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エピローグ 萌ゆる若葉のように

「ふんふん……♪」


 僕は作業台に向かい、せっせと針を動かしていた。紅の絹に咲き誇る牡丹――その最後の一輪を、四呪を灯らせた糸で象っていく。

 

 ――最後まで、心を込めて……素敵な衣になるように。

 

 願いをかけて、最後の一針をさす。玉止めをし、糸を切る。


「……やったぁ! できたよー!」


 僕は、歓声を上げた。すると、ずっと手元を見守ってくれていた梅が、嬉しそうに手を叩いた。


「おめでとうございます、羅華様!」

「ありがとう、梅ー!」


 大切に縫っていた婚礼衣装が、やっと完成したんだ。二人で手を取り合い、「ばんざーい」と喜びを分かち合った。

 さっそく、衣架けに掛けて、二人で眺める。


「わぁ……」


 思わず、ため息が漏れた。

 あでやかな紅の衣を、たくさんの白銀の刺繍が飾っている。翼を広げた鳳凰と、鎌首をもたげた玄武が向かい合って。一面に咲き誇る牡丹の花が、真珠色に輝いていて――。


「……美しゅうございますね」


 梅が、うっとりと呟く。心からの、とわかる賛辞に、僕はくすぐったくなった。

 

 ――本当に、完成したんだね……!

 

 紅の衣を見上げて、誇らしい気持ちが湧いてくる。

 縫い上がるまでに起こった、たくさんの出来事が、夢のように思い浮かんだ。

 辰さんと会えなくて、寂しかった日々。

 都の騒動で、王太子さまの衣を縫わせてもらったり。変な人に攫われたり、助けてもらったり……。

 皆に、たくさん心配をかけて……反省したりして。

 

 ――でも……この衣を縫う前よりは、成長できたって思っていいかなあ?

 

 僕は、ふふと笑って、梅の手を取った。


「梅、本当にありがとう! 梅のおかげだよ……!」

「まあ……! そんな、私は何もしておりませんわ」


 梅は目を丸くして慌ててる。僕は、ありったけの感謝をこめて、ねえやの優しい手を握る。


「ううん。ずっと側に居て、励ましてくれたもの。結婚してからも、よろしくね」

「羅華様……」


 梅の目から涙が零れ落ちた。しっかりと握り返された手に、僕はにっこりと笑った。


「ところで、羅華様。この素晴らしい衣を、見せないといけない方がいるのでは?」


 涙を拭った梅が、悪戯っぽく笑う。僕は、ぱあっと頬を赤らめた。想い人の顔を想像して、もじもじと袖をいじる。


「……よ、喜んでくれるかなぁ?」

「絶対ですわ」


 笑顔のねえやに、力強く激励される。僕はうん、と勇気を絞って、立ち上がった。


「僕、辰さんに会いに行くよ!」


 袖に掛けていた襷を勢いよく解く。

 それから、壁際の刀架に掛けてある、純白の細剣を取った。大切に腰に佩く。


「また、お菓子を用意しておきますね」

「うんっ。いってきます」


 僕は元気いっぱいに、室を飛び出した。

 


 *


 

 初夏の風が、やわらかに吹きぬけていく。

 可憐な花を咲かせた木々も、すっかり新緑だ。桃の並木を、僕ははやる気持ちで走っていた。

 

 ――はやく、会いたいっ。

 

 幼いころから、何度も通った鍛錬場への道。大好きな人に会えると思うと、いつも足取りは軽くなった。

 辿り着いた鍛錬場の木戸を押し、なかに入ると……鉄色の髪をなびかせる、後姿を見つける。

 辰さんは、訓練が終わった後も、一人で残って剣を振っているんだ。

 努力家で、かっこよくて――とても眩しい。


「辰さーんっ」


 大きな声で呼ぶと、辰さんが振り返る。鮮やかな緑の瞳が、風に乱れた髪の隙間からのぞいた。きゅん、と胸がときめく。


「辰さんっ。僕ね……」


 笑顔で駆け寄っていく。急ぎ過ぎて、大きく揺れた細剣につられ、前につんのめった。


「わあっ!?」

「……羅華様!」


 転んじゃう!

 そう思って、ぎゅっと目を瞑ったとき……あたたかい腕に抱きとめられた。

 おそるおそる目を開けると、呆れ顔の辰さんが見下ろしている。


「まったく、あなたは……! 足元には気を付けて、と言ってるでしょう?」

「ご、ごめんなさい。はやく、会いたくて……」


 ぎゅ、と衣を握って、上目にうかがうと、辰さんは大きなため息をついた。大きな手が脇に差し込まれ、抱き上げてくれた。


「痛いところは、ありませんか?」


 真剣な目が、僕の身体をくまなく眺めて、どぎまぎする。僕は、真っ赤になって頷いた。


「大丈夫ですっ。辰さんが受け止めてくれたから」

「そうですか」


 辰さんは、安堵してくれたみたい。穏やかに尋ねられる。


「どうして、そんなにも急いでいたんですか?」

「あっ」


 本懐を思い出し、僕は辰さんに向きなおる。抱き上げられたままだから、少し下にある顔を見つめた。


「羅華様?」

「辰さん、あのね――婚礼衣装ができました」


 身を屈めた僕は、そっと耳打ちする。緑の瞳が、はっと瞠られた。


「本当ですか?」

「はいっ、それで」


 辰さんに、見てほしくて――。

 言いおわる前に、思い切り抱きしめられる。


「あっ……!」


 力いっぱい、背中に腕がまわっていた。辰さんの首筋からは、灼けた砂のような熱い匂いがする。

 心臓が、こわれそうに高鳴った。

 

 ――苦しい。

 

 でも……もっともっと嬉しい。僕は、逞しい肩にぎゅっとしがみついた。

 やがて、黙って僕を抱擁していた辰さんが、ぽつりと呟く。


「……ありがとうございます、羅華様」


 染み入るような声に、顔を上げる。すると、辰さんは晴れやかな笑みを浮かべていた。喜びに輝く緑の瞳は、萌える若葉みたい。


「辰さん、すっごく綺麗……」


 思わず呟くと、辰さんが苦笑する。


「私の台詞ですよ」


 そうして、大きな手が頬にそえられた。ゆっくりと近づいてくる緑に、僕は胸を高鳴らせる。


「私の大切な人。ずっと、おそばに」


 目を閉じる寸前、青い葉が過った。

 散る花の後に、また美しい夏が来る。

 たしかにある幸福に、僕はほほ笑んだ。






 君に捧げる紅の衣……(完)

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