第76話 警告と休息
目が覚めてカーテンを開き、部屋の電気を付けると、壁に掛けてある時計の針は20時を示していた。
先程よりも頭の重さはなくなり、体調は少しマシになっていた。
そろそろプロムも終わった頃かと一人で寂しくなっていると、ノックの音がした。
返事をし、ドアが開くと校長先生がやってきた。
確か22時頃来るという話を聞いていたが、何かあったのだろうかと不思議に思いながら、校長であるおじさんを見つめる。
彼は近くにあった椅子を借り、ベッドの隣に置き座った。
「君に早急に確認したいことがあって、予定よりも早く来たんだ」
「早急に確認したいこととは何ですか?」
「単刀直入に聞くけど、君はまた"魔法"を使ったようだね?」
一瞬心当たりはないような反応をしてしまったが、思い返してみるとマイクを取りに行く時に瞬間移動をしていたことを思い出した。
「……はい。
ーーでも、それは使おうと思って使った訳じゃないんです」
「君の言いたいことは分かるが、流石の僕もそろそろ君の存在を隠すことが難しい状況になってきてしまっているんだ。
今回は君じゃなくて、ミズキくんが魔法を誤って使ってしまったという記憶にすり替えておいたよ。
彼はまだこの世界に来て日も浅いし、自分に魔法が使えることもまだ知らなかったということにすれば辻褄を合う。
このような救済措置を行うのも、これが最後であることを忘れないでくれ。
そしてまた魔法を使ったり、1人でも君が人間であることを知られてしまったら、君のことを退学にしなくてはならない。
ーーこれが最後の忠告だよ」
おじさんは普段の柔らかさはなく真剣に語りかけた。私はただ首を縦に振ることしか出来ない。
「僕もこんなことは言いたくはないし、せっかくなら君にこの学校での生活を楽しんで貰いたい気持ちもある。
しかし人間であり、その上ウィザードだとバレてしまったら、以前にも話したことはあると思うが、とても大変なことになるんだ。
だから、君を守るために最後の救済であり、次はないことを伝えに来たんだ」
私がしでかしたことの重さを改めて理解し、なんて愚かなんだろうと自分のことが憎く思い、涙が溢れてきた。
おじさんはポケットからハンカチを渡してくれる。涙を拭くが、止まらなかった。
「厳しいことを言ってしまってすまないね」
「違いまず、わたじがわるいんでず」
おじさんはいつも優しい表情で私の涙が止まるまで、見守ってくれた。
ようやく涙がおさまり、深呼吸しておじさんと再び向き合う。
「私の自業自得なので、おじさんが謝るようなことはありません」
「いや、僕の監督不行届なこともあるから、君が全責任を感じる必要はないよ。
ただ、次はもうカバーすることが出来ないから、覚悟してね」
「はい、ご忠告ありがとうございます」
「体調不良なのに、お邪魔してごめんね。
僕はもう少しやることがあるから、22時になったらまた来るね」
おじさんが帰ると、それと入れ替わるようにユアさんたちが保健室に入り、私の周りを囲んだ。普段の制服姿ではなくみんな綺麗に着飾っているので、保健室が煌びやかな空間に見えてきた。
「ヒマリさん大丈夫ですか?」
ドレスに似合わない悲しい顔をするユアさんに私は出来るだけ明るく返す。
「寝たらだいぶマシになってきました!」
「それはよかったですわ。
5人がライブが終わって舞台袖にはけたら、ヒマリさんが倒れていたと聞いて、私は飛んで保健室にやってきたのですよ。その時はヒマリさんは寝込んでいましたが、その時より顔色は少し良くなっていますね」
「体調が悪かったなら、早く言ってくくればよかったのに」
ヒナタくんは少し怒り気味に話した。
「ごめん、ハロウィンパーティーに浮かれて自分がここまでなるとは思ってなかったの」
「だとしても、倒れていたのを見て僕たちはとても焦ったんだからね?」
ミズキくんも小言のように零すが、心配してくれているようだ。
「みんなに心配かけちゃってごめんなさい。
次からは無理をする前にみんなに声をかけるよ」
「そうだな。その心がけが大切だ。
とりあえず、ヒマリが無事でよかった」
シュウヤくんは普段よりも柔らかい声だった。
「ありがとう、みんな」
「これ以上いるとヒマリも休めないだろうから、俺たちは一旦帰るよ」
タクトくんは気を利かしてことを言ってくれる。
「そうですわね。まだ完璧に治っていないですからね。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます!
あと最後に、プロムに参加出来なかったのは残念だったけど、みんなの素敵な姿を見れてよかった!ありがとう!」
みんなは優しく頷いたり、微笑んでくれた。この和やかな雰囲気まま保健室を出ていった。
もう少し寝ようと思ったが、眠気も吹き飛んでしまい、ただ天井だけ見つめていると、ドアがノックする音がする。誰か忘れ物をしたのかと思い、返事をしてドアの先を見つめていると、心配そうな顔をしたヨルくんが駆け寄ってきた。
「ヒマちゃん、大丈夫」
恋人関係が終わっているのに私を抱きしめた。
「大丈夫だから、離してください」
「ごめん、つい。恋人の名残りが抜けなくて……」
ヨルくんの行動には驚いたが、今回は私が悪いので見逃す。
「ヨルくん来てくれてありがとう」
「それは元恋人が倒れたことを聞いたら、いても立ってもいられないでしょ。
俺が来た時ヒマちゃんは寝ていたから、ただ見つめることしか出来なかったけど、今は目覚めて話せることが嬉しいよ」
「1回来てくれていたんだ」
「そうだよ。眠り姫のようだったから、王子様のキスで目が覚めないかなって思ったけど、体調が悪いのに目を覚まさせるなんて酷なことは出来なかったよ」
恐ろしいことを口にしていたが、聞き流すことにした。
「そういえば、チアキくんも心配していたよ。生徒会のやることで忙しいから、様子を見に行けないことを嘆いていたよ」
こういうことを聞くと、みんなに心配をかけてしまったことを実感し、申し訳なさを感じてしまう。
「急に暗い顔をして、ヒマちゃんは明るい顔が似合うんだから、そんな顔しない」
「だって、みんなに迷惑かけたのは事実だし……」
「それはそうだけど、それだけみんなのために頑張っていたってことも俺だけじゃなくてみんなも知ってるよ。
ーーだから、自分を責めないで」
ヨルくんは私が欲しいと思っていた言葉をかけてくれる。その優しさが沁みたのか、涙が零れた。
「ヒマちゃんごめん、俺泣かせるようなこと言っちゃった?」
「違うの。ヨルくんの言葉が優しくて温かくて、嬉しかった」
「よかった。ヒマちゃんが泣くところ初めて見たから、一瞬めっちゃ焦ったよ」
「ごめん」
「謝らないで。
ーーむしろ、俺は嬉しいよ。君の力になれて」
ヨルくんはストレートに口に出してくれるので、本当にズルい人である。
「ヨルくんってそういうとこ、ズルいよね」
「俺に惚れ直してくれた?」
「そうだね」
珍しく認めると、ヨルくんは素で驚いた顔をしていた。彼のそんな顔を見るのは初めてだった。彼は目を逸らして、顔を背けた。
「ヒマちゃんもズルいよ」
彼はボソッと呟いた。
その言い方は彼の本心のように聞こえて、私は動揺するが、もうヨルくんとの関係は終わっているので、その反応はしない。
「とにかく!ヨルくん来てくれてありがとう」
「急に話を戻したね。まあそういう雑に流れを戻すところも好きだよ」
この人は相変わらずである。
「それはありがとう」
「流石に病人をこれ以上の無理をさせるのは良くないから、ここで帰るよ。ゆっくり休んでね」
「ありがとう」
彼は嵐のごとく去っていった。
ようやく落ち着きを取り戻し、再び寂しさを感じつつも、こうやってお見舞いに来てくれる人たちがいる温かさを感じられて嬉しかった。
ぼんやりと過ごしていたら22時を迎えて、おじさんがやってきた。
「お待たせ。君を部屋に送ろうと思う」
「普通に歩いて帰れますよ?」
「女の子が夜道を歩くのは危険だし、まだ体調は万全ではないから無茶は良くない」
おじさんが言うことも一理ある。
「確かにそうですね」
「僕が君を部屋に転移させるよ」
「ありがとうございます。でも荷物が教室に」
そう言うとおじさんは指をパチンと鳴らし、彼は私のカバンを持っていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、君を部屋に送るね。
3、2、1……」
再び合図と共に指を鳴らすと、一瞬で部屋の中にいた。
まるでマジックのようだと思ったが、おじさんが魔法使いなので本物だったことを思い出した。
魔法の力は偉大だなと思いながら、自分の部屋のベッドに横になる。
今日は入学式ぐらい濃い1日だった。あの時よりも状況は今の方が良いが、でもこれ以上ミスはしてはならないプレッシャーもあり、時を戻したい気持ちがあるがそれも叶わない。
ただ今は考えることよりも体を休めようとベッドに身を委ねて、長かった1日がようやく終わった。




