
「なんで騎士をやめた」
酒場の喧騒は変わらない。
隣の席では誰かが大声で笑っている。
だが、このテーブルだけが、わずかに静まった。
「ちなみにこいつも元騎士だ」
ダルクがセインの肩を掴む。
「自分の場合は」
セインは軽く肩を払うが、否定はしない。
「上司を殴って辞めた」
淡々とした声に、ロイが吹き出す。
「そこ、そんなさらっと言うこと?」
「事実だからな」
「いや面白からいいけど」
空気が少し緩む。
ユリウスはジョッキを見つめ、泡の揺れを目で追った。
逃げ場のない問いではない。
詮索の匂いもない。
ただ、同じ道を知る者の確認。
それだけだった。
「護衛依頼中だ」
ユリウスは淡々と口を開いた。
「依頼主の奥方に言い寄られて、断った。翌日には、俺が言い寄ったって話になってた」
ロイとダルクが顔を見合わせる。
「うわぁ」
「面倒くせぇやつだな……」
「騎士団にも話がいってな。素行に問題あり、ってことで、評判の悪い部署に回されそうになった」
少し間を置く。
「面倒だったから、やめた」
あまりにもあっさりした言い方だった。
「ぶはっ」
ロイが噴き出す。
「いやいや、ちょっと待て。それで終わり? もっとこう、怒るとか、言い返すとかさ」
「したさ。聞く気がない相手に、な」
ユリウスは肩をすくめる。
ダルクが顎に手をやり、苦笑した。
「上は体裁が第一だからな。奥方の機嫌損ねるより、若い騎士一人切る方が早い」
「その顔で困ることもあるんだな」
ロイがわざとらしくまじまじと眺める。
「まあ、絵になるもんな。そりゃ奥方も勘違いするか」
「他人事だと思って」
「他人事だからなあ」
三人は笑いながら、ユリウスのジョッキに自分のジョッキを合わせてきた。
「ま、今こうして酒飲んでるなら悪くない選択だろ」
「だな。騎士団より気楽だろ?」
ユリウスは小さく息を吐き、自らもジョッキを合わせた。
「……ああ。今のほうが楽だ」
それで十分だった。
酒が減り、皿が空き、笑い声が少しずつ大きくなっていく。
木の卓に落ちる灯りはやわらかく、夜はすっかり深まっていた。
騎士でもなく、ただの冒険者として。
思いのほか、この選択は自分の性に合っていたらしい。
ユリウスはそう思いながら、もう一度ジョッキを口に運ぶ。
「そういえばよ……俺、この間ミレイに会ったんだわ」
ダルクが思い出したように言う。
「会った? 見かけたの間違いだろ」
ロイが笑うと、ダルクはジョッキを机に置いた。
「ちょっとは話したから会ったでいいだろ。はぁ、俺にもお酌してくれねーかな」
ぼやく声に、ロイが即座に返す。
「有り金全部かき集めて行っても無理じゃね? いつもお偉方の席についてるじゃん」
トヨの食堂とは違う、華やかな夜の店。
灯りも、酒も、纏う空気も別物だ。
「窓から顔出して手振るだろ。あれ反則だよな」
ダルクが遠い目をする。
「手まで綺麗なの意味わからん」
ロイが頷き、セインも小さく同意する。
「……綺麗だな」
三人が妙に真剣な顔でうなずき合う。
ユリウスは、まだ見たことがなかった。
噂だけが先に積み重なっていく。
「そういや、ファイヤーボア以来、リラに声かけるやつ減ったよな」
ロイが何気なく言う。
ユリウスの手が、ジョッキを持つ位置でほんの少し止まった。
「そりゃそうだろ」
ダルクが笑った。
「目の前であれ見せられて、軽口叩けるやつは相当だぞ」
緊張感に包まれる冒険者ギルドの中、いつもと変わらぬ笑顔で焦げたファイヤーボアを取り出したリラ。
翌週には嬉しそうな表情で、ファイヤーボアのカツサンドを勧めてきた姿に、多くの冒険者が恐れおののいたものだ。
「手に負えねぇだろ」
ダルクが肩をすくめる。
「でもさ」
ロイが身を乗り出す。
「強いのにパン屋ってギャップすごくね? 俺、養われたい」
真顔で言うな、とダルクが吹き出した、そのとき。
「うちの娘はやらん!」
背後から鋭い声が飛ぶ。
「うわっ」
トヨだった。
腕を組み、仁王立ちでこちらを睨んでいる。
「誰が娘だよ!」
「ふん、もう娘みたいなもんだよ。あんたたちにはもったいないね」
「ひどっ!」
店内の笑い声が一段と大きくなる。
トヨは鼻を鳴らし、空いた皿をまとめながら言った。
「夢見るなら勝手にすればいいけど、食い扶持くらい自分で稼ぎな。情けない」
「ふぇーい」
ロイが軽く手を振る。
「情けない声出すんじゃないよ」
また笑いが起きた。
ユリウスも、つられて笑う。
だが、その笑いのあとにも、リラの名前だけは耳に残った。
強いのに、パン屋。
笑って、勧めてくる。
守られるでもなく、守らせるでもなく、ただそこに立っている。
前に店で見た姿を、ふと思い出す。
白いエプロンに、落ち着いた目。
休みの日に店へ入れてくれた時の、少しだけゆるんだ表情。
「なんだよ」
ロイがにやにやしながらユリウスを見ていた。
「急に静かになったな」
「いや?」
「いや、じゃないだろ。リラって名前出たあたりから、ちょっと反応した」
「してない」
「したした」
ダルクまで面白そうに口をはさむ。
「分かりやすいほどじゃねぇけどな」
「でも、ちょっとした」
「お前らな」
思わず苦笑が漏れる。
否定しきれないのが、少し面倒だった。
気になっているのかと聞かれれば、まだ分からない。
けれど、名前が出ると耳が向く程度には、印象に残っているらしい。
「ほらな」
ロイが勝ち誇った顔をする。
「今の間」
「うるさい」
そう返すと、また笑いが起きた。
酒を飲み、くだらない話をして、ただ笑う。
こんな夜も、悪くない。
木皿に残った肉の香り。
少しぬるくなった酒。
トヨの店に満ちる、温かいざわめき。
その中で、ユリウスは静かに思う。
明日の朝、またあの店に寄ろうか。
パンのためか。
それとも、それだけじゃないのか。
まだ、自分でもよく分からない。
ただ、そう思うこと自体は、少し悪くなかった。




