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司令官はまつろわない〜陰謀編〜  作者: 綾部みね子
1章

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第13話 料理長との再会

 いま目の前のこの男を叩きのめしたい。スノウは素直にそう思った。その為にはどうするべきかと考えれば、まずは競技会に出場することだろう。それが一番手っ取り早くこの男を殴れる。しかも合法的に。


 トーナメント形式のこの競技会で、ヤナギが自分と対戦する前に敗退するという可能性は無いわけではないが、ここまで自信満々に、なおかつ人を見下した態度を取っていながらそれはないだろう。もしそうなったら本当にただの冷やかしだが、確かこの男は士官学校での格闘技試験で二番目に点数が良かったはずだ。ということをいま思い出した。全く興味が無かったので、顔も名前もすっかり忘れていたのだが。

 もちろん一番と二番の点数の間には歴然とした隔たりがあるのだが、それでもヤナギが同期生の中で自分に次ぐ実力の持ち主であることには変わりはない。

 試合に勝ち続けていれば、いずれ対戦することになるだろう。その時に思う存分叩きのめし、後は棄権でも何でもすればいいのだ。


 スノウはそう納得するとくるりと向きを替え、もと来た道を歩きだした。ヤナギたちの脇を通り、司令部庁舎に戻ろうと足を進める。

 すれ違いざま、ヤナギはスノウを鋭い目で追いながら、まるで自分自身に向けた決意表明の様に言った。


「俺は絶対に勝つからな!! 勝ってお前から、司令官を奪ってみせる!!」


 スノウは立ち止まって少し間をあけてから、おもむろに口を開いた。


「……司令官は物じゃない」

「──っな!?」


 ヤナギはカッと顔に血の気を巡らせた。奴のここ一番の喧嘩文句に、いたって冷静に返したからだろう。


 司令官は物ではない。自分の物ではないし、この男の物でもない。どちらが副官に相応しいかなんて、どうでもいい。


「──ただ俺はお前が嫌いだ。向かって来るというなら叩き伏せる。俺が競技会に出る理由はそれだけだ」


 そう言うと、再びスノウは足を進めた。ヤナギはまだ何か言いたそうだったが、スノウは立ち止まらずにその場を後にした。




 妙な気分だった。

 他人に対してはっきりと嫌いだと宣言したのは初めてだったのだ。

 例え敵意をあらわにされたとしても、いつもはこんな風に感情的になることなど無いのに、何故ヤナギの事をここまではっきり嫌いだと思えるのか、自分でもよくわからない。

 あの少女司令官が関わっているからだろうか。だが、それを決定付けるものは、自分の中にはまだ無い。

 ただ何となく、あの少女を含めたその周辺の出来事を無視することが出来ない自分がいることに、自分自身、驚いていた。




 司令部庁舎の自分の部屋に戻ろうとグラウンドを横切って歩いていると、基地のメイン道路の脇に競技会事務局とは違うテントが立っていて、少々人だかりが出来ているのが目に入った。来る時は急いでいて気付かなかったが、ずっとそこにあったらしい。

 テントの色は白ではなくオリーブ・ドラブ色。共和国軍仕様のテントを屋根だけの状態にしたものだった。軍の装備品を持ち出してこんなところで何をやっているのかと近付くと、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「さあ、いらっしゃいいらっしゃい。焼きたてだよ〜!」


 この声は間違いない。サンダースだ。

 軍人ばかりの人だかりに分け入ってテントの前に出ると、目前には業務用の大きなガスコンロがあり、熱気と香ばしい香りが押し寄せる。肝心のサンダースの姿は無く、かわりに基地の食堂の料理長が頭に白いタオルを巻き、汗を流しながらとうもろこしを焼いていた。

 その姿がどういうわけかすごく板に付いていて、口に煙草をくわえ、頑固オヤジさながらとうもろこしと睨み合って焼き具合を見ていた。


 この男が、司令官の親戚にして同居人。

 そう思い、スノウは無意識に視線を鋭くした。


(──そんなことよりもサンダースだ)


 聞き間違えだったか。いや確かにサンダースの声だった。

 一応は相棒であるその男を探して料理長の後ろをうかがうと、やはりサンダースはいた。テントの裏手の芝生の上に積み上げられた木箱に頭を突っ込んで、中から食材を出そうとしていた。

 スノウはテントの側面から裏手にまわり、サンダースに近付いて声を掛けた。


「お前、こんな所で何やってんだ?」


 多少まわりの目が気になるが、皆テントの表の方に気を取られている様なので大丈夫だろう。


「おお! なんだスノウか」


 こちらの気配に気付いていなかったサンダースはびくりとしたが、相手がスノウとわかると、しゃがみこんだままこちらを見上げて答えた。


「何って見りゃわかるだろ、出店で焼きとうもろこし売ってるんだよ」

「仕事はどうしたのかって意味だバカ! 潜入捜査はどうなった? もう調べてきたのか?」


 ツルギ・ハインロットの出生。本当の両親について、もっと詳しく調べろと言っておいたはずだ。もっと詳しくだから、当然それなりの時間を要するとは思っていたのだ。それがもう調べがついたのだろうか。こいつ、いつからそんな有能になったんだ。


「いやあ、それがさ、調べようと思ったんだけど資金が底をついちまって、変装する金も無くてさ。仕方ないからしばらくバイトして金貯めてんだよ」


 スノウは全身の力が抜け落ちるのを感じた。

 この男、あれから今までずっと基地の周辺に潜伏しながらアルバイトをしていたのか。


「そんなことしなくても、ソールに連絡を取ればいいだろう?」

「それが連絡したんだけど、ソールちゃん全然来てくれなくて……。俺、もう寂しくて死にそう」


(むしろいっぺん死ね!)


 うなだれるサンダースにスノウは心の中で叫びつつ、小さく息を漏らした。


「金ぐらい俺が渡してやる」

「マジで? ラッキー! あ、そうだ。お礼と言っちゃあ何だけど、お前に言い忘れたことがあってさ」

「言い忘れたこと?」

「例の軍の研究施設。お嬢様の本当の両親が働いてるってやつ。あれ、日本にあったってこと言ってなかったよな」


 そう言ってサンダースは立ち上がり、申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせながら告げた。


「もともとその研究施設は日本国のものだったらしい。今は共軍に組み込まれて移転したらしいけど、跡地は意外とここの近くじゃなかったかな」


 そうか、それでこの男は科学者夫婦を日本人ではないかと言ったのか。


「それで、そこは何の研究をしてたんだ?」


 スノウが尋ねると、何故かサンダースは誇らしげにふんぞり返る。


「それはお前、これから調べるんだよ」

「威張るな!」


 そうスノウに突っ込まれても、サンダースは気にするそぶりもない。それどころか聞こえてもいないのか、全く別のことを考えている様子で眉の両端を下げた。


「ソールちゃん何で来てくれないんだろ。何かあったのかなあ……」

「顔も見たくないんだろ」


 スノウがポツリと小さく呟く。しかしやはりサンダースには聞こえていないようだ。


「おいバイト! 何もたもたしてんだ!」


 急に苛立たしげな声が上がり、スノウはその声の方に顔を向けた。タオルで顔の汗をぬぐいながら、料理長がこちらに向かって怒鳴っている。


「はいはいすいません! いま持っていきますよ~!」


 サンダースは皮とひげが取り除かれ実が艶々に輝くとうもろこしを両手いっぱい抱えて立ち上がると、「ったく、人使い荒いんだから」とぶつぶつ言いながら出店の方へと駆けていく。その背中を目で追っていたスノウは、サンダースと交替するようにこちらにやってくる料理長と目があった。


「よう、また会ったな副官」


 料理長は先程までの剣幕はどこへやら、顔に気さくな笑顔を浮かべながら言った。


「あんたあのバイトの知り合いか?」

「……いえ、まったく」

「そうだよな。あんな弱っちいチンピラみたいな奴、エリートのあんたが知るわけないよな」


 そう言って煙草を取り出しながら、料理長は特に不審に思うこともなく納得している。どうやら食堂のおばちゃんと同一人物とは思っていないようだ。

 今日のサンダースは変装をしていないせいか、どこにでもいるちょっとやんちゃなフリーターにでも見えるらしい。


「そう言えば、まだ名前も聞いてなかったよな」


 料理長は火を付けた煙草から大きく息を吸うと、同じ分だけ煙を吐き出しながら言った。


「オレはジェイス。あんたは?」


 何でこんなところでお互い名乗らなければならないのだ。しかも向こうは明らかに人に名を尋ねるような態度ではない。──とは思ったが、確かに気になる人物ではあったので、多少のことには目をつむった。


「エルド・ロウ。少尉です」

「ああ階級はいいや。オレは軍人じゃねーし。エルドでいいだろ? あ、あと敬語もいらねー」


 初対面というわけではないにしても、たいして言葉も交わしていないのに、いきなり慣れ慣れしい男だ。


「ところでどうよ」

「……?」


 いきなりどうよと言われても、何のことだかわからない。スノウは怪訝な顔をするが、ジェイスは構わずニヤニヤしながらこちらの反応をうかがっている。


「何のことだ?」

「あいつだよ、お姫さま。どうせいろいろやられてるだろ?」


 そう言われ、色々思い当たるスノウはああ、と小さく返事をした。


「あいつの面倒みるのって疲れるだろ? ホント無茶苦茶な奴だからさあ。お守りするこっちの身にもなれっての」


 そう言って、ジェイスは苦笑いしながら煙草を吹かした。ここの基地、指定された場所以外は禁煙のはずなのだが……。それはともかく、このジェイスという男も、あの少女には手を焼いているのだろうか。もしかしたら少女の父親に言われて、無理矢理ここまで着いて行かされたのかもしれない。そう考えると、いくらか警戒心が薄らいだ。


「ハインロット大佐は前からああいう性格なのか?」


 いつか副司令官に投げ掛けた問いを、スノウはもう一度口にした。ジェイスはその問いに、肺の中の煙を上空に向かって吹き上げながら答える。


「あれは完全にやっさんの影響だな」

「やっさん?」

「親父さん。あいつの父親。結構な力のある政治家なんだけど、娘にはかなり甘いんだ。あの人も相当な変わり者だから、その影響だな」


 やはり副司令官と同じことをジェイスは言った。しかし、


「でも、オレが初めてあいつに会った時は、あんなんじゃなかったんだぜ?」


 と、新たな情報を付け加えた。


「ガキのくせにこの世の終わりみてえな顔して、すっげえ暗い奴でよー」


 スノウは眉をひそめた。暗い顔をした司令官が、今ひとつ想像出来ない。


「やせっぽっちで坊主頭で、子ザルみてえだった。そのくせやけに大人びたしゃべり方する、可愛げのねえガキだったなあ……」


 スノウは更に眉間のしわを深くする。


 やせっぽっちで、坊主頭で、子ザル……。見た目の割りに大人びたしゃべり方をする、少年──……。




 脳裏に、ある日の情景が一瞬だけ焦点を結ぶ。




 荒廃した街角の、陽の差さないビルの隙間。鼻をつく異臭。

 弱々しくうずくまる、少年。



(──あ……そうだ)




 やっと思い出した。

 彼女は、あの時の──。





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