第25話 副官の行方
サンダースと始めて会ったのは、無理矢理押し込められた孤児収容所の中だった──。
俺たちの生まれた国は、列強諸国に挟まれた小さな国で、帝国の侵略を受けて敗戦してからは、国中が焼け野原になっていた。
かろうじて残った街には、戦争で家を焼かれた人々が溢れ返っていて、強盗や殺人は日常茶飯事。親を失った子供たちは浮浪児となって、食べ物を求めて街をさ迷い歩く。落ちている物を食べ、ゴミをあさり、時には盗みにも手を染めた。
俺もまた、そんな子供の一人にすぎない。
孤児収容所は決して子供たちを保護するための施設ではなく、これ以上街角で悪さをしないように鍵をかけて閉じ込めておくだけの、ただの牢獄だった。
窓もない小さな部屋に何人も押し込められ、真冬でも暖房器具は一切無い。看守には酷い体罰を受け、食事は粗悪なものばかり。それさえも十分に与えられず、体力の無い子供から順に死んでいった。
そんな中にあってサンダースは、他の子供と少し違っていた。
第一印象は、とにかく良く喋る奴。
聞いてもいないのに、自分の住んでいた家や死んだ家族の事をペラペラと良く喋った。
始めの内は煩わしいと思っていたが、そのうち気にならなくなった。慣れてしまったとも言える。
俺よりいくつか年下の様だったが、一体どうやって今まで生きてきたのか、随分と世間ずれしているように見えた。
本人曰く、『色々あった』らしい。
収容所に入れられてからしばらくして、俺とサンダースは看守の目を盗んで逃げ出した。
ここにいても死ぬだけだ。だったら、例え屋根が無くとも、収容所の外の方がまだ生きられる可能性があると思ったからだった──。
再び街に戻ってからは、サンダースと二人で行動していた。別に意図して一緒にいた訳ではなく、奴が勝手に後を付いてきただけだったのだが、それを心強いと思っている自分も確かに存在していた。
かと言って、二人になってもどぶネズミの様な生活は変わらなかった。
薄汚い格好でいつもお腹を空かせていて、それを満たすには貰うか、拾うか、盗むしかなかった。
盗む時はサンダースがオトリになって店員の気をそらし、その間に俺がパンや果物を袋に入れて盗んだ。
その後はサンダースも俺も、何があっても立ち止まらずに全速力で逃げるのだ。
絶対に捕まってはならない。捕まると殴られ、蹴られ、立ち上がることさえ出来ないほどの仕打ちを受ける。
そんな生活を続けて、俺たちは何とか生きていた。だが路上で生活している以上、冬の寒さだけはどうにもならない。
その日もひどく冷え込んで、地下道の隅に敷いた段ボールの上で、ボロボロの毛布に二人でくるまって震えていた。
少し前からサンダースは風邪を引いていて、余計にぶるぶると震えている。
だが俺にはどうすることも出来なかった。
病院に連れていくことも、薬を買うことも出来ない。ただ身を寄せ合って、寒さをしのぐことしか出来なかった。
どうしようもないやるせなさでいっぱいだった。
俺たちが何をしたって言うんだ。
親が居ない。ただそれだけじゃないか。
大人は誰も助けてくれない。守ってもくれない。
この国には、この世には、
絶望しかないんだ。
力一杯歯を食いしばって、俺は泣いた。
親が死んだ時でさえ涙は出なかったはずなのに……。
自分達の勝手な都合でこんな世の中にしてしまった大人が憎くて、それをどうする事もできずただ震えているだけの自分が情けなくて。
とめどなく、涙が溢れた。
どのくらいそうしていただろうか。
ふと誰かが地下道を歩いてくる足音がした。その足音は少し奇妙で、何かを引きずる様な変な音が混じっていた。
足音が目の前で止まったので顔を上げると、そこには髭もじゃの老人が立っていて、黙ったままこちらを見下ろしている。
老人は右足の太股から下が無く、代わりに木をただ削って作っただけの義足が付いていた。
奇妙な音の原因はこれか。そう思って見上げていると、老人はしわがれた声で言った。
「……お前、名前は?」
「……」
俺は答えなかった。
変わりに老人を鋭く睨み付けた。大人は嫌いだ。
しかし老人は気を悪くするどころか満足そうにくっくっくと笑った。
「──いい目だ」
そう言うと、義足の右足を前に投げ出す様にその場にしゃがみ込み、しわしわの手を差し出した。
「お前、殺し屋にならないか──?」
今思えば、あの時元締めの手を取った事が本当に正しかったのかどうかはわからない。
だが少なくとも俺には、共に行動する仲間ができた。帰る家ができた。そして、それを守る為に生きようとしている。
殺し屋なんて、ろくでもない仕事をしながら──。
そう言えばシュウはどうしているだろう。もう村に帰ったのだろうか。
あいつは単独行動を好むから、他の仲間と連絡を取り合わない。
あいつがゴルダ村にやってきた時も、打ち解けるまでに苦労したものだ。
あいつの場合は孤児ではなく、虐待を受けて家出してきたクチだから、元々他人を信用しないところがあった。
ソールも似たような境遇だったが、シュウよりはずっと大人だったし、始めから歩み寄る意志があったからさほど苦労はしなかった。
ああそうだ目下の問題は、最後にゴルダ村にやって来たあいつだ。
いまだに何を考えているのか良くわからない。それどころか、仲間を仲間だと認識しているのかどうかも怪しい。
仕事の依頼は一切受けず、自分の部屋に引きこもったままめったに出てこない。時には食事も摂らずに一日中研究に没頭しているのだ。
自分の事は何一つ明かさず、名前さえ言わないので、仲間からは『秘密』という意味でセグレトと呼ばれている男──。
あいつをもう少し何とかしないと──……
「おえぇッ!!」
鼻を突く強烈な臭いに、スノウは酷い吐き気を覚えて飛び起きた。
何だこの臭いは。
ゴホゴホと咳き込むと、更に胃の中のものが込み上げて来て慌てて口を押さえる。
その時になって初めて、両手を繋いでいた手錠が外されていることに気付いた。見ると足枷もない。
「──すごっ、一発で起きた。やっぱりセグレトの作った薬は効くなあ……」
すぐ近くで声がして振り返ると、シュウが手に小瓶を持ったまま片膝を付いて座っていた。
「シュウ! ……お前、村に帰ったんじゃなかったのか?」
涙目になりながらそう尋ねると、シュウは途端に不機嫌な顔をして答えた。
「人に助けてもらっといて言うことそれ?」
どうやら助けてくれたらしい。しかし、もう少し優しい起こし方はないものか。まだ胸くそが悪い。
「ソールの様子も何かおかしかったし、ちょっと気になってスノウの後を付けてて正解だったね。──って言うか助けたお礼をまず言ってもらいたいね!」
腕を組んでふんぞり返る様にしてシュウは言った。
「後を付けてた? ……もしかしてあの毒ガスもお前の仕業か!」
半身を起こした姿勢のまま、スノウはじろりと黒髪の少年を睨む。
「ああ、あれはセグレトの新作。村を出るときに渡されたんだ。スノウに試してみてくれって。吸い込むと即座に意識が無くなるんだって。一応、身体に害はないらしいけど」
「アイツまた俺を実験台にしやがって──!」
スノウはこぶしを強く握り締めて呟いた。
村に帰ったら真っ先に奴の部屋に乗り込んで、このこぶしを横っ面にめり込ませてやる。
新鮮な空気を肺に浸透させてからまわりに目をやると、憲兵たちはまだ気を失ったまま荷台に転がっている。意識が途切れた時のままの状態だ。
恐らくこのトラックの運転手と助手席の憲兵も、道路の障害物を取り除こうと車外に出たところで同様に倒れているのだろう。
「それにしても、スノウもヘマやったもんだね。正体がバレて捕まるなんてさ。腕が落ちたんじゃないの?」
にやりと憎たらしい笑みを浮かべてシュウは言った。
「腕が落ちたんじゃない。誰かに密告されたんだ」
「誰かって? もしかしてこの間のメモリ見つかっちゃったの?」
「あれはまだ使ってない」
「じゃあ何でバレたんだよ。サンダースの話じゃまだ何もしてないんだろ?」
訝しげに眉を寄せながらシュウが問うた。
「俺の顔を知っている少女がいたんだ。彼女だけは俺がスパイであることを最初から知っていた」
「それってもしかしてさっきまで一緒だったあの女?」
シュウのその言葉に、スノウは無意識に顔をしかめた。
ずっと後を付けていたということは、自分と司令官が二人だけで研究所に行っていた事も知っているということか。
「……そうだ」
少し不機嫌な顔でスノウは答えた。何となく面白くない。
そんなスノウの様子に気付きもしないシュウは、当然とばかりに言った。
「だったらその女が密告したってことじゃん」
やはりそう考えるのが普通だろうか。
だが最後に見たあの怯えたような表情は、何を意味するのだろう。それに、本当に彼女がそんなことをするだろうか。
「……いや、彼女じゃない。密告者は別にいるんだ」
しばらく沈黙してからスノウはきっぱりと断言した。自信に満ちた声で。
あの時の表情なんて関係ない。自分にはどうしても、司令官が密告したとは思えなかった。
「なにその自信。なんか根拠でもあるわけ?」
呆れたように言うシュウに対し、スノウは不敵な笑みを浮かべる。
「そんなものは無い。直感だ。だが俺はこういう時の直感は信じることにしている」
「はッ? なに? ただのカンってこと?」
「そうだ。ただのカンだ。だが闇雲に言ってるわけじゃない。疑わしい奴が一人いる」
「疑わしい奴?」
ピーッ! ピーッ! ピーッ!
突然、どこからかアラームの様な電子音が聞こえてきた。
「何の音だ?」
耳を澄ませながらスノウが怪訝な表情をすると、シュウは思い出した様に言った。
「昼間使ってたレーダーが反応してるんだ」
「レーダー?」
「だってスノウ、昼間ずっとちょこちょこ車で動き回ってただろ? だから見失わないように、車に発信器付けてたんだ」
シュウはズボンのベルトに通した小物入れから携帯電話の様な何かの端末を取り出すと、隅のボタンを押して画面を開く。
「すっかり忘れてた。このレーダーから一定の距離を離れると警告音が鳴るようになってたんだった……」
車とは、視察の際に使っていた司令官用の軍用車のことだろう。いつの間にそんなものを仕掛けていたのか。相変わらず身軽で忍者の様な奴だ。
「何故それが今鳴るんだ?」
レーダーの画面から発せられる青白い光に顔を照らし出されたシュウに、スノウは尋ねた。
一定の距離というのがどのくらいなのかわからないが、シュウが自分を追ってあの軍用車から離れたのが原因ならば、今アラームが鳴り始めるのはおかしい。
スノウが気を失う直前から、このトラックは停止したままなのだ。
スノウの問いに、シュウはレーダーの画面を指で操りながら答える。
「どうもあの車の方が動き出したみたいだね」
「……それはまずいな」
低くうめくようにスノウは呟いた。
「まずいって何が?」
一体何がまずいのかわからない様子のシュウは、スノウがゆっくりと立ち上がるのを片膝を付いたまま見上げた。
吐き気はまだ少しあるが動くには支障はない。スノウはだらりと気を失ったままの憲兵の一人を仰向けさせると、両脇を抱えてずるずると引きずり出した。
「なにしてんの?」
「こいつらを車から下ろすんだ。お前も手伝え!」
「なんで?」
「この車を拝借する。すぐにあの軍用車を追いかけるんだ」
「はッ? 追いかける? なんで?」
訳が分からないシュウは困惑しながらスノウを目で追う。
「あの車は司令官専用車だ。動き出したのなら乗っているのは彼女だ」
そして運転しているのは間違いなく、司令官専属ドライバー。
「……もしかしたらやつらの目的は、始めから司令官だったのかもしれない──!」
シュウはやはり訳が分からなくて、スノウが額に汗をにじませながら憲兵の男たちを運び出そうとしているのを、ただ茫然と眺めた。




