第20話 司令官の決意
ドォォーンッ!
木々が青々と生い茂り、様々な野鳥達が自由を謳歌する里山に、大きな音が鳴り響いた。
鳥たちは一瞬にして大混乱に陥り、散り散りになって空の高みに飛び去っていく。
ドォォーンッ!
間を置かずして再び同じ音が響き渡る。
大地を揺るがす様なその音は、噴煙を上げながら突き進んでくる鉄の塊から発射されたものだ。
距離は十分にとってあると思うのだが、それでもこの衝撃。威力の大きさを物語る。あれで空砲だというのだから、実弾であったならどれ程の破壊力なのだろうか。
「やっぱかっちょいーねー戦車!」
双眼鏡を覗き込みながらガンデルク基地司令官ツルギ・ハインロット大佐は感嘆の声を上げた。
小高い丘の上に建てられた屋根型のテントを日除けにして、肘付きの折りたたみ椅子に浅く腰掛けている。
迷彩柄の衣服に身を包んではいるが、やはり場違いな感じがするのは自分だけではないはずだ。
「あ、向こうも戦車出してきた!」
広く拓けた平野の向こうに、きゅるきゅるとキャタピラを軋ませながらもう一台の戦車が現れた。砲口に稲妻のような光が見えた刹那、腹部に直接響く爆音が轟く。その衝撃は空気を伝い、木の枝を震わせた。
『ピーッ……ガッ、訓練終了、訓練終了!』
後ろから途切れ途切れの声が聞こえた。司令官の斜め後方には訓練部隊の指揮官が控えていて、彼の持つ無線機が部下達の交わす通信を拾ったのだ。
「すごい迫力ですねえ! あんなのが出てきたら人間なんてひとたまりもないですね!」
ヒメルが頬を紅潮させながら興奮気味に言った。彼女もまた司令官と同じく迷彩柄の戦闘服に黒い編み上げブーツを履いている。
「確かに威力はすごいけど、あの車種は足が遅いし、視界が異常に狭いから、ヘリに上から狙われたら成す術なしだよね〜」
「……前からそんな気はしてたんですけど、司令官って結構ミリオタですね」
苦笑いを浮かべながらヒメルは言った。それに対し司令官は双眼鏡の視界を一度外して、隣に立つヒメルの顔を見上げながら異を唱える。
「え〜、違うよ〜。あたしこれでも司令官だよ? それぐらい知ってて当然でしょ。それにあたしは戦闘車両より火器の方が好きなの。狙撃用ライフルとか見てるとゾクゾクしちゃうもんね」
(人はそれをミリオタと言う……)
無表情で二人の女性の会話を聞きながらスノウは胸中で呟いた。
ここは共和国軍が訓練で使用する演習場。
ガンデルク山の山麓にだだっ広い原野や山林が広がっている。軍の手によって管理される国有地で、敷地内には射撃場や訓練部隊の為の宿泊施設などもある。
今日は新司令官への挨拶も兼ねて、戦車部隊を主軸にド派手なデモンストレーションが行われていた。
「いや〜楽しかった! 資料では見てても、やっぱり実際に見るのとは迫力が違うね。みんなしっかり訓練してるみたいだし。よし! +5の判定をあげよう!」
司令官は折りたたみ椅子の背に寄りかかると、満足そうに言った。
「あっ、ありがとうございます!」
訓練部隊の指揮官は恐縮しつつも歓喜の声を上げる。
+5とは、0を除く−5から+5まで10段階ある評価のうちの最高点である。
「──ところで、私もあの戦車を運転することはできるのかな?」
「えっ? あ、あれをですか?」
突然尋ねられて訓練部隊の指揮官は狼狽えた。興味を持ってもらえたのは嬉しいが、この少女に操縦を任せるのは一抹の不安が残る。そんな顔だ。
「司令官。そろそろ時間です」
上機嫌で双眼鏡を覗く少女に内心呆れつつ、スノウはさっと側に近寄って声を掛ける。
「はいはい。時間ね」
そう返事をしてから立ち上がると、司令官は手にした双眼鏡を訓練部隊の指揮官にぽいっと投げるように渡した。そしてあれほど感嘆の声を上げていたにも関わらず、実にあっさりとした別れの挨拶を彼に告げてから、その場を後にした。
「このあとは何だっけ?」
「改修工事が終わった射撃場の視察です」
「ああ、完全システム化されたっていう射撃場ね」
スノウは少々意外な返答に目をみはった。事前に渡しておいた予習資料に、ちゃんと目を通しているようだ。
丘の傾斜を下った先にはオリーブドラブ色で塗られた部隊指揮官用の軍用車が停まっていて、その脇には専属ドライバーのトーマが立っている。いつもの黒塗りの送迎車ではないが、トーマも迷彩柄の戦闘服を着ているので特に違和感は無い。
トーマは司令官の姿を視認すると、助手席のドアを開けて待ち構えた。司令官が慣れた様子で車に乗り込み、スノウとヒメルもそれぞれ左右の後部座席のドアから乗り込むと、いつもとは違いかなりうるさいエンジン音を上げながら車は走り出した。
射撃場は冷たいコンクリートで固められた建物で、全天候対応型。的の出現から得点計算まですべて自動でやってくれる新システムを備えた施設に改修されたらしい。責任者が自慢げにそう説明していた。
司令官は終始テンションが高めで、あれは何だこれはどうするんだと責任者を質問責めにした。
「司令官は射撃は得意なんですか?」
射撃場の建物の中、遠くに見える小さな円形の的を眺めながらヒメルは司令官に尋ねた。
「うーん、そうだね。割りと好きかな」
「私も小銃射撃は結構得意なんです! これでも去年の検定試験ではランクAだったんですよ!」
ヒメルは聞かれてもいないのにそう言って胸を張った。
「へえ、そんなランク付けがあるんだぁ……」
司令官は意外な様子で言葉を返した。
指揮官以外の共和国軍人は、必ず年に一回は小銃射撃の検定試験を受けなければならず、得点によってランク付けがされることになっている。
「司令官にまでなると、検定試験は受けないんですか?」
「試験みたいのは受けたよ。小銃じゃなくて拳銃だけどね。でもこんな射撃場ではやらなかったし、的もあんな円い的じゃなかったなあ……」
形の良いあごに白い指をあてながら司令官は呟くように言う。
「的って言うか標的はマネキンだったよ。基本的にはどこに当ててもいいんだけど、確実に仕留めるには首の脛椎を狙えって言われたなぁ……」
「……どんな試験なんですか? それ」
ヒメルの中の司令官の清純なイメージはいよいよほころび始めていた。
予定されていた視察をすべて終え、司令官一行は演習場内にある宿泊施設に移動した。
宿泊施設は射撃場からかなり山を下った所にある。飾り気の無い学校の様な建物で、まわりには何も無いが窓からは山のふもとの街が遠くまで綺麗に見えた。
スノウとトーマが泊まる部屋は20畳ほどの大部屋に簡易的なベッドが並んだだけの質素なものだ。しかも日中訓練の様子を視察した戦車部隊の隊員と同室。女性であるヒメルはフロアこそ違うが状況は一緒だろう。
しかし同じ女性でもさすがに司令官は一人部屋で、部隊指揮官用の特別室に泊まっていた。
「あれ、副官。どこ行くんすか?」
入浴を済ませたらしい上気した顔のトーマに声を掛けられ、スノウは愛用の手帳を軽く掲げて見せた。
「仕事だ。司令官の所に行ってくる」
「相変わらずっすねえ。こんな山まで来て」
御愁傷様とでも言いたいのか、トーマは肩をすくめてニヤニヤと笑ったが、スノウはそんな奴の反応など気に留めることなく部屋を出た。
コンコン、とスノウは通称スイートルームと呼ばれる特別室の扉を軽くノックした。明日からの予定の変更事項を司令官に伝える為だった。
しかし、ゆったりと空間を使ったどこぞのホテル並みの特別室に彼女は居なかった。
まったくあのお嬢様は。
一体どこへ行ったのだろう。
毎度のことながら予告も無しに居なくなるのはやめてほしい。これが他の人間ならば別に焦って探すこともないのだが、他の誰でもない司令官である彼女だからこそ、居ないでは済まされないのだ。
周辺を探してみるが、近くにいるような気配がしない。トイレという訳でもなさそうだ。
(建物の外か……?)
スノウは少女の姿を探しながら屋外へ出た。
司令官が行きそうな所に足を向ける。確証は無かったが、何となく予想できた。
「何をしているんですか? こんな所で」
司令官はあたりに夕暮れが迫る中、宿泊施設の裏手にあるモータープールに立ち尽くしていた。
「ねえ、これ運転できる?」
そう言って、車体に分厚い装甲を貼り付け、頭に機関銃を載せた戦闘車を指差しながら、少女は尋ねる。その問いに、スノウは更に疑問形で答える。
「できるとしたらどうするんです?」
「行きたいところがあるの。これに乗って連れて行って!」
スノウは眉間にしわを寄せながら頭を押さえた。
またこの少女は。とんでもないことを簡単に言ってくれる。
「私的な用事に戦闘車を運行するつもりですか?」
「あたしは技術的なことを訊いてるの」
スノウは大きなため息をついた。
「操縦自体は普通の車と変わりませんよ。ですが、一体どこに行くと言うのです?」
「うーん、街の方」
「戦闘車なんかで行ったら目立ってしょうがないでしょう! 下手をしたら通報されますよ?」
スノウは呆れ顔で言うが、少女は平然と言い返す。
「大丈夫だよ『訓練中』って紙を貼っとけば!」
スノウは頭を抱えた。
「ねぇ、いいでしょ? 視察がスムーズに終わるように資料もちゃんと読んだ。今日一日大人しくしてたんだから!」
妙に聞き分け良くこちらに従うと思っていたらそう言うことか。
「駄目です。そんな時間はありません。第一、今から街へ行ったとしたら帰る頃には夜中になってしまう。明日も朝から予定が詰まっているんです」
そう言うと、スノウは司令官を部屋に連れ帰ろうと彼女の両肩を掴んで車の前から引き剥がした。
「やだやだ! ねえお願い! どうしても行きたいの! 行って確かめなきゃいけないの!」
「では視察の最終日に時間があればスエサキに送迎させましょう」
早々に屋内に連れ戻そうと妥協案を提示すると、司令官は血相を変えてすがり付いてきた。
「ダメだよ! あたしはあなたと二人で行きたいの! あなたが側にいてくれたら、あたしもう一度あの場所に行く勇気が持てる気がする!」
スノウは困惑した。こんなに必死な様子の司令官は始めて見たのだ。
そうまでしてその場所に行きたいと言うのだろうか。
その場所とは一体──
「──まさか研究所に行くつもりですか?」
「──!?」
何気なく呟いたことをスノウは直後に後悔した。司令官が一瞬だけ、軽蔑するような表情をしたからだ。
だが、それからすぐ半ば諦めのような笑みを浮かべて言った。
「……あたしのこと、調べたのね?」
スノウは何も答えなかった。答えられなかった。
少女は深く息をすると、居直るように強い眼差しをスノウに向けた。
「……だったら話は早い。あたしたちが会ったあの日、何があったのか教えてあげる。知りたければ、あたしをあの場所に連れていって!」
そう言った少女の瞳には決意の色がにじむ。
その瞳は、あの日に会った瀕死の少年と、確かに同じ色をしていた──。




