第11話 司令官ファンクラブ
格闘技競技会の開催を知らせる告知が発表され、ガンデルク基地はその話題で持ちきりになった。基地内のどこかで隊員が二人以上集まればまず競技会のことが話題に上がるといった具合だ。そこで決まってささやかれることは、優勝者に与えられる“特典”についてだとトーマは語った。
「司令官は格闘技観戦が大好きで、優勝者には司令官がみずから何でも望みを叶えてくれる裏の特典があるっていう噂が広まってますね」
副官室の自分の執務机でその報告を受けたスノウは、やはりそう来たかと顔をひきつらせた。
どうやら司令官は例の案を公式発表にはのせず、人から人へ伝えていく逓伝方式に変えたようだ。ただこの方式は伝わって行くうちに少しずつ形を変えてしまうという欠点がある。
確か格闘技観戦が大好きだなんて一言も言ってなかったような気がする。
「その噂を流すように仕向けたのが司令官本人だとして、どうやってそれを一番最初の人間に伝えたんだ?」
そうスノウが疑問に思うのは当然だった。
普段の生活の中で基地司令官が一般の隊員と接触する機会など全く無いからだ。例え基地内の移動であっても車を使うくらいだ。ヒラ隊員がおいそれと近付ける訳がない。更に向かう先には常に副官が付き従う。自室に居るとき以外、一人になる時間などない。スノウが知る限り、司令官の今までの行動の中に誰かと接触しているようなそぶりは何も無かったのだ。
「言っときますけど俺じゃないっすよ」
副官の問い掛けにドライバーはすかさず答えた。こちらはまだ何も言っていないというのに。
「じゃあ一体誰が──」
そこまで言いかけて、スノウはその先を言うのをやめた。
「何となく俺、わかる気がする……」
トーマが視線を斜め上に流しながら言った。
ああそうだ。彼女しかいない。ヒメルだ。
彼女は一般の隊員と同じく兵舎で生活している。おおかた司令官の昼食の時間にでも密命を受けたのだろう。
「何気にあいつって、トラブルメーカーなんすね……」
感心するようなところでは決してないのだが、そう呟いたトーマは何故か妙に感心するような顔をしていた。
格闘技競技会の開催日が間近に迫り、基地内はにわかに浮き足立った。今日から競技会へのエントリーが開始されたのだ。
人の口に戸は立てられぬとはよく言ったもので、一度広まった噂をどうすることもできず、ただ流れに委せるしかなかった。
相変わらず、スノウは司令官との事を思い出せない。こういうことは何かキッカケがないと難しいのかもしれない。それにはっきり言って、思い出す必要性をあまり感じていなかった。
もしかして本当に司令官の勘違いかも知れないし、出会っていたのが事実だとしても、今更その時のことを思い出したからと言って、どうにかなるわけでもない。すべてあの少女が一方的に言っているだけのことだ。
ただこちらが勝負を放棄したと知れば、司令官は怒ってスノウがスパイであることを暴露してしまうかもしれない。しかしそれならそれで仕方がないと、スノウは思っていた。
そうなった時は即座に行方を眩ませば良い。仮に捕縛されたとしても何とかなるだろう。
司令官はスノウがスパイであることは知っているが、サンダースの存在には気付いていない。
かなり不本意ではあるが、あいつの手を借りればいつでも逃げることは可能だ。そう自分の中で結論付け、スノウはいつもどおりエルド・ロウとして仕事をこなしていた。
サンダースと二人で村に逃げ帰ったとなれば笑われるだろうな……。
特にソールなんか腹を抱えて大笑いしそうだ。
けらけらと笑い転げるソールが脳裏に浮かび、スノウは大きなため息をついた。
やはり自分には、暗殺以外の仕事は向いていない。どちらかと言えば潜入工作はソールの得意分野なのだ。
基地司令官に追従して一日中外回りだったスノウは、溜まった業務を処理する為、副官室の自分の机で残業をしていた。
司令官はと言うと、先ほど就業時間の終了とともに宿舎に送り届けた。
副司令官に聞いた彼女の同居人について少し気になって、いつもよりも長く後ろ姿を見送っている自分に気付いた時は、我ながら情けなくなったが。
ドライバーのトーマは送迎が終わるとさっさと兵舎に帰り、いま副官室に居るのは自分と何やらパソコンに向かって作業をしているヒメルだけだった。
「ロウ少尉。私、コーヒー入れますが、少尉も飲みますか?」
しばらく無言で残業していたヒメルが、ふう〜と息を吐いてから立ち上がって言った。
「ああ、頼む」
ちょうど一息付こうとしていたタイミングだったので、スノウも椅子から立ち上がると、自分からカップを受け取りにポットがある茶器戸棚まで行った。
「まだかかりそうなのか?」
受け取ったコーヒーカップを立ったまま口へ運びながら尋ねると、ヒメルは自分用の何かのキャラクターが描かれたマグカップにコーヒーを注ぎながら答える。
「はい、もう少し。明日までに競技会で出すお弁当の発注をしないといけないんです」
「そうか、招待客の昼食はセイジョウが担当しているんだったな……」
他愛ない会話をしながら二人で立ったまま休憩していると、突然ノックの音が響いた。
「──?」
こんな時間に誰だろうか。
「どうぞ」
そう返事を返すと、まったく知らない男たちが数人でぞろぞろと室内に入ってきた。
一体何が始まったのかとヒメルの顔を見ると、ヒメルも訳がわからないといった表情を返してくる。
「就業時間外にすいません。ロウ少尉に用件があって来ました」
数人の男たちの中でリーダーとおぼしき男が、きびきびとした口調で言った。その男は士官で、肩の階級章からスノウと同じく少尉であることがわかる。どうやらこの男たちの中で一番階級が高い様だ。
「はい。私に何かご用ですか?」
スノウがコーヒーカップを片付けてリーダーの男に近付くと、男は少しはにかんで言った。
「やあ、俺は第8沿岸警備隊のヤナギ少尉だ。士官学校では同期だったよな」
「……そう、でしたか?」
同期と言われてもまったく見覚えが無いので、スノウは曖昧に返事をした。
軍隊という所はやたらと同期の繋がりを大事にするが、スノウはそれをただ煩わしいとしか思っていなかった。
「首席の君に比べれば目立たなかったかもしれないが、それなりに良い成績だったんだ」
覚えられていなかったのが不満だったのか、大真面目な顔をしてヤナギと名乗る男は言った。
そんなことを言われても、覚えていないものはいないのだ。
「で、私に何の用ですか?」
わざとバッサリと切り捨てる様に言うと、ヤナギは小さく咳払いをして口を開いた。
「君は士官学校の格闘技試験で最高得点を叩き出した男だ。だから、今度の競技会で是非とも俺たちに協力してほしい」
「……協力?」
そう聞いて、今までの経験上あまり良い予感がしない。
「君もあの話は知っているだろう。今回の格闘技競技会の優勝者には司令官本人から特典が与えられるって」
「はあ……、まあ」
「俺たちはその特典を手に入れ、司令官にファンクラブの設立を認めてもらおうと思っているんだ」
「──はっ!? ファンクラブ!?」
何を言ってるんだこの男は。
「その為にいま同志を集めているところなんだ。確実に優勝を狙う為には同志は多い方がいい。ロウ少尉が仲間に加わってくれたら百人力だ!」
そう熱く語るヤナギの目はやけにキラキラと輝いて見える。
(大の大人がガン首揃えて何をアホなことぬかしてるんだ。ここは共軍の最前線部隊じゃないのか?)
スノウはため息を吐き出すと、頭を小さく左右に振った。何だか最近ため息をつくことが随分と増えてしまった。
「生憎だが、私はそういうことには興味がないんです」
冷たく一蹴したスノウの言葉に、ヤナギとその後ろの男たちは息を飲んだ。
「君はあれだけ司令官の側にいながら、あの方の事を何とも思っていないって言うのか?」
(何ともって何だ? 何を思うって言うんだ?)
スノウが何も答えず黙っていると、ヤナギは恍惚とした表情で天井を見上げながら、胸に当てたこぶしに力を込めた。
「俺たちは司令官にファンクラブを公認していただき、様々な交流会を催すつもりだ。普段お話しをすることなど叶わないあの方が、我々と一緒に食事をしたり、どこかへ遊びに行ったり……。旅行会なども企画するつもりなのだ!」
半分妄想が混じるヤナギのイベント計画に、後ろの男たちもおおーっと感嘆の声を上げる。
「もちろんファンクラブ会長はこの俺だが、仲間に加わってくれたら君には会員ナンバー2を保障しよう」
(こいつ、本気で馬鹿なんじゃないか?)
スノウは呆れるを通り越して残念にさえ思えてきた。
次世代を担う若手士官がこれでは、これから帝国軍が攻めてくるというのにこの基地は大丈夫なのだろうか。
「どうだ、ロウ少尉。協力してくれないか?」
暑苦しいほどの笑顔でヤナギは問い掛けてくる。
「──だから、俺には興味がないと言ってるだろ」
スノウが低く凄みをつけて吐き捨てると、ヤナギの顔からは途端に笑みが消え、打って変わって顔を真っ赤にして早口でまくし立てた。
「興味がないとはどういうことだ? 司令官にか? じゃあ君は副官という職務を俺に明け渡すべきだ。俺の方があの方に誠心誠意、心を込めてお仕えできる。君よりも優れた副官になるはずだ!」
「ふざけた事を言うな! そんなことできるわけないだろ!」
スノウは思わず声を荒げた。
通常、司令官一人の任期で副官につくのは一人だけだ。副官の能力次第でその司令官の業績も左右される。だからこそ副官の選考基準は他に比べて格段に厳しいのだ。
「何故そんな事が言えるんだ? 過去には交代した例だってあるそうじゃないか!」
「それは本人にやむを得ない理由があったから特別に認められた事例だ!」
大体、こんな奴に副官が務まるわけがない。
あんな滅茶苦茶な行動ばかりする司令官の副官なんか。
「では君が副官に留まる理由は何なんだ? 興味がないなら俺が副官になってもいいだろ!?」
ヤナギは更にスノウに迫った。
何だこの男は。同期というだけでこんなにも遠慮がないものなのか。だいたい俺が副官でいる理由と格闘技競技会と何の関係があるんだ。
「どうなんだロウ少尉! 君は何の為に副官になったんだ!?」
スノウが苦労をして副官になったのはもちろんスパイ活動をし易くする為だが、当然それをこの男に話せるわけがない。他に何とかこの男を黙らせる理由は無いだろうか。
「どうした!! 言えないのか!?」
ああもうッ!
ぐちゃぐちゃうるさい!!
「お前らみたいな奴から司令官を守る為に決まってるだろ!!」
(──あ……)
その場にいる全員が一瞬、言葉を失った。
しかし、一番早く立ち直って口を開いたのはヤナギだった。
「……そういうことか。お前は司令官を独占するつもりなんだな!?」
「はあ!?」
「だったらお前は俺たちの敵だ!! 正々堂々と競技会で勝負しようじゃないか!! 副官の座をかけて!!」
そう叫ぶと、ヤナギは闘争心をむき出しにしてスノウを指さした。
「逃げるなよ!! 逃げたらお前はこの基地の笑い者だ!! 当然司令官のお側に仕える資格もない!!」
(もういい加減にしてくれ……)
スノウはげんなりと肩を落とした。目の前のやかましい男たちにだけでなく、司令官を守る為だなどという言葉が自分の口から出たことに衝撃を受けていた。
ヤナギとその他の男たちは口々にスノウに宣戦布告しながら部屋を出ていき、副官室には再び静けさが戻った。
「ロウ少尉……」
ヒメルが心配そうな表情で声を掛けてくる。
ああそうか、そういえば室内に居たなと思いつつスノウが返事をしようとすると、ヒメルは何故か顔を赤らめて祈るように手を組み、恍惚とした表情をしている。
「まさか少尉が司令官の事をそんな風に思っていたなんて、私全然気付きませんでした」
「は?」
「でも普段は司令官と副官。気持ちを押し殺してわざと冷たくしていたのですね……」
(何を言ってるんだこのバカ女は……)
「ああ、なんて辛いんでしょう! 誰よりも側にいるのに、気持ちを伝えることができないなんて! せめて誰にも触れられないように、ただただお守りするしかない……」
ヒメルはどこかの舞台女優にでもなったかのように、大げさな身振り手振りで物語を作り上げていく。
「私、ロウ少尉を応援してますから! あんな男たちに負けないでください!」
スノウの両手をしっかりと掴んで、ヒメルは真っ直ぐに目を見て言った。その目がキラキラと乙女チックに輝いて見えたのは気のせいだったのか。
もう何を言う気にもなれず、スノウはただ遠い目をするしかなかった。




