表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君に捧げる紅の衣  作者: 高穂もか
番外編
30/30

かわらず、貴方をみつめて(後日談SS)

 青空の下、玄家の鍛錬場には威勢のいい掛け声が響いていた。


「はっ!」

「おう!」


 武人さん達が、列になって刃を潰した剣を振るっている。一糸乱れない型は、力強い舞みたい。

 僕は、鍛錬場の物陰から、じっと見つめていた。


「……あっ」


 鉄色の髪を見つけ、僕は身を乗り出す。

 

 ――辰さんだ!

 

 鋭く剣を突き出し、引く。目にもとまらぬ動きに、長い髪が躍る。真剣な横顔は、汗に濡れて輝いていた。

 何十通りもある剣の型を何度も反復する。その動きは少しも乱れず洗練されて、綺麗だった。

 とても、今日から鍛錬に復帰したと思えないほど――。


「すごい……辰さん、すごいよっ」


 僕は壁にかじりついて、辰さんのことを見つめていた。


「――そこまで!」


 お師匠さまの号令で、皆の動きが止まる。どうやら休憩のようで、武人さんの列がばらばらと散っていく。僕は、息も止めていたことに気づき、はふはふと空気を吸った。


「辰さんっ……」


 持って来た薬水の竹筒を抱き、そっと様子を窺う。

 辰さんが鍛錬に復帰するって、梅から聞いたんだ。それで、差し入れを渡そうと思って来たんだけれど……。

 

 ――迷惑じゃ、ないかなぁ……。

 

 いざとなったら、不安になってきちゃった。辰さん真面目だから、お仕事中に話しかけたら嫌かもしれない。


「でも、せっかく来たんだもん」


 僕は意を決して、一歩踏み出した。


「し、辰さ……」

「辰!」


 その瞬間、大きな声が被さってきた。

 びっくりして立ち止まると、剛さんが汗を拭う辰さんに歩み寄っていくところだった。


「復帰したばかりと思えないな。まさか、療養中も鍛錬していたのか?」

「まあな。裏庭を借りていた」


 涼しい顔で頷いた辰さんに、剛さんは一瞬呆気にとられたみたい。それから大きな声で笑って、肩を叩いた。


「さすがだな。お前の勤勉さには恐れ入る!」

「そもそも、怪我をすること自体が力不足の証だ。休んでなどいられるか」


 辰さんが、静かな面持ちで答える。


「聞いたか、おぬしら! 辰は武人の鑑だ」

「ああ、まったくだ」


 剛さんが周囲を振り返り、声を張り上げた。様子を窺っていた他の武人さん達も、どっと盛り上がっている。


「あ……」


 僕は、なんとなく声をかけられずに、踵を返した。


 

 *



「はぁ……」


 桃の並木を駆け抜け、古い大木のところまできて、足を止める。

 

 ――お水、渡せなかったや……。

 

 僕は、しょんぼりと俯いた。

 胸に抱いた竹筒が、ひんやりする。冷気の術をかけて、「辰さんに飲んでもらおう」と張り切って持って来たのに……と思うと、むなしい。

 

「辰さんの婚約者として、胸をはろうと思ったんだけどな……」


 ああして、僕の割り込めない場所にいる彼を見ると、弱気になっちゃうんだ。やっぱり、自分が辰さんにふさわしいのかなって気になってしまって……。

 ふう、とため息を吐いた。もそもそと大きい切り株に座り込む。


「僕って意気地なし」

「――何故ですか?」


 呟きに返事が返り、座ったまま飛び上がった。


「し、辰さん!?」

「はい」


 辰さんが、立っていた。

 さっきまで、鍛錬場にいたのにどうして……口をパクパクさせていると、目の前に来た彼が尋ねる。


「先ほどは、どうして何も言わずに去って行かれたんです?」

「え……?」


 僕は、目を見ひらく。

 

 ――気づいて、追いかけてきてくれたんだ。

 

 嬉しくて、ほわりと頬が熱くなった。


「ええとね……休憩のお邪魔しちゃったら、良くないかなぁって」


 袖をもじもじさせていると、辰さんが不思議そうに言った。


「私は玄家の武人です。どんな時であれ、羅華様が遠慮なさることはありませんが」

「……あうぅ」


 さらりと言われた言葉に、眉がへにょと下がる。

 

 ――あ、有難いんだけど、なんだか寂しいや……。

 

 主従のブで、辰さんは許してくれるけど……辰さんは、僕の大切な人だもの。嫌なことをして、嫌われたくない。でも、こういうこと言ったら、困らせちゃうかな。

 僕はしょんぼりと竹筒を抱いて、俯いた。

 すると――深いため息が聞こえてくる。


「……すみません。言い方が違いましたね」

「え?」


 顔を上げると、辰さんが僕の目の前に膝まづいていた。竹筒を持った手に、固く熱い手が重なって、ビクッと肩が震える。


「来てくださって、嬉しいですよ。羅華様」

「……あ!」


 木漏れ日に、ちらちらと光る緑の目が優しく細まった。僕は、顔を真っ赤にして息を飲む。

 胸が、どきどきと喜びにふくらんでいく。

 

 ――きれい。

 

 ぽうっと見惚れていると、辰さんが微笑んだ。甘い声が囁く。


「俺のためのものを、頂戴して構いませんか?」

「あ……はいっ!」


 僕は、ぱあっと笑顔になる。押し付けるように差し出した竹筒を、辰さんは笑って受け取ってくれたんだ。

 


 切り株に並んで座って、談笑する。


「辰さん、辰さん。美味しい?」

「ええ。とても」


 竹筒を傾けて、薬水を呷る辰さんを、にこにこしながら見つめる。薬師さんに教えてもらったスペシャル配合、頑張って作って良かった……!


「えへへ。辰さん、大好きですーっ!」


 ぎゅう、と腕に抱きついた。武骨な道着に包まれた肩に、すりすりと犬みたいに頬を寄せる。辰さんは、一瞬固まって――僕をべりッと剥がす。


「こら。はしたないですよ、羅華様」

「がーん!」


 つれない辰さんに、頬をふくらませる。

 わいわいとはしゃぐ声が、青空に広がっていった。

 



 

 かわらず、貴方をみつめて……(完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ