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おばさんクエスト  作者: 如月天音
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六 遭遇

 森の中は涼しかった。

 緑の匂いが濃い。

 下生えはブーツより短く、ふかふか。

 木の根や岩石を踏んだりよけたりするのも、悪くなかった。身体が軽いと、なにもかも苦にならない。

 時計を持っていないから正確にはわからないけれど、三十分ほど歩いたところで、川に出た。

 川幅は一メートル半くらい。流れは急で、岸はちょっとした崖になっている。覗きこんでも水底は見えなかった。

 橋もない。

──どうしよう……

 川に沿って行って、橋を探そうか。

 でも左右どちらへどのくらい行けば、橋があるのかわからない。それに〈多幸運〉の示した方向から大きくはずれるのも困る。

──今、わたし、男だし、最高に健康なんだから、少しくらい濡れたって、風邪なんかひかないわよね。

 幸い気候も春めいた感じで寒くない。

 心を決めて、杏子は少し下がった。勢いをつけて走り、えいやとばかりにジャンプする。

 思っていた以上にスピードがでていて、身体がぐんっと浮いた。

「きゃっ」

 そのつもりはなかったけれど、小さな悲鳴が漏れる。

 次の瞬間、足が地面についた。足首と膝と腰が自然に曲がって、着地の衝撃を吸収する。

 気がつけば杏子は普通に立っていた。

 首を回すと背後に川。川の向こうは、さっきまで立っていた川岸だ。

──すっごい! わたし、川を飛び越えちゃった!

 しかもこちらの岸から二メートルは離れている。高校生のときの走り幅跳びだって、三メートル半なんて記録を出したことはない。背が低くてころころした杏子は、運動全般が苦手だった。嬉しくて胸がどきどきする。

──完璧っ! この身体で良かった! わたしの選び方って、最高!

 自画自賛して、またまっすぐに歩きだす。

 気分が良くて鼻歌がでた。低い男の声が杏子の歌いかたになっているのが、おかしい。鳥のさえずりや葉ずれ、虫の羽音などもBGMとして申し分ない。

 最高に健康なこの身体は、いくら歩いてもたいして疲れないようだ。このままずっと森を歩き、夜になったら星を見ながら野宿する。そんなことも楽しいかもしれない。背負っている荷物の中には、きっと食べるものもあるだろう。

 夫も圭太もいない。

こんな自由な時間は何十年ぶりだろうか。

 リラックスして一時間ばかり行くと、不意に目の前が開けた。

 またもや、川。

 今度の川は岸が崖になっていない。広い川原があり、白茶けた大小の石がごろごろしている。石野原の真ん中に川が流れており、水面にいくつも顔を出している石にぶつかって、飛沫をあげていた。

──さっきの川とは、ずいぶん違うのね。

 川はそこそこ幅があるけれど、浅そうだ。渡るのに問題はない。

 杏子はまっすぐ河原を突っ切った。水に洗われた石は丸くて、踏んでも心地いい。水飛沫と森のダブルのオゾンで、肺の中まで洗われる。

──そうだ。ついでに水、飲んでみようかな。

 子供のころに憧れた冒険物語の人々のように。

 小学生の時に読んだ、子供向けの物語。そのなかで川の水を手ですくって飲むシーンがすごく美味しそうで、蛇口をひねってコップにくんだ水はひどくつまらなく感じた。でも実家の近所の川はドブ色。親に禁止される前に、飲む気にはなれなかっただけ。

 けれど人の気配のないこの川の水は飲めるくらい綺麗な気がする。

──それに、今のわたしって、ものすっごく健康なわけで、お腹を壊しはしないはず。

 それでも五十歳のおばさんは、憧れてたからといって基本的な注意を忘れはしない。子供を育てると、清潔を気にする習性が身につく。

 伸びあがるようにして川の上流と下流を確かめる。特に上流だ。野性動物でもいたら水は飲めない。気配がないか、息をとめて耳を澄ます。

 せせらぎの音。

 鳥のさえずり。

柔らかな風と、葉ずれのささやき。

こんな環境に住んだことはないのに、なぜか懐かしい。穏やかな気分になる。

──大丈夫そう……んん?

 若く鋭敏になった耳が、なにか捉えた。

 鳥か動物の鳴き声のような、甲高い音。なぜだか妙に胸にひっかかる。そわそわしてくる。

──なんで? ……あっ! もしかして、これって〈幸運〉の……?

 この微かな音は動物ではなく、人の叫び声かもしれない。子供が助けを求めて叫んでいるとか。もしその子を助けたら、圭太の手がかりがもらえたりするかも。百万円分の幸運なら、それくらいのことがあってもおかしくない。

 杏子の頭から、川の水のことはきれいさっぱり消えていた。

 声は下流のほうから聞こえる。大急ぎでそちらへ向かう。

 ものの数分で、甲高い音ははっきりとした人の声になった。

 叫んでいるけれど、悲鳴ではない。助けを求めているのではなさそうだ。どこか懐かしく感じる叫びだった。

──なんだっけ? ……ああもう。ここまで出てるのに!

 もどかしさにいらいらしながら、張り出した崖を川に踏み込んで回りこむ。

 そこは、三方を崖に囲まれた狭い岸辺だった。開けている残りの一方向は、今杏子が立っている川で、岸辺には丸く大きな石が積みあがっている。

 その上に少女が一人、こちらに背を向けて立っていた。

「ミラーソォォォーードォーー!」

 金切り声をあげ、金髪を振り乱して上半身をぐるぐる回す。

 下手くそな盆踊りみたいだ。

「……ねえ、ちょっと。そこのあなた……」

 慣れない太い声で呼びかけると、少女はびくっとして振り向いた。

 視線があう。

「え……っ? ええっ! どういうことっ? 圭太っ?」

 杏子はあわあわとなりながら、目を剥く。

 小柄で華奢な金髪少女の上にそびえるように、圭太の姿が現れたのだ。

「ちょ、ちょっと、なに? 圭太、まさかあなた、女の子を誘拐したとか……」

 絶対にないと言い切れないのが、辛いところ。

 圭太の持っている文庫本の表紙には、あんな感じの美少女ばかり描いてある。髪の前半分が銀色で後ろ側が金髪だとか、右眼が水色で左眼が赤紫色だとか、細くて長い手足を見せつけるように露出しているだとか、巨乳なのに六歳児みたいな幼い顔立ちだとか。

──あ、違った。この子の胸は小さいじゃない。

 けれどそれ以外は全部当てはまっている。

 冗談みたいな色合いをした少女は、ひどく小汚かった。顔も身体も薄汚れている。二色の髪もぼさぼさにもつれていた。痩せているけれどおそらく十四か十五くらい。その年で、目の前の川で顔を洗わないなんて、どういう女の子なんだろう。

──いやいや、それどころじゃなかった! 圭太がとうとう犯罪者に……

 その圭太は少女と同じ表情で目を丸くしていた。それからシンクロしているように同時にうなずく。

「そうか。わかったぞ。きさま! 母さんを人質に取ったんだな! すぐに解放しろ! ……なるほど。今こそ、我が最大の奥義を顕現せしむるべきときなのだな! 時が来たのだ!」

 わけがわからない。

 しかも圭太の声は聞こえなかった。

「ねえ、ちょっと待って。圭太なの? どうなってるの?」

 尋ねているのを無視して、少女は華奢な腕を勢いよく振り回して叫んだ。

「降誕せよ! 我が精神の深奥に眠りし偉大なるパワー、虚空の間隙よりいでし究極の鏡たるパワーよ! 審判のときが来たのだ! 流転せよ! 至純なる我が至高の魂に感応し、大いなるパワーよ、爆誕するべし! 切り裂け! ミラースラァァァァッシュー!」

 仰々しい物言いとはうらはらな、酔っ払いの盆踊りみたいな動きで、杏子を指さす。

「え? なに、なに?」

 杏子はきょろきょろした。

 特になにも起こらない。さらさらぴちゃぴちゃと川の流れる音がするだけだ。

「くっそー! なんで、能力が発現しねーんだよ? 母親のピンチで能力発現とか、セオリーだろーが、フツー! ちっくしょー、管理者はどこだよ。クレーム入れっぞ!」

 少女が地団太を踏む。

 そのとき、少女の頭上にそびえていた圭太の姿が薄くなった。靄のようにかすんで、少女の中にしゅるしゅると吸い込まれていく。

「ええっ! なに、どうしたの? 圭太っ!」

 焦って駆け寄ると、金銀髪の少女が不思議そうに顔をあげた。

「へ? なんであんた、オレの名前、知ってんの? もしかして、オレを迎えに来たとか?」

 周囲をきょろきょろと見回す。

「それより、母さんは? あ、もしかして、オレに取り入るための幻覚かなんか? オタク、魔法使い?」

 小汚い少女はニタニタして、細い腕を組んだ。

「それじゃ、オタクがオレを召喚したワケ?」

 言ってから小さく首を振る。

 その仕草、声、どちらも杏子の心のどこかを刺激する。妙な既視感があるのだ。

 杏子の当惑に気づく様子もなく、少女は独りごちる。

「いやいや、コイツのワケねーか。こんなデカブツ、アーンド、モブキャラづらで、魔法とかってあり得ねーって……魔法使いの下僕ってトコだな、うん」

 石の上に立ってようやく杏子と同じ目線の少女は、思いきり顎をあげて見おろすポーズになる。

「よし、わかった。オタクと一緒に行ってやる。でもまあ、協力するかどうかは、オタクの主人の話を聞いてからだな。オレは信念に反することは、やらねー主義なんだ」

 ふふん、と鼻をうごめかす。

 その表情にも、杏子は見覚えがあった。ようやくひらめく。

「あのさ……もしかして、圭太……なの?」

「そうだ。だが、名を知ったくらいで、オレを動かせると思うなよ。オレは、この世界にとって必要不可欠の勇者だからな!」

相変わらず言っていることのほとんどが意味不明だけれど、最初の一言さえわかれば問題ない。

杏子の膝から力が抜けた。

この小汚い少女は、圭太なのだ。さっき圭太が少女の中に吸い込まれていったように見えたのは、たぶん少女の身体の中に圭太がいるという意味だったのだろう。

 声に聞き覚えがあるのも当然だ。少女の声は、声変わりする前の圭太の声にそっくりなのだから。キンキン声でなんとか戦隊の決め技を叫んでいたのは、ついこのあいだみたいなもの。

 圭太はもう忘れたんだと思っていたけれど、そうでもないのかもしれない。さっきの叫びとぐだぐだの盆踊りは、戦隊とかライダーとかの決めポーズっぽかった。

 というか、決めポーズのつもりなんだろう。

 ほんの少しでもダンスを習った人ならわかると思うけれど、ポーズを決めるというのは、あれでなかなか難しい。大きな動きをぴたりと止めて美しく見せるには、筋力とセンスと訓練が必要だ。

バブル時代にディスコで踊った杏子は知っている。だからダンスの上手い男の子が人気になるのだ。

五年間ひきこもって、キーボードを打つ程度の運動しかしてこなかった息子が、練習もせずに戦隊物の俳優みたいにポーズを決められるわけはない。

そんな冷静な分析と同時に、杏子の胸はじんわりと温かくなっていた。

圭太がこんなに元気がいいのは五年ぶりだ。

「圭太……あんたの中には、ちゃんと、元気で明るい圭太がいるって……ママ、信じてた……」

感極まった涙声も、妙に野太くては、いまいち感動的にならない。

 それに自分の子供が相手だと、なぜか一人称が『わたし』でなく『ママ』になってしまう。長女が生まれてからずっと、そう言ってきたせいだ。圭太は中学に上がる少し前から『ママ』とは呼ばなくなっていたけれど、華世は今でもそう呼んでいる。

 圭太の少女がぎょっとした顔をした。

「母さん? ……いや、え……オタク、なに言ってんの? さっきの母さんは幻覚だろ。その魔法、もう切れちゃってんだけど?」

「バカね。魔法じゃないでしょ。案内人に聞かなかったの?」

──やった! 〈多幸運〉のおはじきが効いてたんだ! さすが、百万円分の幸運。いきなり圭太に会わせてくれるなんて! 〈多幸運〉を選んで、本当に良かった!

 喜びに浸っている暇はない。元の世界に奇跡の生還を果たすためには『感謝の水晶』を集めなくてはならないのだ。

 はやる杏子に対して、圭太少女はあからさまな疑いの目を向けてくる。

「案内人? なんだ、ソレ。オタク、なに? 勇者のオレを利用しようっての?」

「どうしたの? 圭太。さっき、ママの姿が見えたでしょ。今は、この仮の肉体に入っているけど、ママも圭太も、本当の身体は病院の集中治療室なのよ。覚えてない? ほら、フリースクールの前で、交通事故に遭ったじゃないの」

 ちょっとの間、圭太は黙っていた。

 ふっと表情が消える。ぶつぶつつぶやく。

「フリースクール……交通事故……集中治療室……そんなの異世界に似合わねーし……それに、このくそ喧しい喋りかたって……ってことは……」

 左右色違いの眼がこぼれそうに見開かれる。

「ウソだろー。ホントに母さんかよ? 母さんまで異世界に召喚って……コレって、もしかすっと、オレのせい? オレが巻きこんじまったのか? ああっ、なんという罪深さだぁぁぁぁぁ」

 華奢な両手で金銀の頭をわしづかみ、大袈裟な苦悩のポーズをとる。

 少年マンガみたいだ。

 杏子の胸に、ひどく悪い予感が広がった。

 考えないようにしてきたけれど、息子は不登校児だ。圭太が杏子以外の人間と話をしているところなんて、五年間見ていない。

「ねえ、圭太。もしかして、パラ……なんとかの案内人さんに、なにも訊いてないの?」

 ぼさぼさにもつれた金銀色の髪の間から、空色の右眼が覗く。

「は? パラなんとかって……ああ、パラメーターか……で、案内人って、あの超デカいモンスター? ……あんなの、ヤクザかマフィアか、魔物に決まってるだろ。ぜってーボコられるって……」

 弱々しい喋りかたは、もういつもの圭太に戻っている。

「それじゃあ、どうやって、選んだの? だって、仮の肉体に入るには、なんとか可能パラ……とかを、選ばなくちゃいけなかったのよ?」

 薄汚れた少女の圭太は、けっとかいう音をだす。

「ウゼー、ホントに母さんじゃん。用語とかメチャメチャでよー。あのさ、書いてあったじゃんか。選択可能パラメーターから二個選んでテーブルにおけ、とかさ。あんだけデカく書いてありゃ、わかんねーヤツ、いねーだろ」

「でも圭太、なにを選べばいいのかは、わからないじゃないの」

「うっわー。筋肉バカっぽいそのなりと、モブキャラ的男の顔で、母さんの喋りかたっつーのは、超暴力!」

 少女の外見と変声期前の声で、圭太がのけぞる。

「なんだって、そんな『最初の戦闘で死にます』っつーモブキャラおっさんにしたんだよ? 無駄にデカくて筋肉モリモリなんて、てっきり勇者たるオレの引き立て役、いざってときにはオレの盾になって命を落とす奴キターって、思っちまったぜ」

──なにを言っているんだろうか? この子は……

 そういえば最近の圭太の言動はわからなくなっていたと、今更ながら思いだす。

 でも喋ってくれるだけ、いい。

 ひきこもっている子供の声を十年以上聞いていないという親は、たくさんいる。支援グループでもネットでも、息子と話せると言っただけで羨ましがられた。圭太だって、そうたくさん話すわけじゃなかったけれど。たまに、今みたいに熱に浮かされたように饒舌になることもある。

──そういうときはなにかを吐きだしたいのだから、じっくり聞くのよね。

 支援グループの先生はそう言っていた。

 とりあえず手近な石に腰をおろし、リュックをおろして話を聞く態勢を作ってみる。

 圭太があっと叫んで、リュックに飛びついた。

「なんだよ、コレ! ずっりー! なに持ってんだよ?」

 勝手に荷物を開けようとする少女圭太の手を押さえる。

「待って。まず、話を聞いてから。圭太は、あの選択可能なんとかで、どうやって選んだの? 案内人にはなにも訊かなかったんでしょう?」

 少女はきょとんと顔をあげた。

 顔の造りも全身のサイズも全然違うのに、表情は圭太そのものだ。五歳のときと変わらない。懐かしさで胸がきゅんとする。

「全部、書いてあったじゃん」

「どこに?」

「机の前のルーレットの上」

「え? でも、選ばなかったものがどうなるかとか、どこにも書いてなかったわよ」

 圭太は軽く肩をあげた。

「フツー、残りはランダム決定になるだろ。ルーレットは結構偏ってたから、ほとんどがフツーになるんだよ。見ればわかるじゃん」

「わからないわよ。圭太ってば、本当は案内人に訊いたんでしょう」

 圭太がぞっとした顔で両手を振る。

「ジョーダンだろ。そんなことしたら、シメられて、ボコボコにされるし……」

「そんなことないわよ。少し厳ついけど、親切な人だったわ」

 事実を言っただけなのに、圭太は憐れみの目を向けてきた。

「そりゃ、きっと、課金されてんだよ。スゲー額が引き落とされてるぜ。ネットの罠ってヤツ。そういうもんなんだよ、世界は」

 理屈はよくわからないが、ネットといわれると杏子は黙るしかなくなる。

 一応インターネットで検索はできるけれど、それは夫が接続とかいろいろ全部やってくれたから。その夫からも娘からも、不用意なところをクリックしてはいけないと、厳重に言われている。不登校児の親の会すら、夫に見てもらってから、入ったのだ。

──でも……案内人さんは、いい人だと思うけど……

 反論は心の中に留めて、杏子は話を進めた。

「ママは《健康》と《幸運》で選んだの。圭太とはぐれたら困るでしょ……」

「おいおい! オレとはぐれないために、《幸運》を使っちまったのかよ? バッカじゃねーの。だから、そんなモブづらになってんのか」

 〈多幸運〉のおはじきはまだ半分くらい残っているけれど、杏子は黙っていることにした。

圭太が本当に案内人の話を聞いていないのなら、おはじきを使えるのが杏子だけだと信じないかもしれない。そうしたらこっそり取るかもしれない。

圭太はたまに杏子の財布から千円札を抜いていた。気づかれていないと思っているようだけれど、母親で主婦の目はごまかせない。

さらに、《幸運》の力を過信して危険に跳びこむところも、容易に想像できた。男の子を育てた母親の大多数と同じように。

そんな杏子の胸の内も知らずに、圭太は得意げに親指で自身を示す。

「オレはカンペキだぜ! 《美貌》と《特殊能力》だからな。勇者ってのは、ちょいイケメンくらいがセオリーだが、そこはあえての超美形。姫君だって、敵の女ボスだって、メロメロってのもアリだしな。そして《特殊能力》! これぞ異世界召喚の醍醐味! 異世界でのチートな能力、すなわち『異能』!!!」

 大威張りで胸を張ったあと、ひらひらのワンピースを見おろして、少し顔をしかめる。

「まあ、女になったのは、ちょい計算外っつーか……でもまあ、超カワイイんなら、女同士ってのもアリだよな」

 なにがアリなのかさっぱりわからないが、とにかく圭太が選んだのが美しい顔と特別な能力だということはわかった。

 杏子は案内人の説明を思いだす。

 たしか〈美貌〉は本人の考えが基準だったはず。とすると左右の瞳の色が極端に違っていたり、髪の半分が色違いなのは、圭太の思う美人ということ。

 今まで小汚さばかりが目についていたけれど、よく見れば顔立ちは整っていた。眼はこぼれ落ちそうに大きくて、鼻と口はかなり小さい。美女というより幼い子供のような、最近のアイドルに多い感じの可愛さである。

──わたしの若いころは、もっとゴージャスな美人がモテたんだけど……

 ボディコンシャスなミニドレスの佳代子は、同性から見ても色っぽかった。

 けれどそれを圭太に言っても仕方がない。〈美貌〉を選んだのは杏子ではなく圭太で、あの顔は圭太には美しいのだ。

「それよりさー、問題は《特殊能力》なんだよなー。小さいルーレットは〈鏡〉に留まったんだから、鏡系の力があるはずなんだ。で、昨日から試してるんだけど、全然発動しねーでやんの」

 杏子の思いに気づきもしない圭太が、立っていた石にべたっと座って、ぶつぶつ言う。いつもの圭太のだらしない座りかたは、男の子だと気にならないが、今はワンピースの裾がめくれあがって下着が丸見えである。

「さっき母さんが見えたときは、デカい男に捕まってるって感じだからさ。チャンスだと思ったんだよなー。こーゆーピンチには、ゼッタイ発動するもんじゃね? ……なのになんなんだよ、くそっ! 使えなきゃ意味ねーっつーの!」

 無遠慮に杏子を指さしながら、不機嫌丸出しの声を出す。

 思わず杏子はその指を払った。

「人を指さすなんて行儀が悪い! いつも、言ってるでしょ」

 圭太少女は鳩が豆鉄砲喰らったみたいに、大きな眼をぱちくりさせる。

「は? なに言ってんの? 聞いたことねーけど?」

──あれ? 言ってたのは、華世だけだったっけ……?

 男の子の圭太にはそれほどうるさくしなかったかもしれない。

 胸をちらっとかすめたけれど、口は勝手に動いている。

「言いました。圭太が覚えていないだけです。まったく、いつもいつもパソコン画面ばっかり見てて、ママの話なんて、ちっとも聞いてくれないんだから! いい? あんなふうに指で人をさすのは、お行儀が悪いの。人に怒られるんだから」

 元の圭太の体格なら、多少怒られても危険はないが、今の圭太は華奢な少女だ。成人男性に殴られたら吹っ飛ぶし、当たり所が悪ければ死ぬこともある。

──まだ『感謝の水晶』を、一個も持ってないのに……

 そういえばその水晶のことは、あの部屋のどこにも書いてなかった気がする。圭太は知らないだろう。説明しておかなくてはならない。

「あのね、圭ちゃん。案内人さんの話なんだけど……」

 杏子が言い始めると、圭太は遮った。

「見た目がモブいおっさんが超母さん的に喋るとかって、すっげー笑えんだけどー……それに、怒るとかは大丈夫だって。オレ、この世界を救う勇者だぜ? 礼儀とか、そーゆーの、カンケーねーって……それよりさー、もう質問には答えたんだし、その荷物の中、見せろよ。なんか使えるモン、入ってんじゃね?」

 伸びてきた細く小さな手を弾く。

 圭太の手は、今の杏子の手の半分もない。十年前に戻ったみたいだ。

「見せてもいいけど、ここじゃダメ。石の隙間になにか落ちちゃうかもしれないし……平らなところでね」

「平らなとこかー」

 面倒くさそうな声音に、杏子はたたみかける。

「こんなとこじゃ、落ちつかないし。どこか、小屋かなにかないかしらね」

 圭太が舌打ちして立ちあがった。

「わかったよ。うっせーなー。オレが寝たとこなら、平らだよ」


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