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司令官はまつろわない〜陰謀編〜  作者: 綾部みね子
2章

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第18話 予期せぬ宅配便

 ──ピンポーン!


 アパートの玄関で呼び鈴が鳴った。

 時刻は夜九時過ぎ。こんな時間に誰だろう。

 そう思いながらスノウがドアを開けると、そこにはシュウがいた。


「ちわ。宅配便です」


 もちろんそんな訳がない。シュウはゴルダ村の住人で、殺し屋組織の仲間。黒髪に黒目の、村唯一の日本人。ついでに言えば男。


「こちら、エルド・ロウさん宛です。どーぞ」


 そう言って、シュウは小包を差し出した。

 その姿は確かに運送業者の様なズボンにポロシャツを着て、ロゴがプリントされたキャップを被っている。しかし細身で手足が妙に長く見えるその身体は、重い荷物を担いで届ける事を日常とする配達人には似つかわしくない。

 シュウは仲間の中では最年少で身体も一番小さいが、皮肉屋で、いつも斜に構えた態度で生意気な口をきく。

 腕は立つのだが普段から単独行動を取ることが多く、基本的に他人の言うことには従わない。どちらかと言えば扱いづらい男だ。


「なんでお前が──」

「ここにサインをお願いします」

「ソールはどうし──」

「ここにサインをお願いします」

「……」


 会話にならないのでとりあえず伝票にサインをする。


 シュウがサインにこだわるのは、ちゃんと荷物を届けたことの証明としてソールにでも見せるためだろう。おそらくはそうするように彼女に言われているのだ。


「はいこれ、ソールから」


 伝票をつかみ取ってポケットにねじ込むと、シュウは態度をころっと替え、持っていた小包をぞんざいに放って寄越した。受け取ってみると驚くほど軽い。


「中身は何だ?」

「知らない。僕はソールが届けろって言うから持ってきただけ。開けてみれば?」


 言われたとおりに小包を開けてみると、二つ折りの小さな便箋と、緩衝材として入れられたくしゃくしゃの新聞紙に埋もれるように、USBメモリーが入っていた。

 便箋にはソールの筆跡で、メモリーの簡単な説明と、もう少しだから頑張って、という励ましの言葉が綴られていた。


「ソールは何て?」


 シュウが手元を覗き込んで訊いてくる。


「クライアントから渡されたものらしい。このメモリーを共軍のパソコンに差し込めば、何もしなくても必要な情報が全てコピーできるそうだ。『サルでもできる』だとさ」

「ふーん。だったらわざわざスノウがやらなくても、サンダースにやらせればいいじゃん。サル並みなんだからちょうどいいよ」


 そう言って嘲笑を浮かべるシュウ。

 また始まった。

 シュウは事あるごとにサンダースを小馬鹿にする。一番年齢が近いのもあるが(あと身長も)、どうも奴に対してコンプレックスがあるようだ。


「詳しい任務内容は知らないけど、なんでこの仕事にソールはこんなに人を割いてるわけ? 僕だって久しぶりに村に帰ったのに、休む間もなくすぐに駆り出されてさ──」

「何故ソールは自分で来ないんだ?」

「なんで僕に聞くの? 僕はソールがどうしても行けないって言うから代わりに来ただけだよ。理由なんて知ると思う? そんなの本人に聞いてよ」


 シュウは機嫌が悪そうに眉をひそめて答えた。


 やれやれ。スノウは無言のままため息をつく。

 シュウはいつもこうだ。きっとこれがこいつのコンプレックスの現れ。強くありたいと思う半面、弱味を見せられずつい憎まれ口をたたいてしまう。素直に感情表現ができない分、サンダースの素直さが気に障るのだ。


「わかった。後で聞いておこう。ご苦労だったなシュウ。気を付けて帰れよ」


 そう適当にあしらってから玄関のドアを閉めようとすると、シュウがすかさずドアの隙間に足を突っ込んできてそれを阻んだ。


「ちょっと待ってよ! それだけ? 茶の一杯どころか中にも入れてくれないの? 僕はソールに寝てるとこ叩き起こされてまで来たんだよ?」

「知るか。だいたい配達人が家の中まで上がり込んだら不自然に見えるだろうが」

「ああそーですかそーですか。あなたはこの純朴な勤労少年を夜の闇の中に放り出すつもりなんですね? 行くあてもなく今夜寒さをしのぐ宿もないこの少年を!」


(何だよ、俺が悪いのか?)


 そこまで言われるとさすがに追い返すのも酷な気がして、スノウはドアノブを握る手を緩めた。


「……言っておくがベッドは貸さないからな」


 するとシュウは、強引にドアの隙間に身体を押し込んで中に入り、遠慮もなく玄関に上がり込んだ。


「僕さあ、朝から何も食べてないからお腹ペコペコなんだよねぇ。何か食べる物ないの? あ、ピザとってピザ」

「──帰れ!」






 あれからシュウは思う存分空腹を満たすと、倒れるように寝てしまった──。

 ゴルダ村からここまでかなりの強行軍だったようで、硬い床の上にもかかわらず丸くなったままぴくりとも動かない。


(まったく、生意気なことばかり言ってもガキはガキだな……)


 すやすやと寝息をたてるシュウを見ながらスノウは思った。

 それから散々に散らかされたローテーブルの上のピザの残骸に目をやり、軽く舌打ちをする。

 そのままにしておいても、この寝こけ坊主が片付けるとは思えない。

 スノウはため息を吐きつつ片付け始める。

 ──が、ふとその手を止めた。


 何故ソールは来ないのだろう。

 今回、依頼人と任務の実行者との連絡役はソールだった。ゴルダの殺し屋の中でも、ソールはそういう裏方に回ることが多い。

 いつもなら定期的に実行者の所にふらっとやって来て、途中経過を確認していくのだが、今回はまったく姿を見せていない。

 そう言えばサンダースも、連絡しても来ないと言っていたっけ。

 他の仕事が入ったとも考えられるが、シュウにも理由を明かしていないというのが気に掛かる。

 スノウはおもむろに先ほど届けられた小包の中の手紙をもう一度取り出した。最初から最後まで読み返してみても、特におかしなところは無い。

 だが、何かあるはずだ。

 ソールには、俺があの場で小包を開けることなど分かっていたはずだ。当然その内容はシュウも目にする。シュウには知らせたくない。だが俺には知らせたい、というような内容が、どこかに書いていないだろうか。

 スノウは小包の中に詰められた新聞紙をすべて取り出した。すると思ったとおり、底に二つ折りの便箋がもう一枚。

 そこには、殴り書きのような字だが一枚目の便箋と確かに同じペンで──


『メモリーは使うな』


 と書かれていた。




 ◇◆◇




「なんで?」


 司令官室の執務机に座り、机上にひれ伏すように脱力しながらハインロット大佐が問うた。

 その短い問いに、彼女の副官であるロウ少尉ことスノウは、表情を変えずに聞き返す。


「何が、ですか?」

「毎日こんなに一生懸命働いてるのに、なんで一日も休みがないのっ!?」

「基地司令官とは本来多忙なものですよ。基地においてその職にある者は、あなた一人しかいませんからね」


 彼女の机の前に立って手に決裁まちの書類の束を抱えながら、至極当然とばかりにスノウは答えた。


「ただでさえあなたは交代したばかりで、細々した業務もまだ残っていますし──」

「それにしたって忙しすぎでしょ? もう三週間も働きづめなんだよ?」

「それは私がそのように日程を組んだからです」

「結局原因はあなたじゃないの!」


 真顔で答えたところ珍しく司令官に突っ込まれた。



 確かにこの数週間、司令官には休みなく働いてもらっている。もちろんそれは必要にかられて仕方なくそうなっているのだが、多少の悪意が無いわけでもない。


「そちらの次はこの書類に目を通していただきます」


 ドサッと置かれた書類の山を前にし、司令官の戦意は完全に喪失したようで、涙目になりながらため息をついた。


「あ〜あ、一日中机にかじりついてたらおかしくなっちゃう。気晴らしに外にいきたいなあ……」


 書類にサインをしながら司令官は呟いた。

 そう思うのも無理はない。今日は集中決裁日で、彼女は朝から自室にこもりきりでデスクワークに勤しんでいるのだ。


「そうだ。ねえ、今日どこかにランチしに──」

「行きますか? この状況で」


 そう言った副官の顔には急に影が落ち、表情はいつもどおり冷静なままなのだがなんだか怖い。


「な〜んて、やっぱダメよねえ……」


 そう言って渋々と再び書類に目を落とす司令官。そんな彼女を横目で見ながら、スノウは手帳を開いた。


「外なら行くじゃないですか。来週から訓練視察で演習場内巡りですよ」


 ガンデルク基地所属部隊の訓練の様子を視察しに行くのも、基地司令官の重要な任務の一つだ。


「外って言っても演習場でしょ──」


 そこまで言って、急に司令官は言葉を切った。


「演習場ってもしかして、ここから東にある、山の中の演習場?」


 突然尋ねられ、スノウは返答につまった。

 軍隊の訓練風景というものがまったく似合わないこの少女が、まさか演習場の場所を把握しているとは思わなかったのだ。


「はい、そうです。ご存知でしたか」

「うん……場所だけはね……」


 しかしそれっきり、司令官は押し黙ってしまった。何を考えているのか、少し悲しそうにうつむきながら、ペンを持つ手に力を込める。


(何かあるのか……?)


 しばらく沈黙が続き、さすがに疲れてきたのだろうかと、スノウが休憩のお茶を用意する為きびすを返しかけた時、少女は口を開いた。


「ねぇ、その視察の途中で空いてる時間ないかなぁ……」


 こんな忙しい時に空いている時間など無い。そう言いかけて、スノウは息を飲んだ。

 少女の琥珀の瞳が、真っ直ぐにこちらを射ぬいていたからだ。


「行きたいところがあるの……」


 その瞳は部屋の中でもなお、爛々と輝いて見えた。





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