第19話 予期せぬ宅配便(二人目)
ピンポーン!
アパートの玄関で呼び鈴がなり、スノウがドアを開けると、そこにはサンダースがいた。
「どーもー。お届け物でーす」
「……」
スノウは呆れてしまってすぐには言葉が出ない。それをどう勘違いしたのか、サンダースはしたり顔で言った。
「お? もしかして分からないのか? 俺だよ俺!」
「知ってるわ! ──まったくお前らは、二人揃って何をやってるんだ……」
心底げんなりして、スノウが半眼でうめくと、サンダースは口をポカンと開けて言った。
「二人って?」
「シュウもこの間、まったく同じ格好でここに来たぞ」
「えっ、シュウのやつ来たのか?」
シュウと聞いてサンダースはあからさまに嫌そうな顔をする。
「お前らわざとやってるのか? こんな短期間に宅配便が何回も来たら目立つだろうが」
「別に何回来たっていいだろ。通販マニアってことにしとけば」
スノウの懸念をサンダースはまったく気にする様子もない。
「それに、そんなことより競技会で優勝する方がよっぽど目立つと思うけどー」
気にしないどころか逆に皮肉めいたことを言われ、スノウは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
「あれにはいろいろと事情があったんだ。お前はテントでとうもろこし売ってただけだろ?」
「俺だってあの後大変だったんだぜ? やたらせっかちな憲兵のおっさんに捕まって事情聴取まで受けて──」
「知るか! そんな事はどうでもいい」
つい声が大きくなってしまったスノウは、軽く咳払いをしてから続けた。
「ちょうど俺もお前に用があるんだ。先にそっちの用件を言え」
面倒だが一応聞いてやる。そういう態度でスノウはぶっきらぼうに尋ねる。
「シュウがソールから預かった金を持ってきたんだ。だからお前に借りた金を返そうと思ってさ」
そう言ってごそごそと懐から封筒をだすサンダース。
「……なんでそんなところばかり律義なんだお前」
それを受け取りながらスノウは低く呟いた。
「なんか返さないと気持ち悪くてさ。それとちょっと分かった事があったから報告に──」
その言葉に、スノウは目付きを鋭くした。
「あのお嬢様の両親、やっぱ日本人だった」
胸ポケットから一枚の集合写真を取り出して見せながらサンダースは言った。
写真には、平たい顔に細い目をした白衣の男たちが並んで写っている。中には女性と思われる者も数人。
「その一番後ろの列の、左端の二人が両親なんだ。二人とも科学者で、同じ研究所の研究員。名前は〜、あれ、なんだったかな〜。日本人の名前は覚えづらいんだよな〜」
サンダースは唸りながら思い出そうとしたが、すぐに無理と判断したようで「まあいいか」と顔を上げた。実際、さほど重要なところでも無さそうなので、スノウは敢えて追求もせず流し、もう一度写真に映る人物を見る。
やはり、司令官とその両親だという科学者夫婦は、まるで似ていなかった。
「その後ろに写ってる研究所はもともと日本の製薬会社の研究所で、共和国に併合された時に正式な軍の研究施設になったんだ」
「製薬会社? ……薬品の研究所なのか?」
「いや、そこでは遺伝子の研究をしてたらしい」
「遺伝子?」
スノウはその聞き慣れない単語に訝しげに眉をひそめた。
「難しくて俺にも良く分かんないんだけど、生物の身体の一部から人工的に細胞を再生させる技術で、クローン? とか何とか……。でも調べてみると、その研究所には色々と黒い噂があるんだ」
「黒い噂?」
「人体実験をしてたとか、ヒトのクローンを研究してるとか。まあ、あくまでも噂なんだけど……」
確かになかなかに黒い内容だが、にも関わらずサンダースは平然とした表情で言った。
(……黒い噂、か)
スノウは腕を組んで、開け放たれた玄関のドアにもたれ掛かった。
もともと日本という国自体、謎が多い国だ。いや、『国だった』。
最先端の科学技術と独自の文化を合わせ持ち、小さな島国でありながら世界に多大な影響力を持っていた国。
人工に比して研究に携わる者の割合が高く、“科学者の国”という呼び名があったという。しかし、結局は経済状態の悪化により国家が破綻するという末路を辿った。
共和国に併合された当時、日本政府の機能は完全に麻痺した状態で、治安も悪く、反政府組織によるテロが頻発していた。その治安回復の為に共和国軍が日本国内に駐留するようになり、反対派もいたが強い民意によりそのまま併合され国自体が消滅したのだ。
ガンデルク基地はその時に進軍した共和国軍のキャンプをもとにできた基地である。
と、ここまでは社会一般的な表向きの事実。実際のところ、経済破綻だけで国が消滅するかは疑問が残る。元日本国民の間では、他国の陰謀説が有力だ。
日本の科学技術を手に入れたかった共和国がテロリストを扇動し、間接的に侵略したのではないかというのだ。
その証拠に、併合されるやいなや官民問わず数々の研究施設が共和国政府の管轄下に組み入れられて現在に至っている。
ただしこれは一つの説に過ぎない。併合から二十年以上たった今でも、はっきりとした史実は明かされないままだった。
「でさあ! 俺ちょっと推理してみたんだけど──」
不意にサンダースが得意気に言い出し、スノウは疑わしげに眉を寄せた。
「推理? まさか司令官がユリス・ハインロットのクローンじゃないかって言うつもりか?」
スノウが先を予想してそう言うと、サンダースは猫の目のような緑眼を真ん丸くした。それはもう鳩が豆鉄砲くらったみたいに。
「それは無いな。クローンって言うのは遺伝子的に元とまったく同じでなければおかしい」
そう冷静な表情で言うスノウに対し、サンダースは頭の上に大きなはてなマークが立ち上がった様な顔を向ける。
「ええっとーつまり?」
「つまり、もし司令官がユリス・ハインロットのクローンだとすると、彼女の性別は女ではなく男でなければおかしいってことだ」
やっと理解したサンダースがなるほどとこぶしを打った。
「そうか! ──ってことはお嬢様は実は男なんだ!」
「そんなわけあるか!」
不覚にも考えるより先に突っ込んでしまった。
一方のサンダースは自分の考えを間髪入れずに否定され、不服そうに口を尖らせる。
「なんで女だって言い切れるんだよ。裸見たのか?」
その問いに、スノウは即答できずに言い澱んだ。
見てはいない。見てはいないが、女性であると思いたい。
いや、今までの司令官とのやりとりを思い出すと、『実は男』という可能性は考えたくない。
そうでなければ、自分は男にキスをされて(頬にだけど)喜んでいた(多少は)ということになるではないか。
それはちょっと、想像したくない。
(しかし、初めて会った時は確実に男だと思っていたし、サンダースの例もある……)
いま目の前に立つこの男は、数ある変装の中でも特に女装をすると、普通の人間にはまず気付かれない。その本人から実際に見てみないとわからないと言われると、確かに反論できない気もするが……。
(──いやいや、彼女は軍人だ! 今は別としても、入隊した当初は士官学校で集団生活をしていたはず!)
朝起きてから夜寝るまで、常に同期生たちと行動を共にする士官学校で、性別を隠しとおすことは不可能だ。
「なんだよ。言いたいことあるなら言えよ。いっつもお前はそうやって一人で考え込むんだ」
黙ったままの仲間の態度に、サンダースは不満げな声を上げる。
スノウは短くため息をついてから、気だるげに口を開いた。
「もしかしたらユリス・ハインロットには姉か妹がいて、そのクローンなのかもしれない。だが……もうやめよう。今ここで議論したところで確かな答えは出ない」
サンダースがこれ以上情報を持っていないのであれば、ここでいくら互いに推測しても、それは推測でしかない。
司令官の出生について調べて来いと命令したのは自分だったが、今はそれを後悔した。
気になるのなら本人に訊けばいいのだ。きっと彼女は、そのことを自分に話そうとしていたのではないか。
少し時間が欲しい。そう言ったのは、自分の出生に関わることだからではないのか。
それなのに自分は仲間にこそこそと探らせて、何だか目下の人間に気を使われたような情けない気分になった。
「司令官の身辺についてはもう十分だ。……報告はそれだけか?」
「あ、ああ」
「なら、こちらの用件だ」
そう言うと、しっかりとサンダースの緑の目を見据えてスノウは切り出した。
「ソールの様子がどうもおかしい」
それまでのどこか飄々とした雰囲気を消し去り、サンダースが真剣な面持ちでスノウを見返す。
「お前もやっぱりそう思うか? ソールちゃん連絡しても全然来てくれないし、来たと思ったらシュウだし。俺もずっと、なんか変だと思ってたんだ」
「──いや、それは別に変じゃないだろ。むしろ普通だ」
「なんでだよ!」
サンダースの突っ込みを無視して、スノウは無言のままあるものを探して部屋の中に引き返した。
「お、おい」
すぐに目的の物を見つけると、何事かわからずに困惑しているサンダースの前に戻り、手にした物を差し出す。
それは小包の中にあった二枚の便箋だった。
「これ、ソールちゃんからの手紙!? なんでお前だけ手紙なんてもらってんだよ! 俺には何も無かったのに!」
「お前馬鹿か? ……いや、馬鹿だったな、すまん。いいから内容を見てくれ」
本気で涙目になっているサンダースに、スノウは何故か謝った。
言われたとおり手紙の内容を読んだサンダースは、不思議そうな顔で首を傾げる。
「なんだこれ、どういうことなんだ? メモリーを使えとか使うなとか。どっちなんだ?」
「使うなと書かれた手紙は箱の底に隠されていた。きっとソールが本当に伝えたいのはこの二枚目の方だ」
「なんで隠す必要があるんだよ。その箱っていうのも、シュウが持ってきたやつだろ?」
「シュウには知らせたくなかったんだろう。何らかの理由で……」
ますますサンダースは不思議そうな顔をする。
「メモリーは使うな。クライアントの指示には従うなと言いたいのだろう。つまり、クライアントには何か俺達が不利になるような裏があるんだ。ソールはそれに気付いた──」
サンダースは言葉を発しない。だが表情からはみるみる余裕が無くなっていくのが見てとれた。
「だがそれを自ら伝えに来られないと言うことは……」
「なんだよぉ、ソールちゃんに何が起きてるんだよぉ」
情けない声を上げるサンダースに、スノウは低く、できるだけ冷静に聞こえる様に告げる。
「ソールはすでに、クライアント側の人間に行動を監視されているんだ──」




